第11話 この国は、私たちに手出しを出来ないのでしょう
11:27 3F Aスタジオ
悔しげな京谷を横目にするミオ。
人質たちはセットの大型モニターに注目していた。
『まずは、総理の事を国民に紹介しましょう』
長くて細い脚を組んだ瑚都。手元のスマートフォンに視線を落とす。
『兜山善治郎、満六十四歳。出身は福岡島県北九州市、父は兜山不動産の元代表取締役にして投資家。現在、兜山不動産は総理のご子息である
瑚都が冷たい視線を向けると、兜山は険しい顔で口を結んだ。
『血統と言えば、やはりお祖父様はご立派でした。なにせ国内外から「戦後の怪物」と呼ばれた政治家だったのですから』
瑚都のガラス玉のような瞳がじっと覗き込む。
モニターに映し出された瑚都の瞳を見て、ミオたちは呼吸を奪われた。
『戦後の怪物こと、第五七代内閣総理大臣、
誰だっけ、という顔にミオはなっていた。
隣で左手の負傷を押さえる京谷が「昔の総理大臣だ」と声を顰めて言う。
「十年前、一度は政権を奪われ
『憲法改正をマニフェストに自治主体党を立ち上げてから七十年。その間、自主党が政権を握り続けていましたが、果たしてマニフェストの実現は果たせたのでしょうか』
『それは、簡単には進まない問題なのだ。憲法改正というのは国会で発議し、衆参両院で三分の二以上の賛成があって、初めて国民投票に移る。その国民投票でも、国民の過半数の賛成がなければ――』
ふーん、と瑚都は揶揄するように鼻を鳴らして遮る。
『このWikipediaによりますと憲法改正どころか、憲法改正の《発議すら行えていない》ようなのですけれど。この七十年間マニフェストに向かって行動すら起こしていない、という事になりませんか』
そう尋ね、瑚都はスマートフォンの画面を爪で敲く。
『日本国憲法は戦後、
『……何を、言いたいんだね。君は』
いいえ別に、と瑚都は含み笑いを浮かべる。
愉快げに口唇に指を置いた。
『総理を揶揄しているのではありません。ただ私は現実を口にしているだけです。だからこの国は、私たちに手出しを出来ないのでしょう。九十分足らずで四十三名もの民間人を
瑚都は法の弱点を淡々と述べた。その様はカメラを通して全国に放送されている。
『さて、日本国民および政府関係者の皆様。私たちは130名の人命を預かっております。その中には、お年寄りも未成年も、人気アイドルもスポーツ選手も、そして内閣総理大臣もいらっしゃいます。彼らの生殺与奪は私が掌握している状況でございます』
そこで、と瑚都が間を開ける。カメラが瑚都に寄った。
『私と司法取引をしましょう。国内中の確定死刑囚を全員釈放していただければ、兜山総理を含む130名の方々を解放いたします』
スタジオが静かにどよめく。
京谷は「無茶苦茶だ……」と表情を強ばらせた。
『リミットは午後十時。それまでに私の要求を飲んでいただければ全員解放いたします。ただし一時間ごとに一人ずつ浄化します。最初は喜代田社長の浄化だとして、次は十二時。次の浄化を行ないます』
えっ、とミオは声をこぼす。
他の人質たちも「そんな!」と泣き声を漏らした。
『重要な事ですので、総理も交えて話し合うのが宜しいでしょう。政府関係者および国会、警察、裁判所の方々など様々な意見が必要でしょうから、意見の集約方法もこちらで準備しております』
瑚都はスマートフォンの画面をカメラに向けた。
Twitterのトップページだ。アカウント名は【JBS事変】とある。
まだフォロワー数は『0』。
『こちらをフォローの上、ご意見をリプライください。一般の方はもちろん、階下でお待ちの人質の皆様もフォロー可能です。なお、このアカウントが大切なコミュニケーションツールになりますので、警察の皆様はジャミング電波などでの妨害はお控えください』
ミオはこっそりスマートフォンを覗く。
Twitterで【JBS事変】のアカウントを見ると、ほんの数秒の間でフォロワー数が『934』にまで増えていた。
『君。こんな事をしても、すぐに警察に捕まる』
瑚都はにこやかに立ち上がり、猫のようなしなやかな足取りで兜山に歩み寄ってゆく。
『さあ、それはどうでしょう』
瑚都は兜山の隣に腰掛けた。瑚都は薄い笑みのままスマートフォンをかざす。
カシャッ――と音が鳴った。
自分のソファーに戻った瑚都。軽やかな指使いでスマートフォンを操作している。
ミオが自分のスマートフォンに目を落とすと、【JBS事変】のトップ画像が瑚都と兜山のツーショットになっている。
今撮った自撮り画像か。
『早めのご決断を、期待しております』
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