第2話

漆黒のサタン2、潜入


70年前にアーガマの王宮に仕え、それから30年魔王の居城があった場所に館を構え過ごしていた伝説の魔術師グローリー。

40年前何故魔王を生み出し、どこに消えたのか?


「それで?探すにはどうすればいいんだ?」

「え?私に聞かれても困るわ。図書館に情報がないなら手伝ってやれないし。」

「手伝わない?」

「私の仕事は司書だから、本を探すには仕事の範疇だけど、それ以上のことはできないわ。」

「えー!?やだやだやだやだ!一緒にさがそー!!」


私は人がまばらに通る図書館の一角で仰向けになって手足をばたつかせて地団駄を踏んだ。


「ちょっと!」


私の腹をグーパンで殴るアスモデウス。


「うぐっ!」

「図書館では静かにお願いします。」

「はい。」


私は声を出さずに仰向けのまま手足をばたつかせた。

さらに私の腹をグーパンが襲う。


「うぐっ!静かにしたのに!」

「暴れるのも駄目。」


グーパンはいいのか、と思いながらも立ち上がった。


「それじゃあ私はこれで仕事に戻るわね。興味はあるけど、探す方法も分からないし、後でなにか分かったら教えて。」

「わかった。」


アスモデウスは私の所から離れて図書館のカウンターの席に戻ろうとしていた。

私はその背中にピッタリくっついて歩いた。


「ちょっと。邪魔なんだけど?」

「気のせいでは?」


スタスタスタスタ。

スタスタスタスタ。


「邪魔!」

「公共の場所を歩いてるだけだし。」

「ねだるやり方が子供みたいね。」

「ねだってないしー。」

「うーん・・・。しょうがない。ちょっとお仕事をお休みさせてもらうから、そこでじっと待ってて。」

「うっひょー!やったー!」

「騒がない!」


プリプリプリプリよく怒るやつだな。出るのはケツだけにしろ。



それからしばらくして私とアスモデウスは図書館の外に出ていた。

表に繋いである青毛のサラブレッドの頭を撫でながらアスモデウスが切り出した。


「身内に不幸があったからって言ってお休みを数日いただいてきちゃったわ。不幸は不幸でも頭の不幸とはおもわないでしょうけど。でも本当にどうするつもりなの?」


頭の不幸とは何のことだ?


「さあな。王宮に仕えていたというんだから王宮に潜入してみるか。」

「あんた!バカなことはやめてよ!あー一緒に居て良かったわ。そんなこと気軽にされたら大混乱よ。魔王の城の調査隊を壊滅させたばっかりなのに、魔王にでもなるつもり?」

「じゃあどうする?」

「施術協会を訪ねてみましょう。原点であるグローリーの事を少しは知っているでしょう。」

「そうだな。」


私はとりあえず納得した。


「可愛いわね。名前はなーに?」

「私はサタンだが?」


眉間にシワを寄せるアスモデウス。


「なんで今あなたの名前を聞いたと思ったのよ?馬の名前よ。」

「アハハハ。馬は喋らないから名乗ったりしないぞ。」


信じられないと言わんばかりの軽蔑の眼差しで私を見るアスモデウス。

ここでは馬が名乗るのが普通なのだろうか。



それから二人馬に乗って施術協会なるものにパカパカ向かう。

私の後ろで私のお腹に腕を回し、ピッタリくっついて並ぶ姿はまるでカップルだ。


「いったいどんな所なんだ?その施術協会というのは。」

「全国に施術を広めるために各地で活動してる非営利団体ね。基本的に寄付と実質的な指導による指導料金で賄っていると聞いてる。活動の内容は各職種に施術の良いところ、アピールポイントを宣伝して施術による効率化等を広めていっているのね。」


「なんだそれは。」


もはや宗教だ。


「実際に役に立つから手に終えない勢いで広まってるわね。同種の職業が施術を取り入れたら同業者はやらざるを得ないって感じで差が広がっちゃうしね。」

「ふーん。」

「このアーガマには施術協会の本部があるんだけど、いきなり乗り込んでいってグローリーの事を聞くのはあまり気が乗らないのよね。」

「なぜ?」

「図書館の本に情報を載せてないのが誰の意思かは分からないけど、彼の存在を隠したがっている組織、それは王宮かもしれないけど、そういうのがあるってことよね?表だって聞いても教えてくれるとは思えない。」

「それなら大丈夫だ。私の睡眠縛鎖で全員眠らせれば相手の夢の中に入り込める。」

「ちょっといきなりそういうのを使うのはやめてよ!噂になったらどうするの!?」

「話を聞けないと言ったのはモーちゃんじゃないか。」

「そうだけど!いきなり全員バタバタ眠らせるような派手な使い方はしないでってこと!」

「じゃあどうしろと?」

「ピンポイントよ。知ってそうな人物を狙って眠っている時に覗いちゃえば気付かれる心配もないでしょう?」

「ほほう、さては貴様悪女だな?」

「褒め方がいちいちいやらしい。」

「それで?知ってそうな人物などどうやって選別するんだ。」

「潜入するしかないわね。私達は団体の活動に共感してグループに入りたがっている女の子二人組。そういう設定で入り込みましょう。」


あからさまに嫌な顔をする私。


「えー。私が下劣な人間どものくだらん組織に入るというのかー?」

「嫌ならいいのよ。せっかく休みを取ったんだから私はショッピングにでも行こうかな。」

「ふえーん。仕方ないやってやるか。」


ひとしきりアスモデウスの胸の膨らみを堪能したので、今度は逆に乗って尻を弄びたかったのだが、どうやら現地に着いたみたいだ。


砂漠の宮殿のようなエキゾチックな佇まいの建物が外から見えるような開放的なスタイルで街の一角に陣取っている。

外の道に馬を繋いで早速建物に入ってみる。


「おー、ブルブルブル。どんな奴等が出迎えてくるんだ?」

「なんで怖がってるのよ。」

「人間が怖いんじゃない。初めての体験に怯えているんだ。」

「まー、分からなくもないけど。怯えすぎでしょ。」


門に入ると木々が植えられた広い庭園が目に入ってきた。

そこで白いローブのような物を纏った男女とすれ違い、敷地内を行き来している。

私達には特別目もくれずに出たり入ったり忙しく行き交っているようだ。


「どこに入る?」


私が聞く。


「理事に話を通さないと入れてもらえないでしょうから、とりあえず受付で伝えましょう。」


庭園を中心にドーナツ状の建物の内側にドアが並んでいて、そこからローブの男が普通の格好をした男を中から送り出して丁寧に挨拶をしていた。

なにやら話し込んでいたので私達はそれを通り過ぎる。


入り口の反対側、一番奥に大きな扉があり、その奥に高い建物が聳えていた。

ここが本来の入り口か。


入るとカウンターがあって白いローブを着たお姉さんが二人座っていた。

私達が近付くと礼をして迎えてくれた。


「お約束の方でしょうか?」

「いいえ。私達、この施術協会の理念に共感して、ここで勤めさせてもらえたらなあと思ってやって来たんです。そういった話は今ここでは受け付けていないんでしょうか?」

「あら、そうでしたの?いいえ、そういう方は随時募集していますよ。この活動に賛同してくれる方なら受け入れを拒むことはありません。」


アスモデウスが呑気に訊ねると良い答えが返ってきた。

なんと。楽に潜入できそうだ。


「面接というのではないのですが、理事か理事代理と一度お会いして、活動の概要とやってもらう仕事の選定をしていただくことになります。それと、非営利団体ですので個人報酬というものはなく、一定の活動報酬をいただけることになります。どんな仕事内容でもこれは一定です。あまり多くはないですよ?」

「お気遣いどうも。大丈夫です。心得ています。」

「今は代理が居られるのでちょうどよかったですね。お通ししますのでこちらへ。」


受付のお姉さんが一人立って奥へ案内してくれる。

無論私達はそれに従いついていく。


白いローブを着ていて線ははっきりしないが、なかなか隅に置けないお姉さんのようだ。


階段をいくつか上がり、暗めの通路の奥に立ち止まると、ドアをノックするお姉さん。


「理事代理。入会希望の女性2名が訪ねて参りましたのでお連れしました。」

「ご苦労。入ってきたまえ。」

「はい。」


ドアの向こうから声がして、お姉さんはドアを開け我々を中へと導いた。


「ようこそ施術協会へ。お二人ともまだお若いようですが、感心ですな。」


中に入ると山のような書類を積み上げた粗末な木製のテーブルの向こうに、初老のおっさんが座っていた。

部屋全体も木製の棚が乱雑に置かれ、書類が飛び出さんばかりに溢れている。


「私は協会の理事代理を務めるカーマインです。よろしく。ああ、君はもう戻って良いよ。ありがとう。」

「はい。お疲れ様です。」


カーマインに言われてお姉さんは礼をして部屋を出て行った。


「ではまずお名前を伺おうかな。」


手にしていたペンを置き、テーブルの前に並ぶ私達の顔を見上げるおっさん。


「はい。私の名はサラと言います。」


アスモデウスが答えた。偽名を使うのか?

マズイ。私は考えてなかった。それならそうと最初に言って欲しかった。


「えー。うーんと・・・。私はー・・・。」


妙な顔をするおっさん。早く言わないと本名じゃないのがバレてしまう。


「私はルーシーです。」


思わずルーシーの名前を使ってしまった。

我が往年の宿敵の名前を名乗るとはなんたる不覚。


「そうですか。ではサラ、ルーシー。この施術協会で働いてくれるというそうだが、そのためにはまず君達の適性を見させてもらって、その技能による適切な職務に就いてもらおうかと思う。宜しいかな?」

「はい。」

「のぞむところだ。」


「といっても、要するに施術を使えるかどうかという判断しか我々はしていないのだがね。使えない場合、ここの事務や各地に特派員として連絡事項を伝令してもらうこともある。」


雑用ではないか。


「使える場合は非常にありがたい。そのまま施術のプロモーターとして活躍していただけるし、教員としてその術を広めていただくのも良い。」


チラリと我々の顔を伺うおっさん。


「はい。私達施術を使えます。お目にかけましょうか?」

「おお!どのような術を使えるのかな?」

「触れたものを7回触らせないようにできます。」

「・・・。それはどういった施術なのだろうか・・・。」


アスモデウスが意気揚々と答えるが、おっさんは理解できないという顔で困惑している。

愚かな人間だ。無知で浅はかで傲慢なおっさんと言うしかないだろう。


私もちっとも分からないが。


「やってみませんとご理解出来かねると思いますので、失礼して目の前にある書類を触れさせてもらいます。」


アスモデウスがテーブルに近付いて書類に触れる。

それだけでは何も変化は起こらないようだ。


「書類に触ってみてください。」


アスモデウスに言われるままにおっさんは書類に指をそーっと触れてみた。

なんと!書類は磁石の同じ極を合わせようとしたように、テーブルの手前に吹き飛んでしまった。


「あ!」


おっさんはビックリした。

テーブルの前におっさんも出てきて私とアスモデウスの間に落ちた書類を拾い上げようとしたが、また書類は吹き飛んだ。


「触れない!」


おっさんがあたふたと書類と追いかけっこをする。

そして8回目にやっと書類に触ることができた。


「ふー・・・。これは面白い術ですね・・・。何に使うのかは全く分かりませんが。」


確かに何に使うんだ?


「使い方までは考えた事はありません。」

「うーん。そうか。そうだろうな。それで?ルーシー君の方はどのような術を?」


アスモデウスは特に考えてないようで、フーフー言いながら書類を持って席に戻るおっさんに言われて私にお鉢が回ってきた。


「眠らせることができる。」

「え?眠らせることができる?」


私の言葉におうむ返しで質問するおっさん。

面倒なのでおっさんを眠らせて夢の中をご拝見させてもらおう。


おっさんは私の能力でテーブルに突っ伏して眠った。


「良かったのかしら。この能力をここで見せちゃって。」

「だって他に術っぽいものなんて使えないし、しょうがない。」


アスモデウスは心配したがここでこいつから情報を得られれば話は終わるのだ。

グローリーのことを知っているか見せてもらおう。


私はおっさんの夢の中に意識を移した。



おっさんの夢の中は雲の上を飛ぶ鳥のようだ。

わりと本気で施術による平和な世界を夢見ているようで、心がピュアで性善説を心底信じているようなお人好しというか、汚れないおっさんだったようだ。


ムズムズするような居心地の悪さを感じながら私は空から地上に降り立った。


「なんて夢を見てるんだ。」


吐き捨てるように言うと、私はグローリーの手掛かりを求めておっさんの夢の世界の探索を始める。

まずはここ。施術協会の形をした建物に歩みを進めていこう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る