第3話 覚えていますか。私の名前は、カミヤコト……

  10:13 7F~8F 非常階段


「B班もAスタジオ制圧したみたい。ヤスハから報告が入ったよ」

 ブラウスの上に白いベストを着た少女が言った。

 非常階段を駆け上がる十二人の少女。いずれも自動小銃を装備している。黒ぶち眼鏡の少女がスマートウォッチを確認しながら呟く。

兜山かぶとやまの収録は、今も予定通り行われてるね。まだ階下の状況は伝わってないみたい」


 八階の非常ドアの前に立ち、素早く身を屈める。ハーフ顔の少女が左手を上げた。

「ここからは私とイサキとメイがクリアすル。他は九階十階のオフィスを押さえテ。マノアは九階の主調整室マスターヲ」

 十二人は二手に分かれてゆく。ハーフ顔の少女は非常ドアをそっと押し開けた。

 その先に静謐な廊下が伸びる。

 楽屋らしき扉が等間隔に並んでいた。


「目標確認。ミニスタジオ」


 奥のドアの前にスーツ姿の男たちが控えていた。

 全員が大柄で肉体が締まっている警備部から派遣された警察官SPだ。それが六人。いつでも拳銃を取り出せるよう、ジャケットのボタンは全開にしている。

「おおお、強そうなのがいっぱいいるゾ。ぜんぶ浄化じょうかしてもいいのかぁ?」

 くせ毛の少女は制服の上に羽織っていたパーカーを腕まくりした。

「よぉし。いっぱい浄化して、トーカに褒めてもらうゾ」

 3・2・1の合図で先頭三人の少女が廊下に転がり込む。

 三人は身軽に体をさばき、廊下のマットにうつ伏せになって小銃を構える。伏撃姿勢プローン・ポジションが最も安定するのは訓練でも実証済みだ。

 SPたちも即座に懐に手を遣った。サスペンダー型のホルスターから拳銃を取り出す。

 しかし少女たちの方が僅かに先だった。躊躇いなくトリガーを絞る少女たち。雷鳴のような銃声がほとばしりSPたちを蹂躙する。血が噴き出して飛び散り、白い壁を赤く汚した。


「クリア。前進ムーブ

 ハーフ顔の少女が指示すると、真っ先に駆け出したのはくせ毛の少女だ。

 愉快そうに歯を見せて笑っている。大きな目がぎょろりと開いていた。くせ毛の少女は左太もものベルトから銃剣バヨネットを抜く。

 まだ二人のSPに息がある。二人は拳銃を握り直し、銃口を少女たちに向けた。

 くせ毛の少女は怯むどころか笑いながら加速する。身を低くし、獣のように四つん這いで走った。

 SPが銃を構えた瞬間、くせ毛の少女の銃剣が二人の親指の腱を切り裂いた。踊るように身を翻し、SPたちの頸動脈を的確に切断する。二人のSPは立ったまま首筋から鮮血を撒き散らして果てた。

「えっへん、やっぱメイは最強はだゾ!」

 腰に手を当てて胸を張るくせ毛の少女。SPたちを踏み越え、ハーフ顔の少女たちが突っ切ってゆく。


 その先にあったのは『M STUDIO』と塗装された扉。

 『収録中』という赤いランプが灯っていた。防音扉なので、廊下での銃声は中に届いていない。

 ハーフ顔の少女が防音扉を蹴り開けた。

「全員動くな」

 少女たちは素早く侵入し、三方に小銃を構える。


 スタジオ内にいたスタッフたちは突然の事に硬直していた。セットのテーブルに座った男たちも呆然としている。

 セット中央のテーブルに掛けた男に、眼鏡の少女の銃口が向く。


「こんばんは。第一〇一代内閣総理大臣、兜山善治郎かぶとやま ぜんじろうさん」


 ダブルのスーツを着た大柄な、白髪混じりの髪を後ろへ流した男。兜山総理大臣だ。兜山は目を見開いて両手を上げた。

 モニターには『憲法改正の是非を問う』と表示されている。政治討論番組の収録中だ。

「総理っ、こちらです!」

 セットの陰からスーツ姿の男が飛び出し、兜山の肩を抱くように押す。スタジオ内にもSPが控えていた。

「邪魔するな」

 眼鏡の少女は照準をSPに合わせて発砲する。

 身を屈めようとしたSPの男の左手小指が吹き飛んだ。男は苦しげに呻いて蹲る。

 スタジオ内は騒然となる。パニックを起こしているのは野党の政治家たちだ。中には総裁クラスの者もいる。

「うるさい人たち。メイ、黙らせて」

 りょーかいっ、とくせ毛の少女が襲い掛かる。

 銃剣を逆手に握っていた。少女はセットを身軽に飛び跳ね、腰を抜かして逃げ惑う政治家たちの頸動脈を掻き切ってゆく。

「もう終わりぃ? つまんないゾ!」

 くせ毛の少女は喉を裂いた番組司会者に馬乗りになり、何度も顔面を殴りつけている。

 ハーフ顔の少女が「やメろ」と淡白に諫め、左耳のインカムに話し掛ける。


「D班、制圧完了。、十四名。兜山善治郎を確保」


 ノイズ混じりに返答がある。ハーフ顔の少女は「了解」と端的に応えた。

「生き残ったのは、兜山総理。あなただけですね」

 眼鏡の少女は兜山の腕を掴んで引き起こした。兜山は目を白黒させて少女たちを見比べる。

「き、君たちは……」

「あなたに用があるんです。どうか、わたしたちの願いを叶えてくれませんか」

 眼鏡の少女が顔を近付け、僅かに笑む。

「詳しくはコトから聞いてください。彼女が我々の代表者です」

 何を言っているんだ、と戦慄する兜山。

 その足元で男の呻き声が聞こえた。指を弾かれたSPだ。少女たちは一斉に銃口を向ける。

「どうする、ティナ」

「警察の人間ダ。一人ぐらい確保していた方が便利ネ」


 ミニスタジオの防音扉が開いた。

 その瞬間、少女たちは背筋を正した。一気に場の空気が引き締まる。

 ゆっくりと二人の少女が入室した。

 非常階段で別れた白ベストの少女と、もう一人は長い黒髪の少女。

「コト。無事で何よりネ」

「大した事はなかった。マノアも着いてくれていたし」

 夜のように真っ黒な長い髪。

 模範的に着こなしたブレザー制服。髪の隙間から雪のように白い首筋が覗いている。

 人形のように整った顔はこの世のものとは思えない。


 黒髪の少女は兜山の前に立つ。兜山の瞳が小刻みに震えていた。

「今、九・十階のオフィス及び、回線部と集中監視モニター室、この局の主調整室マスターを拝借させていただきました。このJBSを、放送機能を含めて完全占拠した、という事です」

 兜山は震えるように首を横に振る。

「そんな馬鹿な。テレビ局の機材を、君たちのような子供が扱える訳があるまい」

「マノアなら、それが出来るのです」

 黒髪の少女は、白ベストの少女に目配せする。照れ臭そうに口唇を噛んで誤魔化した。


「ねえ、兜山総理」

 黒髪の少女は兜山の開いた股間に足を掛ける。

 兜山は引き攣ったような情けない声を漏らした。少女は人形のような顔を兜山に近付ける。

「私のお願い、きいてください」

 黒髪の少女は兜山の耳元に口を近付け、そっと囁いた。

 その瞬間、兜山の目がこぼれそうなほど見開かれる。

「そ、そんな事……出来る訳がない!」

「じゃあ。私の名前を知ったら、きいてくださいますか。私のお願い」

 少女は整った顔を柔らかく微笑ませる。可憐な花のような、心を蕩かせるような笑顔だ。


「覚えていますか。私の名前は、カミヤコト……」

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