隷属のはじまり
第10話 次は、テレビカメラの前で首を刎ねますね
11:16 1F エントランス
やはり秋瀬倫が担当か。
達哉は自動小銃を装備した少女と目が合い、慌てて顔面の筋肉を弛緩させる。悟られない方が良いだろう、警察側の交渉チームに面識のある人物がいる事は。
倫は、達哉の元恋人だ。
達哉が倫と出会ったのは神奈川の私大に通っていた頃。学生時代は同じゼミの顔見知り以上の関係に発展する事はなかったが、数年前に新宿のバーで飲んでいたら偶然再会した。聞けば、警察官になったという。
再会して三ヶ月後には交際を始めていた。
最初は上手くいっていた。しかし一年を過ぎて同棲を始めて、互いの生活リズムがほぼ合わない事を実感した。そこで達哉に魔が差した。浮気がばれたのだ。自宅に別の女を連れ込んでいる時に鉢合わせした。
――これで、お終いね。
それが別れの言葉になった。
達哉はただ無様に「ああ、ごめん」と項垂れただけだった。
それから四年。
テロリストの人質と交渉人という立場で再会するとは思わなかった。
「家永さん、こいつらの武器って全部本物なんですかね」
柔道金メダリストの赤木が怪訝そうに呟いた。
「あんなの、どこで手に入れるんです。まさか、こいつら暴力団とか半グレ集団だとか!」
今時の反社会組織でも、ここまでの装備を用意するのは不可能。軍隊さながらの装備だ。
しかも武器を扱っているのが現役らしき女子中高生。
達哉は視線を上げる。
エントランス中央で全体を監視している眼鏡の少女を見遣った。
「分かるか金メダリスト。あの眼鏡の子が持ってるの。AKMだ。世界中で最も人を殺した銃というAK‐47の近代化モデル。1959年に正式化され、シンプルな構造で手入れも容易だと言われている。泥水に浸かっていても
「……詳しいっすね」
「昔、サバゲーにハマってた時期があってな」
そうなんですか、と赤木は角刈りの頭で静かに頷く。
「全員、同じ銃を持ってるんですかね」
「味方同士で
AKMは六十年以上前の古いモデルだが、そのぶん世界各地での戦闘で使用されてきた実績が保証されている。
軍隊や
「でも、三人だけ違う銃を持ってますけど」
「ドラグノフ。あんなのまで用意してんのかよ」
SVDドラグノフという
彼女たちは割れたガラスの隙間から、銃身を外へ向けて構えている。狙撃を担当している班だ。ドラグノフの実用有効射程は800m。PSO‐1スコープは暗視装置と赤外線散探能力も備えている。
装弾数は10発と少ないが、上層階にもドラグノフを装備した少女が複数監視していると考えると、警察側も下手に動けない。
「あの子らの太もも。左脚のホルダーには
「それに右太もものホルスターにはサイドウェポンの
オーストリア製のオートマチックピストル。
セーフアクションという特殊なダブルアクション撃発機構を持っている。軽量で安全性が高く、世界各国の警察でも採用されている。
「で、あの耳のインカムで連絡を取り合ってるって事ですね」
「ああ。あの腰に付けてんのが
WLAN無線機だ。無線LAN、IPネットワークと接続し、人数や通信距離の制限なく使用できる。本来はホテルや病院などの高層建造物で利用されている物だ。
その時、眼鏡の少女がインカムに向かって喋った。
「はい、瑚都さんの決定ですね。了解しました」
通話を終えると、眼鏡の少女は銃を下ろして右手を上げた。
「皆さんの中で、十二歳以下のお子様はいらっしゃいますか。小学六年生までのお子様がいらっしゃったら、お申し付けください」
眉を寄せて声を張る少女。普段から大きな声を出し慣れていない感じだ。
エントランスにいた人質たちがおずおずと顔を上げる。
「小学校六年生までのお子様は、現時点をもって解放となります。今まで、ご協力ありがとうございました」
眼鏡の少女は深々とお辞儀する。
「ちょ、家永さん。あれってホントに言ってるんですか」
人質たちは猜疑心を露わにしている。名乗り出たら射殺されるのではないか。子連れの親たちは怪訝な上目遣いで眼鏡の少女を見詰める。
「つい今しがた、警察との話し合いで決定した事柄です。小学六年生までのお子様は、ここから出て行っていただいて結構です」
騒めく大人たち、事態が分からず周囲を見回す子供たち。
その時、非常階段のドアが開いた。
一斉に視線が集まる。子供たちの列だ。上層階に捕らわれていたのだろう、十人の幼い子供たちだ。赤ん坊を抱えている少年もいる。
「お子様は、彼らの列に続いてください」
眼鏡の少女が呼び掛ける。子供たちの列を、優しげな顔をしたフェミア女学院の生徒が先導していた。
「ホントに、警察側と話が付いてるんですかね」
赤木が子供たちの列を呆然と見送っていた。
バスに破壊された正面玄関の向こうに、防護盾を装備した機動隊が待機している。
こちらから出てね、と眼鏡の少女が割れたガラスの隙間へ子供たちを促す。エントランスの大人たちも子供たちを正面入口へと向かわせた。
子供たちは泣いて「ママも一緒に!」と叫ぶが、親たちも涙を噛んで子供たちを玄関へと押しやる。
すると涙で顔をぐしゃぐしゃにしたセーラー服の少女二人組が、くせ毛の少女の前で跪いていた。
「オマエら、ウソつきはダメだゾ」
くせ毛の少女は二冊の手帳らしき物を取り上げていた。
生徒手帳だ。
「お願いします、許してください!」
「フザケるな、何がただのコスプレだ! 生徒手帳にオマエらの写真が載ってるゾ!」
地元の中学生らしい。
よりによって制服でテレビ局見学に来ていて、自分たちが小学生以下でないと証明してしまっている。
「でも私たち、まだ十二歳なんです。早生まれなんですよ!」
「バカヤローッ、でも中学生だろ! ダメなものはダメだゾ!」
「やだやだやだああああっ、死にたくないぃぃぃ!」
「あああああああっ! うっさいゾ!」
くせ毛の少女は
その瞬間、真っ赤な鮮血が噴き上がる。
「……あいつ、マジか」
達哉と赤木は慄然と固まる。周囲の人質たちは恐怖に染まった悲鳴を撒き散らす。
首を裂かれたセーラー服の少女は膝をつき、血の水たまりで仰向けに倒れて動かなくなった。
「オマエも浄化しよっか? アハハ!」
ぎょろ目を剥いたくせ毛の少女が、残ったもう一人の中学生に赤い刀身を突き付ける。
頭から返り血を浴びた中学生は、激しく首を横に振ってへたり込んだ。彼女のスカートの下から水が漏れ出す。
失禁していた。
「トーカ、また浄化したゾ!」
「よくできましたメイ。痛みも感じさせなかったみたいですね、良かった。さあ、魂を浄化したら、天国へ行けるようにお祈りしましょう」
眼鏡の少女は胸に十字を画き、首を裂かれた死体に祈りの言葉を捧げる。
くせ毛の少女も十字を画く。
激高していたかと思ったら、もう無邪気な笑顔を浮かべていた。その幼い顔にはべっとりと返り血が掛かっている。
あの、と幼児を抱いた母親が口を開いた。
「この子、まだ二歳なんです。私がいないと、何も出来なくて。どうかお願いです。私も一緒に外へ出してくれませんか」
眼鏡の少女は眉間にしわを寄せ、首を横に振る。
「申し訳ございません。許可が出たのはお子様だけなのです。残念ですが、お母様はわたしたちと一緒に、ここで待機してください」
そんな……、と泣き顔になる母親。幼い子供も空気を察したのか声を上げて泣き出した。
「あら、可哀想に」
よしよし、と眼鏡の少女が子供を抱き上げた。
眼鏡の少女は「玄関まで抱っこしてあげますね」と銃を置いて正面玄関へ歩いてゆく。
「家永さん。俺、許せないです」
赤木が俯いたまま拳を握っていた。
「あいつら、人の命を何だと思ってんすか」
赤木の拳が震えている。達哉は眉を顰めた。
「俺、こんな時のために柔道やってんすよ。武道ってのは、弱い人たちを守るためにあるんです。こうなったら、俺が……」
達哉が小声で「よせっ」と叫ぶが、赤木は耳を貸そうとしない。
「しょせん力は子供でしょ。一番弱そうなのを捕まえて、逆に神矢瑚都を脅しましょう」
赤木は立ち上がり、猛然と駆け出した。
「お前らっ、いい加減にしやがれえええ!」
そう怒号を上げた赤木は眼鏡の少女の襟に掴み掛った。
少女は武器を置いて丸腰だ。衣服を掴んだ状態なら、柔道家の右に出る者はいない。
赤木の腕が首に伸びた瞬間、眼鏡の少女の半身が素早く回転した。
少女はコマのように横回転し、左肘を赤木の顎に叩きつける。
赤木が怯んだ瞬間に、股間に膝蹴りを入れ、腰が落ちた所で左太ももの銃剣を抜き取る。
銃剣のグリップで赤木のこめかみを突き刺すように殴りつけた。
膝をついて蹲り、低く悶絶する赤木。達哉たち人質はその様を見て呆然となった。
「いけませんよ、乱暴な事をしては」
眼鏡の少女は涼しい声で告げ、赤木の傍らに屈む。
穏やかな笑みを湛える少女。
赤木は痙攣して悶える。少女の一連の動きは電気信号のように速くて正確だった。
「さてさて、どうしたものでしょうか」
柔道、空手、
全て人体急所を目掛けた打撃だった。ふと達哉は思い出した。ネットの動画で見た事がある。
クラヴ・マガ――。
イスラエルで考案された軍隊式近接格闘術。
肉弾戦で敵を制圧するために重点を置き、一切の無駄を省いた格闘術だ。対武器戦も想定されており、容赦なく急所も攻撃する実戦技能。
眼鏡の少女は髪を整え、人質たちを見渡し「皆様」と呼び掛けた。
「わたしたちは多少の護身術も心得ております。暴力を振るおうとか、武器を奪おうとか、そのような事はご遠慮ください」
護身術というような代物ではない。柔道金メダリストの赤木ですら、一瞬にして制圧された。
「ちなみに、わたしは非力な方です。他の清教徒の方々は、わたしなどよりもっとお上手です」
全員がクラヴ・マガを習得しているのか。
少女たちはただの武装集団ではない。全員が訓練された兵士だ。
達哉は痙攣する赤木の背中を見詰めた。呼吸もままならない様子だ。赤木でもこの始末なら、一般人が束になって抵抗してもどうにもならない。
眼鏡の少女は銃剣を赤木の眼前に差し出した。
「次は、テレビカメラの前で首を刎ねますね」
修道女のように優しく微笑む少女。穏やかな表情のまま発せられた、物々しい言葉。
その時、エントランスの大型モニターが点いた。
『警察の皆様、約束通り中学生未満の子供たちを解放しました。乳幼児は警察が手厚く保護してあげてください』
映っていたのは神矢瑚都。
『お子様を解放するのは初めから決まっておりました。子供は長時間のストレスに耐えられませんし。何より、我々も子供に対して厳しく出来ない立場でございまして……』
表の機動隊の視線が一瞬だけ上を向いた。外の大型モニターにも同じ映像が流れているらしい。
『それでは、特別なお客様をご紹介します』
瑚都の合図でカメラが引いた。
JBS内のスタジオのようだ。この広さは八階のミニスタジオか、と達哉には分かった。
ソファーに座した瑚都、その前にもう一脚のソファーが置かれている。
彼女の向かいに座っていたのは、兜山総理だった。
『兜山総理。私たちの対談は、日本全国へ放送されています』
瑚都は薄く口元を微笑ませた。
『さあ話し合いましょう。この日本の未来について――』
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