第27話 手合わせ

「なあ、一つ手合わせをしてくれないか?」


 ヒガさんに魔法を見てもらっていると、声をかけられた。声をかけてきたのは、この間のクマのような大男……名前……。


「私と? そんなわけないわよね、メズくんとかしら?」

「あぁ。身体能力を向上させる類の才能ってわけでもねえのに、あのキングエイプと渡り合ったという実力を見たい」


 大男が頭を下げて言う。正直なところ、あれを渡り合えたなんて思えていないし、そもそもあれはヒガさんの魔法あってこそだった。だからそんなふうに期待されても困るが……。


「いや――」

「そう。いいわよ」

「ほんとうか!?」

「えっ」


 俺が断ろうとするよりも早く、ヒガさんが承諾してしまった。ちらりとこちらを見てどこか得意そうに笑う。


「この間よりも強くなってるかもしれないわよ」

「ほぉ……!」

「ちょっと!?」


 俺が間に入って弁明しようにも、大男はすっかりその気になってしまったようで、グラウンドにある試合場を借りに行ってしまった。


「よかったじゃない、貴方の実力が認められたみたいで、気分がいいわ」


 そう言って笑うヒガさんは本当に気分が良さそうだ。俺に実力らしい実力があるなんて思えないが、ヒガさんが嬉しそうならそれでいいかもしれない。


「けど、あのときはヒガさんが【ライズ】をかけてくれたから戦えたわけで」

「なに? 貴方は自分の実力を信じられないの?」

「だから、身体能力が……」


 おそらくあの雰囲気からして彼は身体能力を向上させる才能を持っている。俺自身の魔法をかけてたところで太刀打ちできるか。


「ごちゃごちゃうるさいわね、戦う前からそんな弱気でどうするの」

「それは」

「そんなんで、冒険者になれるの?」


 ふん、とヒガさんが挑発的なことを言う。実際に挑発してるのか。しかしわかっていても、ここまで言われて黙っている訳にはいかない。


「わかったよ、やるよ!」


 はぁーっと大きくため息を吐いて大男の松試合場へ向かう。


「……【ライジング】【フィジカル・エンチャント】」


 向かう途中で魔法をかける。しっかり両方とも効果を表していることがわかる。ただ

 熟練度の問題か、それとも詠唱しない分威力が低迷すると言われている【速攻魔法】の特性か、ヒガさんの【ライズ】の影響下にあるときよりは体が重い。それでもないよりはいいか。


「さあ、勝負だ」


 乾いた土の上に長方形に引かれた白線の中に入り、武器を構える。もちろん訓練用のものだ。

 対する大男は巨大な戦斧を。


「刃は落としてあるが……痛えからな」

「それじゃあ、審判は私。ユレイン・フィロソフィアが務めるよ」


 いつの間にか俺と大男の間に立っていたユレイン先生が言う。


「ベーア・クマー対メズ・ティテランタ! 勝負……開始!」

「【ステップ】!」


 合図と同士、俺は剣を振りかぶりながら魔法で距離を詰める。【ステップ】の魔法は三歩、距離を詰める。俺の剣の間合いに入る。


「はっ!」


 真上から大男……ベーアだったか。の頭へ向かって、勢いのまま全体重を持って剣を振り下ろす。しかし彼はすぐに反応して、戦斧の柄でやすやすと防御を試みる。反動を利用し俺の体を宙へと浮かし、そのまま行動できなくなった俺の体を真っ二つにするように戦斧を横薙ぎに払う。


「オラァッ!」


 すんでのところでどうにか剣を盾に体への直撃を防ぐ。が、衝撃を抑えることはできず俺の体は場外まで吹き飛ばされ、地面を転がる。砂埃が上がる。


「ごほっごほっ……っ!?」


 砂埃を割くようにしてベーアが俺に向かって戦斧を振り下ろす。


(場外でもおかまいなしっ……!?)


 待ってもくれないとは。どうにか俺は体を転がして回避する。俺が先程まで寝ていた場所には戦斧が振り下ろされた跡が大きく残る。あたったら確実に死んでいたと直感させる。


 どうにか立ち上がり、態勢を整える。


「まだ、始まったばっかりだろうがよ!」


 ベーアがニヤリと笑い乱暴に振り回す。


「オラオラオラオラァ!」

「ぐっ……!」


 一見乱暴に見えるが、しっかりと俺に隙を作らせるように斧を振るう。

 ギリギリで防ぐことはできているものの、少しでも油断をすると一撃でやられてしまいそうだ。

 まさに防戦一方。打開をしようにも俺にはその手立てがない。【ステップ】で距離を取ろうにも三歩しか下がれないんじゃ大して効果がない。

 身体能力じゃ素の時点で明らかに劣っているから、力比べに持ち込んだところで返り討ちだ。


「どうしたどうした!」


 完全に打つ手なし。斧を弾く剣に伝わる振動で、もう握力も限界だ。


「……っ!」


 限界まで追い詰められてようやく、まだ一つだけ反撃する手段があったことを思い出した。

 返し技。相手の攻撃をいなしながら反撃する技。おじいちゃんが教えてくれた剣技にはそれもあった。

 こうした状況で使うのは初めてだが、何もしないで負けるより、抗いたい!


「はぁっ!」


 連撃の中の、俺の頭上へと振り下ろされたその一撃に狙いを定め、剣の側面で攻撃を受ける。体を左へと動かし、剣を持つ両方の手首をひねり剣に伝わる斧の衝撃を最小限に抑える。もろに喰らえば、きっと耐えきれず剣を手放していたことだろう。

 そしてそのまま剣を相手の腹に直撃させる。


「ぐうっ……!?」


 俺の反撃が予想外だったのかベーアの顔が驚きに染まった。


「【ステップ】!」


 直撃したのを感じ、反撃が来る前に距離を取る。なるほど、こうして使うこともできるわけか。


「はぁ……はぁ……」


 武器を再び構えながら、俺は呼吸を整える。俺にはもう余裕がないが、あちらはまだまだ余裕があるようで、腹部への痛みなどなかったかのように斧を構える。


「まだだっ!」

「そこまで!」


 ベーアが次の攻撃に入るよりも先に、先生からやめの合図がかかる。正直助かった。もうこれ以上は無理だ。


「まだ本番もあるんだ、そこまでにしておきなさい」

「はぁ、はぁ……わかりました」

「次は勝つ」


 それだけ言い残すと、ベーアは去っていった。どうか本番で当たらないことを願うばかりだ。

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