2.@おせっかいゾンビ

 穴を抜けると、そこは本当に外だった。

 綺麗な青空、草の匂い、心地よい風、怪しい人影……うわっ!


「死ねクゥックック!」


 十数メートル前に立つ全身黒ずくめの怪しい人影が、黒いマントを翻しながらこっちに向かって広げた右手を突き出す。


 ギュイィィィィィィン!


 その右手から黒い塊が飛び出て、一直線に僕の方へ向かってくる。

 運動神経悪いとかどうとか関係無く、僕は本能的に左横へ大きくジャンプ!

 ……いや、正確に言うと小さくジャンプ、いやもはや倒れ込んだだけのような気もするが、とにかくギリギリの所で黒い塊に当たらずに済んだ。

 ……が。


 パリィィンッ。


 背後から、ガラスが激しく割れるような音。

 尻餅をついた体勢のまま、咄嗟に振り向くと……。


「あ……穴が……」


 無い!

 質素で庶民的で散らかりまくった僕の部屋に繋がる穴が無い!


「おや? 大切なものだったかな? そりゃすまんクゥックック!」


 その言葉とは真逆、黒いマントの男は人を小馬鹿にしたような顔で笑っている。

 そ、そんな……。

 あまりのショックに、僕はびっしりと草が生え揃った地面に両手をついたまま、固まって動けなくなった。


「戦意喪失か? ならばとどめをさしてやろうクゥックック」


 ああ、死ぬんだ。

 そう確信した。

 せめて、高岡さんには会いたかった──。


「ねえゴブリン! あそこにいたよボオォォォォ!」

「よしっ! 絶対倒す!!」


 どこからともなく聞こえて来た声。

 小さな2つの人影が、猛烈な勢いで近づいてくる。


「チッ! 邪魔者が! 命拾いしたな坊主。まあ、生き延びていられるのも時間の問題だがなクゥックック!」


 そう言い残し、黒いマントの男は右手に見える深い森の中へと消えていった。

 その直後、あの2つの人影が目の前を通り過ぎる。

 ……いや、どっちも人じゃない!?


「森の中だよボオォォォォ!」


 口から炎を吐くドラゴン……!?

 

「行くぞ!!」


 弓を構えたゴブリン……!?

 僕はあっけにとられたまま、ただただ走りすぎるのを見送った。

 ふと脳裏によぎったのは、ついさっき見た異世界SNS。

 その中に「クックック」という特徴的な語尾のキャラがいたような……そう、確か初心者魔王っていうやつ。

 つまり、さっきの黒マントの男はその魔王だった!?

 ドラゴン……ゴブリン……魔王……なんだこのファンタジー感は。

 それじゃ、次に現れるのは魔法使いってか……と、その時。


「ウガァァァ~。ウガァァァ~」


 どこからか、恐ろしいうめき声が聞こえて来た。

 いつの間にか日が落ち始め、あたりが薄暗くなっているのも相まって、背筋に悪寒が走る。


「ウガァァァ~。ウガァァァ~」


 ……ど、どうしよう!?

 曲がりなりにも魔王の攻撃を回避できたことで、生きることへの執着心が高まっていた。

 それはつまり、あの子に会いたいってことと同義なんだけど──。


「ウガァァァ~」

「ひぃっ!」


 ついに、うめき声がすぐ後から聞こえて、思わず情けない声で叫んでしまった。

 もう目をそらすわけにはいかない……勇気を振り絞って顔を後に向ける。

 するとそこにいたのは……。


「ひぃっ! ゾンビ!!」


 ダラリと伸ばした両腕。

 青白い顔、腐りかけた体。

 命賭けても良いぐらいゾンビ。

 ゾンビ中のゾンビ。

 お、終わった……。

 どう考えても、この場で食われて死ぬ未来しか見えない……が。


「こんな所でなにしてるんだウガァァァ~」


 しゃ、喋った!?

 ウガ以外言った!?

 って、なにかを考える時間の余裕など無い。

 対話だ。

 対話なら運動神経など関係無い。


「えっと……なんか穴を通ったらここに来て、魔王みたいなのが攻撃してきて……」

「カミノホールで別世界から来たのかウガァァァ~」

「そ……そう! カミノホール! それ!」

「魔王って、クックックって喋るやつかウガァァァ~」

「そうそう! すげぇ!」


 なんだこのゾンビ……いやゾンビさんは!

 なんでもお見通しじゃないか。

 人を見た目で判断しちゃだめ、どこかで聞いたそんな言葉が身に染みた。


「でも、そのカミノホールってのを魔王に壊されてもう……」

「カミノホール自体はこの世界に沢山あるから絶望することはないウガァァァ~」

「えっ、マジで!?」


 優しいゾンビさんの言葉で光明が差す。

 ゾンビさん自身もキラキラに輝いて見えた。


「ただ、絶対に元の世界に戻れるとはハッキリ言い切れないウガァァァ~」

「そっか……でも、絶対に戻れないとも言い切れない……よね?」


 僕は祈るように聞いた。


「もちろんウガァァァ~。無数にあるカミノホールにそっちの世界に戻れるやつが無いほうがおかしいウガァァァ~」


 なんだろう……僕はなぜか泣きそうになった。

 もしかしたら、励ましの意味で言ってくれてるだけなのかも知れないけど、こんな状況でふいに出くわしたばかりの僕を、ゾンビさんが励ましてくれてるということが凄くありがたく思えた。


「とにかくこの場所で夜を迎えるのは危なすぎるウガァァァ~。ここからちょっと行った所にカンオーケっていう名前の町があるからそこに行ってみると良いウガァァァ~」

「う、うん。行ってみる! 絶対に行ってみるよ!」

「そこには頼れる人が沢山いるから頼ればいいウガァァァ~」


 いやいや、あんたより頼れる人なんてこの世にいないよ!

 心の中で叫んでいると……。


「腹減ったウガァァァ~。肉ねえか肉ウガァァァ~」


 そう言いながら、ゾンビさんはどこへともなくさまよい始めた。


「ありがとー!!」


 腐った背中に大きく手を振る。

 一時はどうなることかと思ったけど、この世界も捨てたもんじゃないなぁ……って、全然どうなることやらの最中だよまだ!

 全幅の信頼を置くゾンビさんの言葉を信じ、僕は急いでカンオーケという名の町を目指して歩き始めた。

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