第3話

漆黒のサタン3、精鋭


私の能力はどんな対象でも自由に眠らせることができる。

そして眠らせた相手の夢の中、深層心理に入り込み意のままに操ったり、情報を聞き出すこともできる。

この能力の唯一の欠点は、もともと眠らない人間にはおそらく効果がないということ。

我が宿敵ルシファー、ただその一人だけ私の能力は全く意味をなさないのだ。


皮肉なものだ。だが、ルーシーとの決着にこの能力で完勝してもつまらない。

使う気はハナから無い。が、幼少の頃から離れ離れになって、身に付けた唯一の能力がこれとは洒落が効いているじゃないか。


勝負はともかく、あの端正な顔立ち、美しい長い金髪、弾むような麗しい肌、美貌の肢体。

それを眠らせて思うままにイタズラしてやれないのは惜しいことだ。

別れた10代当時の実りかけの萌木と違い、今や大人びて熟れた身体を持て余していることだろう。

どこにいるか知らないが玉座の争奪戦に早く参加してもらいたいものだ。

あー、なんか都合の良い能力で眠らせて自由にしちゃえないかなー。




などと考えながら施術協会の中を白いローブのお姉さんに案内された通りに進んでいく私。


おっさんがもと居た理事代理の部屋、そこに本人の深層心理の塊がある。

それに話し掛けることで嘘偽りのない本人が知っている情報を聞き出せるというわけだ。


粗末な木製のテーブルに脱力して座っているおっさん。名前何て言ったかな・・・。


「おい。おっさん。お前の知っていることを教えろ。グローリーかという施術の始祖を築いた男のことを知っているか?」


私はテーブルの前に立ち、単刀直入に聞いてみた。


「魔術師。王宮に仕え地位を得たが、ペテンにより追放されてしまう。一斉一代の詐欺師、大嘘つき。」


脱力したままのおっさんが訳の分からないことを言う。


「待て待て待て。ペテンとは何のことだ?実際に魔術を使えたから今こうして施術なるものが受け継がれているのではないのか?」


「追放された後の事は誰も知らない。」


おっさんは私の疑問に答えずに話を終わらせてしまった。

嘘偽りのない深層心理ではあるが、故に会話が成り立たないことがあるのがこの能力の欠点でもある。細かい理性的な会話まではできないのだ。筋道を考え、思考した発言は聞き出せない。


それから私は色々と質問を繰り返し、できるだけ概要を聞き出そうとした。

あまり満足な情報は得られなかったが、長時間長居すると私の姿が深層心理に残ってしまう。

おっさんが深層心理に残る私の姿を勘違いして恋心など生まれてしまっても面倒だ。


「チッ、時間か。」


私はできるだけ印象を悪く残すために、意味もなくテーブルの椅子に座っているおっさんを力いっぱいぶん殴った。


「オラーッ!」


椅子から吹き飛んで床に転げ落ちるおっさん。悪く思うなよ。いや、悪く思えよ。

次の瞬間、私は夢の中から現実の世界に意識が戻ってきた。




「どうだった?なんか汗かいてるみたいだけど、そんなに消耗する能力なの?」

「収穫は乏しいな。別に疲労のせいじゃない。汚れのないおっさんの晴れやかな夢の世界に冷や汗をかいただけだ。」

「なにそれ。いい人ってこと?」

「悪人ではないようだな。だが妙だ。」

「なにが?」


木製のテーブルに突っ伏したまま眠りこけてるおっさんの前でアスモデウスと私が立ったまま話している。


「グローリーは王宮に仕えたああとペテン師として追放されたと言っている。」

「人物名鑑には書いてなかったわね。」

「詳しい経緯は知らないようだが、本に情報が伏せられている理由の可能性もあるな。」


「んっ・・・。」


おっさんが動いた。


「んん・・・。ああ、眠ってしまったのか・・・?」


おっさんはテーブルの上から体を起こし、手でもたげながら頭を左右に振った。


「いかがだったかな?私の睡眠の術は?良い夢が見れただろう?」

「こ、これは素晴らしい!不眠症に悩む患者さんに速効性のある解決策になり得る!君はこの施術をどこで習ったのだね!?」


おっさんは起きて早々興奮して私に詰め寄ってきた。

えーい、うっとおしい。近寄るな。


「習ったのではありません。私達が見よう見まねで作ってみたんです。」


アスモデウスは笑顔で嘘を言い放った。


「なんと!ご自分でお作りになられた!?あなた方はいったい何者なのですかな!?」


おっさんは我々に尊敬の念をもって膝をつきかしずいた。


「何者というわけでは・・・。」

「このような逸材がこのアーガマに残っていようとは!一大事です!すぐにでも理事にお知らせせねば!」


おっさんはドアを開けて部屋を転びそうになりながら勢いよく飛び出していった。


「おいおい。嘘をついて良かったのか?おっさんが飛び出して行ってしまったぞ?」

「嘘というわけでもないけど、余程のことだったのかしらね。」


呆れて姿の消えたドアを眺める私とアスモデウス。


「さっきの話の続きだが、今分かっているグローリーの情報を並べるとこんな感じだ。」


1、グローリーは魔術を独学で学び町で披露していた。

2、70年前魔術が王宮の目にとまり王宮に仕えることになった。

3、何らかの事情でペテン師、詐欺師と大嘘つきと揶揄され追放された。

4、現在魔王の城がある場所に館を構え、そこで余生を過ごす。

5、40年前魔王を生み出し姿を消す。

6、現在、あらゆる書物にその名前と功績が伏せられている。

7、魔王は20年前かわいい女の子を7人、拐ってきた女に産ませた。


私はおっさんが何か書いていた書物の裏にそれを書き出した。


「これ書いて良いの?まあいいか。これで言うとグローリーが消え魔王が現れた。ということは、単純に魔王の正体はグローリー自身が変身した新たな姿ということが一番考えられる線なんじゃないかしらね?造り出したというよりは理解できると思うけど。」

「ペテン師と蔑まれて世界に復讐でも果たそうとしたか?」

「そこも分からないわね。使っていた魔術に嘘は無かった。ではなにをペテンと言われたのか?魔術によって得られる利益を王宮が独占するために、グローリーの名と功績を地に落とし追放した、って話なら理解できなくもないけど、今非営利団体になってるとしたらそれも違うわね。」

「偉大な名声と功績を地に落とすには、それ以上の不名誉と非難と侮蔑を与えて塗りつぶせば良いというわけか。」

「まだ推測でしか語れないわね。」


グローリーという男が魔王の正体だったという話は何故だかしっくりこない。

話が単純だし、私は気に入らない。

幼少の頃見知った父親がそういう奴だったというのはとても連想できない。



おっさんがドアから勢いよく入ってきた。


「おお、失礼しました。今理事に使いのものを寄越して連絡しておきました。また日を改めて理事から話を伺うことになろうと思いますが宜しいですかな?」

「それは構いませんが、結局私達はどういったお仕事をすればいいんでしょうか?」

「あー、施術開発が出来ると言うのであればそれこそ我々の求めている人材ですよ。南の大国アルビオンなんかでは盛んに研究が行われているという話ですが、そういった人材はここの協会では稀でして。」


そりゃそうだろう。そんな大発見をしてもらえる報酬が一定では割りに合わん。


「少数ですが精鋭が務める開発部に回っていただきます。そこで皆さんに役に立つような新たな施術の開発をお願いしたい。」

「あまり自信はありませんが・・・。そしてそれはどこに?」

「上の階ににありますよ。皆さんそろっていると思いますから、これから行ってみましょう。」


トントン拍子で話が進んでいるが少々面倒なことになってきたぞ。

我々はここで長く働く気など無いのに。


私の渋い顔に気付きもせず、おっさんはまたドアを開けて部屋を出て行った。

私はアスモデウスを見る。


「良かったわね。精鋭ですってよ?何か知っている人がいるかもしれないわ。」


うーん。そう言えばそうか。おっさんがグローリーの手掛かりを知らない以上、より上のレベルの人物に接触しなければ探れはしないだろう。

魔術を原型とする施術を造り出せる者ならば何か知っているかもしれない。


アスモデウスがおっさんのあとをついていくのを私も後ろに並んで歩いていく。

階段を上り暗い廊下を進むと、いくつかのドアの向こうに開発部という部屋が見えてきた。

ずいぶん地味な場所でやっているんだなと思いながらその部屋に入っていくおっさんについていく。

待合室のような部屋の奥にはもうひとつ扉があって、おっさんがノックして声をかける。


「宜しいですかな?良いニュースを連れて参りましたよ。」

「どうぞー。」


中から気の抜けるような女の声が聞こえておっさんは扉を開け入っていく。

私達もそれにならって入る。


「ニュースを連れて来たって?どういう・・・。」


8メートル四方の部屋の中には真ん中に大きなテーブルがあって、周囲にも小さな机が4台衝立に仕切られて置かれている。壁には棚が四方に並んでいて本やら薬品やらが乱雑に置かれているように見える。

真ん中のテーブルの上のビンなどを手にしながら白いローブをはだけさせ胸を露にさせた女がおっさんと私達に目を向けて言葉を途切れさせた。


「新人を連れて参りましたよ。」

「新人?」


おっさんの言葉に目を丸くする女。

衝立の奥から女が一人、男が二人が顔をだして私達の前に姿を現した。


「ええそう。たった今やって来たばかりの入会希望者なのですが、なんと自ら施術を作ったというので、びっくりしてこちらでやってもらうのが良かろうと連れて来たというわけです。」

「あんたそりゃ早急過ぎるんじゃないのかいカーマインさんよ。」


おっさんの説明にニヤニヤした顔の男が反応した。


「いえいえ。たった今見たこともない施術を披露してもらいましたから、腕は確かのようですよ。」

「ほーう。」

「良いじゃないの。どうせここは落ちぶれてる部所だし、新人だろうがペテン師だろうが引き取ってあげましょー。」

「そ、それは失礼な言い方ではないでしょうか?気を悪くさせてしまいます、よ。」


おっさんにキメ顔で立っているもう一人の男が一言だけ声を漏らし、手前の女が続け、おどおどした女性が苦言を言う。


「あー。ごめんなさい。悪気はないのよ。まあ、事情はともかく、まずは自己紹介からね。あたしは開発部の部長を務めるスカーレットよ。よろしくー。」


白いローブをはだけさせた女がニッコリとして自己紹介した。


「俺はバーミリオン。停滞している状況を変えてくれるのなら何でも受け入れるぜ。」


キメ顔の男が言った。


「わ、私はクリムゾンです。よ、よろしくお願いします。」


おどおどしながら私達に視線を合わせないようにキョロキョロして女が言った。


「ボクはピュースだ。何にせよ美人さんが二人も加わってくれるとはありがたいね。仕事も捗るってもんだ。」


ニヤニヤした男が言った。


「ははは。癖のある連中ですがよろしくお願いしますよ。」


おっさんが言った。


「こちらこそ突然入れてもらってすみません。私はサラ。こちらが・・・。」

「ルーシーだ。」


アスモデウスと私が偽名を名乗る。

自分で使っておいて何だが、ルーシーの名前を名乗るのに悔しさが込み上げてくる。


「それでは後は頼みましたよ。あまり無理をさせずに色々教えてやって下さい。」


おっさんはスカーレットと名乗った女に託けると、私達を置いて部屋を出て行った。

急におっさんにおいてけぼりを食らってしまって一抹の不安が過る。


「さてさてー。どうしたものかしらねー。」

「施術を作ったとか言ったな?まずは俺達にもそれを見せてもらいたいな。」

「きょ、興味があります。」

「最近のボクらにはごぶたさなものだ。新しい施術。」


おっさんが出ていってみんなが私達に食い付いてきた。

少数精鋭という割にはなんか発言の節々に怪しさが立ち込めているような気がするが気のせいだろうか?


「ええ。もちろんお見せしますわ。」


アスモデウスがにこやかに答える。

たった4人相手だ、全員眠らせて知っている情報をさっさと引き出しておさらばしても良いかと思うのだが、そうもいかないのか。


「7回声を出せずに沈黙させる施術です。失礼してスカーレットさんに協力してもらってもいいかしら?」

「え?いいけど・・・。ちょっと怖いわねー。」

「では失礼して。」


アスモデウスがまた妙な能力を口走る。そして前に出て手を出し、スカーレットという女に触れる。


クリムゾン、バーミリオン、ピュースは黙って食い入るようにその様子を見ている。


「・・・。」


スカーレットは口を開くが何も聞こえない。

驚いた様子でバタバタとジェスチャーするがやはり声は出ない。


口の動きでは、声が出ない!声が出ないわ!と言っているように見える。

しばらく続いてやっとスカーレットの声が出るようになった。


「実は今あたしノーパンって言ったらみんな驚くかしら。あ!声が出た!」


「お前なに言ってるんだ・・・。」


突然変なことを言い出したスカーレットにバーミリオンが軽蔑の眼差しで突っ込んだ。


「いやー、声が出ないから普段言えないことを言っちゃおうかと思って。あービックリした。」

「ほ、本当なんですか・・・そ、それ?」

「アハハハハ!こっちがビックリだよ!」


なんなんだコイツらは。


「使い道が分からないけど確かに見たこともない施術ねー。おもしろーい。」

「施術よりスカーレットさんの方が面白かったですけどね。」


アスモデウスも苦笑している。

とんだ少数精鋭のようだ。


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