自殺志願者たちのデスゲーム

杉浦ウルフ

1・上村ナナセ

 気がつくとそこは狭い空間だった。

 冷たいコンクリートで四方を囲まれた部屋。天井にはソケットランプがぶら下がっている。やたらと明るすぎて、この空間には似合っていない。どこでも買えるLED電球だろう。

 一方の壁にはドアがあり、重い鉄でできていて簡単には開きそうにないのが分かる。部屋にはそれ以外何もない。電球とドアを除けば、目につくものは何もない空間。

 試しにドアを開こうとしたがびくともしない。開きそうになくて実は開くという展開を期待したがそれはなかった。

 まずはこの部屋からどう出るか考えなければならない。


 スマホはポケットからなくなっていた。案の定だ。お決まりの展開。もしこうなった時のために、それだけのために、生配信できるアプリを入れ、アカウントまで作っていたというのに……。どうしてみんな生配信しないのだろうかと不思議であったが、取り上げられてしまってはどうしようもない。

 鉄扉に体当たりしたり、四面の壁に隠されたスイッチでもないか一通り調べてから、やはり無駄であるとすぐに諦めた。部屋には布団も何もないので、コンクリートの上に直接寝っ転がった。

 さてどうしようかと考えながら、ある物に気がついた。電球のソケット部分に、小さな穴らしきものが見えている。カメラがついているのだろう。そこから監視されているのだ。

 私はカメラをじっと睨んでから、変な顔をしてみせた。監視を防ごうとしても天井までは手が届きそうにない。


「誰か、いますか」

 と部屋の外から声が聞こえた。か細い男の声だ。

 ほらきた。この後は? 二人で協力するか、あるいはーー。

「いますよ」 

 と私は答えた。

 男は驚いたのか数秒置いてから、「ここはどこだ? 君は誰?」と訊いた。

「おそらくあなたと同じように捕らえられています。何もない部屋から出られない状況です」

 男は考えをまとめているのか、混乱しているのか、黙ってしまった。しばらくして、

「もしかして君が主犯? そうやって僕を騙して、ここから出さないつもりでは?」

 と言ってきたので、ちょっと笑ってしまった。それと全く同じことを考えていたから。犯人が参加者を騙って紛れているのも、ありきたりの展開だから。

「あなたのいる場所は見えませんが、おそらくここと同じで、狭い部屋に閉じ込められているのでしょう? 鉄の扉は開かない。明かりのソケットをよく見てください、監視カメラがあります」

 調べているのだろう、やがて男は興奮したように「本当だ」と返事があった。

「私のことを疑ってもいいですが、閉じ込められてしまった一人です。二人で協力して出る必要があります」

 男はいちいち返事が遅いが、こういう状況なら仕方ない。「やたら冷静だね」と怪しむように言った。

「ここに来るまでの記憶はありますか? 私はありません。家に帰る途中まではありますが、そこから消えて、気づいたらここにいました。あなたもそうでしょう? 捕まえた奴は、手慣れていますよ。ひとりの人間を、抵抗させず、こんな場所まで運べるのですから。きっとあなたと私だけでなく、他にもいるでしょうね」

 壁越しでも、男が私に疑惑を持っているのが伝わってきた。自分でもなんでこんなペラペラ喋るのかと思う。密かに期待していた、でも実際には起こり得ないだろう、と想像していたことが、今、現実となっているのだ。気分が高揚している、と自分を分析してみた。

 このまま黙っていると相手も喋らず、何も進展がなさそうなので、私の方から話すことにした。

「協力して出る手段を見つけましょう」

 男はしばらく考えたのち、

「どうして?」

「だって、ここから出たいでしょう」

「……何もせずにいた方が、助かるかもしれない」


 そうきたか。行動せずに福音が訪れるのを待つのだ。でもそれも仕方がない。私だって以前ならそうしただろう。

「部屋には食事を出し入れできるようなところがありません。トイレもついていません。ベッドも布団もなし。つまりは、ここで生活させる気はなく、短時間の監禁場所だと考えられます。そこから予想できるのは、

・この後どこかへ連れていかれる

・餓死するまで放置

となります。つまり早くここから出る手段を考えた方がいい」

「本当にその二つだけかな? 行動することでより悪い結果になることもある」

 男は経験上それを知ってるとでもいうように、初めて強い口調になった。

「行動するなら早いに越したことはありません。ここにいるのはわけがあるのですから」

「……わけ?」

「そうです。あなたと私がここにいるのは……」


 その時、部屋中に大きなブザーが鳴り響いた。

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