第26話 新たな魔法
「あれ? ヒガさん、装備は?」
未だに痛む背中を手の甲で擦りながら聞く。俺は剣を朝から教室に持ち込んでいたし、装備は制服だから特に準備はいらなかったが、ヒガさんの装備は杖と三角の帽子だったはず。
「ふふ、気になる? 見てなさい、私の新しい魔法――【セットアップ】」
ヒガさんがしたり顔で左手を横に突き出して呪文を唱えると、杖が出現した。ついでに三角帽も頭上にある。
「どう? 私の新しい魔法よ」
「す、すごい……」
あれだ、テレビで見た魔法使いみたいでかっこいいという印象が強い。
あんな感じに剣とか杖とかを取り出すのに少しばかり憧れがある。かっこいいし。
「でしょう? 私の【創造魔法】よ」
「創造魔法……?」
そんな魔法、聞いたこともない。いや、俺が知らないだけで魔法の世界だと当たり前なのかもしれないが。
「そうね、これしてるの私しか知らないわ。だから知らないのも無理はないわ」
さらりとすごいことを言ってのけた。ヒガさんにしかできないこと……。
「まあ、私にできるんだしみんなできるんじゃないかしら。私、【才能無し】だし」
自嘲気味にヒガさんが笑う。けど、もし仮に、もし仮にこれが『ヒガさんにしかできないこと』だとしたら――もしかしたら、ヒガさんは『才能無し』なんかじゃなく、もっとすごい『何か』を持っているのかもしれない。
それが何なのかは、俺にはわからないけど。
「さて、メズくん。【ライジング】は使えるようになった?」
ヒガさんが俺を見据えて聞いてくる。
『大森林』に行く前は全くもって扱うことのできなかった魔法。あれからまた何度も練習をして、俺は――。
「見ててくれ」
俺は剣を構えて集中する。体中を巡る魔力を意識する。
俺は今まで、この魔力をどうにかしてなにかに変換しようとしていた。
それ以外の方法を知らなかったから。
魔法はただ魔力を変換させるだけじゃない。
魔力をそのまま使うことだってできる。
魔力とは、すなわち『力』なのだから。だからその力で、そのまま俺の動きを後押しさせる。
「【ライジング】」
見た目ではあまり変化が伝わらない。けれど、俺は今成功したと確信して言うことができる。
試しに剣一振りする。軽い。
ヒガさんの【ライズ】ほどではないけれど、いつもより体が軽い。剣が軽い。
「ようやくできるようになったのね」
俺の様子を見ながらヒガさんが言う。
ヒガさんからしたら以前からできたことだろうが、こちらからしたらようやくなのだ、もう少し良い反応を見せてくれてもいいと思う。
「さて、これでようやく次ね」
「…………え?」
俺は途端に剣を振るうのを止めて力が抜けるのを感じた。
次? 【ライジング】を習得するのにもそれなりに時間を要したというのに、まだ次があるのか?
「なに驚いてるのよ、これくらいでエイプキングには勝てないわよ?」
ヒガさんがきょとんとした顔で俺を見る。そうか、ヒガさんはもう見据えている場所が違うんだ。
俺は『冒険者になる』ことを目標にしていたけれど、ヒガさんはもっと先だ。
『エイプキングに勝つ』……それが意味するところはつまり、強さだけで言えばSランクのモンスターを討伐することのできるレベルへ至るということ。
本当に、ヒガさんには引っ張られてばかりだ。
俺の【才能】は彼女が持っているべきだったかもしれないとまで思えてしまう。
「次に教える魔法は……そうね【フィジカル・エンチャント】これは自分にしかかけることのできない魔法よ。ただ【速攻魔法】の部類に入るから、詠唱は不要。【ライジング】より扱いが難しいけれど……できるわよね?」
ヒガさんがニヤリと笑って試すように僕を見つめる。
正直、すぐには返事ができなかった。
だって、あまり自分に自信がないから。けれど、ヒガさんに教えてもらうことで、【ライジング】を習得することができた。
彼女と一緒なら、もしかしたら成し遂げることはできるかもしれない。
そこまで思い至ってようやく、力強くうなずくことができた。
「ああ」
「さすが」
ヒガさんは満足げに笑って、説明を始めてくれる。
【フィジカル・エンチャント】は、【ライズ】や【ライジング】の中間ぐらいで、重ねがけが可能らしい。
通常の冒険者は【ライジング】か【ライズ】のどちらかだけを使うのに対して、【フィジカル・エンチャント】を重ねがけするのでは効果が大きく違う……というのがヒガさんの検証結果。
他にも色々あるらしいが、あんまり聞いてもわからないだろうから聞かないことにしておいた。
なぜこれで【才能無し】とされているのか理解ができない。
「……【フィジカル・エンチャント】」
今度の魔法は、最初から一応使えはした。だが、大きな変化が見られない。
ヒガさんに言わせてみれば、「理解が足りない」らしい。
これを使いこなせるようになったらまた新たな魔法を教えてくれる、と言っていたがどれだけ時間がかかるのか。
「うん、発動自体はできるみたいね。あとは感覚を覚えていけばいいはず」
ヒガさんがうんうんとうなずいて言う。
なにも言わずとも見ただけでここまでわかるとは、やはりヒガさんは何かを持っている。
「この調子で、使える魔法を増やしましょう!」
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