74.居場所がバレバレな件
ジョージはそっぽを向いたまま黙々と草をむしり続けている。
「……どうして、ですか?」
「別に。気が乗らないだけ」
気が乗らない。
危険なところは嫌だって言うなら無理強いはしないけど、気分の問題か……。
あぁでも、無茶な事をしてラヴを危険な目に遭わせた事があるし、口ではああ言ってるけど本当は怖いのかも。
「怖いんですか?」
「はぁ!? ちげーよ! アイツに俺達の手助けなんか必要ないってだけ! どんなヤバい魔物か知らないけど、アイツでダメなら俺達が何人集まっても同じだよ。敵う訳がない」
なるほど。そういう理由か。
役に立たないなんて、そんな事はないと思うんだけど……。
でも格下の私が何を言ったところで「はいそうですね」なんて言わないだろうな。
「ジョージさん、違うんですよ」
「何が」
「私がお願いしたいのは魔物の討伐ではなく、納得できない別れ方をした婚約者を追い掛けるお手伝いをして欲しい、という事なんです。私だけでは郊外に出られないので。……ワガママなのは承知ですが、彼を見付けるまでで構いません。同行を、お願い出来ませんか? 報酬はご用意できます」
ジョージは無言で草をむしり続けている。
これまでのやり取りの傾向から、嫌なら嫌ってすぐに言う人だろうから――きっと、迷っているんだ。
あと一押し……!
口を開きかけた時、横から黒髪メガネの男の子が割って入ってきた。
「ジョージ兄さん、行ってあげなよ。女の子の頼みは聞くもんだってテッド兄さんがいつも言ってるよ」
お、男前ー! 素敵!
交換日記を始めた例の女子とはその後どうなのか聞きたいけど、時間がないからまた今度ね!
ジョージは手を止めて、男の子の顔をじっと見てそれから私に視線を向けた。
「…………しょーがねーな。わかったよ」
「ありがとうございます!」
「でも探すったってどの辺りに行ったか分かるのか? 当てずっぽうに歩き回っても見つからないぞ」
「南の方角に向かったはずだとお父様は言っておりました」
「南か。それって、アレじゃん。アリスん家の領地の方角だな」
「……本当ですね」
言われてみれば、確かに。うちの領地は王都南に隣接している。
お父様が“あの子は遠いところに行かなくちゃいけなくなった”と言ったから、無意識にもっと遠いところを想像していた。
「おいおい、今初めて気付いたみたいな顔するなよ。大丈夫か? だったらその魔物の親玉はアリスんちの領地かその近くにいるって事じゃないのか?」
「お、お父様は何も言ってませんでした……」
「マジかよ。まあ、まだそうと決まった訳じゃないけどな。領地の手前かもしれないし。でも、王都に影響が出てる事を考えると領地を通り越した向こう側って事はないだろうから……どっちにしろ何か月もかかるほど遠くはないな」
「そうですね」
さすが羊のジョージ、話が早い。
何がさすがなのかは分かんないけど今すごくそんな気分。
お父様が“遠いところ”と言ったのはきっと、行動範囲の狭い私の感覚に合わせて言ったのだろうと解釈した。
「じゃあ、俺の荷物、教会の中に置いてあるから取ってくるわ」
「はい! じゃあ私はシスターとちょっと話をしてきます」
「おう。シスターは礼拝堂にいるみたいだぞ」
「ありがとうございます!」
立ち上がってパンパンと土を払い、建物の中に入る。
きっと物要りになるから、今のうちに今月の寄付金を渡しておこう。
礼拝堂に入るとステンドグラスを通した色とりどりの柔らかな光がミナーヴァ様の像を照らしていて。シスターはその前にひざまずいて祈りを捧げていた。
「シスター」
「……あら、アリーシャ様! ようこそおいで下さいました」
「こんにちは。今日はあまり時間が無いので用件だけで失礼します。こちら、今月の寄付です。お役立て下さい」
「まぁ……よろしいのですか? 今朝、ハヤトが来て大変な金額を置いていったのですよ」
「そうなんですか!?」
「はい。ドラゴンを売ったお金だとかで……。それだけじゃなくて、ラヴと暮らしていた家の権利書も置いて行ったのですよ。もう使わないからと言って。アリーシャ様の一族に入るとはいえ、既に一家の主なのだからそこまで一度に財産を手放さなくてもと思ったのですが……。意思が固いようでしたので、ひとまず預からせてもらいました」
お金も家も全部……。
嫌だよ。やめてよ。何も残さないで行くなんて。
不安を隠し切れず俯く私にシスターは続けた。
「この空や魔物の異変と、あの子が突然財産を手放した事が私にはどうも無関係に思えず……こうして祈りを捧げていたのです。いかがですか、アリーシャ様も一緒に」
「はい……」
シスターと並んでひざまずき、女神像に向かって祈る。
どうかあの人をお守り下さい。私達を、お導き下さい。
その時背後でカタンと音がして、振り返るとジョージが荷物を片手に立っていた。
「行くぞ。急いでるんだろ」
「はい」
シスターにお辞儀をして、礼拝堂を後にする。
これで仲間は揃った。市街地の外に出られる。
ギルドに着くと、既にテッドさんとベティが待っていてくれた。
二人は待っている間にハヤトの目撃情報を集めてくれていたようで、彼はやはり既に王都南から郊外に出て行ったらしいと聞いた。
あちらは徒歩なので方向さえ間違わなければ追い付くのは簡単そうだ。
ただ、追い付いた時にちゃんと力になれると証明出来なければ、付いていく事を許してくれなさそうでもある。
――今のうちにある程度、装備を魔道具化しておいたほうが良い気がする。
辺りをざっと見回し、近くに他人がいない事を確認してから声を潜め皆に話し掛けた。
「あの、皆さん。出発前にやっておきたい事があります。私に武器を貸して頂けませんか?」
「……何すんの?」
「魔道具化します」
息を呑む気配がした。
「……嘘。だって、武器は作れないっていう話じゃなかったか?」
「作れるようになったんです。武器だけじゃなくて、防具も。なので、今私に預けられるものがあれば貸して下さい。何でも良いです。靴でも、装身具でも、マントでも」
「……ヤバい。えらい報酬が来たな」
「ね。まさかの展開」
ジョージとベティは呟き、テッドさんは顎に手を当てて少し考え込む。
「……どんな事が可能なのか俺達には分からないけど、ここはひとまずアリスちゃんに任せてみよう。武器を渡せばいいんだな?」
「はい。お預かりします。ジョージさんとベティも、貸して下さい。あ、ベティはさっき買ったローブもですよ。貸して下さいね」
「う、うん」
ベティはローブを脱ぎ、護身用の杖と一緒に手渡してくる。
ジョージもナックルダスターと沢山の投擲用ナイフを渡してきた。
「では、お預かりします。少しお待ち下さいね」
「……おう。じゃあ俺達、カフェスタンドで待ってるわ」
「はい」
彼らの私物を抱えて、ピートさんのところへ向かう。
「――あの、ピートさん。どこでも良いので、どこかお部屋を貸して頂けませんか?」
「部屋ですか? 構いませんよ。もしよろしければ私の執務室をお使い下さい」
「いいんですか?」
「はい。どうぞお使い下さい。人払いいたします」
「助かります」
執務室に案内してもらい、預かった物をソファーに置いた。
そしてお父様から預かったノートを開く。
それを見る限り、やはり魔道具化は単純な動作なら式で構成しなくても文字だけでじゅうぶん可能なようだった。
最初に教えてくれたのが変わり者のお兄様だったおかげで誤解していたけれど、式と同じように意味が矛盾なく通っていれば良いらしい。
なんとなく、魔道具化とは素材との対話なのだなと感じた。
でも、威力を常に一定になるよう指定したり魔力を増幅し素材の力を引き出そうとするなら、数字と式は必須。
あと、複数の魔法を混ぜたい時はむしろ式の方が文字数の省略になって良いみたいだ。
ケースによって使い分ける必要がある。
まずはベティのローブに素材の限界まで強化した聖結界の魔法効果を付けた。
それからテッドさんの大剣にも同じものを付ける。これ、ハヤトがいつも(自力で)やってたやつ。
それを術式で武器に付与していく。聖なる属性が武器を守りつつ闇属性の魔物を効率良く削ってくれるはずだ。
ジョージのナックルダスターはちょっと考えた結果、身体強化を×2で付与。身体強化は疲れるので同時に回復魔法の効果も付けた。
沢山ある投擲用ナイフは半分に炎を、もう半分には氷の属性を付ける。
ベティの杖には、魔法の威力を二倍にする術式を。
それから、私が家から持ってきたアクセサリーの中から指輪を三つ取り出した。三つそれぞれに魔力の回復速度を早める文言を、素材の力を限界まで引き出す式と共に入れる。
これは冒険者タグの鎖に通して身に付けてもらおう。
皆の分を一通り魔道具化し、それからようやく自分の分に手を付ける。
まずはゴーグルに魔力の流れを映し出すよう文言を入れた。ゴーグルへの付与はこれで完成。
それから、実際に使うかどうかは不明ながら一応先ほど購入した黒い露出系の女剣士の服にも聖結界を付けた。イヤリングに身体強化を付与し、耳に装着した後――大奥様から貰った、琥珀と金のフェロニエールを取り出す。
“子爵の瞳と同じ色です”
その言葉ひとつで受け取る事にした、額を飾るこのアクセサリー。
使わせてもらおう。
少しでも、あの人に近付けるように。
そう願い込めて、これには回復術を入れた。
だけど本来の装着位置である頭に着けると動きにくくなりそうなので、革紐を使って剣帯ベルトにくくり付ける。
これで身体強化を三つ重ねた形になった。
身体が付いていけるか不安だけど、きっとそのうち慣れるだろう。
最後に、ハヤトがくれた黒剣にも――。
でもこれ、何の素材か全く分からない。金属なのか粘土なのか、それすらも我々の科学力では――いやいや、ラピュタごっこしてる場合じゃなくてだね。
うっすら透き通る黒い色ながら艶があり、光をよく反射するので角度によってはまるで鏡のようにくっきりと私の姿が映る。
これ何だろう……。
本当に分からない。
あの人、いったいどこでこんな物を手に入れたのかしら……。
不思議に思いながらも、とにかく折れないようにしたかったので聖結界の術式を書き込んだ。そして定着の魔法を掛ける。
すると――。
バチッ! と、火花を立てて文字が弾け飛んだ。
「えっ?」
文字通り、書き込んだ術式が弾き飛ばされていた。
書いたはずの文字が痕跡すら残さずに消えている。
試しにもう一度、今度は氷の属性で書き込んでみた。だけどやっぱり定着の段階で弾き飛ばされた。炎も、眠りの闇魔法も、全て同じ。
――これ、きっと、魔法を無効化してしまうんだ。
そんな素材、聞いた事がないけど……。
不思議だけど、考えている余裕は無いのでもうそういうものだと受け止めて魔道具化は諦める事にした。
他の魔道具達への影響は無いようだし、大丈夫。問題ない。
黒剣以外の装備をひと通り魔道具化し終え、執務室を出て皆のところへ戻る。
持ち物を返すと、皆は一様に高揚を隠しきれない顔でそれぞれを身に付けた。
これで準備は出来た。
乗ってきた魔道車に皆を案内する。
「これで行きましょう。乗って下さい」
するとジョージはちゃっかり助手席をキープしつつ不思議な反応をした。
「おおー。これが噂のアリス号!」
「何ですか、そのアリス号って」
「え!? まさか、知らないの?」
知らない。
解説を求めて他の二人の顔を見る。
テッドさんは苦笑し、ベティは生暖かい笑みを浮かべて言った。
「……この乗り物の名前、アリスって言うんだって」
何それ。初めて知った。
「へー……そうなんですかー……。何で皆が知ってるのに私は知らなかったんでしょうか」
「恥ずかしかったんだろ」
「誰がですか?」
「ハヤトが」
謎の沈黙が訪れた。
他人の黒歴史を暴いてしまった……。
申し訳ない。聞かなかったことにしよう。
「……じゃあ行きますよ。街中はゆっくり走りますが、郊外に出たら飛ばします」
「うーっす。なぁアリス、それって操作難しい?」
「街中じゃなければ簡単ですよ」
「俺もやりたい」
「あ、俺も」
「はい。じゃあ郊外に出たら交代しましょう」
ゆっくり走らせて市街地を抜け、やがて郊外へ。
田畑が広がる辺りで、いったん車を停めた。
「ここで交代しましょうか。先にどちらが動かしますか?」
「はい!」
勢いよく挙手したのはジョージだった。テッドさんが頷いて先を譲ってくれたので、降りて運転席を空ける。横着して降りずに交代なんてもうしない。最低限の学習能力くらい、私にもあるのだ。
道に立って、風にざわめく草原を眺める。
「ここから先は魔物が出るんですよね。注意して行かないと……」
「そうだな。念のためBランク以上の魔物からは逃げて進もう。今までBランクだった魔物も、変異後はSランク相当になってるはずだから」
「はい」
「とは言ったものの、早く試してみたいな。魔道具化した武器」
するとテッドさんが言った。
「すげー分かるけど、わざわざ危険を冒す必要も無いだろ」
「まあな。……ところで、南の方向って言ってたけど本当に真っ直ぐ南で大丈夫なのか? もう少し手掛かりがあれば良いんだけど」
「えーとですね、それについては一つ考えがありまして」
そう言いながら、先ほど魔道具化したばかりのゴーグルを取り出す。
「なにそれ。防塵ゴーグル?」
「はい。これに、魔力の流れを映し出す機能を付けました。元々は魔物の魔石の在処を見るために考え出したものなのですが……。これほど大規模な変異をもたらす魔物であれば、放つ魔力は相当強く広範囲に及ぶはずです。なので、これで見れば親玉のいる方向くらいは分かるのではないかと。ハヤトはそこに向かっているはずですから、私達もその方向を目指せば良いかと」
「へー。スゲーな。ちょっと見てみろよ」
「はい」
ゴーグルを着けて魔力を流してみる。すると設定した通り、目の前の景色にうっすら白い光が重なり映し出された。
この光が空気中の魔力だ。強い光と弱い光、右へ流れる光と左へ流れる光。大きさも動きも様々。
色がついていれば属性も分かるんだろうけど、残念ながらこのゴーグルではそこまでは出来なかった。
光がぶつかり合うところでは、僅かに空間が歪むのが見える。
――きっと、あの歪みが強いところから魔物が発生するんだ。
初めて視覚で捉えた魔力の流れに少し感動しながら、顔を上げて遠くを見てみる。
その時、南東の方角にあまりにも強く大きな――まるでそこに神様の住まう城があるのではないかと錯覚しそうなほど大きな光の塊が、空に向かって白く立ちのぼっているのが目に入った。
「……っ!」
「……おい。どうした?」
思わず後ずさってしまった。
凄い。
明らかに異質。
これ……色を付けてないから白く見えてるけど、きっと闇属性だよね。
――怖い。
「……多分、あっちの方角だと思います」
南東の方角を指差すと、ジョージは手をこちらに差し出して「貸して」と言った。ゴーグルを手渡すとすぐに装着して南東の空を見上げ、そして仰け反る。
「うおっ! 何だありゃ! あそこ以外にあり得ねーじゃん!」
「えー!? ちょっとジョージ、私にも貸してよ」
「俺も見たい!」
ベティとテッドさんも下りてきて、順次ゴーグルで空を見上げてはジョージと同じようなリアクションをした。
「……え、私達、あそこに行くの……?」
「手前までだろ」
「あ、そっか」
少し怖じ気付いた表情を浮かべながらも、誰も王都に戻ろうとは口にしなかった。
ジョージはぽつりと呟く。
「ハヤトの奴、あんなのに一人で挑もうとしてるんだな……」
「だな」
テッドさんは相槌を打ち、ゴーグルを返してきた。
「行こう」
何となく、皆の顔つきが変わった気がした。
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