小話

第三十一話 都市伝説★京都人とは

「いま気がついたんですけど」


 昼休み、ご飯を食べ終えお茶を飲みながら、各自でまったりしている全員を見回す。


「もしかして私以外、皆さん、京都の人だったり?」

「どうかな」


 先輩が首をかしげた。


牧野まきのはたしか実家は下京しもぎょうだよな。ってことは正真正銘しょうしんしょうめいの京都の人間か。ちなみに俺は右京うきょう区民」


 水野みずのさんが言う。


「私は木津川市きづがわしだから府民ね」

「私は城陽市じょうようしだから同じく府民~」


 戸田とださんと井上いのうえさんが続けた。


「俺はきた区民だ。つか水野、右京区は最近広がりすぎだぞ。そっちのせいで北区が頭を抑えられてる。せま苦しいんだよ」」

「そんなこと言われても。そもそも早いもん勝ちでしょ、そこは」

「二人とも、そこは陣地取り合戦じゃないんだからさあ……あ、俺は大山崎おおやまざきだから府民ね」


 久世くぜさんと水野さんの言い合いの仲裁に入った脇坂わきさかさんが笑う。


「てことは、全員が京都の人と」

「違う違う。京都の人と認められるのは牧野だけだよ」

「え? でも、水野さんも久世さんも市内住みなんですよね? それに他の人も府内在住なら、全員京都の人で正解では?」


 先輩以外の全員がチチチッと人差し指をふった。


「知らない? 古くから京都に住む人間が京都と認めるのは、京都市内の中心部の区、上京かみぎょう中京なかぎょう下京しもぎょうだけなんだよ。つまり、ここで京都の人間と認められるのは、牧野だけってことになる。あ、隊長も中京なかぎょう住まいだからそうか」

「隊長のほうがバリバリ京都っ子じゃね? 御所南に住んでるぼんって話を聞いたことがある」


 水野さんと脇坂さんが真面目な顔をして言う。


「あの、それってテレビで大袈裟おおげさに言われてる、都市伝説ですよね?」


 もしかして私はからかわれている?と首をかしげた。


「そりゃまあ、俺だって市民税を払ってるんだから、間違いなく京都市民だけどさ」

「都市伝説なんですよね?」

「まあ、そういう古い考えみたいなものも存在するってやつかな」


 つまり、完全な伝説ではないらしい。


「そうなると、私はどうなるんですかね」

馬越まごしさんは東京出身で、こっちは大学からだよね?」

「そうですけど」


 水野さんは、ふむと考えこんだ。


「たった四年とちょっと住んだだけじゃ、とても京都の人とは言えないね。少なくとも、三代ぐらい続けて京都で暮らさないと」

「私は京都の人にはなれそうにないですね」


 つまるところ、私が京都に住んだとしても京都の人間として認められるのは、私の孫の代からということらしい。


「馬越さん、東京ってことは江戸っ子?」

「あ、はい。それこそ三代以上前から、今の場所に住んでいるらしいです」


 大きな地震や空襲があった中で、長く同じ場所に住み続けられるというのは凄いことだ。その点ではお爺ちゃんやお婆ちゃんを尊敬する。


「京都の都市伝説もだけど、江戸っ子の『宵越しの金は持たないって』本当?」


 戸田さんが興味深げに質問をしてきた。


「んなわけないですよ。うちのひいおばあちゃんは、超がつくほどのドケチだったって、お爺ちゃんが言ってました。ひいおじいちゃんが生活費を使い込んだって聞いて、激怒して家から蹴り出したらしいです。あ、もしかしてひいおじいちゃんは、宵越しの金は持たないタイプだったのかな」


 一体どうしてそんなことになったのか、あまり詳しく聞いた記憶がない。帰省したら話を詳しく聞かせてもらおう。


「なかなか女傑じょけつなひいおばあちゃんだね。その血を馬越さんはしっかり受け継いでいるわけだ」

「どうでしょう。そこまでケチってわけじゃないですけど、私」

「んー? どこかで聞いたことがあるような話だよな。旦那を蹴り出したって話」


 脇坂さんが首をかしげ、なぜか先輩が目を泳がせた。


「あ、牧野のおふくろさんの武勇伝だ」

「もうそれ、忘れてくれませんかね」


 先輩がぼそっとつぶやく。


「先輩のお母さんも、同じようなことをしたんですか?」

「んー……原因は違うけど、似たようなことはしたかも」

「うわー、ちょっと聞きたいですね、その話」

「いやあ……聞いてもあまり面白くないと思うよ?」

「そうなんですか?」


 水野さんと久世さんが、こっちを見てニヤニヤしている。先輩はあまり話したくないらしい。でも正直いって、ものすごく興味がある。なんとか聞き出せないだろうか?


「まあ、あれだ。聞きたかったら牧野のお袋さんに直接聞いたらいいよ」

「ちょっと水野さん」


 先輩の顔がギョッとしたものになった。


「そうそう。こいつの実家、小料理屋をしているんだ。話を聞くついでに、京都のおばんざいの味を楽しんでおいでよ。売り上げ貢献も兼ねてさ」

「勝手になに話してるんですか、脇坂さん」

「先輩のご実家、料理屋さんなんですか?!」

「ほら、馬越さん、もう行く気満々だし。ここでダメって言ったら、向こう半月ぐらいは口をきいてもらえなくなるぞ?」

「半月なんて甘いですよ。つれていってくれるまで、口ききません」


 小料理屋さん、しかもおばんざい!


「脇坂さん達は行ったことあるんですか?」

「あるある。最近は御無沙汰ごぶさただな。久しぶりにおふくろさんの料理、食べたくなったぞ」

「来なくていいですよ……」


 先輩がさらにボソッとつぶやく。


「なんだよ。商売っけがないな、牧野」

「次の年次休暇まで帰る予定はないですよ、俺。付き合いませんからね」

「市内なのに? そんなに顔を見せないんですか? めちゃくちゃ親不孝ですね、先輩~」

「「「だよね~~」」」


 全員の声がはもった。


「まあ俺達はともかく、馬越さんはつれていってやれよ。せっかくの東西異文化交流だからさ」

「異文化……」

「私にとって京都の文化は間違いなく異文化ですね。だからおばんざい、気になります!」


 先輩は大きなため息をついた。


「次の休み、引退した比叡ひえいの様子を見に行くんだ。その後なら時間あるけど?」

「お馬さんプラスおばんざい!」

「その顔、断る気なんてなさそうだね」

「もちろんです! あ。ここは断るべきですか?」

「いや、別にかまわないんだけどさ」


 そんなわけで次の休みの予定が決まった。

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