第十六話 おみやげは角砂糖
今日は一日、お馬さんのいない日だと思っていたから、
―― あー、やっぱりお馬さんのいる生活って最高~~ ――
説明をしている間も、愛宕が時々「おや、
「あのお馬さん、すごくおとなしいね。白バイさんの横にいても平気そうだし。耳、ちゃんと聞こえてるんだよね?」
白バイの横に立ちおとなしくしている愛宕を見て、
「お爺ちゃんだけど問題なく聞こえてるよ。多分、慣れなんじゃないかな」
「そっか。ベテランさんなんだ、あのお馬さん」
すぐ横で白バイがエンジンをかけても、愛宕はまったく動じていない。愛宕と
「子供たちにも人気があるんだよ、あの子」
「ふみちゃんが乗る予定のお馬さんは、もう決まってるの?」
「うん。先月、私が配属されたと同時にやってきたお馬さんでね。今は一緒に訓練中」
「ふみちゃん、お馬さんと同期になんだ」
「今年からの新しい試みなんだって。新人同士の馬と人の組み合わせって。ああ、もちろん先輩の騎馬隊員も、ちゃんとついてくれてるんだよ」
「なんだか楽しみだな~~、ふみちゃんが馬に乗ってるとこを見るのが」
稲葉さんがニコニコしながら言った。
「がんばるよー。残念ながら今年の
「
その指摘になるほどとなる。
「私の中では、来年の
「おお、それはいいことー。がんばれー」
「がんばるー!」
実技研修が終わり、愛宕も本部に戻るため馬バスに乗り込んだ。その様子を離れた場所から見ていると、
「?」
なんだろうと、首をかしげながら小走りに馬バスの元へ向かった。
「なにか?」
「ん? いや、丹波のことが気になってるんじゃないかと思って」
「もちろん気になってます! いい子にしてましたか?」
様子を知らせてくれるために、わざわざ呼んでくれたらしい。
「いやいやー。なかなかどうして、俺が出てくる時も大騒ぎしてたよ」
「えー……
「もちろん牧野がなだめてすかして、馬場につれ出していたけどね。あいつ、ちょっとショックを受けていたな」
脇坂さんが気の毒そうに笑った。
「そうなんですか?」
「もうちょっと丹波とは、男同士の友情がはぐくまれていると思っていたらしい。それを真っ向から否定されちゃったからねえ」
「ちなみに隊長は……」
「うん、隊長もお呼びじゃなかったみたい。噛まれそうになって、
「えー……」
喜んでいた水野さんはともかく。特に甘やかした覚えもないのに、どうしてそんなにワガママ状態になってしまったのか。まさか「馬の手」のせいとか?! 自分の手を見つめながらため息をつく。
「次からは研修の前の日に、ちゃんと言って聞かせないとダメかもね」
「かしこいのも考えものですね……明日が心配になってきました……」
めちゃくちゃヘソを曲げていそうだ。明日は丹波のご機嫌取りをするだけで、一日が終わってしまうかも。
「というわけなので、はい、これ」
そう言って、脇坂さんは見たことがある袋を差し出した。
「あ、黒砂糖」
「みんな大好き、角砂糖だよ。今日の研修が終わってから、おみやげ持参で顔を出してやったら? 今日は当直で
「わかりました。だったらこっちが終わったら、様子を見にいってみます」
「うん。じゃあ、あっちに戻ったら、俺から土屋さんに伝えておくよ」
「お願いします!」
お砂糖の袋を手に皆のところに戻る。
「なに、それ?」
「ん? うちのお馬さんへの献上品」
「お砂糖?」
「うん。お馬さんたちの大好物なの」
「へー。お馬さんが甘党だなんて知らなかったよ」
その日の研修は無事に終わり、明日からは再び、それぞれの勤務先での仕事だ。
「じゃあ、また次の研修でね。っていうか私達、同じアパートなんだから、会おうと思えば毎日でも会えるんだよね。会えてないけど」
「しかもお隣同士だよね、私達。どうしてこんなに会えないのかな。朝とか顔を合わせそうなものなのに」
稲葉さんがあきれたように笑う。お互い微妙に部屋を出る時間がずれているせいか、今回の研修まで顔を合わせたことがなかった。せっかく同期なのに、なんてもったいない。
「せっかくのお隣さん同志なんだから、休みの日が重なったら宅飲みしよう」
「それも微妙に合わなさそうだけどね」
「次に会うの、やっぱり研修でだったりして」
その可能性は無きにしもあらずだ。
「じゃ、次に顔を合わせた時に飲み会の日を決めようってことで」
「了解! あんた達はお呼びじゃない」
近くに立っていた三人組に、稲葉さんが指をつきつける。
「なにも言ってないだろ、俺たち」
「言いそうだった」
「お前らと行かなくても、先輩に合コンにつれて行ってもらうから良いんだよ、俺たちは」
「あー、はいはい。合コンね合コン」
稲葉さん派手をヒラヒラさせながら、どうでもいいという顔をした。
「うっわ、ムカつく」
「じゃあ、私はこれで! お馬さんに献上品を届けに行ってくる」
言い合いに付き合っていると長くなりそうなので、会話に無理やり割りこむ。
「人より馬なのねー」
「うん。馬なの。騎馬隊員だし!」
後ろでブツブツとあきれている声が聞こえてきたけれど、気にせず足早にその場から立ち去った。いま私にとって重要なのは、丹波君のご機嫌取りのほうなのだから。
通勤用のバイクを飛ばし、厩舎のある騎馬隊本部へと向かった。入口のゲートはすでに閉まっている。バイクを降りると、呼び出し口にあるインターホンを鳴らす。その上には監視用のカメラがこっちを向いていた。
『遅くからご苦労さん。ちょっと待っとれ』
「はーい」
土屋さんの声に、カメラに向かって手をふる。かすかに馬たちのいななきが聞こえてた。さすがに馬好きな私も、どの声がどの馬かまでは、まだ聞き分けることができない。
「そのうち、わかるようになるかな……」
そんなことを考えているとゲートがあいた。そして土屋さんが顔を出す。
「当直お疲れさまでーす」
「そっちこそ、遅くからご苦労さんだな」
「いえいえ。明日のことを考えたら、今のうちにってやつですよ」
「牧野がまだ残ってるぞ。今、丹波と男同士の話し合い中だ」
土屋さんが半笑いの表情を浮かべた。
「そうなんですか? あ、だったら私、お邪魔だったかな」
「かまわんだろ。相手は丹波なんだ。そうそう話し合いに決着がつくとは思えんし」
「それってどういう……」
馬たちを驚かせないように、バイクは押して入る。私が入ると再びゲートは閉められた。駐輪場にバイクを止めると、角砂糖入りの袋を手に厩舎に向かう。近くづくにつれ、先輩のボソボソとしゃべる声が聞こえてきた。
「まったく丹波。今日のあのザマはなんなんだ? お前だってもう赤ん坊じゃないんだから、母さんがいないぐらいで騒ぐんじゃない」
「母さん」とは恐らく私のことだ。そして丹波の腹立たし気ないななきと、地面を蹴る音がする。
「まったく。馬越さんの研修はまだまだあるんだぞ? そのたびにこんなことしてたら、お前、いつになったら一人前の騎馬隊の馬になれるんだ?」
再び丹波のいななき。
「まったくなあ……あ、馬越さん?」
「どうも、お疲れさまです、先輩」
のぞいていたら先輩と目があった。
「なんでここに?」
「あれ、脇坂さんから聞いてなかったんですか? 丹波君のご機嫌取りに寄ったんですけど。
そう言って、角砂糖入りの袋をブラブラさせる。すると先輩の向こう側から丹波が顔を出し、ヒヒーンと声をあげた。
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