第2話 もう二十人ぐらい殺っとく?

  10:02 3F Aスタジオ


『十点の問題です! 1549年、スペインの宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に伝えた宗教と言えば?』

 潮崎しおざきミオは咳払いして声を作っておいた。

『回答者は……ミオちゃん!』

「ええっ、分かんないですぅ!」

 頬を膨らませると、他の出演者や観覧客席から笑いが起きた。司会者は『仕方ないなぁミオちゃんは』と笑っていた。


 収録スタジオのセット陰にマネージャーが立っていた。

 彼はミオに目配せして小さく頷いた。それで良いーー、という合図だ。このままバカを演じていろ、という事だ。


「ミオちゃーん! どんまーい!」

 ひな壇から大男が手を振っている。世界柔道金メダリストの赤木巧あかぎ たくみだ。

「ミオちゃんの分は僕が取り返すから! 任せて!」

 冬でもタンクトップの赤木。ミオは「きゃー嬉しぃ!」と甲高い声を上げた。

 嘲笑に包まれるミオ。誰にも見えないよう溜め息をついた。これが天然系アイドルとか言うポジションで売り出された者の宿命だ。


 かつてミオは私立女子高校に通っていたので、世間知らずなキャラで通すよう事務所から指示された。グループを脱退して別事務所に移籍してもキャラを崩す事は許されない。

 このキャラには無理がある。

 今年で二十五歳。

 もう天然系アイドルを演じるのはきつい。

「よーし、頑張りまーす!」

 ミオは笑顔を作ってスタジオを見渡す。

 背後のモニターには『第二問』と映し出され、ひな壇にはお笑い芸人やスポーツ選手や役者、様々なタレントが二十人以上は座っている。観覧席には百を超える観覧客が集まり、ミオの珍回答を待って目元を笑ませている。

 四階まで吹き抜けになった高い天井から照明器具がぶら下がり、天井の隅からぽっこり突き出た副調整室サブから番組スタッフがスタジオ全体を監視している。


『えっ。君たちは、何ですか』

 困惑したように苦笑する司会者。スタジオ全体がざわめく。


 ブレザー制服に身を包んだ少女たちが乱入してきた。一様にガスマスクを被り、銃を持っている。

 ドッキリだろう。

 よく見ると制服は二種類。紺のブレザーにチェックのスカート。それと紺のワンピース型の制服。いずれも左胸に同じ校章が刺繍されていた。


 ちょっと待って。この制服……。


 副調整室サブにまで少女たちが入り込んでいる。

 ヘッドホンを首に掛けたスタッフに銃を突き付けていた。手の込んだドッキリだ。

 その瞬間、副調整室のスタッフの頭が弾けた。ガラスに濃い色の液体が飛び散る。


 え、マジ、やりすぎ……。

 ミオは顔を歪めた。


 先頭の小柄な少女がスプレー缶のような物を投げると白い煙が噴き出す。

 パニックになったスタジオは真っ白になる。しかもこの煙、目が痛い。鼻水が止まらない。

「げほげほっ。ちょっと、何やってるんですか君たちは!」

 視界の外れで司会者が少女に詰め寄る。するとガスマスクの少女は持っていた小銃の先を司会者の胸に押し当てる。

 少女が引き金を絞ると、凄まじい轟音とともに司会者が後ろへ吹き飛んだ。

 それを合図に、辺り中から破裂音のような音が鳴り響く。

 耳元で工事現場の重機が動き出したかのようだ。ミオは耳を押さえてセットの床に平伏していた。


 そのまま何秒、何分が過ぎただろう。

 やがて音が止んだ。


 ミオの目に飛び込んできた光景は地獄だった。

 床には赤茶けた液体がぶちまけられていた。ペンキではない。周囲には見知ったタレントや著名人が倒れている。

 スタジオの出入り口に殺到する観覧客たち。防音扉の前に陣取った少女たちが銃を向ける。バリバリバリと稲妻のような音が鳴ったかと思うと、観覧客たちの体が吹き飛んだ。

 あの銃、本物だ。


「騒いでんじゃねえよカスども!」


 一人の少女がガスマスクを脱ぎ捨て、怒鳴った。

 つり目で気が強そうな少女。髪を二つ結びにし、首に赤いマフラーを巻いている。小柄な身体に不釣り合いな小銃を担いで「クソ、目がしばしばする」と舌打ちした。

 マフラーの少女が人差し指を立てると、他の少女たちもガスマスクを脱いだ。

「けっこう残ってんな。後々面倒だから、もうちょっと減らしとけ」

 マフラーの少女が人差し指を向けると、別の少女たちが壁際の観覧客に掃射する。悲鳴とともに血と肉が飛び散り、人だったものが一瞬で肉塊に変わってしまった。

「あー。ムカつく芸能人も殺しとくか。テレビでデカい声でギャーギャー吠えてる奴ら優先な」

 逃げ出そうとする人々を、少女たちは淡々と殺してゆく。先輩タレント、なじみのスタッフ、知っている人が撃ち殺されてゆく。


「うーん、まだ多いかなあ。もう二十人ぐらい殺っとく?」

「もう止めようよ。お姉ちゃん」


 さらに小柄な少女が駆け付けて来た。

 少女は赤マフラーの少女の袖を引っ張った。ショートボブを肩口で揺らし、ワンピース型のブレザーにベージュのカーディガンを羽織っている。典型的な気弱そうな女の子だ。

 マフラーの少女は苛立ったように顔面の筋肉を痙攣させる。

「ユーナ。アンタ、誰に命令してんの。この班の指揮権は私なんだけど」

「でも、勝手な事したら、コトちゃんに叱られ……」

「はあ?」

 マフラーの少女は目を血走らせ、小柄な少女の髪を掴んで引き寄せる。

「コト? コトだろうがボケがぁ!」

 ごめんなさいっ、と小柄な少女は涙目になる。


 その時、マフラーの少女が耳元に手を遣る。インカムのような機材を装着しているようだ。

 そして「……了解」と呟いて舌打ちした。

「トーカたちA班、エントランスの制圧完了だって。クソッ、私らより早いし」

 マフラーの少女はそう呟くと、周囲を見渡して面倒くさそうに宣言した。

「あー、お前ら全員人質な。勝手な事したらすっから」

 おおっ、とマフラーの少女が目を丸くする。ミオと目が合った。


「潮崎ミオじゃんか」


 意地悪く笑った少女はミオの耳を掴んだ。痛いっ、と声を漏らしたミオ。マフラーの少女はその反応を愉しげに見詰める。


「こいつ知ってる。お馬鹿アイドルだわ。嫌いなんだよねーマジで」

 少女の口元がサディスティックな笑みに歪んだ。

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