第4話 母の帰宅

 あの夜の後、私は少し強気になっていた。父の弱みを握ったような気がしていたのだ。それで、父に経済的な援助を依頼することに決めた。学校の体操着が汚いから買ってもらいたかった。あとは縄跳びも短すぎた。今度、父が来たら言おう。毎日、父が来ないかなと待つようになった。


 すると、1週間後の夜、また父がやって来た。

 夜、ドアをどんどん叩く音がした。

 お母さんかな?

 私はすぐに玄関に走って行った。


「お母さん?」

「お父さんだよ」

 私は玄関を開けた。

 そこにはお父さんが立っていた。手に何か持っている。また、何かくれるのかもしれない。私は嬉しくなった。


 お父さんは、居間に入って来て、スーパーの袋を渡してくれた。お菓子と食べ物が入っていた。もう、ぬいぐるみはないんだとがっかりした。


「今日、泊まってくから」

「うん」

「一緒に風呂入ろう」

「うん。お父さん、体操着と縄跳び買って」

 お父さんがいつの間にかいなくなってしまうかもしれないから、先に言うことにした。

「いくらだ?」

「4000円くらい」

「わかった」

 お父さんは財布からお金を出した。お札が何枚もあって、私は脳内によだれが溢れ出すような欲望を感じた。もっと、お金が欲しい。


 私とお父さんはお風呂に入って、一緒の布団で寝た。前に付いた血は拭いても取れなかったけど、お父さんはそんなことは気が付かない。うちはどこもかしこも汚れているのだ。2回目は電気が付いたままだった。悪夢のようで眩暈がした。朝起きると、やっぱりお父さんはいない。


 私は何もなかったように、学校に行った。私が家でお父さんとあんなことをしてるなんて、誰も思わないだろう。そう考えると、ちょっと面白かったし、みんなが子どもに見えた。


 お父さんは大体一週間に一回か二回来ていた。お母さんは来るとしたら昼間だ。月一回お金を持ってくる。私が学校から帰ると、玄関に母の靴が置いてあった。


「お母さん」

 私は居間にいた母に声を掛けた。

 母は見たことない洋服を着ていた。黒と赤の花柄の透ける素材のワンピースだった。きれいな洋服が着られて、いいなぁと思う。

 でも、母に会えても、もう、以前ほど嬉しくはない。

 私には父がいるからだ。

「ああ、遅かったね。どっか寄ってたの?」

「まっすぐ帰って来たよ」

 実はその頃、自販機のおつりの穴に指を入れて、小銭が残ってないか探すのが日課になっていた。それで、30分ほど費やしてしまったのだ。


「じゃあ、これ来月の分」

 そう言って、母はテーブルの上に現金を置いた。

「ありがとう。お母さん、食費がないからもうちょっとくれない」

「じゃあ、3,000円やるから。無駄遣いするんじゃないよ」

「うん。ありがとう。お母さんは今どこにいるの?」

「▽〇▽に住んでる」

「そうなんだ・・・電話番号教えてくれない?」

「教えられないよ。なんかあったら連絡するから」

「うん」

「じゃあ、帰るよ」

「お母さん、待って。私のお父さんのこと教えてくれない?」

「面倒臭えなぁ・・・早く帰りたいのに」

「ごめん。どうしても知りたくて」

「建設現場で働いてて、重機の下敷きになって死んだんだよ」

「本当に?」

「間違いないよ」

「お墓は?」

「籍入れてなかったからね・・・どこにあるかも知らない。入れてたら遺族年金もらえたんだけど。あっちは結婚してたからさ。会社の社長だったんだけど」

「え?不倫だったの?」

「そうだよ。悪いかよ?」

 私は首を振った。自分が汚い物のように感じた。よく、不倫っていうけど、私は嫌いだった。お父さんはもう死んでるんだ・・・。じゃあ、家に来る人は誰なんだろう・・・。私は怖くなった。


 

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