第二十一話 今年の先導役は?
「さて、いよいよ
次の日の朝、隊長が全員の前で口を開いた。
「今年の
「今年は水野さんが、あの
冷やかし混じりの声に、水野さんがものすごくイヤそうな顔をする。
「俺は今年こそ、
「
先輩はすました顔でそう言い返した。先輩の向こう側に座っていた戸田さんが、体を乗り出して水野さんのほうを見る。
「ところで、なんで水野君はそんなイヤそうな顔をするん? ここ数年、先導を担当している私や
「うってないけどさ、あれ、着る人間を選ぶだろ? 俺があれを着たところを想像してみろよ。どこから見ても、ポリスまろんじゃないか」
戸田さんのツッコミに水野さんが反論をした。
「ポリスまろん君、可愛いじゃないですか。あれのどこに不満が?」
私は水野さんのイヤがりぶりが理解できず、首をかしげる。そう言えば先輩も、自分にあれは似合わないから、逃げ回っていると言っていたような。だから先輩の顔を見た。
「あの、もしかして男性陣には不評なんですか? あの
「どうだろうなあ……脇坂さんはめちゃくちゃ似合ってるって好評だったし、本人も気に入ってるって話だったけど」
「脇坂さんは公家顔だから似合ってるんだよ。今年もやってくださいよ、脇坂さーん」
水野さんの声に、脇坂さんはニコニコしながら両手でバッテンを作る。
「そろそろ愛宕がしんどいんだよ。去年は途中で立ち止まっちゃったし。もうお爺ちゃんなんだ、暑い中アスファルトの長距離歩行はかんべんしてやって。その代わりと言っちゃなんだけど、小さいお友達の接待は頑張るからさ」
「
脇坂さんの言葉に納得してうなづいた。他の人達も同様だ。
「それと俺は公家顔じゃないぞ、水野」
「いや、どこから見ても公家顔でしょ。だからあの
「あれのどこが不満かわからん」
「だからポリスまろんなんですって」
「ポリスまろん君、可愛いじゃないですか」
「おいおい、話が堂々めぐりを始めたぞ」
隊長が笑い出す。
「まあ今までの聞いた意見だと、あの頭にかぶるやつが気に入らんというヤツは多かったな」
隊長がそう教えてくれた。
「そうなんですか? あれも込みでかっこいいのに」
「だそうだ、水野。今どきの若者には受けが良いのかもしれんぞ?」
「そうかなあ……だって
なにやら聞き捨てならないことを言っている。どうして私の意見だとダメなのか。
「え、なんで私の意見だとダメなんですか」
「だって、ポリスまろんが可愛いとか言ってるし」
「可愛いじゃないですか、ポリスまろん君。ピーポ君よりずっと可愛いですよ」
私がそう言ったとたん、隊長が人差し指を立て、その指をふった。
「おいおい、そこでよそのキャラクターの名前を出すんじゃない。いろいろと問題になるだろ」
「じゃあ以後は、首都圏警察のゆるキャラのオレンジ色のなんとか君呼びで。とにかく、彼よりポリスまろん君のほうが、ずっと可愛いと思いますけどね」
それまったく隠そうとしてないよね?と隊長がぼやく。だが私も水野さんも、そんな隊長の様子なんてまったく気にしていない。
「百歩譲ってポリスまろんが可愛くても、それにそっくりになる俺としては何の慰めにもならないんだよ」
「そうかなあ……少なくとも牧野先輩があの
「なんでそこで俺の名前が。やっぱり俺にはあれは似合わないってこと?」
隊長に続き、先輩がぼやいた。それも無視。
「なんでそんなにイヤなのか、理解不能ですよ。あの
首をかしげながら戸田さんに目を向ける。水野さんがポリスまろん君なら、戸田さんはポリスみやこちゃんだ。戸田さんが私の視線に気づいてニヤッと笑った。
「ちょっと
「戸田さん、めっちゃ
「ありがと。じゃあ水野君、明日あたり、コースを歩いてみる? まずは馬なしの徒歩になるけど」
「了解です。あー、とうとう俺があれを着ることに~~雨になれ~~」
「私、超強い晴れ女だから、前日まで豪雨だったとしても、当日は絶対に晴れるわよ」
戸田さんにそう言われ、水野さんはその場でガックリと机に突っ伏す。
「そんなこと言ってるけど、息子君と娘ちゃん、水野が先導役になったって聞いたら喜ぶと思うけどな。前に俺が着ているのを見て、すごくうらやましがってたし」
脇坂さんがそう言うと、水野さんは
「あー、それがあった。きっと写真を撮られて永久保存ですよ……ポリスまろんが我が家の永久保存写真に」
そこで隊長がなにやら思いついたのか、ポンと手をたたいた。
「写真で思いついた。毎年のように話に出ては立ち消えになっているが、今年度こそ、騎馬隊の記念切手シートを作らないか? 桜のシーズンは終わってしまったが、葵祭の先導役や他のパレードでの制服の写真も撮ってだな。広報のカメラ担当に頼んでおくかな、写真」
「ああ、それ。なかなか実現しなくてどうなることかと思ってたんですけど、今年こそですね」
「馬たちの写真もそれぞれ切手にしたいですよねえ。けどそれだと1シートでは収まらないか」
隊長の提案に、その場にいた全員がウキウキしだす。どうやら全員が乗り気のようだ。一人を除いて。
「ちょっと隊長。それって俺のポリスまろん姿が切手になるってことですか?」
「そりゃ今年はお前だからな。それに
「あ、でもそれだったら
「毎年のことだからわかっていると思うが、
「そうでした……」
脇坂さんがニヤニヤしながら水野さんを見ている。
「良いじゃないか、水野。封筒にお前の写真が貼られ、郵便屋さんの手によって全国に散らばっていくわけか。なかなかできない経験だよな」
「だったら代わりますよ、脇坂さん」
「いやいや。俺は自分のことより愛宕のほうが大事だから、いさぎよくあきらめる」
「あきらめないでー」
脇坂さんはニヤニヤしながら今度は私の顔を見た。
「切手ができあがったら、実家にも送ってあげなよ、馬越さん。馬越さんの写真も入れるようにするからさ」
「え、本当ですか? うれしいです! 家族に自慢できる! 保存用に自分の分も買いますから、今から予約しておきます!」
「ほら、これが普通の反応やし」
全員がニヤニヤしている。
「それは馬越さんが、
「え、私、あれを着れるなら、着て写真を撮ってもらいたいですけど、丹波と」
「……」
今朝は水野さんにとって、色々とダメージのある朝だったようだ。ミーティングが終わると、魂が半分抜けたような顔をしたまま、朝の見守り活動をするために事務所を出ていった。
「水野さん、大丈夫なんですかね?」
その背中を見送りながらつぶやく。
「心配ないよ。なんだかんだ言っても、騎馬隊員としては名誉あることだからね。それにお子さん達に「パパすごい」って言われたら、やっぱりうれしいだろうし」
「でも先輩、逃げ回ってるんですよね?」
「そりゃ、おじちゃんすごいって言ってくれる甥っ子や姪っ子はいるけど、やっぱり似合わないから、俺」
先輩はアハハと笑った。たしかにポリスまろん君ぽくはないだろうが、先輩だってそれなりに似合うと思う。
―― それを言うのは、実際に先輩があれを着た時の楽しみにとっておこう! ――
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