3.カンオーケの町

 ゾンビさんの言う通り、本当にちょっと行ったあたりで町らしき輪郭が見えてきた。

 恐怖心に支配されないように、出来る限り思考停止で歩き続けてきたものの、町つまり誰かが居るという安心感に心が躍る。

 足取りも軽くなり、歩く速度を上げていく。

 気づけば、両足が踏みしめる地面は明らかに舗装された道路に変わっていた。

 町……町だ!

 建物……建物だ!

 棺桶……棺桶だ!

 ……棺桶!?

 地面にポツンと置かれた棺桶。

 右にも棺桶。左にも棺桶。

 前にも後にも、そこにもあそこにも……ひぃ!!

 なんなんだこの町は!?

 カンオーケの町……カンオケ……棺桶!?

 まさか、これは罠……。

 嘘でしょ、あの優しいゾンビさんが僕を──。


 ガタガタガタッ。


「ひぃ!」


 目の前の、ちょうど僕がすっぽり入れそうな棺桶が揺れて音をたてる。

 もしかして、棺桶自ら「ここに入れ」と誘っているなんてこと……。


「カンオーケの町へようこそ!」

「……えっ?」

「僕は、カンオーケの町長です! イセッターのアカウントは〈@調子に乗った戦士〉でやらせて貰ってます!」

「イセッター……あっ!」


 異世界SNS!

 点と点が繋がった……のかどうかはよく分からないけど、さすがに何となく見えてきた気がする。

 というか、すっかり忘れてたけどスマホだけ持って来てるんだった。

 なんで今まで気づかなかったんだ。

 スマホで調べたり連絡取ったりすれば済む話……じゃ、ないよなさすがに。

 僕はなるべく期待しない心持ちで、スマホをONにした。

 画面に映し出されたのは異世界SNS。

 それもそのはず。

 最後に見たのがそれなんだから……いや、おかしい。

 見た目が全然違う。

 部屋で見てた時は、あくまでも小説サイトに投稿された作品だった。

 でも、いま見えてるのは、それこそ本当にSNSのようなレイアウトで──。


「あっ、フォローしてくれるんですね! あっりがとうございまーす!」


 棺桶が嬉しそうに揺れる。


「いや、えっと、まだアカウント作ってないし……というか、これ本当に本物のSNSなの……ん!?」


 何気なくイセッターに投稿されたツイートをスクロールしてみると、あまりにも気になるアカウント名に目がとまった。


『@別世界から来た少女 どうなるか分からないけど、思い切ってこのカミノホールに入ってみる。だってもう、こうするしかないから……』


 これってもしや……。

 アカウント名をタップし、少し遡った時点から辿っていく。


『9月27日 嘘でしょ、本当に異世界SNSの世界に来ちゃったの!?』

 

『9月28日 砂漠だらけのエリアで迷子なう。誰か助けてー』

 

『9月29日 空飛ぶじゅうたんに乗った猫ちゃんに遭遇。砂漠から抜け出せるダンジョンの場所を教えてくれた! って、もしかして、井戸の……!?』

 

『9月30日 人生初ダンジョンは凄く平和で無事砂漠から脱出成功! 遠くの方にお城を発見。もしかして、私の推しキャラ、あのお方の魔城かも……!』

 

『10月1日 とんでもないことになっちゃった。誰か助けて……なんて言っても無理だよね。でも、なぜか思い浮かぶのはあの男の子のこと。彼のIDはちゃんとこの中に入ったまま。でも、違う世界にメッセージを送るなんてことできっこないよね……』


『10月1日 @おせっかいゾンビさん、そんなやり方があるんですね! ありがとうございます、すぐやってみます!』


 そして、この次がさっき見た最新のツイート。

 そんでもって……間違いない!

 これ、高岡さんでしょ!

 僕の命の恩人、あのおせっかいゾンビさんから有益な情報を教えて貰って、その”男の子”っていうのにメッセージを送ったらしい。

 とか言って、どう考えてもそれ……僕!?

 大ピンチに僕のことが思い浮かんでくれたとかもう最高過ぎて……いや、喜んでる余裕は無い。


「すいません! あの……あっ、町長さん!」


 目の前の棺桶に向かって叫ぶ。


「ムニャムニャ……ニャンコさんそこはくすぐったい……はっ! 先ほどの方ですね! 違います。決して居眠りなんてしてないんで、ごにょごにょ……」

「ははっ……って、笑ってる場合じゃないんです! イセッターのアカウントの作り方を教えて下さい!」

「あっ、はーい。めっちゃ簡単ですよ~。まずは……」


 親切な棺桶町長のアドバイスを聞きながら、イセッターのアカウントを作成。

 住所を入れるところでは、カンオーケの町にある勇者アパートの一室の番号を使わせてくれた。

 そして、真っ先に〈@別世界から来た少女〉をフォロー。

 DM送信。


『一海琉都です。カミノホールを通ってこっちの世界に来てます。とにかく返事して!』


 細かいことは抜き。

 とにかく高岡さんの安否だけが気がかりだった。

 ……待つ。

 ……ひたすら待つ。

 ……棺桶の中から聞こえる寝息をBGMに待ち続ける。


『一海君! っていうか、一海って名字だったんだね。てっきり下の名前だと思ってたよ』


 来た!

 感動のコンタクト第一声がそれかよ!

 なんてツッコみたくなるほどポップな内容に心からホッとした。


『そうだよ! 同じクラスだったのに酷いな!』

『ふふっ……って、ごめん、実はそんなに余裕ない状況なんだよねー』

 

『マジで? 場所教えてよ。すぐに助けに行くから』

『えっ、やだ、格好いい』

 

『えっ? そ、そうかなぁ、ははは』

『って、余裕無いんだってば! 今ね、カミノホール通って一海君がいる異世界ともまた別の世界に来ちゃってるんだ』


『ふ、複雑だ……』

『うん。でも聞いて。大丈夫と言えば大丈夫だから。ただ、あまりにも未知の世界過ぎて警戒してるって感じ。そもそも、そっちの世界に戻るためのカミノホールはちゃんとあるし』


『それなら帰ってくれば……あっ、そうか。なにかとんでもないことになってたんだっけ。そこから逃げるためにとりあえず別世界に飛び込んだって感じかな』

『うん、物わかり良いね。だから……あっ、やば』


『大丈夫!?』

『微妙。とりあえずしばらく連絡できないかも。でも私は大丈夫だから。一海君は』


 ……そこで途切れた。

 めちゃくちゃ心配だが、高岡さんが大丈夫って言ってるんだからそれを信じよう。

 最後の言葉から察するに、何かしら僕にやって欲しく思ってるんじゃないだろうか。

 ヒントは間違い無く、高岡さんのツイートに隠れてるはず。


 砂漠を抜けたあと、『あのお方の魔城』という言葉があって、その直後に『とんでもないことになった』と言っている。

 鍵はその魔城に違いない。

 そこに近づいた高岡さんが魔城の牢獄なんかに捕らわれて、そこから抜けるためにカミノホールに逃げた……ということだとすれば、そこへ行けば彼女に会えるってわけだ。

 これって……もの凄くゲームっぽい。

 

 そう、勉強でもなく運動でもなく、ゲームだと考えれば、それはもう僕の得意な領域。

 悪者に捕らわれたお姫様を助けるために立ち上がった勇者!

 って言っても、装備もアイテムもゼロの真っ裸勇者だけど。

 でも、やる気だけは沢山あるから。

 それにゲームの経験。

 膨大に遊んできた経験則から言うと、まずやるべきなのは……何をやるべきかを知る事!

 見知らぬ世界で唯一頼れる〈@おせっかいゾンビ〉さんをフォロー……しようとイセッターにアクセスした途端、何やら派手な演出が画面に表示された。


『パンパカパーン! おめでとうございます! あなたはイセッター開設からちょうど1億人目の登録者です! 豪華賞品をプレゼントしますので今しばらくお待ちください!』


 おお!

 なんたる剛運!

 いける……いけるぞ。

 勇者として最高の出だし。

 愛しの姫よ、待っててくれ。

 絶対助け出して見せるから!

 で、どれぐらい待てば良いだろうか……なんて思った途端。


 バッサバッサ……。


 白い翼を羽ばたかせ、夜の空を飛んできたのは……ペガサス!

 かっけぇぇぇ!


 バッサバッサ……ストン。


「はい、こちらペガサス超特急便です。イセッターアカウント名〈@別世界から来た少年〉さんは、あなたで間違いないですか?」

「はい! そうです! ペガサスさん!!」


 翼の生えた美しい白馬の姿にテンション爆上がりで、何度も頷き続ける。


「おめでとうございます! イセッターキリ番プレゼントをお届けに参りました。こちらです」


 ペガサスさんから、金色に輝く手のひらサイズの宝箱を受け取った。


「ありがとうございます!」

「はーい。あっ、ちなみにこれ、うちの会社で出してる〈つばさまんじゅう〉っていう銘菓です。ついでに差し上げます!」

「うわっ、超うまそう! ペガサスさんありがとう!!」

「いえいえ、アカウントの入ったメモも入ってるんで、良かったらフォローして下さいね~。ではでは!」


 そう言って、ペガサスさんは立派な翼を羽ばたかせて、夜空の彼方に飛び去った。


「さようなら~!!」


 くぅ~、異世界最高!

 わくわく感が止まらない!

 って、姫のことを考えたら浮かれてばかりも居られないのだけど、ゲームをクリアするためには楽しさって要素も重要だから。

 って、一体何が入ってるんだろう?

 ドキドキしながら、僕は金色の宝箱をゆっくり開けた。

 中に入っていたのは……カード。

 その表面には、こう書かれていた。


『超SS級ハイパープラチナ異世界カード』

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