第三十四話 牧野先輩の元相棒 2

「そこ、私のせいなんですか?」

「ん? いやあ、どうなんだろうねえ……どう思いますか、青山あおやまさん」

「なんで二人とも僕に話をふるんですか」

「第三者からの客観的に意見をですね」


 とんでもないと青山さんは笑った。


「まあ名前はとにかくですよ。変わった毛色の馬は再就職先が見つかりにくいので、馬の立場からすると、馬越まごしさんには感謝します。名付けの苦労に関しては、頑張って考えてくださいとしか、言いようがないですね、馬の立場からしても」

「貴重な馬の立場からのご意見、感謝します」

「いえいえ。どういたしまして」


 そうこうしているうちに、用意したリンゴと冬瓜とうがんはなくなってしまった。丹波ならもっとよこせと騒ぎそうだが、そこはお年寄りのお馬さんたち。すっかり満足したようで、比叡以外は私達から離れていった。


「比叡は先輩から離れませんね」

「自分に会いに来たって、わかってるからだろうね」


 比叡は先輩だけでなく、私にも顔を向け相手をしてくれている。なかなか気遣いのできるお馬さんだ。


「丹波君も年をとったら、こんな感じで余生をすごすことになるんですねえ。なんだかそれを考えると、寂しくなっちゃいます」

「あいつは若いんだ。まだまだ先だろ? それこそ二十年だ」


 二十年。私はその時四十三歳だ。


「二十年ずっと丹波君に乗っていられるように、私もまゆみさんと筋トレできたえないと!」

「それ以上たくましくなって、どうするんだろうねえ」

「先輩、なにか言いました?」

「いいえ、なにも言ってません」


 それからしばらく比叡との時間を楽しんで、失礼することにした。


「じゃあ、また来るな、比叡。元気でいてくれよ、おばあちゃん」


 先輩が立ち去る前に言葉をかけると、比叡は首を縦にふる。先輩が言っていることを、ちゃんと理解しているようだ。


「さようなら、比叡おばあちゃん。次は一緒に来れないかもしれないけど、元気でね」

「馬越さんのことだ、俺が行くって言ったら、なにがなんでもついてくるだろ?」

「そりゃもちろんですよ。こんな可愛いおばちゃんに、会いに来なくてどうするんですか」


 そこに疑問の余地はない。


「丹波が聞いたらねそうだな」

「ご心配なく。丹波君は私にとって特別なお馬さんですから。殿堂です殿堂」


 私の言葉に、先輩と青山さんが笑う。


「いやあ、本当に気に入ってもらって良かったですよ。僕も推薦したかいがありました」

「ちょっと甘やかしすぎな気はしますけどね」


 先輩がため息まじりに言った。


「そんなことないです。お互いに切磋琢磨せっさたくまでがんばってますよ、私と丹波君は」

「騎手と馬の相性は大切なポイントです。そこがピッタリだったってことなんでしょうね、丹波と馬越さんの場合」

「そこは間違いないですね。俺から見ても、馬越さんと丹波の相性はとても良いと思いますよ。笑えるぐらい」

「え、なんでそこで笑えるんですか」


 どうして笑えるのかは不明だが、とにかく私と丹波の相性は良いらしい。そのことは、これから任務を続けていくうえで、とても重要なことだ。ただあまり良すぎても、他の隊員が乗ることになった時に困るので、何事にもほどほどが大切なんだとか。


「では青山さん、比叡のことをよろしく頼みます」

「ご心配なく。ここにいる馬たちは、僕にとって大切な子たちですからね。最後までちゃんと面倒を見ます。馬越さんも、また遊びに来てくださいね。うちも若い馬たちで人を乗せるイベントをしているので、その時にでも馬に乗ってみてください」

「ありがとうございます。また先輩につれてきてもらいます」


 青山さんと比叡に見送られ、駐車場に向かいながら首をかしげた。


「さっきの青山さんの来てくださいは、京都人的なお誘いなんですかね? 次も一緒に来たら『わー本当に来たよー』って思われちゃうパターンですか?」

「京都人的なお誘いって、馬越さん。いったいどんな京都の情報を仕入れてるんだ?」

「テレビとかネットで言われてる、都市伝説的なことは一通りですけど」


 それを聞いた先輩は、困ったもんだねと笑う。


「そこまで気にしなくても大丈夫だよ。少なくとも青山さんは、純粋な気持ちで誘ってくれたと思うし、次に来る機会があったら俺も声をかけるから」

「それ、断らなくても良いんですよね?」


 ブブ漬けの話などを聞いているので、ついつい用心深くなってしまう。


「なにを今さらだろ? お馬さん好きの馬越さんが、牧場に来るのを断る選択肢なんて、ある?」

「ないです。絶対に次も誘ってください。ガソリン代の半分は出しますから!」

「じゃあ次は電車で来よう。そうすればガソリン代のことも気にしなくて良いだろ?」

「はい!」


 と言うわけで、次の訪問の約束もとりつけた。


「そもそも、京都の人間としては、あの手の番組の情報を真に受けないでほしいなって思う。噴飯ふんぱんものだよ、まったく」


 車に乗り込んだところで先輩が言った。


「でも、水野みずのさん達、言ってましたよね? 京都の人間が京都と認めるのは~とか」

「あれは、面白がってネタにしてるだけだよ。実際にそんなことあるわけないじゃないか」

「本当ですか? 相手に言ったら失礼だからって、ひそかに思ってるとか?」


 私が反論すると、先輩は苦笑いしながらこっちを見る。


「ないない。存在するとしたらジジババ世代の一部だよ、そういうことを言うのは」

「それなら良いんですけどね。ほら、ホウキをさかさまに立てて~とか聞くと、ちょっと怖いじゃないですか。お宅に伺った時にそんなものが見えちゃったら」

「そもそも、今は掃除機の時代だよ、馬越さん」

「じゃあ掃除機にほっかむり?!」


 先輩が笑いながらシートベルトをして、エンジンをかけた。


「実家の店に来たら、逆にがっかりさせそうで怖いな。うち、そんなことしてないし、うちの母親もブブ漬けどうこうとか言わないから」

「え、言わないんですか?」

「どうしてそこでそこで、ガッカリした顔をするのかな」


 ぼやき気味につぶやくと、車をスタートさせる。


「別に私だって、ブブ漬けの洗礼を受けたいわけじゃないですけどね」

「ま、本当にそうなのか知りたい気持ちはわかるけどね。他の地域の話とか、俺だって興味あるし」


 牧場の敷地を出ると、来た道を引き返すことになった。

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