第7話 どうぞ、わたしたちの姿をカメラにお収めください
10:41 1F エントランス
モニターが暗転し、達哉たちはなす統べなく床に座していた。
階段から両手を上げた人々が降りて来る。涙で化粧が崩れた女性、衣服が破れた男性、見覚えのあるタレントの顔もある。
武装した少女たちが彼らをエントランスへ促していた。
「トーカ! メイもここ担当だゾ!」
くせ毛の小柄な少女が自動小銃を担いで飛び出してきた。くせ毛の少女は子犬がじゃれるように眼鏡の少女へ飛び付いた。
達哉はポケットの中のGoProに指を掛けた。
小型で耐久力も強いので、屋外での取材でも役に立つ。カメラにハンズフリーマウントを装着して首から提げる。
達哉はレンズがシャツのボタンの隙間に来るよう位置を調整した。
「トーカ、聞いて聞いて! メイね、三人も浄化したゾ。ナイフでこうやって!」
少女たちの会話も収音できる距離だ。武装集団に占拠されたテレビ局――、この映像はスクープだ。
「人質の皆様、わたしたちからの注意事項がございます。どうかご静聴下さい」
眼鏡の少女が澄んだ声を上げる。達哉は身体ごとレンズを向けた。
「ここエントランスと、ほか三か所に人質の皆様には分散していただいております。それぞれの拠点には監視用のドローンと、遠隔起爆型のプラスチック爆弾を設置しております」
人質たちはどよめいた。その様子を頭上でホバリングするドローンが視ている。
「皆様が脱走や反乱を企てた場合、三つの拠点を同時に爆破する可能性がございます。また、ドローンにも狙撃銃を搭載させております。ですので、ご勝手な行動は慎んでいただくようお願いします」
一人でも抵抗しようものなら、148名の人質は皆殺しという事か。
「以上の点に留意していただければ、皆様に危害を加える事はございません。食事や睡眠の保証もいたします。わたしたちの要求が政府側に通るまで、どうかご協力お願いします」
この少女たちは二種類の制服を着ている。ブレザー型とワンピース型。どこかで見た事のある制服だ。
どこで見た。
「なお、スマートフォン・携帯電話の使用は自由とします。カメラ撮影やSNS等の使用も許可します」
えっ、と達哉は漏らした。
「わたしたちの事を、多くの人々に知ってもらう。これは瑚都さんの願いでもありますから。どうぞ、わたしたちの姿をカメラにお収めください」
しかし誰も携帯電話を手に取ろうとは動けなかった。達哉も服の下に隠したGoProで撮影を続けていた。
「ちくしょう。テロリストどもめ」
低い男の声。ふと隣の人質が呟いた。
大柄な短髪の男。半袖から伸びる腕に力こぶが盛り上がっていた。見覚えがある。
世界柔道金メダリストの赤木巧だ。
「アンタも捕まってたのか、金メダリストさんよ」
達哉が小声で話し掛けると、赤木は眉を寄せて顔を見返してきた。
「ややっ。あなたはYouTuberの家永達哉さんではありませんか。チャンネル登録していますよ。JBSとケンカしてるんですよね」
「本業はYouTuberじゃなくてジャーナリストな」
赤木はAスタジオでバラエティの収録をしていたらしい。そこを彼女たちが襲撃した。
「Aスタジオだったら155坪あるはずだ。キャパはここに降りて来た人数の三倍は入る。他の人らは別の場所に連れて行かれたか。それとも、殺されたのか」
「そ、そうだけど。ずいぶん内部に詳しいっすね」
まあな、と達哉は声を潜めて続ける。
「俺も、元はJBSの局員だったからな」
かつて達哉は新卒でJBSに就職した。
配属は営業部。二年も務めると内部の事情が見えてくる。視聴率競争で怒号が飛び交い、スポンサーの接待で不誠実な金が飛び交い、タレント事務所の出演交渉で女が飛び交う。
タレント事務所にホステスまがいの接待を強要される若いアイドル。特定スポンサーの顔色を窺った偏向報道やヤラセ。天下りの仕組みをはじめとする、上層部が利益を牛耳る既得権益。
当時、二十代だった達哉は正義に燃えた。
上層部に不正の事実を突き付け、局の公正化を求めた。しかし達哉の訴えは封殺される。
落胆した達哉は年内に退社し、営業部時代の伝手を頼りにジャーナリストとして活動しようと考えた。目的はテレビ業界の闇にメスを入れる事。平たく言えばJBSへの復讐だ。
達哉は主張の舞台をネットに変えた。
保守系のYouTubeチャンネルに度々ゲスト出演するようになり、テレビや新聞などオールドメディアの仕組みを批判し続けた。
自らもYouTubeチャンネルを開設し、評論家や専門家を呼んで対談し、過激な議論も交わし合った。テレビで達哉を非難したコメンテーターの事務所に、カメラを持って突撃対談を試みた事もあった。
二ヶ月前、JBS側から名誉毀損で告訴された。達哉も弁護士を立てて法廷へ出る準備を整えた。
勝敗は問題ではない。大事なのは訴訟を起こしたという事実。世間が騒ぎ、JBSという組織の信頼が揺らげば達哉の勝ちだ。
もう一悶着起こしてやろうと考え、JBS本社へカメラを構えて乗り込んだのが今日。
まさかこんな事に巻き込まれるとは予想していなかった。
「ったく、警察は何をやってるんですかね」
赤木は震える声で呟いた。
ここは渋谷区。
この地域で人質事件に巻き込まれたとなると、あの女が現場担当になる可能性が高い。
達哉は割れたガラスの間から外を見据える。
周辺道路を封鎖されたはずのゲームセンターに、人影が揺らぐ。パンツスーツに警視庁のジャンパーを羽織った女が見えた。女はヘッドセットを首に掛け、ショートヘアを混ぜるように掻いていた。
警視庁捜査一課特殊班、秋瀬倫。やはり来ていた。
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