第8話 魔法を教えてあげましょう
「まずは【ステップ】。これを使うために必要なのは、体への理解というよりかは、イメージよ」
ヒガさんはそう言いながら俺から大股に二、三歩くらいの距離を取って振り返る。
「まずはやってみせるわね。【ステップ】」
ヒガさんが唱えた途端、俺と彼女との距離は一気に詰まり、彼女の顔が俺の目の前まで接近した。
「うわっ……!?」
急に詰まった間合いと、彼女と俺との距離の近さにびっくりして尻もちをついた。
「まったく……これくらいで尻もちついちゃうとか、先が思いやられるわね……。ほら、立って」
ヒガさんは尻もちをついている俺に、しゃがみ込んで手を差し出してくれる。
その手を俺は握って立ち上がる。
「ご、ごめん……ありがとう」
「ほんとうよ。それで? どう、見た感想は」
「思ってた数倍早かったです」
「まあ、私だからね」
ふふん、と彼女はまた自信ありげな返答を返してくれる。
しかし、本当にすごかった。
三歩とはいえ、間合いが一気に詰まった。その間わずか一秒もない。
歩幅の大きさを調整すれば、もっと遠いところからでも相手の懐まで接近することができそうだ。
「しかもこれ、後ろもできちゃいます。【ステップ】……あっ」
ヒガさんがまた唱えると、今度は素早く後ろへ下がって……転んだ。
後ろ向きに、きれいに転んだ。もう一度言おう。キレイに転んだ。
そして彼女はスカートを履いていた。
白でした。
「いったた……」
ヒガさんは上体だけを起こして、打った頭を押さえる。
「【ヒール】は使わないの?」
「このくらいで使わないわ。それよりも……もしかして、見た?」
ヒガさんは頭を軽く振ってスカートを抑える素振りをして、ニコリと笑って言う。
正直に「見た」と言ったら何をされるかわからない顔だ。
「いや、その……見えてないです」
「嘘、ついたわよね」
「ついてないです」
「嘘を見破る魔法、あるんだけど」
ヒガさんは蒼い髪の先をくるくるさせて唇を尖らせる。
「うそっ!?」
「嘘。けどその慌てようは見たわね」
「あ……」
バレてしまった。
俺はきっと彼女の打てる最大の攻撃魔法で滅ぼされてしまうのだろう。
母さん、ごめんなさい。冒険者の夢は半ばで終わってしまいそうです。
「まあいいわ。記憶を消せば」
「そんな魔法が……!?」
「使えないわよ。そんなの【
これで殴れば……」
「待って、それ物理っていうんです。魔法じゃないです」
ヒガさんが不意に自分の右手に持っていた杖と俺の顔を見合わせるので慌てて制止する。
「記憶を消せるなら同じでしょ?」
「忘れます、忘れるので勘弁してくださいっ!?」
「まあ、ならいいわ」
「助かった……」
「けど普通にムカつくから殴るわ」
「いたっ!?」
ヒガさんが空いている左拳で俺の頭をぶん殴った。細いヒガさんの体のどこにそこまでの力があるのかと思うほどに強い力だった。
「まあ、【ライジング】を使っているもの」
「身体能力を向上させるっていう……いつの間に」
「ずっとよ」
「え?」
ヒガさんの口から、思いもよらない答えが出た。
ずっと?それはそのままの意味だろうか。だとしたら、魔力が枯渇したりはしないの
だろうか。
「ほぼずっと、少なくとも学校にいる間はずっと発動させてるわ」
「それ、魔力が足りなくなったりは……」
「ならないわ。小さい頃からしているもの。
魔力総量なら『才能』持ちにも負けない自信があるわ」
「すごいな……」
なるほど、たしかに魔力は使えば使うほどにその総量は増える、と以前本で読んだことがある気がする。
それを小さい頃からしていたならば、その総量はきっと想像を遥かに超える量になるだろう。
「でしょう? まあ、あなたと違って『
「それは……」
ヒガさんは、自虐的に笑って言う。
「だからちょっと羨ましいわ。
私ならもっとその『
「い、いいんだよ。気にしてないし、事実といえば事実だろうし……」
突然の告白と謝罪に、俺は正直面食らいながらそう答える。
言いながら自分が情けなくなって来た。
『
本当に、彼女の言うとおりだ。
「ちょっとしんみりさせちゃったわね、ごめんなさい。じゃあ、やってみなさい」
「やってみなさいって言われても……どうすれば」
「【フラッシュ】が使えたんだから、それくらいできるはずよ。まずは【ステップ】よ」
ヒガさんが言っていたことを思い出す。確か、【ステップ】で重要なのはイメージ。
先程見たヒガさんの【ステップ】を想像する。素早く、俺の懐に潜り込んで来たあの動き。
「魔力の消費は使った瞬間だけ、脚を意識してみて」
ヒガさんのアドバイス通り、俺は脚に意識を集中させる。
【フラッシュ】を使うとき、俺は魔力を光へ変換するイメージで使っている。ならば【ステップ】は魔力を運動に変えるイメージだろう。
「【ステップ】」
唱えて俺は右足で一歩目を踏み出す。自分の動きが遅く感じられる。
体感時間が引き伸ばされる。
もう一歩、今度は左足を踏み出そうとして、勢いのままにずっこけた。
「うわっ!?」
地面の砂が口の中に入ってきたのがわかる。ジャリジャリしている。
「いたた……」
「もう……まあ、一回目で一歩目を踏み出せただけでもすごいものよ。……【ジョーロ】、【ヒール】」
ヒガさんが呆れながら【ジョーロ】と呼んだ魔法で水を出して、転んでできた傷口を洗い、回復家魔法で回復してくれる。
「その、【ジョーロ】って……?」
「【基礎魔法】の一つよ。日常生活を送る上で便利だから、覚えておいて損はないわよ。【詠唱魔法】と違って詠唱もいらないし、イメージも大して必要じゃないわ」
「へぇ……そんなのが」
「あるのよ。他にも、【レンジ】、【ウィスパー】、【エレキ】なんてものがあるわね」
ヒガさんの解説を聞きながら、たしかに母さんがよく魔法で水を出していたことを思い出す。
なるほど、【基礎魔法】なんてモノがあったなんて知りもしなかった。
「ヒガさんは、本当に魔法に詳しいんだね」
「ええ、そうよ。魔法を覚えないと、やっていけなかったから……」
ボソリ、と彼女がこぼした言葉を俺は聞き逃しはしなかったが、その言葉の真意は今の俺には測り知ることはできなかった。
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