アリス・Bランク

73.仲間を集めて


 お父様は絶句していた。


「……えーと、どこに?」


「わかりません!」


 すると「はぁ……」とため息をついて天井を仰いだ。


「黙って出て行かなかっただけでも良しとするか……。あのね、アリス。今は郊外に出るだけでも危ないんだよ」


「はい!」


「もし仮に許可したとして、誰と行くの? 一人?」


「そうです! 先に出たハヤトを見付けるまでですが」


「護衛は? 連れて行かないの?」


「うちの護衛の皆さんには常識の範囲内で職務に就いて頂きたいと思っております! なので、今回は連れて行く訳には参りません!」


「常識外れって自覚はあるんだね……。まあ、アリスにとって常識なんて今更だけどさ」


「そうでしょう? これまで散々貴族の娘らしからぬ事ばかりしてきたのですから、ちょっと旅に出るくらい良いではありませんか。もしお父様が私にも武器や防具を魔道具として扱う事を許可して下さるのなら、少しくらい危ないところでも問題ありません。私、ハヤトを一人で危険な場所に向かわせたくないんです!」


「……アリスには言っても言わなくても同じだったな」


「何をですか?」


「いや、こっちの話。なんか止めても無駄そうだね……。ある程度は予想してたけど――さて、どうしようかな」


「お父様、迷っている暇はありません。こうしている間にもハヤトはどんどん遠くに行ってしまいます。捕獲するのが遅れればそれだけ私が一人で危険地帯を歩く時間が増えてしまうんですからね!」


「まあ、そうだね」


「それに、こう考えるのはいかがでしょうか。この有事にステュアート家は一人娘を民のために現地に投入した、と。実際はもっと自分勝手な理由ではありますが、道中魔物を倒しながら進む事を考えれば辻褄は合うかと」


「もー……。絶対引かない事だけは分かったよ。……そうだね、分かった。いいよ。ダメって言ったらこっそり家出しそうだもんね。……ほら、ハンカチ。顔を拭いなさい」


「えっ」


 私の目元にハンカチを押し当ててきた。

 涙が出てたらしい。そんな事どうでも良いと思うくらい必死だった。

 お父様はハンカチをポケットにしまい、少しかがんで私と目線を合わせてくる。


「分かったけど、いくつか条件がある。一つは、許可するのは七日間だけ。七日経ったらどんな状況だろうと一度ここに帰って来なさい。それともう一つ。これでいつでも連絡を取れる状態にしておく事」


 そう言って私の手に例のイヤーカフをひとつ握らせる。

 もうひとつはお父様の手の中にある。どうやらハヤトはこれをお父様に返して行ったようだ。


「……はい。分かりました」


「あとは、仲間を連れて行く事」


「仲間ですか」


「いるでしょ。ハヤトの幼なじみ。Aランクの彼らが共に行動してくれるなら多少は安心だ。女の子もいるしね。……それと、もう一つ。旅先で武器の魔道具化をするなら、強化に使う数字は×2まで。これ以上はダメ。アリスが自分専用にするなら素材の限界までやっても良いけど、他の人に使わせる物は2以上は強化してはいけない。これは、絶対に守って欲しい」


「……わかりました。武器だけ? 防具は良いんですか?」


「いいよ。身を守る魔道具については特に制限は設けない。必要に応じてやると良い。だけど、これは本来うちが事業として展開していくべきものだから、考えなしにバラまくのはやめた方が良いかな。アリスが個人でこの力をひけらかしたらロクな目に合わないっていうのは、分かるでしょ」


「はい……。それは、そうですね」


「うん。だから、必要に応じて。信頼できる人かどうかを見極めてから与えなさい。それと――一番大事な条件、まだ言ってなかったね」


「何でしょうか」


「無駄死にしないこと。それが、一番大事な条件」


 お父様の目は真剣だ。

決していい加減な気持ちで私の無茶を聞き入れてる訳ではないのだと伝わってくる。


「はい。分かりました。必ず、生きて二人でここに帰ってきます」


「うん。頼んだよ。……今思うとさ、こんなふうにアリスが我を通した時は物事が好転する時なんだよね。特に殿下との婚約破棄から今に至るまで(そんな無茶な)と思うような事ほど後になって生きてくるんだ。市井で冒険者として過ごしたのも、今こうしてハヤトを追い掛けて行こうとしているのも。きっと全てが終わった後、あれは私達に必要な事だったと気付くのだろう。……あの子を今まで守っていたという愛の力を、私はもっと信じてみても良かったのかもしれない」


 お父様は言葉を一つ一つ、噛み締めるようにして話していた。

まるで自分に言い聞かせているみたいだ。

 何となく、私が口を挟めないような雰囲気だった。


「お金の件は分かった。十分後、私の書斎に来なさい。用意しておく」


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて、踵を返した。

 十分で支度を終わらせる。

 ハヤトの足手まといになんてならない。そのためには準備が必要だ。

 お金も装備も、万全にしなくちゃ。


 部屋に戻って女剣士の服に着替え、マントの魔道具化を済ませた。

そこに私物を手当たり次第に入れていく。

ハヤトがくれた剣も、中に入れた。

そうしていれば十分間なんてすぐだ。


 お父様の書斎に行き、山積みにされた金貨と保存食、それと一冊のまっさらなノートを借り受ける。ノートに触れて気付いた。ミナーヴァ様のお力を借りた隠蔽魔法が施されている。

解除すると中にはこれまでに開発されてきた魔道具の術式と、色々な素材の魔力耐久度に関するメモが記録されていた。


「……ありがとうございます。事が済んだら全てお返しいたします」


「別にいいよ。あげる。……多分、あの子は南の方角に向かって行ったと思う。まだそんなに遠くには行ってないと思うけど……王都から出るなら絶対にベティ達と一緒に行くんだよ? あと、くれぐれも七日後には帰路に着くように」


「はい。わかりました」


「じゃあ、気を付けて行って来なさい」


「はい!」


 書斎を出て、足早に廊下を進む。

その途中、曲がり角でルークと鉢合わせた。


「うわっ! 義姉様!? そのような格好でどちらへ出られるのですか?」


「ちょっとそこまで。あ、そうそう。ルーク、あのイヤーカフ、まだ返せないの。ごめんなさい。とても便利で助かっているのよ」


「え! そうなんですか!? 義姉様のお役に立つのならいつまででも! ……というかですね、今朝、ハヤト義兄さんがあれと全く同じ形の新品を渡してきたんですよ」


「そうなの?」


「ええ。だけど、いくらあの義兄さんからでも、僕、男からアクセサリーを貰う趣味はないんですよねぇ……。貰いましたけど」 


 貰ったんかい。

 でも、そっか。あの人、新しいものを買って返していたんだ。

……気を使わせてしまった。悪い事をしたな。


「……じゃあ、心置きなく使わせてもらうわね」


「はい、どうぞ。それにしても義姉様、剣士姿を初めて拝見しましたが、とても様になっていますね。格好いいです」


「そう? ありがとう。じゃあ私、行くわね。ちょっと急いでるの」


「はい。何だか空の様子がおかしいですけど……きっと義姉様とハヤト義兄さんなら大丈夫なんですよね。気を付けて行ってらっしゃいませ」


「行ってきます」


 ルークの横を通って、玄関ホールを抜けて邸の外へ。

 貴族街の空は黒く、朝よりも雲が広がっているように見える。

日光が遮られているせいか、結構気温が下がっているような――。


「急がないと」


 貴族街で徐々に普及しつつある魔道車に乗り込み、町へ向かって走らせる。

まずはハヤトの足取りを探らなければ。まだそれほど遠くまで行ってないはず。

 そう思って王都の南側をざっと見て回ったけれど、見付からず。

やっぱりベティ達を探すところから始めなければいけないと思った。



「……アリス様ではありませんか。本日はどうなさいましたか?」


 真っ先に足を向けたのは王都冒険者ギルド。

 ギルド長のピートさんは私を見付けた瞬間、顔を強ばらせて目を伏せた。

もうこれだけで何か知っていると白状しているようなもの。

今すぐ吐けと問いただしたい気持ちをおさえ、おとなしくカウンターの椅子に座って話しかける。


「大変な事になっているようですね」


「はい。ご覧の通りでございます」


「原因はどんな魔物か、判明しているんですか?」


「…………いえ、よく分かっておりません」


「そう……」


 妙な沈黙が流れる。

なんだか答えたくなさそうだ。質問を変えよう。


「ハヤトがここに来ませんでしたか?」


「……来ました。朝、まだ始業前の事ですが」


「今どこにいるかご存じですか?」


「……いえ、私どもは何も」


「そうですか。では、彼はこちらへは何のために参ったのでしょうか」


「手持ちの素材を売るためでございました」


「素材? わざわざそのためだけに? ……いったいどのような素材を?」


「……以前、Sランクへの昇格を達成した際に入手した氷のドラゴン一体。それを私に渡すために参ったのです」


「ドラゴン一体……。そ、それは凄いですね。彼はそれをずっと持ち歩いていたという事ですか?」


「はい。当時から私と約束をしていたので。売る時はここで、と。……あいつは今回、それを律儀に守ってくれました」


 ずっと持っていたものを手放した。

どう考えても身辺整理。

やっぱりあの人は戻らぬ旅に出るつもりで――。


早く追い掛けなくちゃ。


「ピートさん……。ベティやテッドさん達が今どこにいるか分かりますか? 私、皆にお願いしたい事があるんです」


「あいつらにですか? えーと……そう言えばさっきまで居たなぁ。遠征から戻ってきたところで、これから家に帰ると言っておりましたが」


「そうですか、ありがとうございます!」


 お疲れのところ悪いけど、皆にはどうしても付き合ってもらいたい。

 急いでギルドから出て、走ってテッドさんの家に向かう。

知っている中でここから一番近いのがテッドさんの家。


 王都は異変を察知した人達が食料品や生活用品の買いだめを始め、早くも混乱しかけている。

人でごった返す商店街を抜けると、前方に頭ひとつ抜けて大きいテッドさんの後ろ姿を見付けた。


「いた! テッドさーん!」


「あれ? アリスちゃん。一人? アイツはどうしたの?」


「そのアイツを探しに行きたいんです! 力を貸して下さい!」


「どゆこと?」


 昨夜から今に至る流れを手短に説明すると、テッドさんは険しい顔をして頷いてくれた。


「……そうか。大変な事になってるんだな。その黒い魔物とはさっき実際に戦ってきたが、確かに異様に強かった。あれの親玉ともなればさすがのアイツも弱気になるのかな……。俺達に大したことが出来るとは思えないが……手を貸そう」


「ありがとうございます!」


「でもちょっと待ってね。うちの可愛い子ちゃん達を預かってくれてるところに宿泊期間の延長を頼んで来ないといけないから」


「あ、チョコちゃん達ですか?」


「そう。俺達みたいな仕事してるとさ、ペットの預りをやってくれる業者が必要なんだよ。飼い主が出先で死んだら里親を探してくれたりもするし。そんなんだから、最初に申請したお迎えの日から一定期間過ぎると自動的に里親募集されちゃうんだよね。だから行く前にちゃんと連絡してこないと」


「とても大事な事ですね。どうぞ行ってきて下さい。では、私はその間にベティを探しに行きます。ギルドで待ち合わせましょう」


「OK、わかった。多分、ベティはカルロスさんのところにいると思うよ。黒い魔物のせいでローブが破けちゃってさ。新しいの買うって言ってたから」


「ありがとうございます!」


 良い情報をもらった。

姐さんのお店ならすぐそこだ。

 駆け込むようにしてお店に入ると、教えてくれた通りベティがいた。

ちょうどローブを身体に当てて鏡を見ているところだった。


「あれ!? アリーシャ様じゃない! どうしたの? そんなに急いで」


「ハヤトを探しに行きたいんです! お願いです、力を貸して下さい!」


「何それどういう事?」


 テッドさんの時と同じ流れで説明すると、彼女もすぐに頷いてくれた。


「あの黒い雲や魔物の親玉のところへ行くなんて……。少し怖いけど、でも私、さっきAランクになったの。きっと少しは力になれる」


「Aランクに!? 凄いじゃないですか!」


「えへへ。ずっとBから上がらなくて焦ってたんだけど、黒いのと戦ったあと急に力が湧いてくるような感じがして……。ギルドで見てみたら、Aランク判定が出たの! こんな時に不謹慎かなって思って大声では喜べなかったけど、嬉しかった」


 すると横で聞いていた姐さんが私に向かって口を開いた。


「ねえ……アリス。アンタさぁ、一度は“連れて行って”って言ったのに断られてるのよね? 見付けたとしても追い帰されるのがオチとしか思えないわよ」


「うっ……。相変わらず痛いところを突いてきますね。でも大丈夫です。帰りなさいって言われても頑張って食らい付きますよ。別に嫌われた訳じゃない……ですし。……あれ? 私、嫌われたんじゃないですよね?」


「知らないわよそんな事ぉ。……ヤダちょっとぉ、なに不安になってんのよぉ。まあ、アイツがそんな理由でラヴを置いて逃げ出すとは思わないし、違うと思うけど? でもねぇアンタ、仮にも女なんだから、追い掛けてるようじゃダメよ。追い掛けてもらうくらいじゃないと」


「そんな事言っても仕方ないじゃないですか。置いて行かれたのは事実なんですから。追い掛けてもらいようがないです」


「バカね。追い掛けたくなるような女になりなさいよ。ほら、これあげるから。これ着て行けば帰れなんて言われないでしょ」


 また何かくれた。

 以前買った白い露出系の黒バージョンだ。ただし以前と違い、腰周りに黒いレースのスカートもどきが付けられている。


「あ、スカート付けたんですね」


「そうなのよぉ。これ付けたら買っていってくれる子がチラホラ出てきたから、もうこれで良いかって思ったのよ」


「英断だと思います」


 布地に触れて、気付いた。

 ……あ、これ。特殊な絹が使われてる。確かドロップアイテムで、ステートシルクと呼ばれている絹だ。魔法への耐性が高いやつ。


「……姐さん、これ買います」


「あらー! あげるのにぃ! でも買ってくれるのなら有り難いわ! 他に何か欲しいものない?」


「今は特に……あ!」


 眼鏡。

 小物が並ぶ棚を見る。眼鏡は無かったけど、ガラス製の防塵ゴーグルが置いてあった。


「これ下さい!」


「あら、持ってなかったの? これは場所や相手によっては必需品よ。戦ってる時に目に砂が入って動けなくなったなんて笑い話にもならないんだから」


「そうですね」


 でもメインの使い道はそこじゃない。魔力の流れを見る機能を付ける。きっと素材的に機能はたくさん付けられないから、シンプルに一つだけでいい。


「じゃあベティ、新しいローブを選んで下さい。一緒に買っちゃいます」


「え! いいの!?」


「はい。お礼にもならないかもしれませんが、そのくらいはさせて下さい。でも、素材はステートシルクのやつを選んで下さいね」


「一番高いやつ! 別にそんな高級品じゃなくてもいいんだけど」


「いえ、ステートシルクにして下さい」


 ここは譲れない。

 真っ直ぐに目を見て言うとベティは不思議そうな顔で頷き、黒地に銀糸の刺繍が縫い込まれている絹のローブを選び出した。確かにステートシルクだった。

さくっと購入し、自分の分はひとまずマントの影にしまい込む。

お店を出る直前、カルロス姐さんは力強く励ましてくれた。


「アンタ、頑張んなさいよ」


頷いて、ベティと一緒に次の仲間のところへ向かう。


「……アリーシャ様。言いにくいんだけど、回復術士のお姉さんね、お母さんの調子が良くないみたいなの。だから……出来れば今回はそっとしておいてあげたいんだ」


「そうですか……。わかりました。彼女を誘うのはやめておきましょう。でもパーティの仲間をお借りする以上、何の断りもなくという訳にはいきませんね。狩りに出られない期間の補償も必要ですし、ご挨拶には参りましょう」


「でも急いでるんでしょ? アリーシャ様が行ったら彼女もお母さんもびっくりして倒れそう。……そうだ、私が行って話してくるよ。きっとその方が平和だから」


「平和って」


 なんだか魔物扱いされているような。

でも時間が無いのも事実。ここはベティの言う通りにさせてもらおう。


「……じゃあ、お願いします。ちょっと待って下さいね。補償金はどのくらいがいいでしょうか。Aランクパーティーとしての七日間の活動を金額に換算して色を付けるとしたら――白金貨五十枚くらいで足りますか?」


「お釣りが出るわ!」


 突っ込まれつつお金を渡し、回復術士さんの家に向かうベティを見送る。

すると「あ」と言って振り向いた彼女から最後のメンバーの情報が入った。


「その間にジョージ捕まえて来なよ。あいつ、孤児院に寄ってから帰るって言ってたよ」


「孤児院ですか! 了解しました、声を掛けてきます! ギルドで待ち合わせましょう!」


「了解ー」


 ベティと一旦別れ、孤児院へ向かう。

 教会の裏手に回って孤児院の庭を見ると、神父様や子供達と一緒に畑にしゃがみ込んで草むしりをしているジョージを見付けた。


「ジョージ!」


「ん? アリスじゃん。どうしたの。一人?」


「はい。実は――」


 私もしゃがみ込んで草をむしりながら、ジョージにも事の次第を説明し協力を乞うた。

するとジョージはぷいっと体ごと横を向いて


「やだ」 


 と言った。


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