第18話 剣の師匠

 次の日朝。俺はまだ太陽が昇るか昇らないかの、白い時間に目を覚ました。


「ふぁ……よし、五時ぴったり」


 俺は枕元に置いてある時計を見て時間を確認する。

 昨日俺は、ユレイン先生と朝練の約束をしていた。それが六時から。だから、俺は珍しくこんな時間に起きた。


 俺はベッドから体を起こして、顔を洗い準備を始める。先生は「戦闘できる状態で来なさい」といっていたから、『大森林』に行ったときと同じ、ブーツ、制服、両手剣を装備する。ちなみに、制服は昨日ぼろぼろになったものではなく、用意して置いたスペアだ。


「これでよし、と……いってきまーす」


 返事はなく、家族はまだ起きていない。俺はつま先を床にコンコン、と突いてからドアを開ける。朝の冷たい空気が、まだ俺の中に残っていた眠気を攫っていく。

 俺は学校へ向けて歩き出す。こんな時間に家を出るなんて、初めてのことだ。

 学校へ向かう道中にある店も、まだ開いていない。本当に、まだ街が眠っている感じがする。


 程なくして、俺は学校に到着した。教室へは向かわず、グラウンドへと移動する。


「おっ、来たね」


 グラウンドへ行くと、既に先生が待っていた。紫の長い髪が、少し昇り始めた日に照らされてきれいに輝いている。


「おはようございます、先生」

「おはよう、メズくん。言われた通り装備を整えて来たみたいだね。そうそう、昨日

だめにしてしまった制服、持ってきてくれれば新しいものと交換してあげるから、持ってきてね」

「はい、分かりました」


 挨拶も程々に、俺はさっそく本題を聞くことにする。


「先生、今日は何を……?」


 装備を整えて来い、とは言われたものの、特に何をするという指示はこれと言ってなかったのだ。


「そうね、私についてこい、なんて言いながら私――剣使えないんだよね」

「はっ……!?」


 先生は少し間をおいてから、「テヘッ」と下を出して言う。


「いやあの、じゃあ何を……!?」


 剣を教えられないというのなら、体術でも教えてくれるのだろうか。


「まあまあ落ち着いて。ちゃんと助っ人を呼んであるから」

「助っ人……?」


 先生の知り合いとのことだから、Sランク冒険者の知り合いでも呼んだのだろうか。それはちょっと楽しみかもしれない。


「それはね……お、噂をすれば。おーい、ダーケちゃーん!」


 先生は俺の後ろに向かって大きな声を上げて手を振る。その動作で後ろに助っ人がいるということを察した俺は、すぐさま振り返る。


「あっ、あの、……おはよう、ござい、ます……」


 そこに立っていたのは、長い黒髪を結んだりせずに流した、気の弱そうな、女の子だった。歳は俺とそう変わりなさそう、というよりその気弱そうな雰囲気から俺より年下そうに見える。


 背中と腰、両方に片手剣らしきものを装備している。何より驚いたのは、彼女が着ているものは、ヒガさんが着ていたのと全く同じ、青いブレザーとスカート、そして黒いタイツにブーツという格好していた事だ。

 ちなみに、胸元はヒガさんとは違い、少し動いたら揺れそうなくらいに大きい。


 つまりそれは、俺やヒガさんと同じこの学校の生徒ということを意味している。


「あの先生、本当にこの子が……?」


 俺は信じられずに、先生に尋ねてしまう。だって、剣を装備しているとは言え、こんなにも気が弱そうで、正直言って少し頼りなさそうだから。


「そうだよ、この子。ダーケ・ナヌークちゃんが君の剣の師匠だ」


 先生は表情を一切崩さず、笑顔でそう言いきった。なんてことだ、それじゃあ先生の高みに届くことなんてできないじゃないか。


「心配せずとも、立ち回りとか、体の動かし方とか――才能センスの使い方とかは、私が教えてあげるよ」


 先生はそう言ってから「大丈夫だよ」と付け加える。


「……わかりました」


 正直まだダーケさんに関しては信用出来ないけれど、先生が言うのだから大人しく従うことにしよう。


「えっと、ダーケ……さん?先生?師匠?なんて呼べば」

「あっえと、そのあぅ、あぁ、その、す、好きなように、呼んでくだ、ひゃい!」


 盛大に噛んだ。本当に大丈夫だろうか、この子……余計に不安になってきた。


「じゃあ……ダーケさんで」

「は、はいっ。あの、わたしはきみのこと、なんて呼んだらいいかな……ですか?」


 ダーケさんがおどおどと俺に聞いてくる。敬語のほうがいいのかタメ口のほうがいいのか悩んでいるのも伝わってきた。


「好きなように……タメ口で大丈夫ですよ」


 歳もそう変わらないだろうし、そんなに気にすることでもないだろう、俺はあんまり考えずに返した。


「そ、そっか、わかった、じゃあメズくん、今日からよろしく、ね」


 ダーケさんはそう言うとおずおずと手を差し出してくれる。


「あ、あと、メズくんも、タメ口でいい、です……よ」


 ダーケさんはいまいちタメ口が慣れないのか、敬語を使った後自分で訂正を入れる。本当に大丈夫なのか、本当に不安だ。


「わかった、よろしく。ダーケさん」


 俺は彼女が差し出してくれた手を握る。そのときに気づいた。

 彼女の手は、正しく剣士の手だと。手袋なんてしていないから、手にまめがあるのがすぐにわかった。それど、俺の頭をなでていたヒガさんの手と違って、そんなに柔らかくない……何度も皮が向けて、少し硬い。


 そんな、見た目からはちょっと意外な手をした女の子が、俺の剣の師匠になった。

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