2・遠藤コウタ

 地響きが轟いている。

 電球が振り子のように動き、自分の影が部屋全体を回っている。いや、電球だけではない、何かが動いている。


 部屋の天井が、下がっているのだ!


「ほらきました。もう一つの答え、"ゲームが始まる"です」

 壁越しから聞こえる少年の声は冷静にそう言った。

「君の部屋も天井が動いているのか? このままではやばいぞ」

 僕はどうするべきか、パニックになった頭で考えているが、こんな状況で何も思いつきそうにない。ひたすらあせりが増した。

「まだ時間はあります。天井の動く速度はゆっくりです。考える猶予を与えているのです」

 なんでそう冷静なんだ? 本当にこいつの部屋でも同じことが起きているのか?

「あなたと私が会話できているのはヒントなんです。全て仕組まれたこと。そこに脱出の解答があるはずです」

「これはなんだ? 今何が起きている?」

「デスゲームですよ」


 聞いた途端、あせりが引き、落ち着きが戻ってきたようだ。これが、今、僕がいる、ここ、この状況が、あの、デスゲーム。

「そうか、ハハ、そうか」

「笑っています?」

 少年は不思議に思ったようだ。自然と笑みがこぼれていた。待ち望んでいたデスゲームなのだ。ーーこれで、やっと。

「どうすればいい? 少年」

 僕は落ち着き払って言った。映画の登場人物の一人として、キャラを演じて喋ればいい。

「え? あ、はい。部屋には必ずこれを止めるための仕掛けがあるはずです。でなければただ潰されて死ぬのを待つだけですからね。ゲームになりません」

「といっても四方、壁しかない……壁を全部叩いて回るか」

「ドアと電球もあります。天井が近づいてきたおかげで、今なら手が届く」

 なるほど、と僕は背を伸ばして電球を掴んだ。確かに掴んだはずだが、手応えがなくスルッと滑るように、手前に倒れてしまった。

 見ると電球は確かに手の中にあり、その電球と天井のソケットが長い紐で繋がっている。

 隣から悲鳴が聞こえた。

「どうした?」

「下がる速度が増しています。そちらは変わらないんですか?」

 よく見れば、天井が止まっていた。

「こっちは止まった」

「何かしたんですね?」

「電球だ。引っ張れる」

 これで解決か、と思ったのは間違いだった。掴んでいた電球が、掃除機のコンセントを収納するごとくソケットまで戻っていった。そして再び天井が下がり始めた。勢いも増している。

「こちらも止まりました」

「いやだめだ、今度はこっちが動き出した」

 鉄ドアの上部が隠れる位置まで天井がきた。腰を屈めると、いよいよかという恐怖が湧いてきた。

「わかった。電球を引っ張った部屋は天井が止まり、もう一方は勢いが増すんだ」

「そうきましたか。パニックを起こし、お互いを憎ませようという魂胆が見えます」

「どうしたらいい」

「半分だけ引っ張る、ということはできますか。両方の部屋が止まるかも」

 言われた通り、今度は用心深くちょっとだけ引っ張ってみた。背を伸ばす必要もなくなり、紐を数センチだけ伸ばした状態で止めた。

「どうだ?」

「だめですね。電球は収納され、天井が動き出しました」

「こっちは止まっている」

 屈んだ状態で思案する。考えられる時間は限られている。あせるほどに時間は削られ、解決方法を導き出せなくなる。天井がギリギリまで下がれば、答えがわかったとしても身動きが取れなくなる。

「ドアはどうでしょう。よく調べてみましょう」

 上部はもう隠れているが、見える範囲を調べた。ネジや留め具などは見当たらず、鍵穴もない。押しても引いてもびくともしない。

「何もないな。よし、今度は君が調べてくれ。僕より頭が切れるからその方が効率がいい」

「いえ、あなたが調べてください。私はもう引っ張りません」


「……どうしてだ?」

「そうやっているうちに、協力していたはずの二人が、秒を置かずに引っ張りこ勝負をしはじめるのを、カメラの向こうのやつは待っているのです。そう簡単に乗っかっては癪でしょう」

「でも」

「こうしている間にも時間は過ぎますよ。さあ動いてください」

 今向こうの部屋はどのぐらいまで下がったのだろう? ドア半分まで来ただろうか? 少年は苦しい姿勢で喋っているのだろうか?

 部屋を見回した。天井に手が届く。闇雲に辺りの壁を触りながら、この電球を壊してみてはどうかと思い付いた。しかし壊すことで罠が作動することも考えられる。

 それがどうかしたか?

 監視カメラのついたソケットを掴み、思いっきり引き剥がした。

 ビンゴ。くぼみの中に、ボタンがあった。赤と青の二つの丸い押しボタンがこれみよがしに並んでいた。

「見つけた! ソケットの中にボタンがある!」

「よかった。押してみましょう」

 少年の声が先ほどと違って、かすれてきているように思える。きつい体勢を取っているのだろう。

「赤と後、二つある。どっちかを押せということだろうね」

「よくあるパターンです。片方が正解、そして片方は……ドカーン」

 唾を飲み込んだ。僕の選択が、全てを決める。

「あとどれくらいだ? 何分もつ」

「膝を曲げて座っていましたが、今は仰向けに寝てます。あと二分……はもたないかもしれませんね」

「電球はまだ引っ張れるな? 一度引いてくれ。そうしたら、まだこちらはもつ。時間を引き伸ばせる」

「なるほど。あなたも頭が切れるじゃないですか。でもダメです、引っ張りません。ボタンを押すだけですよ、すぐできます。さあ押して」

「どうしてだ! 君が助かる可能性が増えるんだぞ!」

「だからです。私は死にたいんです」


 それを聞いて、なぜ自分とこの少年がここにいるのか、納得できた気がした。

「時間がないので手短に言います。私は死んでも、死ななくても、どっちでもいいんです。ボタンを押して、失敗しても、恨みません。よかったとさえ喜びますよ。さあ、押してください。私が押すのもあなたが押すのも変わりはない。それ故、私が電球を引っ張る理由がありません」

「僕もだ。僕も、ずっと死にたかった」

 頭のよい少年は、すぐに理解ができたようだ。

「なるほど。だからここに。……犯人の選択基準を把握できました」

「僕は、ここで生き残って、この先のゲームを続けたくない。どうせ僕では生き残れやしない。だから、頭のいい君が生き残ってくれた方が、僕も嬉しい」

「自分を悪く言うのは、よくありませんね」

「一生のお願いだ。君がボタンを選んでくれ。君が助かるか、僕が死ぬか、二人生き残るか。僕だけが助かるという可能性は避けたい」

「わかりました。では赤のボタンを押してください」

「そうじゃない、君自身で押してくれ。さあ。電球を引っ張れ」

「わからない人ですね。私はこのまま潰されて死にます。どっちかが死ねば、きっと片方は助かるでしょう」

「お願いだ。僕は生き残りたくない」


 返事がなくなった。時間はあとどのぐらいだろう。

 三十秒。十秒? ……僕はボタンに手を伸ばした。

 地響きの音が止まる。

「押したぞ。生きてるか? 返事をしてくれ」

 返事はない。カチッと音がして、鉄扉がゆっくりと奥へと開いた。扉の先には、コンクリートの廊下が見える。絶望的な、希望への道。

 扉を出ると、長い廊下が続いていた。すぐ隣に、鉄扉があり、その扉も開いていた。

 中を覗く。しかし壁に遮られている。下に、わずかな隙間がある。自分が死ぬのはいいが、人の死体は見たくない。

「……引っ張って」

 声がした。隙間を覗くと、指先が見えた。手を伸ばし、腕を掴んで引っ張ってあげた。


 少年は生きていた。全身に、コンクリートの白い粉がついている。小学校低学年ぐらいの、まだ幼い子供だった。

「年下だとは思ったが、こんな小さい子供だとは」

「それは褒めているのですか?」

 汚れをはたき落としながらも、少年は落ち着いている。小さいからこそ、わずかな隙間でも助かったのだ。

「ボタンを押したんですね。あと数秒我慢してくれれば、死ねたのに」

「また死ぬチャンスはくるさ」

 長い廊下の先を見る。この先で、新たなゲームが始まるのだろう。このパターンだと、他の参加者もいるかもしれない。

「私はナナセといいます。助けてくれてありがとうございます、と言っておきます」

「僕はエンドー。じゃあ、なんで殺してくれなかったんだ、と言っておこう」

 二人はこんな状況で笑いあった。

「しかし笑えました。死ぬ間際で、一生のお願いを頼まれるとは。もう使えませんよ」

「聞いてくれなかったじゃないか。また使った時は、聞いてくれよ」

 生き残った興奮と、非日常感とで、気分が高揚しているのがわかる。死にたかったのに、生き残ったことで気持ちがハイになっている。


 大人びた頭脳を持つ、この少年に、言っていないことがある。

 押したのは、青いボタンだ。生き残りたくなかったし、どうにでもなれと、少年に言われた方と反対の、青色を押してしまった。そうやって、今までの人生もいろんな場面を台無しにしてきた。

 この先は、大丈夫だろうか。もうすでに、後悔をし始めている。

 楽に、死にたいーー。

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自殺志願者たちのデスゲーム 杉浦ウルフ @bwolf

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