【4】
少女は目を開けた。
まっしろな部屋の中で、少女はひどい空腹を自覚し、また強い疲労感を覚えた。
悪夢にうなされていたような気がするが、思い出せない。
少女は立ち上がり、自分をここに閉じ込めたゆがみ顔への恐怖を断ち切って、いずれかのドアを開けることを決意した。
最初の部屋には何もなかった。
次の部屋には、空っぽの箱があった。
次の部屋にも、またその次の部屋にも、さらにその次の部屋にも、何もなかった。
次の部屋に、一抱えほどの大きさの機械があった。
少女は危険を感じながらも、飢餓感と疲労感に耐えかねて、何か事態を好転させる結果を生まないかと、それに触ってみた。
すると機械は鋭いビープ音を鳴らし、少女が身構える前で、カチャカチャと音を立てながら摩訶不思議な挙動でパカリと2つに割れ、内部から白い箱をころりと吐き出した。
そして、またすぐに元の形に戻った。
おそるおそる少女が箱を開けると、6本のブロック食と、4パックの飲料が、今ここで製造されたばかりであるかのように、きちんと詰められていた。
少女は歓喜して、その場で存分に飢えと渇きを満たした。
未知のものでも、試せば良い結果になることもある、と少女は学んだ。
それからさらにあちこち機械に触れてみたが、どこも光らず、音も鳴らず、どうやらもう作動しないようだった。
少女は諦めて立ち上がり、食糧と水が入った箱を手に持ったまま、次の部屋へ行くことにした。
人形がぽつんとある部屋があった。
何もない部屋があった。
ドアを開けた時、かすかな寒気を感じる部屋があった。
とても嫌な予感がして、少女は慌ててドアを閉め、そこには入らないようにした。
また、何もない部屋があった。
ここは何なのか、と少女は考えた。
まっしろな正方形の部屋が、格子状に、いくつもいくつも並んでいる場所らしい。
そのほとんどが空っぽで、不安定に瞬く白灯と、不定期にうなる通気口があるだけだ。
どの部屋にも四方につながる4つのドアがあるが、開くドアと開かないドアがあった。
ひょっとしたら、もともと絶対に開かないようになっているドアがあって、その向こうは部屋がなく、壁になっているのかもしれない。
少女は、頭の中で地図を思い描こうとした。
漠然と、自分がいる場所の全体を知りたいと思った。
曖昧なイメージの中で、少女は、自分がずっと右回りにドアを開け続けるところを想像した。
そうすれば、そのうちまた元の部屋に戻ってくることになるはずだ。
しかし、1つの部屋には、必ず1つから2つ、開かないドアがあって、一度開けた閉じたドアは逆からは開かないようになっているので、思うように針路を定められず、頭の中の地図を埋めることができなかった。
少なくとも、その向こうに部屋があることが確かなのに開かないドアというものもあることを、少女は知った。
結局、ドアが開くかどうかについての法則性はわからない。法則などないのかもしれない。
しかしながら、少女は、この場所に何者かの意図が働いているように感じた。
一度閉じたドアが開かなくなるのは、誘導ではないのか。
もしそうだとしても、少女は進むしかなかった。
次のドアを開けた時、少女は驚いた。
その向こうがまっくらで、何も見えなかったからだ。
こんなことは初めてだった。
白灯がついていないだけで、同じように正方形の部屋があって、4つのドアがあるのだとしても、少女は本能的恐怖から、暗闇へ一歩踏み出すことができなかった。
別のドアを選んだ。
また、何もない部屋。
その次の部屋には箱があり、その中に、紫ラベルの小瓶が3本入っていた。
その中には、液体がいっぱいに入っていた。
初めて見るものだったが、少女は飲み水かと思い、試行錯誤して蓋を開け、小瓶を傾けて液体を口に含んだ。
舌がひりつくような、少し奇妙な味がしたが、特に何も起こらなかった。
しかし彼女にとっては好ましい味ではなかったので、残りの2本は持っていかないことにした。
立ち上がった時、少女は、何か、さっきまでとは物の見え方が変わったような気がした。
しかし、自分でも何がどう変わったのかわからなかった。
また、何もない部屋があった。
次のドアを開けた瞬間だった。
カチリと、上から小さな機械音がして、少女は危険を感じて飛び退いた。
風切り音とともに、鋭い矢が立て続けに3本、おそるべき勢いで発射されていた。
2本が床にぶつかって折れて跳ね、最後の1本が、少女の脚の付け根をかすめていた。
心臓が早鐘を打っていた。息が苦しかった。自分の呼吸音が、自分の頭の中から聞こえた。
避けるのが少しでも遅かったら、矢は3本とも自分の身体を貫いていただろう。
自分がどうしてこんなに早く反応できたのか、自分でもわからなかった。
さっき飲んだ薬のせいかもしれないと、頭のどこかで思った。
ジクり、とくる痛みが、後からやってきた。
右ふとももが浅く線状にえぐれ、できた溝にそって血があふれ、脚をつたい、足首に向かって赤い川ができつつあった。
痛む脚を気遣いながら、少女は慎重に、ドアの向こうをうかがった。
天井付近に、何らかの機械的装置があるのが見えた。ドアを開けることに連動しているらしいということ以外、少女には仕組みがわからなかった。
そして、誰かが、敵意をもって、それを仕掛けたのだろうということ以外。
少女には、それが何よりもおそろしかった。
ゆがみ顔はやはり、自分が逃げ出すことを予測していたのかもしれない。
矢はもう飛んでこないようだったが、確信がなく、少女はそのドアを閉め、別のドアを選んだ。
まっしろな床に点々と血の跡を残しながら、少女は進んだ。
進めども進めども、まっしろな部屋しかなかった。
がんばって進んだが、少女はやがて痛みと失血により動けなくなってしまった。
壁に背中を預け、うつろな目で天井を見つめながら、残っている食糧と水を味わった。
それが最後の行動となった。
少女は死んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます