第三十話 先輩のお馬さん
そんなわけで、
「お疲れさん。ネットで丹波の写真が流れてたらしいよ」
「本当ですか?」
丹波を馬バスから引いて出てきたところで、
「
「ありがとうございます! さて、その前に丹波君、汗を流しておこうね」
丹波の毛は真っ黒なので、こんな日に外にいると、日光をしっかり吸収してホカホカ状態だ。いつもの場所につれていって鞍をおろすと、背中からモワッと湯気があがる。
「うわー、めっちゃ汗かいてるねー」
「
まゆみさんが顔をのぞかせた。
「おかげさまで、丹波も楽しんでたみたいです。パトロールと言うよりは、お散歩気分だったかも」
「それは良かった。お仕事は楽しくできるほうが良いですもんね。
「心配していたデコボコも小石もほとんどなくて、丹波も歩きやすかったみたいです。きれいに整備されてました」
お湯の準備をすると、湯気が出ている場所にかけて手でこすっていく。丹波は息を大きく吐くと目を閉じた。
「それは良かったです。シャワーが終わったら足の裏を確認しますね。今の話の感じだと、特に問題ないと思いますけど」
そう言いながら、まゆみさんは怖い顔をしてみせる。
「まゆみ、仕事は
「お願いします。毎日まゆみさんが見てくれるの、心強いですよ」
「いやいや~。師匠に比べたら未熟なので、あまり期待しないでください。しかし、すっかり王様気分ですねえ、丹波君」
気持ちよさそうにしている丹波を見て、まゆみさんが笑った。
「本当にねえ。どっちが偉いんだ?って質問したら、絶対に自分のほうが偉いって答えそうですよ」
「すっかりお馬さんの下僕ですねえ、馬越さん」
「なるのは猫の下僕だけと思ってましたよ」
汗を洗い流し、しっかりと水を切ってから乾いた場所に移動させる。体が完全に乾くまで、丹波はここで日向ぼっこだ。水を入れたバケツを前に置くと、顔をつっこんでゴクゴクと水を飲み始めた。
「しっかり水分をとらなきゃいけないのは、人間と同じだねえ」
その間に、私は
「じゃあ、足の裏、見せてもらいますねー」
まゆみさんが丹波の足のそばに立った。丹波は指示されるがままに足をあげ、そのまま水を飲み続けた。
「……どんどん
まゆみさんが話しかけても、鼻を鳴らすだけの返事だ。
「すみません。もうちょっと礼儀正しくするように、教育します」
「ま、男の子はこれぐらいで良いのかもですよ。人間もお馬さんも」
「そうなんですかねえ……」
それからしばらくして、すっかり乾いた丹波を
「戸田さーん、丹波君の写真が流れてたって聞いたんですが」
「流れてたよ。もちろん馬越さんも
自分の席に座っていた戸田さんが、私の声に手をあげてヒラヒラさせた。
「個人的に良いなって思ったのを、丹波君フォルダーに入れておいたから。SNSで流れていた写真だから、二次使用はできないから注意してね」
「ありがとうございます」
自分の席につくとパソコンを立ち上げた。そこには騎馬隊の共有ファイルがあり、それぞれの馬ごとにフォルダーが作られている。丹波の名前のついたフォルダーをクリックすると、ネットからの拾い物という名前で、新しいフォルダーが作られていた。
「おお、丹波君の雄姿が!」
パトロール中だけでなく、馬バスの乗り降りの時も、スマホをこちらに向けていた人がたくさんいた。そういう写真もあって、なかなか見ごたえがある。
「あ、これいいですね。馬越さんと丹波、それから牧野さんもちゃんと写ってますやん?」
隣の椅子に座って、写真を一緒に見ていたまゆみさんが指でさした。
「あー、ここにまゆみさんがいれば、完璧なチーム丹波の写真なのに!」
「あ、それ考えたら無念ですね! 明日はカメラ持参で一緒に行こうかな!」
「ぜひぜひー!」
とにかく写真を見てわかったのは、チーム丹波の男性陣は、実に写真うつりが良いハンサムだということだ。
「ねえねえ、先輩も丹波君と同じぐらい、ハンサムに写ってますよ」
前に座った先輩に声をかける。
「馬と同列ってどうなんだろう……」
「え、ダメですか? 丹波君、すごくハンサムですし、そのハンサムなお馬さんと同列て、うれしいことだと思いますけど」
「うーん……?」
先輩の頭が斜め45度に傾いたところで、隊長が部屋に入ってきた。
「おお、ちょうど全員そろってるな。今日の丹波だが、問題なく初日のパトロールをこなしたようだ。馬越も御苦労だった。あとはじっくり訓練を続けていくだけだと思うが、牧野、お前はどう感じた?」
「そうですね。馬越さんも丹波も問題ないと思います。ここから必要になるのは、それこそ経験を積み重ねていくことだけかと」
「だな。それでだ。そうなると牧野にも、そろそろ時間的に余裕ができる頃合いだろう。騎馬隊員は馬に乗ってこそだ。新しい馬をもう一頭、つれてこようと思うんだが」
隊長の言葉に部屋の中がざわつく。
「もう一頭て、予算、大丈夫なんですか?」
「そこは心配するな。もともと今は隊員より馬が少ない状態なんだ。来年度まで待つべきどうか迷っていたんだが、予想外に馬越と丹波が頑張ってくれたからな。予定を前倒ししてもかまわんだろうと、本部で話をつけてきた」
隊長は自分の席の引き出したから、ファイルを引っぱり出す。
「と、建前的にはそういうことなんだが。実のところ、引退馬の再就職先の確保が大変らしくてな。うちでもあと何頭か、頼めないかという話が来ているんだよ。とは言え、体があいている隊員は牧野一人だけなんだがな。俺のほうで、適性がありそうな馬をピックアップしておいた。牧野、お前が選べ」
そう言ってファイルを先輩に押しつけた。
「え、俺が勝手に選んでも良いんですか?」
「もちろんだ。お前の相棒になる馬だからな」
先輩がファイルを開く。そこには何頭かの馬の履歴書がとじられていた。所属している牧場や、それまでの競走馬としての成績など。たまに手書きで書かれているのは、隊長の筆跡だ。
「隊長、もしかして牧場をそれぞれ回ったんですか?」
「実際に見てみないとわからないこともあるからな」
先輩が選ぶというのに、その場にいた全員がわらわらと集まってくる。
「一体いつのまに」
「実のところ
「はやっ」
「
つまり世代交代が迫っているということだ。
「こうやって見ると、馬ってそれぞれ顔が違うよな」
「だねえ。最初はみんな同じに見えてたけど」
先輩のことなんてそっちのけで、馬たちの履歴書を見はじめた。
「先輩、どの馬にするんですか?」
「いや、選ぶ前に履歴書を持っていかれたからまだ見てすらいない」
「って言ってますよ、皆さん」
「ああ、悪い悪い」
「牧野が見やすいように並べてやろう」
そして勝手に机の上に並べていく。その中に白っぽい毛をした子がいた。白というより灰色に近いかも。
「こういう色の子、あまり見ませんね」
その子の写真をさす。
「まあ大体は茶色系だもんねえ」
「丹波君みたいな真っ黒も珍しいけど、たしかに白い子はあまり見ないね」
「ですよねー。けど、なーんか見たことがある気がするのはなんでかなあ……」
その写真を見ながら首をかしげた。なんとなくデジャブみたいなものもを感じる。
「ん? 競馬で走っていたのを見たとか?」
「私、お馬さんは好きですけど、競馬は見たことないですよ。テレビでも。あ」
ポンと手を叩いた。
「ふたばの豆餅だ。それっぽくないですか、この子」
とたんにその場にいた全員が笑い出す。
「こりゃ決まりだな」
「だねー」
「え?! ちょっとなんでですか! 先輩が決めるんですよね?!」
どうしていきなり決定したことになったのか。
「他にも候補がいるのに、豆餅が目についたんだろ?」
「それは私が、ですよ。先輩が決めるんですよね?」
「でも、もう豆餅って聞いちゃったからなあ。こいつを選ぶ道しかない気がする」
先輩が笑う。
「えー……それで良いんですか?」
「黒豆に豆餅だろ? いいコンビじゃないか。まあ正式名称は豆餅ではまずいから、なにか別の名前をつけるけど」
「そこは先輩が命名してくださいよね!」
というわけで、早くも丹波君に後輩君ができるようだ。
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