第二十二話 お馬さんも成長してます
丹波はすっかり両お爺ちゃんに懐いており、二頭の姿を見ると、目をキラキラさせて嬉しそうにいなないた。しかしお爺ちゃん達のほうは、丹波をチラッと見てブルッと鼻を短く鳴らすだけと、若干の塩対応。というか実はこれが普通で、丹波の感情の表わし方がパワフルすぎるという話もちらほら。
「さて、今日のお馬さんの行進、先頭は丹波だったね」
「はい。よろしくお願いします!」
三頭で横一列にならぶと、前に立った先輩が「騎乗」と号令をかけた。私達はその号令に合わせ、それぞれの馬に騎乗する。この時、馬たちがおとなしくできているかも、重要なポイントだ。
「うん、すごいね。ここ最近の丹波、ちゃんと待機ができるようになってるじゃないか」
横にいた
「この落ち着きぶり、牧場の
競馬のスタート前のゲートインでおとなしくせず、そわそわしっぱなしだったらしい。最初にここで並んだ時も、暴れることはなかったがジッとせず、落ち着かせるのがなかなか大変だった。
「やっぱりあれかな。騎手が乗馬経験者だと、馬にとっても違うのかねえ。丹波、訓練の進み具合が他の馬より早いよな」
三国に騎乗した
「訓練がスムーズに進むなら、騎馬隊に配属される時は、事前に乗馬クラブで短期講習を受けるのも手だね」
「俺達の今までの苦労はなんだったんだって話だけどなー」
脇坂さんが笑った。
「俺達の苦労は、それこそ経験の蓄積のためだろ。なあ、
「馬の訓練が早く完了するなら、それに越したことはないと思いますね。いろいろなイベントにも引っ張りだこですし、早くから参加できるようになれば、それだけ他の馬の負担も減りますし」
「最近は騎馬隊も人気だからなー」
そんな雑談をしている間も、三頭はおとなしくしている。いや、お爺ちゃん達はそうかもしれないが、丹波に関してはちょっと怪しいかもしれない。というのも、さっきからシッポが私の足にファサファサと当たっているからだ。この動き、丹波が焦れはじめた時のクセだった。我慢することは覚えたが、忍耐に関してはまだまだのようだ。
「あの、先輩の皆さま、そろそろ丹波君の忍耐力が切れそうです」
せっかく脇坂さんにほめてもらったのに、残念。
「それは失礼した。うっかり話が長くなっちゃって」
「すみません。愛宕や三国の域に達するのはまだ先みたいです」
「ま、このお爺ちゃん達の気の長さは、ちょっと普通じゃないから」
「そうそう。馬の仙人みたいなものだからね、三国と愛宕は。この域に達するには丹波君、あと二十年ぐらい生きないと」
……それはかなり遠い道のりだ。
「じゃあ、お馬さんの行進を始めようか。馬越さん、先導をたのむよ」
「了解でーす。じゃあ、お馬さんの行進、はじめまーす」
丹後に指示を出し
―― そのうち、あの乗馬クラブさんにも顔を出そう。希望どおり騎馬隊に配属されたことも報告したいし ――
お馬さん行進を続けていると、隊長が馬場に出てきた。柵にもたれかかり、先輩となにやら話をしている。おそらく、丹波と私の訓練の進み具合を話し合っているのだろう。満足げな顔をしているところを見るに、訓練の
お馬さん行進を終え、再び先輩の前に横一列にならぶ。まだまだ元気そうな丹波とは対照的に、愛宕と三国はやれやれといった様子だ。
「本当にお爺ちゃんなんですね、愛宕と三国って」
「そりゃ、もうとっくに二十歳をこえてるからね。去年末に引退した牧野の相棒の
「七十五歳!! そんなお年なのに、先輩を乗せて歩いてたんですか?」
「馬だからね、馬。別に人間のお年寄りに背負われてるわけじゃないから」
先輩の言葉のせいで、先輩を背負っているお爺ちゃんの姿が頭に浮かんでしまった。いくら長寿国日本でも、これはちょっと無理がある。
「なにを考えているのか、聞かないほうがよさそうだ」
「別になにも考えてませんよ」
「我が騎馬隊の馬隊員達も、人間社会と同じで高齢化が進んでいる。だからこそ、若い丹波には頑張ってもらわないとな」
隊長が馬場の中に入ってきた。そして丹波の前に立つと
「順調に訓練も進んでいるようだし、外に出て歩かせるのも、予定より早い時期にできるかもしれないな」
「本当ですか? 丹波君、そろそろ外に出られるかもだって」
私は鞍からおりて丹波の顔をのぞき込んだ。
「なかなか優秀な馬だな。競馬界から早々に引退してくれてよかった」
「しかも男前ですしね。お馬さん好きのカメラお姉さんたちには、好かれるんじゃないですかね」
「社交的でもありますし、一般のイベントにも向いてると思いますね」
隊長達が口々に丹波をほめ始める。それを聞きながら、なんとも複雑な気分になってきた。隊長たちが丹波のことをほめてくれるのは、とてもうれしいことだ。うれしいんだけれど……。
「あの、ちょっと気になったんですが、皆さん、丹波しかほめてないような」
「「「ん?」」」
隊長と脇坂さん、そして久世さんが私を見た。
「私はどうなんでしょう? 一応、チーム丹波の一員なんですが、私」
「「「……」」」
三人ともとても邪気のない目でこちらを見ている。たぶん私がそう言うまで、そのことにまったく気づいていなかったようだ。
「だから前にも言ったろ? 馬越さんがすねないように俺がほめるって。いいこいいこ」
先輩がニコニコしながら、私に頭をなでた。それを見た三人が「なるほど」と納得している。
「そうじゃなく」
「あ、ごめん、今日は角砂糖は持ってきてないんだ。もしかして馬越さん、黒砂糖の好きだった?」
脇坂さんが、ものすごいニコニコ顔を浮かべながら言った。この笑顔の浮かべ方は、ある意味、才能かもしれない。広報を任された騎馬隊員のみが身につけることができる、特殊スキルだろうか?
「ですからそうじゃなく」
何を言っても「邪気のないニコニコ顔」で返されてしまう。からかわれているんだろうなと思いつつ、会話を止めるタイミングがつかめない。私の心の中に愚痴りを察したのか、隊長が軽く咳ばらいをした。
「馬越もよくやっている。それは間違いないから安心しろ」
「とってつけたようなお言葉ですね」
「まあそうかもな」
「!!」
その瞬間、私はきっとすごい顔をしたのだろう。その場にいた全員が爆笑した。
「女子の顔を見て笑うなんて、ひどい男子もいたもんですよ、まったく」
「いやいや、それはそれとしてだ」
なにが「それはそれ」なのかさっぱりわからない。
「実際のところ心配だったのは、間違いなく人間より馬のほうだ。馬越に関しては、面接での熱意と事前に乗馬クライブに短期入会していたことも聞いていたので、警察官としての経験値以外ではそこまで心配していたわけじゃない」
まったく心配していたわけではないと言わないのが、隊長らしい。
「でも、私がモノにならなかったら、牧野先輩が丹波の騎手になっていたんですよね?」
「そこは念のための保険でもあった。いつまでも牧野は一緒じゃないぞ」
「そうなんですか?」
先輩の顔を見あげると、そのとおりとうなづいた。
「俺がチーム丹波にいる期間は、馬越さんと丹波の訓練が一通り完了して、馬越さんがなんらかのイベントに参加するのを見届けるまで、ということになっている」
そう説明をしてくれた。
「新人が馬の世話から訓練まで、すべて一人でできるわけじゃないからな。経験を積んだ人間がつくのは、当然のことだ。しかもお前には、研修というおまけもついているわけで」
「なるほど」
「牧野がいつまでも、チーム丹波にいるわけじゃないことはわかったな? だから一日も早く、一人前の騎馬隊員になれるよう、さらに訓練に励め。今の調子でいけば、夏の交通安全月間のイベントには間に合いそうだと、牧野とも話していたんだからな」
具体的な時期が示されて、それを目指してやる気が出てくる。そして気になることが一つ。
「だったら先輩はその後、どうするんですか? やはり白バイ隊に?」
「ん? 俺はまだここにいるつもりだけど。騎馬隊の馬隊員の若返りを目指すなら、まだまだ新しい馬は必要だし」
それを聞いて一安心。どの先輩隊員も気さくで優しいけれど、最初に同じチームになった先輩が残ってくれるのは、新参者の自分にとっては非常に心強いことだった。
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