漆黒のサタン
@nurunuru7
魔王の出自を探る
第1話
漆黒のサタン1、一部漆黒にあらず
暗黒の胎動蠢く我が混沌の居城。
静寂を破る喧騒が谺した。
騒々しい女中が声をあげ、居城を駆け回る。
「うるさいぞ。何を言っている?」
「大変ですサタン様!魔王が!魔王が討たれました!」
「魔王が討たれた?」
「それは本当なの!?」
騒ぎを聞き付けて来たのは私だけではなく、母君も慌てて階段を降りてきた。
「はい。街に買い物に行きましたらモンスターの影が消えており、街では魔王歴が終わったと騒いでおります!」
「なんという!」
母君デュランダルは大きな声を出して血相を変えた。
「サタン!チャンスですよ!魔王の玉座を我々のものとするのです!」
「めんどくさい。」
「何を言っているのです!今すぐに事を起こさなければ他の連中に先を越されてしまうかもしれない!」
それならそれで構わない。玉座に座ったところでどうなるものでもないだろうから。
「きっと他の連中も狙っているはず!争奪戦になれば最初に奪い取っていた方が有利!」
「争奪戦?」
魔王の玉座はどうでもいいが、離れ離れになった姉妹達と再び会えるというなら話は別だ。
幼少の頃、一度も決着がつかなかったルシファー、いやルーシー。奴とまた再び戦い決着をつけたい。
私はムラムラとやる気が沸いてきた。
この居城での退屈な日常はつまらない。刺激的なイベントが欲しい。
「よし行こう。」
「そー!その意気よ!魔王の遺産を独り占めしてしまいましょう!」
母君は私のやる気を勘違いしているようだが放っておこう。
そうして私は黒く長い髪を靡かせ、黒い胸元の開いたレザーの上着とひだの付いたミニを纏い、黒いマントで身を包み、漆黒の剣を背負った。
馬屋で旅の支度だ。女中に荷物を持ってきてもらい、馬のお尻の左右に食料をぶら下げる。
馬も青毛のサラブレッドだ。全身黒い。
「全身真っ黒ですねー。」
女中が私を見てそう言った。
「漆黒のサタンと呼んでくれ。」
得意気にそう言って私は馬に跨がった。
「あら?でもパンツは薄いピンクなんですね?」
しまった。そこまで考えてなかった。
えーいめんどくさい。パンツはピンクでいいや。
「秘密にしてくれよ?では行ってくる。」
私は魔王の城を目指して馬を駆った。
数日間かけて北の大地に向かって馬を駆ける私。
東の小国ミネルバの程近い森の中にひっそりと建っていた我が居城。そこからだいぶ北上し、もうすぐアーガマに入る。
そういえばアーガマにはアスモデウスも居たな。
ついでに会っていくか。
アスモデウスも私とルシファー同様魔王の娘の一人だ。
以前ふらっと街に遊びにいったら偶然出くわし、再開を喜んでいたところだ。
アスモデカスと言うと怒られたのでモーちゃんと呼ばなければならなくなった。
尻のデカイ女は嫌いじゃないのに。
進路を街の中へと向ける。
普段街に出て人間として隠れて生活しているアスモデウスなら、私よりもっと早く魔王の死を知っていてもいいはず。
玉座の争奪戦をするつもりなら近いこともあり絶対有利だし、すでに魔王の城に向かっていてもおかしくないか。
とにかく行く途中の道すがらに訪ねるとしよう。
街にある大きな図書館。アカシック図書館にやって来た。
確かに道中モンスターとは一度も会わなかったし、街の人々の喧騒からは悲痛な叫びは聞こえない。
馬を停め往来を自由に行き交う人々の波に揉まれ、図書館へと入る。
整然として静かな館内。私はキョロキョロと周囲の人を見回す。
「ちょっと!なんて格好で来てるの!?」
腕を引かれてどこかの部屋へ連れていかれた。
「久しぶりだな。アスモ・・・モーちゃん。」
「モーちゃんじゃないわよ。私が隠れてここにいるってこと話したわよね?なにそのあからさまに怪しい格好。」
ポニーテール、ノースリーブの上にロングスカートという地味な格好をしているアスモデウスが私の黒づくめの格好に文句を言った。
ちょっと場違いだったか?
「とにかくマントと剣は預かります。」
マントが駄目だったか。
私からそれを剥ぎ取るアスモデウス。
「それで?なにしに来たの?」
「なにしにとはご挨拶だな。こうして姉妹仲良く会いに来ることがそんなに不自然か?」
「仲良かったことあったかしら。」
ショックだ。私は嫌われていたのか?
「いやねー。そんなに落ち込まないでよ。でも理由はあるんでしょ?」
「いつからだ?」
「何が?」
「魔王が死んでモンスターがいなくなったのは?」
「なに?今まで気付いてなかったの?」
「うん。」
「これだから隠遁生活者は・・・。」
軽蔑の眼差しを向けてくるアスモデウス。
「もう一月も前よ。今は1月、年越してるの。」
「そんなに前?」
一番乗りどころではない。相当遅れをとっているんじゃ?
「魔王の城はどうなった?」
「さあね。噂ではアーガマの連中が城を管理してるそうだけど。」
「人間が?」
「誰もいないからね。」
「玉座の争奪戦は?」
「玉座の争奪戦?誰が?」
「私達で。」
「なんのために?」
「さー・・・。」
少なくともアスモデウスは全く興味なさそうだ。私も興味無かったから分かる。
だが、話が違う。
争奪戦なんて起こらなそうじゃないか。
意気揚々と出てきたがいきなり出鼻を挫かれた。
だが、我々の居城が人間の手に渡っているというのは単純に不愉快でもある。
ちょっと行って取り戻してこようか。
人間相手の戦いなど何の興味もない退屈なものだが、憂さ晴らしにはなるだろう。
「それで?モーちゃんはなにをやっているんだ?」
「何って見ての通り司書だけど。」
「それって何をするものなんだ?」
「本を目利きしてあげる仕事よ。こんな本が読みたいという来客にそんな本は如何でしょうって提案するの。」
「それは必要な仕事なのか?」
「喜んでもらえる仕事なの!」
よくわからん。人間を喜ばしてどうするというのだ。
私はマントと剣を押し付けられ部屋を追い返された。
しょうがないのでそのまま魔王の城に出向いていってみることにした。
夜になって城の近くの森を馬を走らせる。
以前は無かったはずの林道のようなものが出来ていて、馬を走らせるようにできていた。
これも人間が通りやすいように作った道か。
徘徊していた巨大な首なが竜のモンスターも当然いない。
まあ、あれは居なくてもいい。
城門の前に数人の衛兵が番をしていた。
私に気付いた瞬間眠らせたので話をすることはない。
門は開けられていて城を閉ざしているようではない。
この居城の警備と保全が目的なのだろう。或いは、調査もあるかもしれない。
この居城はある日突然この場所にできたという。その理由と手段を魔王の存在自体の経緯と合わせて調べるのも人間にとっては重要なのだろう。
私は馬を降り城に入っていった。
私の入城に広間に居た衛兵達が呆気にとられて振り向いた。
次の瞬間地に臥せって全員眠った。
私の能力、睡眠縛鎖。私の思うようにあらゆる者を眠らせる。
わざわざ話す必要もなく不要な相手を私の前から除外できる。
何千人居ようが一瞬で全てをひれ伏せ、かしずかせることができる。王の御技だ。
つまらないことを除けば使える能力。
城に居る人間は全て眠らせた。
これで城の奪還は終了。
なんとも手応えのない仕事だ。
眠った人間は夢遊病者のように眠ったまま歩かせ、城の牢獄へ勝手に入ってもらった。
誰もいない広間で玉座に座ってみる私。
なんとも味気無いが悪くない風景だ。
そういえばアスモデウスに追い出されたので聞いてないが、魔王はなぜ死んだのだろう?
衛兵の中に知っている者がいるかもしれない。
私は衛兵の夢の中に意識を移した。
ハッキリと事実を知っているものはいないようだが、勇者という人間の男が魔王を倒したらしいということだけは分かった。
人間に敗れたのか?
そんなバカな。
信じられないが、だからといって仇を取りたいなどと殊勝な感情は私にはない。
猿も木から落ちる、盛者必衰の理、慢心することなかれだ。
それよりここに調査に来た者達だ、面白い事も知っているようだ。
そちらの方向で追ってみるのも悪くないな。
それから数日経って人間達が更に調査にやって来た。
戻ってこない調査隊の捜索というところか、だが、居城に入る前に全員眠ってもらった。
何の抵抗もできず空腹で勝手に死ぬだけだ。
あまりにも脆い。
次も捜索隊がやって来たがそれも同様に眠らせた。
その次は来なかった。
だがよく考えたら、コイツらが死んだら死骸の処理を私一人でやらないといけなくなるので、めんどくさい。生きて眠っている相手でないと私は操れない。
適当に眠ったまま料理を作らせて、眠ったまま食事を勝手に食べてもらおう。
城には適当な具材も残っているようだ。
さすがに私も退屈なのと、見知ったことを調べるためにもう一度アスモデウスの所に行ってみることにした。
マントと剣を城に置いて馬を街まで走らせる。
アカシック図書館に入っていくと、アスモデウスの方が私の姿を見つけて、また部屋に引っ張って行った。
「あなたなにかしたの?魔王の城から調査隊が戻らなくなったって街は騒然よ。」
「眠ってもらった。我々の居城に土足で踏み入ることは許さない。」
「なんでそう騒ぎを起こすようなことを・・・。」
「あそこは我々姉妹のものだ。魔王亡き今は。そうだろ?だから我々の誰が玉座につくのか争奪戦をして取り決めようじゃないか。それまであそこで勝手な真似は私が許さないということだ。」
頭を抱えるアスモデウス。
「私は棄権するけど、他のみんながどうするかは知りようがないわ。というか、どうやって伝えるつもりなの?どこに居るかも分からないのに。」
「考えてない。勝手にやって来ると思ったんだがな。」
「いつまで待つのよ?」
「さあ?」
「さあって・・・。」
再び頭を抱えるアスモデウス。
「そんなことより今日は別の要件で来た。お前は魔王がどうやって造られたか知っているか?」
「造られた?」
怪訝な顔で私を見るアスモデウス。
「やはり知らないのか。調査隊の夢の中を徘徊していたら面白いものを見つけたぞ。魔王の居城は元々あそこには建ってなかった。ある日突然できたという。だが、あそこには何も無かったわけではなく、それまでは館が建っていた。」
「それいつの・・・。魔王の生まれる前としたら40年前?」
「そうだ。その館の持ち主、グローリーの人物像と経緯を調べるためにここに来た。お前は司書さんなんだろう?そういう本を知っているんじゃないのか?」
「残念ながら・・・でも名前と年代が分かっているなら探すのは簡単だと思うわ。」
私達は部屋を出て図書館の一角へと移り、アスモデウスは人物年鑑のような図鑑の棚を行ったり来たりしながら本を探している。
「グローリー、グローリー・・・。あ、あったわ。」
「どんな人物だ?」
「魔術師。70年前、このアーガマの王宮に仕えていた魔術の専門家。彼の魔術は今で言う施術の走りで、奇跡の魔法使いと呼ばれていたそうね。」
「魔術師の館?」
「彼は独学で魔術を覚え、それを売りに大道芸のようなことをやっていたのだけれど、王宮の者の目に触れ、そこに仕えるようになった。王宮で彼の魔術が研究され様々な魔術が体系として産み出され、国ならずも大陸中に広まっていった。」
「人間どもが使っている術はそんなに歴史が浅いのか。」
「グローリーは後年役職を離れ北の森の果てに建てた館で余生を過ごしたとある。」
脚立の上に乗って本を広げながら話すアスモデウス。
やはりお尻が大きい。
「それだけか?」
「この本にはね。でも他にも載っているでしょうね。これだけの大人物なら。」
アスモデカスは脚立を降りて他の棚へと本を探しに行った。
「それだけの人物を知らなかったとは司書失格なんじゃないのか?」
「カチン!司書という仕事も知らなかったくせにー!」
私の腹をグーパンで殴るアスモデカス。
「ごふっ!いいパンチだ。」
尻がデカイと腰から力が入るのか?
しかし残念ながら他にこの図書館でグローリーの事が書いてある本は見つからなかった。
アスモデウスの同僚なんかに聞いても、本の一覧などを見ても、名前を確認できるものはなかった。
「おかしいわね。」
「人間どもが使う術の起源とも言えるものを編み出した魔術師。その情報が一切書かれていないというのは不自然だな。」
「歴史に載っていてもいいはずなのに。」
「意図的に残されていないと考えるのが普通だろうな。」
「魔王が造られたと言ったわね、確か。どういう意味なの?」
「魔王には40年以前の経歴がない。突如現れた。同時に館が消え、城が出現した。調査隊の連中はグローリーが何らかの方法で魔王を造ったのではないかと考えている。」
「魔術で!?」
「グローリーの詳細を聞くとその可能性が高いな。そしてグローリーは消えた。」
「何のために魔王を作り出し、姿を消したのか。ミステリーねー。」
「他人事だな。我々のルーツに直接関わる話だぞ。」
あの居城の所有権。それにも関わる。グローリーと魔王。どんな関係があるのか。
しばらくは退屈なんだ。調べてみるのも一興じゃないか。
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