第二十一話 今年の先導役は?

「さて、いよいよ葵祭あおいまつりが半月後に迫ってきたわけだが……」


 次の日の朝、隊長が全員の前で口を開いた。


「今年の斎王列さいおうれつの先導は、去年に引き続き青葉あおば、そして愛宕あたごに代わって音羽おとわとする。戸田とださんは女性隊員代表として、今年もよろしく頼む。それから水野みずの、初めての大任だが、音羽ともどもよろしく頼むぞ」

「今年は水野さんが、あの装束しょうぞくを着るのか。見るのが楽しみだな」


 冷やかし混じりの声に、水野さんがものすごくイヤそうな顔をする。


「俺は今年こそ、牧野まきのだと思ってたんだけどな、あの装束しょうぞくを着るのは」

丹波たんばはまだ訓練中ですから無理ですよ。ていうか、そもそも丹波の騎手は馬越まごしさんですからね。仮に丹波の訓練が終了していても、俺じゃありません」


 先輩はすました顔でそう言い返した。先輩の向こう側に座っていた戸田さんが、体を乗り出して水野さんのほうを見る。


「ところで、なんで水野君はそんなイヤそうな顔をするん? ここ数年、先導を担当している私や脇坂わきさかさんの立場がないやん? なんなん? ケンカうってるん?」

「うってないけどさ、あれ、着る人間を選ぶだろ? 俺があれを着たところを想像してみろよ。どこから見ても、ポリスまろんじゃないか」


 戸田さんのツッコミに水野さんが反論をした。


「ポリスまろん君、可愛いじゃないですか。あれのどこに不満が?」


 私は水野さんのイヤがりぶりが理解できず、首をかしげる。そう言えば先輩も、自分にあれは似合わないから、逃げ回っていると言っていたような。だから先輩の顔を見た。


「あの、もしかして男性陣には不評なんですか? あの装束しょうぞく

「どうだろうなあ……脇坂さんはめちゃくちゃ似合ってるって好評だったし、本人も気に入ってるって話だったけど」

「脇坂さんは公家顔だから似合ってるんだよ。今年もやってくださいよ、脇坂さーん」


 水野さんの声に、脇坂さんはニコニコしながら両手でバッテンを作る。


「そろそろ愛宕がしんどいんだよ。去年は途中で立ち止まっちゃったし。もうお爺ちゃんなんだ、暑い中アスファルトの長距離歩行はかんべんしてやって。その代わりと言っちゃなんだけど、小さいお友達の接待は頑張るからさ」

年々歳々ねんねんさいさい、暑くなる日が早くなってますもんね」


 脇坂さんの言葉に納得してうなづいた。他の人達も同様だ。


「それと俺は公家顔じゃないぞ、水野」

「いや、どこから見ても公家顔でしょ。だからあの検非違使けびいし装束しょうぞくが似合うんだし」

「あれのどこが不満かわからん」

「だからポリスまろんなんですって」

「ポリスまろん君、可愛いじゃないですか」


「おいおい、話が堂々めぐりを始めたぞ」


 隊長が笑い出す。


「まあ今までの聞いた意見だと、あの頭にかぶるやつが気に入らんというヤツは多かったな」


 隊長がそう教えてくれた。


「そうなんですか? あれも込みでかっこいいのに」

「だそうだ、水野。今どきの若者には受けが良いのかもしれんぞ?」

「そうかなあ……だって馬越まごしさんの意見だしなあ……」


 なにやら聞き捨てならないことを言っている。どうして私の意見だとダメなのか。


「え、なんで私の意見だとダメなんですか」

「だって、ポリスまろんが可愛いとか言ってるし」

「可愛いじゃないですか、ポリスまろん君。ピーポ君よりずっと可愛いですよ」


 私がそう言ったとたん、隊長が人差し指を立て、その指をふった。


「おいおい、そこでよそのキャラクターの名前を出すんじゃない。いろいろと問題になるだろ」

「じゃあ以後は、首都圏警察のゆるキャラのオレンジ色のなんとか君呼びで。とにかく、彼よりポリスまろん君のほうが、ずっと可愛いと思いますけどね」


 それまったく隠そうとしてないよね?と隊長がぼやく。だが私も水野さんも、そんな隊長の様子なんてまったく気にしていない。


「百歩譲ってポリスまろんが可愛くても、それにそっくりになる俺としては何の慰めにもならないんだよ」

「そうかなあ……少なくとも牧野先輩があの装束しょうぞくを着るより、水野さんのほうがポリスまろん君に似てて可愛いと思いますけど」

「なんでそこで俺の名前が。やっぱり俺にはあれは似合わないってこと?」


 隊長に続き、先輩がぼやいた。それも無視。


「なんでそんなにイヤなのか、理解不能ですよ。あの装束しょうぞくは通常の制服よりもみやびで、平安騎馬隊らしくて良いじゃないですか」


 首をかしげながら戸田さんに目を向ける。水野さんがポリスまろん君なら、戸田さんはポリスみやこちゃんだ。戸田さんが私の視線に気づいてニヤッと笑った。


「ちょっととうが立ったポリスみやこだけど、だいじょうぶかしらね、私?」

「戸田さん、めっちゃ凛々りりしいみやこちゃんじゃないですか。かっこいいですよ」

「ありがと。じゃあ水野君、明日あたり、コースを歩いてみる? まずは馬なしの徒歩になるけど」

「了解です。あー、とうとう俺があれを着ることに~~雨になれ~~」

「私、超強い晴れ女だから、前日まで豪雨だったとしても、当日は絶対に晴れるわよ」


 戸田さんにそう言われ、水野さんはその場でガックリと机に突っ伏す。


「そんなこと言ってるけど、息子君と娘ちゃん、水野が先導役になったって聞いたら喜ぶと思うけどな。前に俺が着ているのを見て、すごくうらやましがってたし」


 脇坂さんがそう言うと、水野さんは大袈裟おおげさにため息をつく。


「あー、それがあった。きっと写真を撮られて永久保存ですよ……ポリスまろんが我が家の永久保存写真に」


 そこで隊長がなにやら思いついたのか、ポンと手をたたいた。


「写真で思いついた。毎年のように話に出ては立ち消えになっているが、今年度こそ、騎馬隊の記念切手シートを作らないか? 桜のシーズンは終わってしまったが、葵祭の先導役や他のパレードでの制服の写真も撮ってだな。広報のカメラ担当に頼んでおくかな、写真」

「ああ、それ。なかなか実現しなくてどうなることかと思ってたんですけど、今年こそですね」

「馬たちの写真もそれぞれ切手にしたいですよねえ。けどそれだと1シートでは収まらないか」


 隊長の提案に、その場にいた全員がウキウキしだす。どうやら全員が乗り気のようだ。一人を除いて。


「ちょっと隊長。それって俺のポリスまろん姿が切手になるってことですか?」

「そりゃ今年はお前だからな。それに葵祭あおいまつりの写真を入れなくてどうするって話だろ」

「あ、でもそれだったら時代祭じだいまつりの時でも……」

「毎年のことだからわかっていると思うが、葵祭あおいまつりの先導をしたら、自動的のその年の時代祭じだいまつりの先導も任せることになるからな?」

「そうでした……」


 脇坂さんがニヤニヤしながら水野さんを見ている。


「良いじゃないか、水野。封筒にお前の写真が貼られ、郵便屋さんの手によって全国に散らばっていくわけか。なかなかできない経験だよな」

「だったら代わりますよ、脇坂さん」

「いやいや。俺は自分のことより愛宕のほうが大事だから、いさぎよくあきらめる」

「あきらめないでー」


 脇坂さんはニヤニヤしながら今度は私の顔を見た。


「切手ができあがったら、実家にも送ってあげなよ、馬越さん。馬越さんの写真も入れるようにするからさ」

「え、本当ですか? うれしいです! 家族に自慢できる! 保存用に自分の分も買いますから、今から予約しておきます!」

「ほら、これが普通の反応やし」


 全員がニヤニヤしている。


「それは馬越さんが、検非違使けびいし装束しょうぞくを着ないからだろ!」

「え、私、あれを着れるなら、着て写真を撮ってもらいたいですけど、丹波と」

「……」


 今朝は水野さんにとって、色々とダメージのある朝だったようだ。ミーティングが終わると、魂が半分抜けたような顔をしたまま、朝の見守り活動をするために事務所を出ていった。


「水野さん、大丈夫なんですかね?」


 その背中を見送りながらつぶやく。


「心配ないよ。なんだかんだ言っても、騎馬隊員としては名誉あることだからね。それにお子さん達に「パパすごい」って言われたら、やっぱりうれしいだろうし」

「でも先輩、逃げ回ってるんですよね?」

「そりゃ、おじちゃんすごいって言ってくれる甥っ子や姪っ子はいるけど、やっぱり似合わないから、俺」


 先輩はアハハと笑った。たしかにポリスまろん君ぽくはないだろうが、先輩だってそれなりに似合うと思う。


―― それを言うのは、実際に先輩があれを着た時の楽しみにとっておこう! ――

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