第13話 攻防すらできない。

「これでよし、と」


 木を降りると、すでにヒガさんがエイプの剥ぎ取りを終えていた。

 エイプの素材は、基本的に有用性がない。毛皮はもっといいものが人の手によって育てられているし、雑食のため、肉は全くもって美味しくない。


 ただ、一部のマニアでは状態がいいものは剥製にして飾る人もいるという。正直どうかしていると思うけれど。

 今回は俺がエイプを二体とも両断してしまっているから、マニアに売ることはできない。

 ヒガさんも、それをわかってかエイプのしっぽを切り取り、あとは木の陰に隠していた。

 モンスターの死体は、他のモンスターの餌となる。

 モンスターは基本的に、肉であれば何でも食うらしい。


「なんていうか、手慣れてるな」


 初めてとは思えないほどすんなりと剥ぎ取りを済ませていたし、もしかしたら何度か経験があるのかもしれない。


「慣れてないわよ」


 ヒガさんは不服そうに顔をしかめる。


「そうなの?」

「ええ。いきなりメズくんが殺されそうになっていたから、あまり情が沸かなかっただけよ」


 ヒガさんはすました顔でそんな事を言ってくれる。

 たしかに、あれはヒガさんが気づいてくれなかったら、頭を撃ち抜かれていたかもしれない。


「それにしても、なんであんな事ができたのかしら」

「え?」


 ヒガさんの発言に俺は首を傾げた。どういう意味だ?


「あんな速さで石を投げるなんて、普通のエイプにできるかしら」


 ヒガさんは地面に落ちていた石を拾い上げ、不思議そうに言う。


「確かに、不意打ちで石を投げるって言うのは賢いわ。一撃で仕留められればラッキー。仕留められなくても逃げればいい」


 ヒガさんは考察を続ける。


「狙撃をこなすほどの知性を持っていながら、どうして私達に発見されても高みの見物を決め込んでいたのかしら」

「それは……攻撃方法がないって油断したんじゃ?」


 俺はヒガさんの考察に口を挟む。


「それが一番しっくり来るには来るけれど……そもそも、エイプは相手を発見次第すぐに襲いかかってくるモンスターよ。石を投げて狙撃をしようとしていた時点でおかしい」


 俺の考えに同意しながらも、ヒガさんは納得言っていない様子だ。

 というか、これ以上わからないことを考えていても意味は無いような気がしてきた。


「まあ、考えていても仕方ないわね。一応今日の目標は達成できたけれど……どうする?」

「そうだね、もう少しだけ――」

「うわあああああっ!?」


 探索していこうか、と言おうとしたとき、その声は響いた。

 ここより少しだけ奥の方。余り奥の方に行くなとは言われているけれど……。


「行くわよっ!」

「ああ!」


 ヒガさんと俺はすぐに声のした方に駆け出す。

【ライズ】のお陰で、ヒガさんよりも先に、俺は声のした場所へとたどり着くことができた。


「なっ……!」


 そこにいたのは、太い体に太い腕。その体を黒い体毛に覆われ、胸のあたりだけ筋肉が露出している。

 エイプと似た、いやエイプより尖そうな爪。


「エイプキング!」


 ギルド指定脅威度ランク、S。エイプの王、エイプキング。

 どうしてここに。本来ならもっと奥にいるはずのモンスターだ。


(いや、それよりも)


 俺は冷静に周囲の状況を確認する。

 ヒガさんはまだこない。魔法の援助は望めない。

 エイプキングと対峙しているのは、俺と同じく学校の制服を着た、金髪の男と、その周囲には血を流して気を失っている様子の三人がいる。


「はぁあぁぁあああああ!」


 俺は一度エイプキングに突撃する。


「ウゴオオオオッッ!」


 飛び上がり、上段から振り下ろした俺の剣を、エイプキングはいともたやすくその剛腕で弾く。

 俺は空へと吹き飛ばされる。

 宙を舞う俺をめがけて、エイプキングは飛び上がり、追い打ちを加えようとしてくる。


「う、おっ……!」


【ライズ】で上昇した身体能力でどうにか剣を盾にして、身体への直撃を避ける。


「がぁっ!?」


 上からの一撃で、俺は地面に叩きつけられる。普通なら死んでいると、本能的に理解する。


「お、い、逃げろ……!」


 剣を杖のようにして、立ち上がりながら金髪の男に言う。


「あ、ああ、うわああぁあぁあっ!」


 男は持っていた剣を投げ出して、一目散に逃げていく。これでいい。

 助けを呼んでくれるはず。

 こいつは多分、ヒガさんの魔法でも通用しない。さっき一撃をもらってわかった。

 本気のユレイン先生がどうかは知らないが、少なくとも実技演習のときのユレイン先生の一撃より重い。


「とりあえず、時間稼ぎだ……!」


 俺はどうにか剣を構える。体中が痛い。

【ライズ】のお陰で立つことができるが、普通なら死んでいるダメージ。

 本音を言うとかなりきつい。

 これほど、自分の能力を悔やんだことはない。

 才能センス【リーダーシップ】は、仲間がいて、ようやく意味を成す能力。

 それに加え俺は、【速攻魔法】も二つしか使えない。


「くそおおおおおおおおっっっっっ!」


 俺は力を振り絞って踏み込み、奴との間合いを一気に詰める。

 上段から行くとさっきと同じだ。

 だから今度は、下段から上に向かって剣を振り上げる!


「あぁっ!?」


 ガキン、と。

 絶望の音がした。

 下段から放った一閃は、確かにエイプキングの身体を捉えた。

 けれど、それまでだ。


(刃が、通らない……)


 考えてみれば、簡単なことだ。先程簡単に剣を弾いていた。

 その時点で気づくべきだったのだ。


(こいつに、この武器じゃ届かない)


 俺の剣は一般の冒険者が使うレベルの両手剣。

 ギルドが無料で貸し出してくれるものより一段階上の物。

 けれど、その一般の冒険者とは、ギルドランクCランク。

 Sランクのエイプキングには、全く届かない。


 俺が諦めたと悟ったエイプキングは、拳を握りしめ上へ持ち上げる。

 ああ、母さんごめんなさい。もう、だめみたいです。

 俺は振り上げられた拳を見て、剣を落とす。

 そして目を閉じた。


 ちょうどいい高さまで上がったところで、それは途轍も無い速さで振り降ろされる。


「ウオオオオオオオオッ!」


 上がる勝利の雄叫び。

 俺も、エイプキングも、メズ・ティタランテの死を確信した。

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