第14話 遠い高み
「だあああああああああああああっ!」
不意に、女の人の声が聞こえた。
ヒガさんのものじゃない。これは……。
「ウゴオオオッ!?」
エイプキングが苦しむ声が聞こえる。
俺は恐る恐る目を開ける。
「大丈夫、私達がいる」
「あ……」
目の前に立っていたのは、長い、紫色の髪をした女性……ユレイン先生だった。
「Sランク冒険者。ユレイン・フィロソフィア。いざっ!」
ユレイン先生は、そう言って拳を構え未だ痛みにもがくエイプキングに突撃する。
「あーあ。ユレイン、真っ先に……てか、あいつの身体どうなってんだよ」
後ろから男性の声が聞こえた。
彫りの深い、馬車で乗り合わせた大男よりも屈強そうな肉体の男性。
「あなたは……?」
「オレか? オレは、あいつと同じくSランク冒険者のジョコンド・ロヴ。ジョコとでも呼べ」
険しい顔をしてそう名乗ったジョコさんは、倒れていた三人を軽々と抱える。
「お前は? 連れてってやろうか?」
ジョコさんは、相変わらず険しい表情で俺に尋ねる。
「はあっ!」
視界に、エイプキングと戦闘するユレイン先生が入った。
「先生の戦いを、見ていてもいいですか」
「あぁ? わかった。怪我は……しくったな。オレァ魔法が使えねぇ。ポーションをやる。ほらよ」
ジョコさんはポケットから緑色の液体の入った小瓶を取り出して俺に投げ渡してくれる。
「あ、ありがとう、ございます」
「ああ。オレたちも、来るのが遅れてすまなかった」
俺が礼を言うと、ジョコさんは本当に申し訳無さそうに言ってくれた。
ちょっと怖いと思っていたけれど、案外優しい人なのかもしれない。
「じゃあ、気をつけろよ」
ジョコさんはそう言って歩いて戻っていった。
抱えている人たちに気を使ったのかな。
「ウゴオオオオオオッッッッッ!」
ユレイン先生とエイプキングとの戦闘は終わりに差し掛かっていた。
どちらが優勢なのか、ひと目見ただけでわかった。
血こそ流れていないものの、全身に打撲跡があり、息も絶え絶えなエイプキング。
それに悠然と立ち向かっているのは、ほとんど攻撃をもらっていないようにみえるユレイン先生。
「私もまだまだね。とっとと倒しちゃいたいのに、こんなに時間がかかっちゃう」
先生は笑って言う。
格が違う。実技演習の時から感じていたけれど、ユレイン先生は圧倒的だ。
Sランク冒険者は皆あんな感じなのだろうか、だとしたら高みが遠すぎて見えない。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか……って」
とどめを刺そうと構えを取ろうとしたユレイン先生に対して、エイプキングは突進した。
「ウゴオオオッッ!」
「遅い」
繰り出された右ストレートに、先生は左で打ち返して対応した。
「ウゴオッ!」
エイプキングは、先生の左ストレートを躱して、その距離をゼロにした。
「なっ……!」
身をかがめ、懐に入ったエイプキングはユレイン先生の腹を殴る。
先生の身体は宙へと舞い上がる。
俺にダメージを与えたときと同じ状況。
殴られる直前、先生は不意打ちを食らったような反応をしていた。
もしや、まずい状況なのかもしれない。
「ウオオオオオオッ!」
エイプキングは勢いよく空へと飛び出し、狙いを定める。
そして繰り出される拳。確実に当たった。
俺も、そう思った。
だが、そうはならなかった。
空中で軽々と体を動かし、拳を躱してエイプキングの拳を掴み、体を捻ってエイプキングを地面へ叩きつける。
「ウガアァッ……!」
俺と同じになったのは、エイプキングの方だった。
舞い上がった砂埃の中、ユレイン先生の声が聞こえた。
「――【サイクロン】」
放たれる小さな嵐。
舞い上がった砂埃が巻き上げられ、周囲に散った。
あとに残ったのは、エイプキングの死体と、その上に立つユレイン先生。
背後から差す太陽の光が、影を作り出して先生の表情が見えない。
「高みを見た気分は、どう?」
膝をついている俺に対して、先生はそう言った。
「あなたみたいに、強く、なれますか」
いつかの昔、本で読んだようなきがするセリフ。
気づけば、聞いていた。
果のない、高み。それが今、眼の前にいる。
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