70.★答え

 不思議な魔力を持つ梟だ。

 神々しいというか……それ以外に表現する言葉が見付からない。

 魔物みたいな現れ方をした白梟だけど、これは魔物ではないという確信があった。

 目に知性を感じる。


『ひとまずこれで少し時間稼ぎが出来るでしょう』


 梟と目が合うと、イヤーカフから声が響いてくる。

 そうか。俺、この梟と会話をしていたのか。

 人の言葉を喋るなんて、モリオンみたいな奴だな。


「時間稼ぎ?」


『貴方が押し負けるまでの時間です』


「押し負ける……。モリオンに?」


『そうですね。貴方達はあれをそう呼ぶ事にしたのですよね。遠い昔、私をミナーヴァと呼び始めたように』


 ミナーヴァ!?


「め、女神様!?」


 白い梟は俺の腕の上で小さく頷いた。


『そう呼ばれるのはいまだに慣れませんけどね』


 とんでもない存在と遭遇してしまった。

 でも、本当にミナーヴァ様だと信じる事は難しくなかった。

 そのくらい、白い梟は神々しさに満ちていた。

 例えるなら見渡す限りの大渓谷に夜明けの光が射し込んだ瞬間を目の当たりにした時のような――ただ圧倒されるだけの神々しさ。

 そんな存在感がこの小さな梟にはあった。


「どうして女神様がこんなところに……?」


 訊ねると、イヤーカフから女神様の声がした。


『貴方に大切な事を伝える為です』


「大切な事……」


 どくん、と心臓が重苦しく鳴った。

 女神様がわざわざ来て話さなければいけない事って……。


『貴方は自分の中に何かいるのは分かっていますね。それが、異常な存在である事も』


 ……やっぱり女神様から見ても異常なんだ、アイツ。

 そうだよな。最初から普通じゃなかったもんな。


「はい、分かっています」


『……よく今まで成り代わられずにいられましたね。貴方が強いのもありますけれど、環境も良かったんでしょうね。きっと』


 環境。

 アリスと、アリスの家族の人達と過ごした時間の事かな。


「はい。とても良い環境だったと思います」


『そうでしょう。心に他者が干渉してくる余地がないほど傾倒して……その真っ直ぐさが、ずっと貴方を守っていたのだと思いますよ』


 アリスのおかげか……。


 周りの人達からは“あのお嬢様と出会ってからのお前はまるで別人だ”って言われてた。

 でも本当は逆だったんだな。

 アリスと出会っていたから、俺は別人にならずに済んでいたんだ。


『ですが、それも間もなく限界が来るようですね。その……影響を、あちこちで感じているでしょう?』


「はい」


 否定のしようがない。影響は確かに感じている。

 ……女神様は、さっきこう言ったね。

“間もなく限界がくる”って。


「俺は……このまま押し負けるんでしょうか」


 訊ねると女神様はその丸い金色の目を伏せ、閉じた。


『仕方のない事です。むしろ人の身でここまで持ちこたえた事の方が奇跡でしたよ。私が奇跡などと口にするのもおかしな話ですが。奇跡を起こすのが神格のはずなんですけどね』


「はは……」


 意外と軽口を叩くんだな、女神様って。

 女神様は目を開き、真っ直ぐにこちらを見てきた。


『先程、貴方に加護を授けました。あの者とは逆の性質の力の強化です。それでひとまず数日は意識まで取られる事は防げるはずですよ。……ただ、日が経つにつれて加護は薄れていきます。あくまでも意識を取られるのをしばらくの間防ぐのみで、あの者の影響力を抑えきれるものではありません』


「女神様でも抑えきれないんですか」


『残念ですが……。私と同格の存在ですから、そこらの人や魔物と同じようにはいきませんね』


 女神様と同格!?

 やっぱりとんでもない奴だった。


「じゃあ、通常の乗っ取りとは違うという事ですか」


『はい。本体が別に存在している者から一時的に魔力を流し込まれるのとは違いますね。行き場の無い神格が全て貴方に入り込んでしまった訳ですから、変化の経過も違いましたし、相手からの影響が時間と共に消えたりもしません。次の受け入れ先が無い限り、術で引き剥がすのも不可能でしょう。拒否されますから。……つまりですね、貴方が生きている限り、神格をその体から引きずり出す事は出来ないのですよ』


「俺が、生きている限り……」


 そうか。

 女神様が姿を現してまで話をしに来た理由が、分かった気がするよ。

 だから女神様は、俺に時間をくれたのかな。


「女神様は、モリオンをどうするつもりなんですか?」


『何もせず大人しくしているなら、数十年程度であれば黙って見ていようと思っておりました。でも……こうなった以上、放っておく事は出来ません。空をよく見てみて下さい』


 見上げると、そこにはさっきと変わらない満天の星空が広がっている。


「……何も変わらないように見えますが」


『いいえ。あの大鷲座の辺りをよく見て下さい。雲がかかっているでしょう? あれは先ほどモリオンが作り出したものです。朝になればはっきり見えるようになりますけれど、闇属性による黒い雲です。今も広がり続けています。放っておけば、近い将来あれが世界中を覆う事になるでしょう』


「マジか」


 そうなったら大変な事だ。魔物が強くなる事より遥かに影響が大きい。

 地上に日の光が届かなくなる。


『一部分なら私の力で雲を払う事も出来ますが……相手は私と違って闇属性に特化している上に、いずれ貴方の力も使うようになります。すぐに追い付かなくなるでしょう』


「そっか……。アイツは……モリオンは何がしたいんでしょうか」


『自分の世界を作りたいのですよ。それは責められません。私達の本能ともいえる欲求ですから。だけど――この世界で私に取って代わろうとするなら、私も本能に従って抗わなければなりません』


「どうやって?」


『依り代から出たところを、私の中に取り込みます。相手が大人しくする気がない以上、それしか方法がないのです』


「俺達が言うところの乗っ取りみたいな感じですか。でもそれって……」


 力に大きな差があれば混ざってもさほど問題はない。

 だけど、同格ともなれば……取り込んだ側にも影響は出るんじゃないのか。


『もちろん、実行した後は今までの私ではいられなくなるでしょう。例え上手くいったとしても、この世界の魔力環境が大きく変化するのは避けられません。性質の違う神格が二つ混ざり合う訳ですから。それでも……やらなければ、手遅れになります。あの黒い魔物達、あれらが生き物の命を奪ったとしますよね。死者の魔力は本来であれば私のところに還ってくるのですが、黒い魔物にやられた場合は支配者たる貴方のところに行ってしまいます。力を取られてしまうのです。貴方の寿命を待てなくなった一番の理由は、ここにあります』


「そうですか……」


 それは確かに悠長に構えていられないな……。


 自分でも不思議になるくらい、心は落ち着いていた。

 暗に“死んでくれ”と言われているのに、どうしてかな。

 まだ現実味が無いだけかもしれない。


「分かりました。じゃあ、加護が効いているうちに色々と片付けておかないといけませんね」


『……ごめんなさい。助けてあげられなくて。貴方に思い残す事無いよう、祈ります。何か私に願う事はありますか?』


「願いですか。そうですね……。アリスが……ステュアート家の人達が、幸福に生きていけるように――見守っていて欲しいです」


 じっくり時間をかけて考えれば、他にももっと願うことがあると思うのかもしれない。

 でも、今思い浮かぶのはそれだけだ。


『わかりました。約束しましょう。……では、貴方につけた加護ですけれども、およそ七日間で完全に効力を失います。その前には決着を付けたいので、六日目の夜に何処かひと気の無い場所で身体を横たえて下さい。貴方に眠りの魔法をかけます。その間に、全て終わらせますから。……痛みも、苦しみも無いように』


 頷くと、白い梟は再び金色の瞳を静かに閉じた。

 それから大きく翼を広げ、スッと霧のようにかき消えていく。

 一人になって、何も考えられなくてその場に座り込んだ。

 ごろんと地面に転がって星空を仰ぐ。


 あと六日か……。


 急に現実味が出てきそうになって、考えるのをやめた。

 起き上がって、市街地に向かって歩いていく。女神様がくれた残りの時間を無駄には出来ない。

 まずはギルドに寄ってピートさんと話をして、それから公爵に報告と謝罪をしよう。

 俺のために色々してくれたのに、全て放り出す事になってしまって申し訳ありませんって。



 ギルドに着くと、既に就業時間が過ぎていたにも関わらずピートさんとあと何人かの職員さん達が残ってくれていた。

 えらく静かだ。葬式みたい。


「ただいま。戻ったよ、ピートさん」


「ハヤトぉぉ! お前……。お前って奴は! お前って奴はぁー!」


 急にダーッと泣き出した。

 何だ!? 何かあったのか!?


「ど、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもあるか! 全部聞いてたぞ! 女神様との会話を! 通信機越しに!」


「うそ!? なんで!?」


「知らん! こっちからも一生懸命話し掛けてたんだが、聞こえてなかったんだろう? でも繋がってはいたぞ! お前、あれでいいのか!?」


「良くはないよ。でも仕方ないじゃん」


「アリーシャ様が悲しむじゃないか……」


 胸がズキッと痛んだ。

 一番、考えたくなかった事だ。


「そうかも知れないけど……。彼女はきっと大丈夫だよ。いつか俺の事なんて忘れて、新しい相手と幸せになる」


「はぁ!? お前、そんなドライな奴だったのか!? 信じられん! そんなん涙も引っ込むわ! もうちょっと愛を信じろよ!」


「そんな事言ったってしょうがないじゃん。女の子はさ、たぶん俺達が考えるよりずっと現実的なんだよ。俺に好意を伝えてきた数週間後には新しい恋人と仲良くしてる。みんなそうだった。アリスもきっとそうなるし、俺だってそれでいいと思ってる」


「お前なぁ…………。いや、もう何も言うまい。突然の事で受け止めきれてないとか混乱しているのもあるだろう。ただ、最後まで諦めるなよ。まずは公爵に相談しろ。何か力になってくれるかもしれない」


「そりゃ、相談はするけどさ……」


 どちらかと言うと、助かる方法よりも女神様がモリオンを取り込んだ後について相談したい。

 そういう前向きな話じゃないと、この決意が鈍ってしまいそうだ。

 だって、女神様もモリオンも、これから自分の存在を賭けて戦うんだ。

 俺だけ逃げ出すなんて出来ない。


 ……俺がどことなくモリオンに同情的なところがあるのは、既にアイツの影響を受けているせいなんだろうか。

 それとも単純に、アイツが寂しがっていたのを知っているからかな。

 だからって味方はしないけどさ。


「じゃあ、大体の事は聞いて知ってるんだよね。七日後に魔力環境の変化が起こるとか。魔物の性質も、その時また変わるかもね」


「そうだな……。ああ、そうだ。黒いゴブリンを倒した奴がいるんだがな、そいつ、何年もCランクで停滞していたのに突然Bに上がったんだ。泣いて喜んでたけど、やっぱり今までとは別の力が働いているんだなと思ったよ」


「そっか。じゃあ、悪い事ばかりじゃなかったのかな。モリオンが来たのって」


「どうだかな。魔物が強くなっても、俺達とそれなりに上手くやっていけるなら頷けなくもなかったんだが。でも雲はいかんよな。そりゃ女神様もお怒りになるわ」


「まあ、そうだよね」


「しっかし、お前のなぁ……、さっきもそうだったけど、たまに目が赤くなってんなーと思ってたらそういう理由があったなんてな」


 はぁ!?

 聞き捨てならないピートさんその発言!


「知ってたの!? 俺は知らなかったけど! 何でその時に教えてくれなかったんだよ!」


「だってお前って普段から色変わるじゃん! いちいち何それとか聞かねぇよ!」


 それもそうだな……。

 納得して、過ぎた事を言っても仕方ないと頭の中を切り替える。


「ねえ、ピートさん……。黒いモンスターで死んでしまった人って、いる……?」


 聞くのが怖い。

 だけど知っておかないといけない。


「いや、今はまだ……。重症者はいるが、手に負えない相手からは何とか逃げて帰って来られてる。マークも無事だったし、良かったな」


「良かったと言っていいのかどうか……でも、良かった」


「そうだな……。ところでお前、これからどうするんだ? 公爵に話をするんだろ。女神様が地上に現れた話なんて信じてくれるかね」


「どうだろう。でもちゃんと説明しないとね……。俺のためにしてくれた事、全部無駄にしちゃう訳だから」


「俺も証人として行くよ。貴族同士の話し合いには混ざれないから、説明が済んだらすぐに帰るが……。と、そうなるとあんまり夜遅くなっても良くないよな。さあ、一緒に行こう」


「ありがと」


 連れ立ってギルドから出る。

 貴族街に向かう途中、ピートさんは少しそわそわしながらこんな事を訊いてきた。


「……こんな時に聞くのも何だが……女神様ってどんな人だった? 美人?」


「あー……。そうだね、真っ白くて、凄く綺麗な」


「お、おぉ!」


「梟だったよ」


「フクロウ!?」


「そー」


「…………そうか、真っ白で綺麗な……梟か……」


 心なしかションボリしてしまった様子。

 失礼だな、と思った。



 あまり夜遅くなりすぎないように、という配慮をした割にはしっかり夜が更けた月の夜。

 公爵邸の応接室で、俺とピートさんと公爵の三人だけの報告会が行われた。


「――と、いう訳でありまして、悪いのはあくまでもモリオンなんですよ。コイツ……いや、リディル子爵は巻き込まれただけなのです。他の人ではどうにもならなかった依頼を受けた結果こうなってしまっただけで」


 横ではピートさんが一生懸命に今回の件を公爵に説明している。

 緊張しているのか、冷や汗がすごい。

 そんなに緊張しているのに説明の節々で出てくる言葉は俺を庇うようなものばかりで、改めて、俺は人に恵まれていたんだなと実感する。


「……ありがとね、ピートさん」


「いや……。本当の事だからな。お前もさ、必要以上に責任を感じる必要はないんだぞ。いつか誰かが変異したモンスターにやられたとしても、それは魔物やモリオンの仕業であってお前の意思ではない。そうだろう?」


「……うん」


 とは言っても、そんなに簡単に割り切れるものではない。

 俺が女神様の言ったことをすぐに受け入れたのは、俺がいるせいで誰かが犠牲になるかもしれないのが耐えられないからだ。


「だからさ……そんな諦めたような顔をするなよ。まだ時間があるじゃないか。一緒に助かる方法を考えようぜ。な?」


「……ん」


 助かる方法か……。

 もしかしたら、よく探せば女神様も知らない抜け道があるのかも知れない。

 だけどそれを模索するには時間が無さすぎる。

 俺が残りの六日間でやりたいことは、犠牲者が出ないように、可能な限り環境を作り整える事だ。

 そのために公爵の力を借りたい。

 公爵はゆったりと足を組んで、重そうに口を開いた。


「話は分かった。女神様がそう仰ったのなら私は信じる他にない。正直、あまりに急展開で頭がついていかない部分はあるが……。とにかく、あまり良くない状況である事は間違いなさそうだ」


「……はい」


「ギルド長、世話になった。私の家族にそこまで言葉を尽くしてくれた事を嬉しく思う。感謝する」


「はっ」


 ピートさんは頭を下げて、それからすっかりぬるくなったお茶を一気に飲んだ。


「それでは、私からお話出来る事は全て話しましたので……後は本人との話し合いになるものと存じますゆえ、今夜はこれにて失礼いたします。じゃあなハヤト。明日、ギルドに顔出せよ」


「うん。おやすみ、ピートさん」


「おやすみ……って、眠れるか、この状況で」


 ぶつぶつ言いながら退室し、残ったのは俺と公爵の二人になる。

 公爵はしばらく黙って宙を見つめ、やがてため息をついて呟いた。


「アリスが眠っていて良かったよ。心の準備も無しに、あの子には聞かせられない」


「……このような事になってしまって、申し訳ありません」


「いい。誰にも分からなかった事だ。……それより、どうするの? このまま受け入れるの?」


「他に手が無ければそうするしかないと思っています」


「そうか……。まあ、そうだよね。私でもそうすると思う。でも諦めるにはまだ早いからね? ギルド長も言ってたけど、どうにか助かる道はないか考えよう」


「はい。でもその前に……頼みがあるんです。魔道具の力を、貸して頂けませんか」


「いいよ。どんなものが欲しい?」


「まず、魔物に遭遇しなくなるものを。戦えない人でも、安全に町の外に出られるように」


「ああ、そうだね。以前アリスが作ったイヤリングに遭遇率を上げるものがあった。あれ自体は没にしたけど、応用すれば直ぐにでもいけると思う。今夜から量産体制を整え始めよう」


 そう。公爵の言った通り、俺もアリスが作ったアレが使えると思っていた。

 形はイヤリングじゃなくても何でも良い。

 老若男女、あまりお金がない人でも必要な人の手に渡るようにしたい。 


「ありがとうございます。素材はどんなものが良いのか分からないのですが、俺からも色々提供出来ます」


「何がある?」


「色々と。この辺りに出していってもいいですか?」


「いいよ。これまでに君が集めてきたもの、凄く興味ある」


 今まで色々なものを入手してきた。

 一部は売って一部は影の中に保管、を繰り返していたら、いつの間にか結構な種類と量が溜まっていた。

 いつか冒険者稼業を引退した時のために取っておいたんだけど、こんな形で役に立つとは思わなかった。

 闇属性を使う事に少し恐怖心を覚えながらも、女神様の加護を信じて影の世界を開く。

 持っているものは全て、公爵に渡そう。

 そう思って中から取り出したものをどんどん床に積み上げていく。


「これは……凄いね。君の歩んできた道が垣間見えるようだよ」


 各種薬草に回復薬から始まり、マンドラゴラなどの魔法植物系、オークの斧などの比較的低ランク魔物のドロップ品、このへんはNランク時代に入手したもの。

 それからコカトリスの卵、ヴァンパイアのマント、ユニコーンの角、フェニックスの羽など、遠征先で幼なじみ達と分けあったもの。

 久しぶりに見るものばかりだ。思い出が鮮明に甦ってくる。

 他にも金、銀、プラチナのインゴットや魔法銀のインゴット、宝石や珍しい貝殻なんかもある。

 実はドラゴンの体も持ってるけど、あれはピートさんのところで売るって約束しちゃってるんだよな。

 あれだけは残しておこう。

 もしドラゴンを王都ギルドに渡して、それが売られるとしたらどのくらいの金額になるのかな。


 ふと思い立って、金のインゴットを手の平の上に乗せるイメージをしてみる。

 すると寸分違わず同じものが生成され、手にずっしりとした重みを感じさせた。あの黒い剣の時と同じだ。物質を作り出せるようになっている。


「ハヤト、今のって……」


「はい。作り出せるみたいです」


「それが神格の力? もう、反則だね……」


「怖いですよ。こんなの、人が使っていい能力じゃないです」


 と言いつつ、貴金属を次々と生成して積み上げていく。

 だって、きっとこれらが魔道具の材料になるんだ。ビビってる場合じゃない。


「そんなに力を使って大丈夫? モリオン、怒らないかな」


「怒りますかね。俺を勝手にろくでもない事に利用してるんだから、こっちだって利用してやるって気分ですけど」


 すると公爵はおかしそうに笑った。


「そうだね。その通りだ」


「魔道具として使いやすいものは他に何がありますか?」


「石や貴金属は何でも使いやすいよ。魔法銀がダントツだけど、水晶もかなり良い」


「わかりました」


 確かに、市街地の周りで魔力の流れを整えているのは水晶だもんな。

 沢山あったほうが良さそうだ。まずは目の前に生成した水晶を山と積み上げ、それから魔法銀のインゴットも作り出していく。

 応接室はあっという間に物でいっぱいになった。

 その光景を見て公爵は苦笑いを浮かべる。


「魔法銀はドロップ以外に入手する方法がなくて供給が安定しなかったけど……君がいれば鉄より安くなりそうだ。あらゆる財宝の価値が暴落するな」


「それで皆を守れるなら、ありだと思います」


「皆……。皆、か。……あのさ、今のうちに君に聞いておきたいんだけど。今回の事、皆にはどこまで話そうか。私は……ラヴには今はまだ話すべきではないと思っている」


「そうですね……。俺もそう思います」


 アイツは今、身体だけじゃなくて精神面の安定も大事な時期だ。

 余計な事を言って負担を掛けるのは良くない。

 大丈夫だ。アイツにはクリス様がいるし、それにお腹にも世界で一番愛することになる子どもがいる。


「アリスには、どうする?」


 ふと生成の手が止まる。

 ずっと、考えていた。でもまだ答えは出ない。


「……分かりません。ただ、彼女がこの先の人生を生きていくのに一番良い方法を選びたいです」


「一番良い方法ね……。あの子の事だから、知れば黙ってはいないだろうね。死ぬ時は一緒とか言いそう」


「それは駄目です」


 反射的に拒絶していた。

 ……そうか。これが答えか。

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