第5話 我々が穢れた魂を浄化して差し上げましょう

 10:29 1F エントランス


「神矢瑚都、だと」

 達哉はエントランスの壁に埋め込まれたモニターを見て震えた。

 モニターに映った少女は「神矢瑚都」と名乗った。端正な顔立ち、あの目つき、口調。

 にそっくりだ。

 間違いない。本物だ。


 スタジオだけでなく、主調整室マスターも占拠されている。つまりこの映像は全国へ生放送されているのだ。

 全国に、この少女−−神矢瑚都の姿が。

「神矢だって」

「あの時の、鬼畜の子供が」

「皆殺しの、娘」

 生き残った人質たちは一様にモニターを見詰め、口々に呟いていた。


『現在午前十時二十九分をもちまして、ここJBS放送センターは我々が占拠いたしました。現時点で建物内にいらっしゃる方々は我々の人質です。生存している人質は148名、うち軽傷38名。重傷者はおられませんのでご安心ください』


 最初の襲撃による重傷者は全て殺害されている。

 達哉はその目で見ていた。

『一般人・局員・芸能関係者・警察関係者を合わせまして、死亡者数は42名です』

 淡々と語る瑚都。その口元が優しく微笑んだ。

『彼らに訪れたのは、ただの死ではありません。魂の生まれ変わり。なのです』


 達哉は縁なし眼鏡をかけた少女を見遣る。

 たしか彼女もという単語を使用していた。


『私たちは神に赦された清らかな存在。欲と欺瞞にまみれた薄汚い魂を、私たちが肉体から解き放つ事によって、その魂の穢れを浄化できるのです』

 私たちが殺す事は魂の救済、とでも言いたいのか。

『中には、こういう方々もいらっしゃるんですよ』


 画面の中の瑚都が右へ視線を流す。

 別の少女に連れられ、壮年の男が現れた。

 JBSの代表取締役、喜代田正隆。

 顔には青痣が浮き、高級そうなジャケットも形が乱れている。左手の小指と薬指が切断され、止血用の白いハンカチに赤い染みを滲ませていた。

『それに、もうお一方』

 左側から誰かが連れて来られる。その男の顔を見て、達哉たちは思わず声を上げた。


『ご存じでしょう。内閣総理大臣、兜山善治郎さんです』


 脂汗を浮かべ、顔を蒼白にする兜山。

 暴行の形跡はないが、後ろに撫で付けていた髪が乱れている。背中に銃を突き付けられていた。

『討論番組の収録中、ご協力いただきました。感謝いたします』

 瑚都が柔和に微笑みかける。その優しげな瞳が冷たく感じた。日本政界のトップが、よりによってこのタイミングでJBSにいたのか。

『つい今しがた警察から連絡が入っていたようですね。応対できなくて申し訳ありません、こちらのスタジオで声明発表の準備をしておりましたので』

 達哉たちは声を飲んでモニターを見詰める。

『それでは、我々の要求を告知いたします』

 画面の瑚都が背筋を正し、微かに口元を綻ばせる。すうっと瑚都は息を吸った。


『日本国内の死刑囚、全員を解放してください』


 はあっ、と達哉は声をこぼした。

 他の人質もざわめいた。武装した少女たちが銃を構えて威嚇すると再び静寂が戻る。

『私は生命刑に反対しております。穢れた人間が穢れた人間を刑に処したとて、そこに魂の浄化も更生もありません。無意味です。穢れた魂は天へ昇っても穢れたままです』

 そこで、と瑚都は拳銃をテーブルに置いた。

『日本の拘置所に収容されている確定死刑囚は113名。彼らの魂を浄化できるのは我々だけなのです。彼らを解放してください。我々が穢れた魂を浄化して差し上げましょう』

 瑚都は拳銃のグリップに弾倉を入れ、滑らかな手つきでスライドを戻した。安全装置セーフティを解除した銃口が喜代田のこめかみに向く。


『こんなふうに』


 喜代田が『へ?』と発した途端、瑚都は引き金を絞った。

 ダンッと発砲音とともに喜代田の頭が弾けた。


 モニターを見ていた人質たちは絶句する。カメラのレンズに血が飛び散り、画面に黒い斑点を作っていた。


『それでは、また』

 瑚都は優しく笑って会釈した。

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