90.迎えに来たよ
走る魔道車の上に立ち、襲い来る魔物へ次々と魔法を撃って仕留めていく。
真っ暗闇だけど、暗視ゴーグルのおかげで視界は良好だ。
――それにしても魔物の数が多い。女神様が消えて以降、明らかに増えたと感じる。
「おい、大丈夫か!? マジで落ちるなよ!?」
魔道車を動かすジョージが運転席から何度目か分からない注意をしてきた。
「大丈夫ですって!」
元々体を動かすのは得意な方だった。その上で魔物とのバトルを繰り返し、Bランクに上がれる程にはレベルを上げて来たのだ。身体能力はそこそこ高くなっているので、乗り物の動きを読み、体の重心を合わせて落ちないように乗りこなすくらいなら問題無く出来る。
きっとこれ、前世で言う“サーフィン”に近い感覚だね。水面じゃないぶんあれよりも簡単なくらいだよ。
「お前もう絶対Bランクじゃないだろ! 調べてないのか!?」
「言われてみれば最近は見てもらってませんね」
「マジか。お嬢様は余裕でいいな。魔力切れ、気を付けろよ! 気絶して落ちても拾ってやんねーぞ」
「大丈夫です!」
まだまだ撃てる。
やたら固くて闇属性の強い魔物を効率よく撃破するコツも掴んできた。攻撃魔法に聖属性を混ぜるのだ。
単純だし言うだけなら簡単だけど、本来は何かを保護したり人助けに多用される性質のある聖属性を攻撃魔法に転用するのは思った以上に難しい。
コツを掴むまでそれなりの回数が必要だった。
「――アリス様、もうそろそろ交代する?」
車内で仮眠を取っていたベティが起き出し、窓から身を乗り出して申し出てくる。
「いえ、まだまだやれます。やらせて下さい。ベティはもう少し休んでいて下さって大丈夫ですよ」
「でも……」
「休める気がしないんですよ。なんだか焦ってしまって」
そう。私は焦りを感じていた。
早く進まなければ。一秒でも早く、あの人のところへ。
どうしてか顔を思い出せないけれど、早くあの人に会わなければいけないような気がする。
「焦るんだったら、なおさら今の内に休んでおいた方がいいんじゃない? きっと到着してからの方が大変だよ?」
「いいよ。ベティ。やらせておけ」
「え、ジョージ? なんで」
「気絶でもしない限り止めないだろ」
「あー……それもそうだね」
気のせいだろうか。
なんだかイノシシ扱いされているような気がする。
「……うん! アリス様! まだ交代はやめとこう! がんがん撃っちゃって!」
ベティまで私の魔力を切れさせる方向に転換したらしく、拳をぐっと握りしめて見上げてきた。
「はい! ベティは休んでいて下さいね!」
せっかくのお気遣いだけど、多分大丈夫だと思う。
聞くところによると魔力切れの前兆として頭痛やめまい、貧血に似た症状が現れるらしいんだけど、特にそういうのも無いし。
感覚的にはまだまだ撃てる。
ベティは頷き、ふっと私の背後――空に目をやり「あ」と言った。
「雪だ」
その声につられて私も空に目をやった。
本当だ。白いものがチラチラと空から落ちてくる。
「とうとう降ってきたねー……。このままだとあと数日でぜーんぶ凍り付いちゃうのかな」
「マズいな。視界が悪くなりそうだ。おいアリス、この魔道具の乗り物に窓の雪を溶かすような機能を追加出来ないか?」
窓の雪を溶かす機能。確かに必要だ。この魔道車、ワイパー的なものは付いていないから。
そういう機能の追加を出来るか出来ないかで言ったら、多分出来る。
でも――さっき女神様が落ちて来た時にインク瓶が倒れて、全部零れてしまった。何にでも書ける特殊なインク。あれじゃないと窓ガラスには書けないかも。
あ、でもインクを使わずにナイフか何かで直接刻み込む形でならどうかな……?
分からない。そういうのはやった事が無い。
でもいける気がする。問題は、刻んだ術式を隠せるかだけど――今は出し惜しみしている場合じゃない。
試すだけ試してみよう。
「やってみます。止まって下さい」
「おう」
緩やかにスピードが落ち、完全に停止する前に屋根から飛び降りてフロントガラスの前に駆け寄った。
エンジン要らずの魔道車の、トランクとして活用されているボンネット部分に乗り上げて膝をつけ、小さなナイフを取り出す。
すると車内からベティとジョージの声が聞こえてきた。
「……ちょっと。ジョージ。見すぎだって」
「だ、だって、目の前にミニスカートと太ももが」
何か言ってる。
無視してガラスにナイフを突き立て傷を付けた時、すぐ後ろで魔物が現れる気配がした。
「危ない!」
ベティとジョージが外に身を乗り出し、それぞれ氷槍の魔法と投げナイフで応戦してくれた。一撃では仕留めきれなかったようだけど、何発か撃ったのちに背後の気配が消える。
「やった……! アリス様ほどじゃないけど、私達もすごく強くなってるね。最初に変異種を相手にした時とは手ごたえが全然違うよ」
「そうだな。……まあ、武器が魔道具化したり、ハヤトに妙な魔法を掛けられたりしたせいだろうけど……何にしても助かるな。こんな時じゃなければ大喜びするところなのにな」
二人の会話を聞きながらナイフでガラスに小さく“40℃”と刻み込み、丸で囲んでヒーター機能として魔法を付与した。
文字を隠してくれるよう女神様に心の中で呼び掛けると、インク使用時と同じようにスッと文字が見えなくなってくれて、良かったと胸を撫で下ろす。
「……ん? なんだ? 急に暖かくなった……、うおっ!?」
仮眠中だったテッドさんが目を開けて、ボンネットに乗り上げている私に気付いて大きくのけ反った。びっくりしたようだ。
そうだよね。びっくりするよね。
「アリスちゃん? そんなところで何してるんだ!?」
「雪が降って来たので、視界を確保するために窓を暖かくしたんです」
「あ、ああ……なるほど。それで急に暖かくなったのか……。ありがとう。アリスちゃんが同行してくれると色んな事が楽に進むな……。でも」
一呼吸置いて続ける。
「……本当にいいのか?」
私は間髪入れずに頷いた。
「はい」
行かない選択肢は、無い。
テッドさんが複雑そうな顔で視線を少し下げる。
少し間があき、テッドさんの頭にジョージのチョップが直撃した。
「いって。なんだよジョージ」
「本当にいいのか? じゃねーんだよ。余計な事を言うな」
「で、でもお前だって最初は帰った方が良いって言って」
「ん? 太ももの話だよな? そんなヒラヒラのミニスカートでいいのか? っていう」
「違うわ! 全っ然違う!!」
「でも今見てたじゃん」
「見てたけど」
「ほらー! 見てんじゃねーか! ベティ、聞いたか!? 俺だけじゃなかった! これはもう仕方ないんだよ!」
「最っ低!」
なんか始まった。ミニスカートの件なんてどうでもいいよ。
だって最初のやつの方がもっと危なげだったし、それに見えるのはパンツじゃないから別に恥ずかしくもないし。
真面目な話、これは防御機能を強化した魔道具なのだ。魔力を多く含めて、魔道具化に向いている素材で選んだらこれになっただけで。
前世でバレエを習った事によって鍛えられた精神が意外なところで力を発揮しているのを感じる……。
何がどこでどのように役に立つか分からない、それが人生ってやつなのよね。
などと考えながら、フロントガラスをコンコンと叩いた。
「そんな事はどうでもいいので早く行きましょう。さっきより一層気温が下がって来ましたから」
はらはらと雪が舞い落ちては温かいガラスの上で溶けていく。
空を覆うあの黒い雲は今どこまで広がっているのだろう。
本当に、冷え込むスピードが急激に早まっている気がする。
「そうだな。先を急ぐか。……えーっと、俺達、今どの辺りに居る? リディルまであとどのくらい掛かりそう?」
「ちょっと待って。地図を……。ええと、今、この村と大森林の中間にいるんだよね。リディルは大森林を抜けた先だから――歩きだったら急ぎで行けば明後日の夜くらいには着ける距離かな」
「だな。この先は道があんまり良くなくて、しかもこの雪の中を進む訳で……。今までのペースよりは落ちるとしてもこの乗り物を使えば魔物に足を止められないし、交代で休憩が取れるんで――明日の明け方には何とか着けるかな。極限まで頑張れば、だけど」
「本当に極限だな。でも、やるしかないか」
「おう。雪が降るなら当然、水も凍り始めるはずだからな。魔法が使える奴らはまだ良いだろうけど、そうじゃない奴らにとっては冬支度なしの氷点下は致命的だ。早く元に戻さないと」
魔道車がゆっくりと発進し始め、私は大砲役を務めるために屋根の上に戻ろうと片足を屋根にかけた。
その時、どうしてか突然、急激な眠気に襲われて……膝をつき、うずくまってしまった。
「ん? おいアリス、どうした?」
返事をしたいのに、動けない。
何かしら。魔力切れ? にしてはあまりにも突然すぎるような。
……あ。これ、もしかして。
闇魔法じゃない……?
「迎えに来たよ」
耳元で声がする。
誰……?
顔を上げたかったけど、眠気が勝って出来なかった。
誰かの手がさらりと髪を撫でる。心地良い。安心する。
眠気に抗えず倒れ込むと、誰かの腕がしっかりと受け止めてくれた。
温かくて、懐かしいような香り。胸の奥が切なくなる。
「なんだぁ? ――うわっ! なんだお前、いつからそこに!?」
ジョージの声だ。
「お前、アリスに何をした……?」
「別に。ただ、眠らせただけ」
抱え上げられて、眠りの縁で声を聞く。
「約束したから――、一緒に行こうって。だから迎えに来たんだ」
「そうか。……と、とりあえずアリスを置こうか。んで、こっちに来いよ。お前とは少し話がしたかったんだよ」
「嫌だ。女神に俺を倒せって頼まれてるんだろ。知ってるよ。俺は君達と話しに来たんじゃないし、戦うつもりも無いんだ。彼女だけ連れて行ければいい」
「お前マジで別人だな……」
「そうかな。自分じゃあんまりよく分からないや。――もう行くね。今までありがとう」
「おい、ちょっと待てって!」
それっきりジョージの声が聞こえなくなった。
頬に当たる雪の感触も、無くなった。
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