コミカライズ続刊お礼の番外編:クレーンゲーム作ったら万能スパダリが人生で初めての敗北を味わってた

先日発行されましたコミカライズ1巻が続刊可能になりましたと連絡を頂きました。

購入してくださった方、本当にありがとうございました。おかげさまでもう少し続けて頂けそうです。

とっても嬉しかったので、お祝いとお礼にSSを書いてみました。

最終話後のお話です。



――――




 先日の騒動以来、武器・防具の開発を解禁した我が家では、家の名前に武器商人のイメージがついてしまうのを払拭する必要性が出てきた。

 なのに肝心のお兄様はすっかり武器開発にのめり込んでしまって役に立ちそうにない。

 

「ハヤト。何か案はありませんか? こう、ゆるふわな何かがいいんですけど」


「ゆるふわね……。アリーシャの記憶の中の方がそれっぽいのあるんじゃない?」


 そうだね。

 言われてみればその通りだ。


 彼には前世の話をざっくりと大まかに話した事があるので“以前の私”は魔法は無いけれど平和な国に暮らしていて、消費しきれないほどたくさんの娯楽に囲まれていた――と彼は知っている。あ、乙女ゲームの話はしてないよ。前世の話は出来ても、ここはゲームの世界なんですとはさすがに言えなかったよ……。

 今後に役立ちそうな情報があるならまだしも、全然そんなことないしね。

 

 それはともかく、ゆるふわな魔道具か……。

 ゆるふわというからには遊び道具だよね。

 平成と令和を生きた経験からするとゲームや動画くらいしか思い浮かばないけど、あれは私の手には負えないとしか思えない。

 魔法があっても無理なものは無理だ。あれは前世の天才たちが技術を受け継いで数十年がかりで作り上げたもの。ギルドのシステムを作ったお爺様やオタク兄ならいけるかもしれないけど、脳の構造が単純な私には無理無理の無理。もっとアナログなものじゃないと。


 アナログか……。


 遊びとアナログ、それとゆるふわという要素が私の中で結び付いた時、ぱっと一つの案が浮かび上がった。


「そうだ……。ぬいぐるみを売りましょう」


「ぬいぐるみ?」


 ハヤトは首を傾げた。

 

「そう、ぬいぐるみです。でも普通に売るんじゃないんです。入手するプロセス自体を遊びにするんですよ」


「どういうこと?」


 ピンときていない彼のために研究室の黒板を使って図解付きで説明した。何をって? クレーンゲームのシステムをですよ。

 手元のレバーを使ってクレーンを動かし、ガラスのケースの中に積み上げられたプライズを拾い上げる。これぞゆるふわ魔道具。

 この遊びの流れを理解したハヤトは「面白そう」と言った。

 試遊してくれそうで俄然やる気が出てくる。貴方がクレーンゲームでぬいぐるみを取るところが見たい。その一心でハコの設計図を書き出し、我が家お抱えの職人に発注させてもらった。動力が魔力なおかげでそれほど複雑な設計をせずとも済んだ。魔力さまさまである。

 肝である術式は義手のものを参考にして、ひと月後になんとか試作品が完成――、試遊の段階となった。

 我が家の鍛冶場にデンと置かれたクレーンゲームのハコの前に、まずは彼と一緒に立ってみる。

 前世のものほど華やかではなくて素朴な外見だけど、サイズは大体同じ感じ。ガラスのハコの中にはちゃんとクレーンが吊り下げられている。ぬいぐるみはまだ入っていない。

 

「へー。これが例のゆるふわ魔道具かぁ。なんか……思ってた以上にデカいね」

 

「どのくらいを想像していたんですか?」


「んーと……このくらい」


 彼はそう言ってハグする時くらいの間隔に両手を広げる。私は条件反射でそこに潜り込んでぎゅっとハグしたあと、何事も無かったかのように話の続きを始めた。


「プライズはたくさん入ってないとだめなんです。積んだ数だけ夢やロマンが出てきますから。ある程度大きくないと」


「そっかー。ぬいぐるみを欲しいと思ったことがなくて分かんなかったな。……今は何も入ってないけど、たくさん入れるの?」


「はい。この日のために手配しておきました。今からぬいぐるみをセットするので、ぜひ試してみてください」


 前面のガラスは鍵で開くようになっている。私はじゃらじゃらと鍵をじゃらつかせながらまずは素材庫を開け、中からぬいぐるみ入りの箱を運び出した。

 それからおもむろにガラス戸を開け、中にテディベアやねこのぬいぐるみを積み始める。もふもふ。

 

「あっ、かわいい」


「そうでしょう? ぬいぐるみは単体でもかわいいのですが、いっぱいあるともっとかわいくなるんです」


「アリーシャが入ったらもっと可愛くなるんじゃない?」


「え? 私がですか?」


 この人は何を言い出すのかしら。

 私がクレーンゲームのプライズに……?


「入ったら貴方が取ってくれるんですか?」


「もちろん」


 ――ガラス越しに見つめ合う私達。

 真剣な目をした貴方に狙われる私――そのシチュエーション、悪くない。

 

「うーん、じゃあ……」


 足を上げかけてハッと我に返った。

 さすがの私でも取り出し口は通れない。いやその前にこのクレーンでは持ち上がらない。

 これは小銅貨一枚で一回、と安く遊べる代わりに握力はゆるゆるなのだ。前世と一緒。


「いや入りませんよ。出口、通れませんから」


「そっかー。通れたら入ってくれる?」


「考えておきます」


 やけに目が真剣だった。

 ここでうっかり調子の良い返事をしたらいつか本当に閉じ込められかねない。

 危なかった。

 テキパキとぬいぐるみを積み上げ終えて、ガラス戸を閉める。

 ああ、これは本当にクレーンゲームだ。懐かしい。

 眺めていると隣で同じように眺めていたハヤトが言った。

 

「あのクマ、高そうだね。」

 

 さすが。お目が高い。

 実はあれ、特別なテディベアなのだ。

 

「分かりますか? 実はあのクマは王家御用達の仕立屋さんが趣味で作った採算度外視の逸品なんです。首元のリボンにはダイヤモンドがあしらわれているんですよ。値段を付けるなら金貨二枚分にはなると言ってました。――それがなんと! 一回の挑戦につき小銅貨一枚です。一発で取れたら大儲けですよ」


 まあ、取れないんだけどね。

 重量からしておそらくこのクレーンでは持ち上げられない。回数を重ねて位置をずらしていけばもしかして、という程度の可能性だ。

 

「へー。そんな凄いものを景品にしちゃっていいの?」


「はい。凄いものを安く手に入れられる、という夢が大事なので」


「なるほどねー。よし、やってみる」


「頑張ってください!」


 手のひらの影から小銅貨を取り出し、コイン投入口に入れるハヤト。

 世界を救った美形の英雄、初めてのクレーンゲームで遊ぶの巻……。

 どことなくシュールさを醸し出す絵面に込み上げてくる笑いをこらえながら、真剣な目でレバーを動かすハヤトを眺める。


「大体この辺りかな……。アリーシャ、位置を決めたらどうすればいいの?」


「そこのボタンを押して下さい。クレーンが開いて降りていきます」


「これ? ……おー、本当だ。楽しい」


「でしょう?」


 ゆっくりとアームが開き、ぬいぐるみの頭上に降りていく。一番ワクワクする瞬間だ。

 ハヤトも例に漏れず、きらきらした目でクレーンの様子を見守っている。

 位置はバッチリ合っていて、テディベアの首元にアームが食い込み、持ち上がり――するん、と滑るようにぬいぐるみを撫でて上に戻っていった。

 

「……は?」


 ハヤトの短い反応が彼の心の内を全て物語っていた。

 取れると思った? 思ったでしょう? ざんねーん! そんな簡単に取れたら遊びとして面白くないでしょ。

 このアームの基本の握力はフォークより重いものを持ったことがないと言われがちな貴族令嬢より弱いんですよ。

 一定の確率で少し強くなるように設定してあるんだけど、それは黙っておこうっと。

 

「残念でしたね」


 呆然としているハヤトに笑いを噛み殺しながら声をかけると、彼はバッと顔をこちらに向けてきた。

 

「これ握力弱すぎじゃない!? なんであんなソフトタッチなの!?」


「一回で取られたら採算割れするからです」


「そうだけどさぁ! にしても弱すぎだって! 全然持ち上がる気がしないんだけど!?」


「クレーンゲームって実は持ち上げて取る遊びじゃないんですよ。アームを引っ掛けたり押したりして少しずつ位置をずらして、数回かけて落とすんです」


「そうなのか……。よし、もう一回」


 再度コインを入れてチャレンジするハヤト君。もう沼に片足を突っ込んでいると見える。

 さっきとは角度を少しずらして、首のリボンの輪っかを狙ってアームを降ろした。

 コントロールはばっちりで、上手く輪っかに爪が入った――と思った次の瞬間、上がる時にスルッと抜けて手ぶらのアームがウィィィン……と軽やかに定位置に帰って行った。

 

「アリーシャ……」


 気のせいだろうか。ハヤトの目がさっきよりマジになってきている。


「これ、本当に取れるの?」


「取れますよ」


 多分。

 

「さっきより少し取り出し口に近付いたじゃないですか。あと少しでいけますよ、きっと」


「くっそぉー……! 決めた! 俺は! 絶対にお前を! 取る!」


 ちゃりん、とコインを投入してレバーを握る彼。完全に沼にハマってしまったようだ。

 取るまで絶対に諦めないという強い意志が見える。さすが一流の冒険者だ。簡単に諦めたら何し遂げられないもんね、何事も。

 

 頑張るハヤトの熱意をあざ笑うかのようにクレーンのアームはするんとぬいぐるみを撫でてはホームに帰っていく。そのぬいぐるみ、動かざること山のごとし。

 いっこうに取れる様子が見えないまま挑戦を続け、コインを投入した回数がゆうに十回を超えた頃とうとうハヤトから「もう小銅貨が無い……」と声が上がった。


「あら。それは残念でした。じゃあ今日はここまでにしておきましょうか」


「クソ……っ!」


 だん、とガラスに手をつくハヤト。割れてないかしら、と心配になったけどそこはちゃんと加減しているようだ。


「アリーシャ……。俺、この魔道具に負けたのかな」


「勝ち負けで考えてたんですか!? いや、別に負けたとかはないと……」


「こんなにままならないのはアイツの時以来だ。アイツには最終的に勝てたけど、こっちは勝てそうにない」


 まさか神格とテディベアを同列に語られる日が来るとは思わなかったよ。

 でもそうだよね。

 自分の力で何でも乗り越えてきたこの人が握力の弱いクレーンを使ってものを取るなんて、想像すらしたことが無かったはずだもの。

 ままならないと感じるのは当然だ。

 

「また後日挑戦しましょう。私も、もう少し調整したいですし」


「何を? 握力?」


「はい」


「それはまだ待っていてほしい。負けたまま終わりたくないんだ」


「貴方ちょっとハマりすぎです」


 こんな事でムキになるなんて。

 ゆるふわ魔道具、彼にとってはあんまりゆるふわじゃなかったようだ。

 実はまだ試作段階なのでクレーンの握力とプライズの重さを考慮してない――とはとても言えない空気に、私は曖昧に微笑むことしか出来なかった。

 

 なんか……小銭とはいえちゃっかりお金巻き上げちゃったし、悪いことしちゃったな……。

 小銅貨を返すことは出来るけど、そうしたらテディベアを取るまで終わらなそうでちょっと困る。

 ……よし。

 意識を別の事に向けさせよう。

 

 そう思った私はガラスに両手をついたまま項垂れているハヤトの正面にもぞもぞと潜り込み、自ら壁ドンされている状況を作り出した。


「……ん? なに?」


「キスしたいです。してください」


 案の定、彼の目に動揺が浮かんだ。

 生還した日からキスをするようになったとはいえ、まだそんなに日常的にしている訳ではないし慣れてもいない。

 私の家の敷地内、ましていつ人が来るか分からない場所でなんて、彼には出来ないだろう。

 それでいい。私としてはいったんテディベアのことを忘れてくれれば良いだけだ。

 上手いこと気が逸れたら早めにここから連れ出したい。

 

「するの? ここで?」


「はい。いいでしょう? して」


 目を閉じて唇を少し突き出す。10数えたら“なーんてね。冗談ですよ”と言って目を開こう。

 そう思って心の中で数を数えていたら不意に唇に柔らかいものが触れた。


「!?」


 びっくりして肩が跳ねた。まさか本当にしてくるなんて。

 逃げ腰になった私の肩を彼は掴み、やや強引に深いキスをしてくる。

 私は両手を宙に浮かせたままキスを受け入れて、しばらく経って解放された頃にはヘロヘロになってしまっていた。

 思考能力を根こそぎ持ってかれた……。

 ガラスに背中を預けてポケーッとしていたらハヤトは壁ドンの姿勢のまま「出来ないと思った?」とたずねてくる。


「はい……実は」

 

「やっぱり? そうじゃないかなーと思ってたよ。……あんまりからかわないでね」


「はい……」

 

 頭をポンポンして体を離し、私の手を引いて「邸内に戻ろう」と言うハヤト。

 この日私は今までのハヤト操縦術が通用しなくなりつつあるのだと知った。


 

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悪役令嬢に転生してたけど理想の美女になれたからプラマイゼロだよね @panmimi60en

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