第29話 そんなこと言わせない
「……知ってたんですね」
なんだ、と吐き捨てるようにダーケさんが言う。
「悪いけど調べさせてもらったよ。君の【
「その前に、質問してもいいですか?」
「うん?」
「私が太刀流宗家の娘と知っているのなら……どうして私が二刀流で戦っているのか、疑問に思わなかったんですか?」
「……あっ」
完全に忘れてた。
確かに、言われてみれば太刀流宗家の娘であるのなら、普通使う武器は剣一本のみ。
太刀流に二刀使うものはなかったはずだ。
「思わなかったんですね……」
「いや、待って自分で考え――」
「いいですよ。教えてあげます」
俺の言葉を遮ってダーケさんが話し始める。
「理由は単純ですよ。私が女だからです」
意外なことに、理由はその一言に尽きるようだった。
「私が女だから、剣の道に進まなくても幸せな人生は歩めると、母も父も言っていました」
「それは……」
実際のところ、冒険者なんて危険に満ち溢れている。それは俺も肌で感じている。
そして多くの剣の流派は、冒険者としてその流派を広める。
つまりダーケさんが太刀流を教わった場合、冒険者になってしまう可能性を両親は恐れたのだろう。
女性は冒険者なんかにならなくとも、もっと安全に働くことはできる。
というか、女性に限らず男性だってそうだ。冒険者にならなくたって、安全に稼ぐことのできる仕事はいくらでもある。
「私が二刀流の理由は、私が独自に剣を習得した結果です。父の鍛錬の様子を見て基礎を覚え、そこから私が私のために。私が使いやすい剣の使い方を求めた結果が、二刀流です」
話はここで終わりです、とダーケさんが立ち去るように後ろを振り返る。
太刀流を習得していないのならもう要件はないだろうと思ったのだろう。
けど違うんだ、俺が彼女に剣を教わりたいと思った一番の理由は、そこじゃないんだ。
「ダーケさんの手って、その、言いづらいけど……鍛えた男の人のものだよね」
「なぁっ……!?」
俺の発言がショックだったようで、ぐふう、と胸を抑えてうずくまってしまう。
言い過ぎた、と反省するよりも先に体が言葉を紡ぐ。
「そんな手になるには、めちゃくちゃ大変な思いをしたと思うんだ」
ダーケさんが女だからという理由で剣を教えてもらうことができなかったというのなら、きっとダーケさんは剣を持つこと自体に反対されただろう。
それでも折れずに、そんな手になるまで鍛錬を重ねるなんて、俺に同じことができるかと聞かれたら、絶対に無理だ。
「嫌なことから、辛いことから逃げずに戦う君から、俺は剣を教わりたいんだ。さっきお父さんの剣を見て基礎を覚えたって言ってただろ? なら――」
「どうして!」
俺が言い切る前に、ダーケさんが叫ぶ。不思議と、その声から怒りは感じなかった。
「どうして、そんなことが言えるんですか。わたしの手は男の人のそれです。いえ、それよりもひどい。こんな荒れた手、誰が喜んで握ってくれますか?」
その声にこもっているのは、悲しみ……後悔とも言えるかもしれい。
「
なおも、ダーケさんは捲し立てる。
「わたしに優しくしてくれる人たちはみんなわたしの体ばっかり……もう、嫌になりそうです。こんなことならいっそ、もう風俗にでも――」
「ダメだっ!」
今度は、俺が叫ぶ番だった。
絶対に、彼女にそんなことを言わせてはいけない。彼女はもっと、尊い。
「その手は、誰からの反対にも屈することのなかった証だ。勲章だ。その
「そんな事を言って、この間みたいに暴発して傷付けてしまうかもしれないじゃないですか!」
「いくらでも来いよ、いくらでもボコボコにすればいい。俺は絶対に君を見捨てたりしない」
俺が夢見た冒険者は、絶対無敵の勇者様じゃない。ありとあらゆる困難に屈することなく、立ち上がり続けるその姿に憧れたんだ。
そういう点では、彼女はその憧れに最も近い位置にいるのかもしれない。
「そんな、こと……そんな……」
ついに、ダーケさんの顔に涙が浮かんだ。
「――その……胸を、かしてもらってもいいですか」
「ん? 胸? いくらでも――!?」
俺が言うやいなや、ダーケさんは俺を抱きしめる。
初めて剣を教えてもらったときにも、抱きしめられて、
だが、今はそんな様子を全く見られない。どういうわけかはわからないが、少なくとも今は発動しないようだった。
「……好きです」
「……その」
「大丈夫です、わかってます」
俺を抱きしめながらこぼれた言葉に返す前に、とても安心した子供のように、ダーケさんが言う。
なんとなく、俺は彼女の背中を撫でようとして、やめた。体目当ての男として認識されたらまずい。というかすでに彼女の柔らかく大きな胸が、俺の生理現象を加速させてしまっている。
「あの、そろそろ……」
「もう少しだけ……」
「アッハイ」
もう少しだけ我慢の必要があるみたいだ。
しばらく、すぅぅぅ……という大きく鼻から息を吸う音が聞こえたような気がしたが、気づかないふりをした。
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