【3】
少女は目を開けた。
まっしろな部屋の中だった。
空腹はやまない。何か食べなければ。
少女は立ち上がって、あのおそろしいゆがみ顔のことを頭から追い出し、自分が今から進むべき道を、4つあるドアからランダムに選んだ。
最初の部屋には、何もなかった。
少女は正面のドアを開けた。
次の部屋にも、何もなかった。
少女は運を天に任せてドアを選んだ。
その次の部屋にも、何もなかった。
ここまでの間に、少女はいくつか開かないドアがあること、最後に開けたドアは逆側からは開かないらしいことを知った。
次の部屋には、一抱えほどの大きさもある「機械」があった。
しかも、2つ仲良く並んで、いかにも意味有りげに、交互に点滅していた。
少女はそれらをしばらく注意深く観察したあと、何となく、よくわからないものには触らないほうがいいと判断して、次に開くドアを選んだ。
次の部屋には、白い箱が4つ落ちていた。
少女は期待に胸を高鳴らせながら、箱を順番に開けていった。
3つ目までは空だったが、最後の1つには、待望のものが入っていた。
薄い透明なパッケージに包まれた、ブロック状の「食糧」が、1本だけ。
少女は乱暴に包装を破り、とても硬いブロックの角を歯で砕いて、咀嚼し、少しずつ飲み込んだ。
ほとんど味はない。
そもそも、それ以外の味というものを、彼女は知らないので、不満を抱くことはなかった。
それ1本がどの程度の間空腹を和らげ、衰弱を防ぐのか、少女は感覚的に知っている。これまでずっと少女の命を繋いできた食べ物だからだ。
残念ながら水はなかったが、栄養を取ったおかげで、少し頭が回るようになった。
少女は考えた。
ここに箱があり、食糧があったということは、この部屋にかつて誰かがいたのだろうか。
生活の痕跡はなく、何もかもまっしろだが、自分と同じように、ここに囚われていた者がいたのだろうか。
そもそも、ここは、何なのか?
どの部屋も同じ。必ず前後左右に4つのドアがあって、開いたり、開かなかったりする。
何人もの人を閉じ込めておくための場所かもしれない、と少女は考えた。
さらってきた人をひと部屋にひとりずつ閉じ込めるのだ。
たぶん、あのゆがみ顔が。
しかし、それなら、どうして開くドアがあるのだろう。
自分が最初の部屋から出たことは、ゆがみ顔にとって、想定外のはずだ。
絶対にこの部屋から出てはならない、と、ゆがみ顔は言ったはずだから。
ごくん、と、少女はブロックのひとかけらを嚥下した。
あるいは、「ここ」全体が、自分を閉じ込めておくための場所なのか。
わからない。
しかし、とにかく、出口を探すべきだと思った。
ゆがみ顔がいつ戻ってくるかわからない。
もう、自分が最初の部屋にいないことに気づいて、必死に探しているかもしれない。
想像しただけで、背筋に怖気が走る。
少女は立ち上がり、食べかけのブロック食を握ったまま、今度も直感で、次のドアを選んだ。
そのドアを開けたとき、少女はかすかな違和感を覚えた。
少し寒くなったような、肌がざわつくような感じがした。
しかし、身を固くして少し待っても何も起こらなかったので、少女はまた同じ、まっしろな部屋に足を踏み入れた。
白灯がまたたき、通気口が不気味に震えたような気がした。
箱がひとつだけ、床にあった。
それを開けると、手のひらサイズの不思議な物体がひとつ、入っていた。
手に持つと少し重たい、半透明で硬い、見たことのない材質でできた中空の「小瓶」だ。
中空なので、何かの入れ物だと少女は思った。蓋らしきものもある。しかし、半透明なので、中は空っぽだとわかった。
表面には青色のラベルが貼られており、そこには規則をもった直角の連続、としか言えないような模様が描かれていた。
しかし、少女には意味がわからなかった。
じっと見つめていると、なんだか気持ち悪くなってくるような気がする。
少女は興味を失って、青ラベルの小瓶を箱の中に戻し、立ち上がろうとした。
その時、異変が起こった。
激しいめまいがし、喉、そして胸が焼け付くように熱くなり、少女は胸をかきむしった。
気持ち悪くなってくる、と感じたのは間違いではなかったのだ。
症状は急速に進行した。
全身の皮膚がざわつき、ゆがむ視界の中、自分の両腕が真っ赤に膨れていくのが見えた。
身体の表面だけではなく、内部までもが、赤く腫れ上がって、すべてが熱い汁になって溶けていくのを、少女はまざまざと感じた。
脳が溶け出す前、少女が最後の理性で思ったのは、空気が原因だ、ということだった。
ドアを開けたときの、あの少し寒くなるような感じが、こうなる兆候なのだ。
この部屋そのものが、罠だったのだ。
しばらくあと、少女がいた場所には、ほかほかと湯気を立てる、毒々しい色彩の粘液塊だけが残った。
少女は死んだ。
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