第17話 帰宅

「今回は比較的処置が早かったのと、ダメージを受けたときに【ライズ】が付与されていたから良かったものの、普通だったらもうここに立っていなかったと思ってもらっていいです」


 街に戻ってすぐに、俺は病院へと運び込まれた。眼の前にいる治癒者ヒーラー――確かフェシカ・ドラードという名前だったか――による治癒魔法による治療を受けた。お陰様で、もう立ち上がっても全く痛くない。

 ヒガさんたちには、大丈夫と言って帰ってもらっている。

 ちなみに、治療費はユレイン先生が払ってくれた。


「はい、ありがとうございます……」


 俺はそう頭を深く下げる。本当に助かった。


「いえ、そこまで言われるほどではありません。では」


 ドラードさんはツンと言い放つ。

 俺はもう一度「ありがとうございました」と言って病院を出た。

 今日はもうまっすぐ家に帰っていいとのことだったので、家に帰ることにする。帰り着く頃には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。


「ちょっと! メズあんた大丈夫!?」


 家に帰ると、母さんが血相を変えて迎え入れた。

 後ろの方でおじいちゃんがちらりと俺を見てから、また新聞に目を落としたのが見えた。


「大丈夫だよ、治療もしてもらったから」


 俺は力拳を作ってサムズアップをする。母さんが今度はホッとした表情を浮かべて、


「よかった……フィロソフィアって方が来て土下座してきたときはどうしたものかと思ったわ」


 そんな事を言った。先生、土下座なんかしてたのか。確かにあの人、治療を受ける前にお金をおいて何処かへ行ってしまったと思ったら、そんなことをしに来ていたのか……。


「ねえ、あんた本当に冒険者になるの?」


 俺を家に入れて、流れるようにご飯の準備をしながら母さんが聞いてきた。体は台所の方を向いていて、表情は見えない。


「なりたい。それに、今日強くなるって決めたんだよ」


 俺が言うと、反応したのは母さんではなくおじいちゃんだった。


「はっはっは、それでこそわしの孫よのお!」


 おじいちゃんは豪快に笑う。基本的にはずっと新聞を読んでばかりいるが、たまにこういう事を言う。


「お義父さん、そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……私は息子に、あの人みたいになってほしくないんです」


 母さんは俺に料理を並べながら、おじいちゃんにむかって話しかける。あの人、というのは俺の親父のことだ。もうずいぶん昔に、帰らぬ人となったらしいが。

 らしいというのも、死んだのは俺が物心付く前に死んでしまったから。


「心配せずとも、そうそう死にゃせんよ」


 おじいちゃんは新聞を置いて母さんに言う。いつものように、「ほっほっほ」と笑いながら。


「……そうですか」


 母さんは声のトーンを落として、二階へ行ってしまう。あれは完全に怒っているときのやつだ。

 母さんは怒るとき、あんまり感情的にならない。溜め込んである時何かをきっかけに爆発したように怒る。要するにまた一つ爆薬が増えてしまったということだ。


「あんまり母さんをイライラさせないでよ、おじいちゃん」


 俺はおじいちゃんに言ってから用意された料理に手を付ける。俺の分だけ用意したのは多分、もう先に食べ終えてしまったからだろう。晩御飯はもうすっかり冷めてしまったお米と鮭、温め直してくれたらしい味噌汁だ。


 冷たい晩ごはんを食べたのは初めての経験だったが、あんまりいいものじゃない。お米は硬いし、鮭も食べづらい。口の中に二つを含んで無理やり温かい味噌汁で流し込む。味噌汁だけは美味しい。


「強くなると、決めたのじゃろ?」


 俺がご飯を黙って食べていると、反応遅めにおじいちゃんが口を開いた。


「……うん」


 俺はご飯を飲み込んで、小さく返事をした。


「そうか、わしは応援しとるぞ」

「……うん」


 俺とおじいちゃんはそれ以上は話さず、俺は黙々と母さんが作ってくれた料理を食べた。

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