第32話 試合開始

「ここに、『冒険者育成学校戦闘大会ミレアナピック』の開催を宣言します!」

『おおおおおおおお!』


 ついにやってきたその日。開催の宣言とともに会場で歓声が上がったのが、控え室にいる俺の耳にも聞こえてきた。


 学校での協議の結果、そのままでは読みにくいということで、街の名前『ミレアナ』にちなんで『ミレアナピック』と命名された。

 未来の冒険者たちの戦いということもあってか、観戦希望者が多数いたらしく、ミレアナ一の大きさを誇るドームにて行われることになった。


「剣術部門、魔法部門の生徒の試合に別れ、試合開始の合図を合わせるものとする。これより十分後、第一試合を開催する!」


 拡声器スピーカー越しにユレイン先生の元気そうな声が聞こえる。話を聞いたところ、発足者はユレイン先生なので、大きな運営は彼女がするものとなったそうだ。


 お陰で先生を昨日見かけた時はかなり疲れているようだったが、今はそうでもないらしい。空元気かもしれないが。

 あとで労ってあげよう。


 対戦形式はトーナメント。第一回ということでシードは無し。俺は第一試合で早速、ベーアとの対戦が組まれていた。彼とはなんらかの縁で結ばれているとしか思えない。


 俺は準備を整えて、控え室から出る。使う武器は、学校から支給された、いつも使っている両手剣の形をした模造刀。戦斧形のものもあったので、ベーアはおそらくそれを使うだろう。

 もちろん魔法の付与は忘れていない。あれからコントロールを教わり、より強化の度合いが高まった。


「では、各自試合会場に入場してください」


 声に誘われるまま会場に入る。目の前には、やはり戦斧を持ったベーアが立つ。

 彼はニヤリと俺を睨みつけ、戦斧を構える。それに呼応して、俺も両手剣を中段に構えた。


「……――試合、開始ッ!」


 合図と同時、俺は【ステップ】を発動せず、魔法で強化されたその足で距離を詰める。

 理由は単純。【ステップ】の三歩じゃ足りない!


「ハァッ!」

「フッ……!」


 ダーケさんに言われた通り、剣の間合いに入ったところで大きく振りかぶった剣を肩に目がけて振り下ろす。

 しかし読まれていたのか、しっかりとその大きな戦斧で防がれる。


「っ!【ステップ】」


 俺は防がれたのを確認して、すぐに大幅に三歩下がった。

 ダーケさんの言葉を思い出す。


『太刀流は一の太刀を防がれれば終わり、と呼ばれています。次につなげる技がないわけではないですが、やはり一の太刀に頼っているので』


『――ですから、常に一の太刀になることを心がけましょう。防がれたのなら距離を置いて。確か【ステップ】が使えると仰っていましたよね。それで距離をとりましょう』


 空いた距離を埋めようと、ベーアが距離を詰める。下がるとはつまり、相手に攻撃する機会を与えてしまうということ。


 しかしそれも想定通り。ダーケさんは容赦なく打ち込んできた!


「オラァ!!!」


 横薙ぎに勢いよく打ち込んできた戦斧を、しかし難なく受け流す。ダーケさんとの訓練の中で身につけた技術の一つだ。

 力をそのまま直に受け取ってはいけない。ベーアはその巨体に合わせて、おそらく身体能力を強化する類の才能を持っている。

 だから、ここは相手の力を利用する。


 押してくる力に対して押せば吹き飛ばされる。けれど、押すことなく引けばどうなるか。


「なぁ……!?」


 勢いが余る。


「はぁっ……!!」


 結果、ガラ空きになった体に、容赦なく一撃を加えた。加えたはずだ。


 しかし実際は、相手は痛がるそぶりを見せるどころか、余裕の表情をしている。


「はっ……捕まえたぜ」


 俺が動揺している間にベーアは戦斧を捨て、片腕で両手剣をがっしりと掴む。そして獰猛な笑みを浮かべて言った。


「オレの本気、早速だが使わせてもらう!」


 剣を掴んでいない方の腕。元々は人間のものだったそれは、しかし見る見る内に肉食獣の物に変化していく。


「これがオレの本気……ベアクロウだ」


 変化したそれは、名前にふさわしく熊の手そのものだった。その腕から振るわれる力をモロに食らえば、確実に死ぬ。死なずとも致命傷。骨折どころではない。


 それを直感して、俺は腕から力が抜けてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る