第三十三話 牧野先輩の元相棒 1

 牧場に到着すると、青山あおやまさんが出迎えてくれた。


「おはようございます。今日は休みなのにすみません」

「いえいえ。馬たちの世話に誰かしら来てるので、そこはお気になさらず。比叡ひえい牧野まきのさんが来るの、楽しみにしてましたよ。あ、馬越まごしさん。丹波、もうパトロールデビューをしたって聞きましたけど」


 青山さんが私に視線を向ける。


「そうなんですよ」

「あいつ、ちゃんとやれてますか? わがまま放題してませんか?」

「元気すぎなのは相変わらずですけど、本当に賢くていい子ですよ。そこは隊長も先輩も認めるところです」

「それを聞いて安心しました。あ、比叡は牧場の広場に出ていますので、そっちにどうぞ。僕は朝のおやつを用意してきますね」


 そう言うと、青山さんはその場を離れた。先輩と私が向かったのは、柵で囲われた広い場所。そこに何頭か馬が放されている。その中の一頭が顔を上げ、ゆっくりとこっちに向かってきた。


「もしかして、あの子が比叡ですか?」

「そのとおり。俺のこと、まだ忘れていないみたいだ」


 先輩がうれしそうに笑った。柵の前で待っていると、そのお馬さんが先輩の前にやってくる。


「やあ、久しぶりだな。元気にしてたか?」


 鼻面はなづらを先輩がなでると、小さくいなないて手に頭を押しつけた。


「かわいいですね、おじいちゃん」

「あ、言い忘れてた。こいつ、女の子なんだよ」

「え、じゃあ、おばあちゃんですか。それは失礼しました」


 比叡は私を見て「あなたはどなた?」と言いたげな顔をして見せると、こちらに首をのばす。


「その子は俺の後輩だ。お前の後に入ってきた、えーと……元なんだっけ? ブラックラッキースターだっけ? あいつの相棒だ」

「今は丹波たんばって名前ですけどね。はじめまして、比叡さん」


 顔を近づけてきたということは、なでてもかまわないという意思表示だ。そっと鼻面はなづらに触れてからなでる。念入りにブラッシングされているせいか、お日様にあたっていたせいか、モフモフでフワフワな触り心地だ。


「モフモフだしフワフワだし、かわいい! かわいすぎる、おばあちゃん!!」

「とまあ、ちょっと馬好きの度が過ぎる人間なんだけど、よろしく頼むよ、比叡」


 私がなでなでしまくるのを見て、先輩が苦笑いをする。だが比叡のほうは慣れているのか、とてもおとなしい。


「ここでの名前は比叡のままなんですか?」


 心行くまでおばあちゃんをモフらせてもらいながら、先輩にたずねた。


「いや。登録上は前の名前に戻してるかな。騎馬隊で同じ名前の馬が登録されることもあるし」

「つまり騎馬隊での名前は、芸名みたいなものなんですね」

「そんなところ」

「あいかわらずですねえ、馬越さん」


 青山さんが笑いながらやってきた。その手には野菜の入ったバケツが。


「最近は、度が過ぎた馬好きを隠さなくなって大変ですよ」

「え、そんなことないですよ。騎馬隊ではちゃんと、節度あるお馬さんとの交流をはかってます、私」

「と、本人は言ってますけどねえ……」


 青山さんがおやつを持ってきたことに気づいたらしく、他の馬たちも集まってきた。


「ここにいる三頭がうちの最長老三頭です」

「毛並みも綺麗ですし、そんなお年には見えないですね」

「まあ、僕が一生懸命にブラッシングしているので。けっこう重労働なんですよ、ブラッシング。他の職員がしても満足してくれなくてね」


 バケツのリンゴと冬瓜とうがんをそれぞれ受け取ると、やってきた馬たちに差し出す。


「あ、もしかして青山さんも、馬の手の持ち主だったりして?」

「僕も、とは?」

「私も馬の手のスキルあるらしいです」


 自分のことを指でさした。


「おやおや。もしかしてその手のこと、騎馬隊の馬たちに知られちゃったんですか?」

「そうなんですよ。おかげで毎日が大変です」

「それはそれはお疲れさまです。重労働でしょ?」

「ですよねー。技能手当に加算してほしいです」


 どうやって上の人に『馬の手』を特殊技能として認めてもらったら良いのか、さっぱりわからないが。


「実は今日は、新しい相棒が来ることになったので、それを知らせておこうと思って来たんですよ」


 リンゴを比叡にやりながら先輩が口を開く。


「おお、いよいよなんですね」

「丹波が思いのほか物覚えが早かったので、予定を繰り上げることになりまして。ああ、もちろん今までと同じように、比叡には会いに来させてもらいます」

「そこは無理のないように。大切なのは新しいお馬さんですからね」


 青山さんはニコニコしながら、さらにバケツの中からリンゴを出して、私達に差し出した。


「比叡は騎馬隊に入ってから、ずっと一緒だった相棒ですから」

「それはありがたいことです。なあ、比叡。お前も牧野さんが来るの、楽しみにしてるもんな?」


 その問いかけに、比叡は首を縦にふった。


「それでも大事なのは次の馬の調教ですから。比叡のことはこちらでしっかり面倒をみますから、そこは心配しないでください」

「ありがとうございます。ところで次の馬のことなんですが、一応、もう決まってまして。そこの牧場のことで、何か気になることがあったら聞いておこうかなと思って」

「ほうほう。その牧場とは?」


 先輩と青山さんが話し込む。単に元相棒に会うだけでなく、豆餅君(仮)のいる牧場ついての情報を知ることも、目的の一つだったのかと感心してしまった。


 そこの牧場はお馬さんだけでなく、羊や山羊もがたくさんいるらしい。その環境のおかげか、社交的な性格の馬が多いとか。すでにそれなりの頭数の馬がいる騎馬隊にとっては、その性格はありがたいかもしれない。そして馬の毛色の話になると、青山さんが笑い出す。


「あー……豆餅っぽい子で選んだんですか」


 そう言って私を見た。


「あの子を選んだのは、あくまでも先輩の意思です。私は別に何も言ってませんよ」

「豆餅とか言われたら、もうそれしか目に入らないじゃないか」

「そんなことないですよねえ、青山さん。どう思います?」


 別にあの子でないとイヤだと、私が言い張ったわけでもないし。


「変わった毛色の子は、なかなか選んでもらう機会がないので、牧場にとってはありがたいことだと思いますよ。豆餅君は馬越さんのおかげで、新しい馬生うませいを与えられましたね」

「今から名付けで頭が痛いです。もう豆餅しか浮かばなくて」


 先輩が困ったように笑った。

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