第38話 導く者

 私、ユレイン・フィロソフィアは今、最期の戦いを迎えていた。


 目の前に立つ女性……名前は確か、「リン」と名乗っていたか。


 試合中、突然フィールドに現れたと思えば、すぐさま三体のオークを召喚し、観客と試合をしていた生徒たちを殺し始めた。

 すぐに他の先生や警備の冒険者が応戦したが、観客を逃した後に呆気なくリンに殺された。


 頭がすっぽり隠れる黒いローブから、収まりきらない白い髪が垂れている。


 召喚した三体のオークは、彼女に従順なのか、跪いて首を垂れている。


(できることなら、私もそうしたいな……!)


「なんのためにここに来た」


 弱音を押し殺して、目の前に佇むリンに声をかける。


「答える必要、ある?」


 圧倒的な威圧感。彼女は確実に、Sランクモンスターなんかよりずっと強い。


 絶望的な力の差を前に、私は身を震わせる。


「そりゃあそうでしょ、なんの罪もない生徒や観客たちを殺して……!」


 恐怖心以上に怒りが勝り、頭に血が昇って行くのを感じる。

 今すぐにでも襲い掛かろうとする自分の体を、拳を握ってどうにかグッと抑える。


「そっか……じゃあ、答える。理由……魔王様が、命令したから」

「そんなの答えになって……っ!?」


 私の言葉を遮って、彼女が間合いを急速に詰める。


(目で追えなかった……!この私が……!)


才能センス】を持っている人間は多くの場合、その内容に関わらず常人を超えた身体能力を手にする。


 それには動体視力等も含まれており、【才能センス】の成長に合わせてその身体能力は向上する。


 今の私は、音よりも速く動くものを目で捉えられる……そのはずだ。

 そのはずなのに、目で追えなかった。

 それはつまり、彼女は音よりも速く動くことができるということ。


「……っ」


 流れた汗が地面に落ちた。

 彼女と私の距離は、すでに手を伸ばせば攻撃可能なまでに詰まっている。


「私は、魔王様のために動く。彼の駒」

「ふっ……!?」


 ガキン!と反射的に動かした右手から、硬い金属がぶつかり合う音が響く。

 リンの突き刺したナイフを、ガントレットで防いだ音だった。


「残念。苦しませて殺してあげようと思ったのに」


 止まらず、ナイフを使って連撃で私を追い詰める。


(大丈夫、これくらいならまだ、目で追える!)


 だが、それが限界だ。


 防戦一方。

 いつか見た、私の可愛い弟子がSランクモンスターが戦っている時を思い出させる。


「まだ、やれる?」


 その言葉を皮切りに、連撃が加速した。

 目にも止まらぬ斬撃。


(せめて、せめて彼女を撤退させなければ……)


 大人として、先生として、冒険者の先輩として。

 未来ある子たちを生かさなければ!

 オークだけならば、きっと彼らは勝てる。


「考える余裕、ある?」


 一瞬、連撃が止んだ。

 いや、世界が止まった。


 体が動かない。


 ただ、私の心臓を目掛けて放たれるナイフの剣筋だけが、止まらない。


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