第8話 あー、うっぜ。耳たぶ吹っ飛ばしちゃお

 10:46 3F Aスタジオ


「余計なマネしたら、アンタら爆弾で吹っ飛ばす、って事。全員まとめて浄化ってワケ」

 赤いマフラーの少女は自動小銃を担いで声を張る。

 人質たちが肩を竦めて怯えているのを見て、満足そうに口元を緩めていた。ミオも腰を抜かして震える。


「おい。潮崎ミオ」

 赤いマフラーの少女が意地悪な笑みを浮かべて近付いてくる。

 ミオは床に尻を付けたまま後ずさる。すると「逃げんなよ」と少女に銃口を向けられた。

「クソ馬鹿アイドル。私はな、アンタが大嫌いなんだ。テレビ点けてアンタが映ってたらチャンネル変えるくらい。いつかぶん殴ってやりたい、と思ってたところさ」

 底の濁った瞳の少女は顔を近付けてくる。

 どういう人生を送ってきたら、このような捻くれた目の色になるのだろう。

「……私が、何をしたの」

「テレビでキャーキャーうっせえの。馬鹿のくせに調子乗ってんじゃねーよ。それだけで私をムカつかせた! これは大罪でーす!」

 高笑いを上げる少女。

 周りの大人たちは遠巻きにミオを眺めているだけ。

「ぶっちゃけさ、こんないっぱい人質いらねーんだわ。交渉材料は兜山なんだしさ。他の奴らは生きてさえいれば、別に私らのオモチャにしても良いんだよねー」

 マフラーの少女は目蓋を痙攣させ、右太もものホルダーから拳銃を抜き、ミオの耳元に近付けた。

 ミオは震え上がり、喉の奥から甲高い声を絞る。少女は安全装置セーフティを解除して引き金に指を掛けた。

「あー、うっぜ。耳たぶ吹っ飛ばしちゃお」


 その時、小柄な少女がマフラーの少女の腕を掴んだ。

「駄目だよ、お姉ちゃん」

 マフラーの少女の顔が怒りに満ちてゆく。小柄な少女のカーディガンの襟を掴み、激しく怒鳴りつける。

「こういうクソ女どもが、私らを馬鹿にしたんだろうが! 親に捨てられた貧乏人だって、馬鹿にしたのはこういうクソ女だったろうが! ああっ? 見返してやるんだろ、復讐してやるんだろ! またクソ野郎に殴られてた頃に戻りたいか!」

「ご、ごめん。ごめんなさいっ!」

 なに見てんだよクソどもがっ、とマフラーの少女は天井に向かって発砲する。凄まじい銃声にミオたちは悲鳴をこぼした。

「あームカついた。おい、潮崎ミオ!」

 マフラーの少女が血走った目を向ける。ミオは恐怖のあまり悲鳴さえ出なかった。

「オマエ、いま笑ってただろ」

 ミオは泣きながら首を振る。

 マフラーの少女が「うっぜーわ、マジうっぜーわ」と顔の筋肉を痙攣させて苛立つ。

「とりあえず今からオマエ、浄化けってーな」

 すると彼女の背後から白い手が伸びた。

 その手は瞬時にマフラーの少女の手首を払い、素早く拳銃を奪い取る。その手の主は洋画のヒロインのように端正な顔立ちをしていた。


「独断で浄化するナ」

 ハーフ顔の少女が言った。

 彼女はグリップから弾倉マガジンを抜き、何事もなかったかのようにマフラーの少女に返した。

 マフラーの少女の敵意がハーフ顔の少女に向いた。

「ティナセンパイ、それってアタシに命令してんの? 年上だからってエラそうに」

「瑚都からの命令だネ」

 マフラーの少女の顔から、一瞬にして怒りの色が消えた。

「瑚都が言っていたネ。ヤスハは頼りにしている、ッテ」

「そんな。瑚都様が、私を!」

 マフラーの少女の顔が蕩けたように緩んでゆく。陶酔したように虚ろな目になった。


「ヤスハとユーナを見込んで、この男も私たちの監視担当に命じられたネ」

 ハーフ顔の少女は一人の男を引っ張り出す。

 黒いスーツ姿の男がミオの足下に転がった。呼吸が荒く、額から脂汗を滲ませている。

 左手の小指が欠損していた。

「警視庁警備部の警察官。兜山総理のSPだ。名前は京谷きょうたにとか言ったかナ」


 小柄なカーディガンの少女が顔を上げ「あの、時間だよ」と口を開く。

 マフラーの少女が「ああ、そっか」と頷き、他の少女たちに「準備に掛かっちゃえ」と指示した。

 少女たちはスタジオ中に散乱する死体を引っ張り、壁際の一か所に集合させる。死者たちの瞳を閉じさせ、顔に布を被せてゆく。

 少女たちは合掌して跪く。

 そして一斉に口を開いた。


「天主の聖人は来たりて彼らを助け、主の天使は出でて彼らを迎え、その霊魂を受け取りて遙か高くにまします天主の御前に献げ給わん事を――」


 少女たちの清らかな声が祈りの言葉を紡いでゆく。

 今の隙なら逃げ出す事も可能だった。しかし死者に祈りを捧げる少女たちは神聖でいて敬虔で、妨げてはならないように思えた。

 アーメン――。

 そう彼女たちは結んだ。


「……くっ」

 ミオの傍らでSPの京谷が低く呻いた。血の滲んだ左手を押さえ、苦痛に顔を歪ませている。

 ミオは「あの、大丈夫ですか」と小声で聞いた。

「あの子供たち、いったい何者だ。あの制服も東京では見慣れない」

「フェミア」

 ぽそりとミオは呟いた。

 京谷は「何」と険しい顔を上げる。

「あの制服は、聖フェミア女学院です」

「何だ、その学校は」

「聖フェミア女学院は、私の母校です」


 かつて袖を通していたブレザーだ。

 あの十字架と手のひらの校章。高校の三年間ずっと目にしていたマークだった。

「東京の人は知らないでしょう。勝浦の海辺にあるミッション系の中高一貫女子校です」

 ミオの地元では評判の私立女学校だ。

 今どき珍しく学生寮も完備していた。高校の偏差値は70とかなり高く、東大を含む国公立大や有名私大へ進学する者がほとんどだ。

 思い出した、と京谷が呟く。

「千葉勝浦の高校生失踪事件。あの高校の名前が、聖フェミア女学院だったか」

 そうです、とミオも小声で答える。


 昨年の十月、当時高等部一年生の少女三人が失踪した。

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