69.★真っ白い梟


 まずはピートさんに話を聞いてからだな。

 急いで王都ギルドへ向かった。無骨でざわざわしたこの空気、なんだか随分久しぶりな気がする。

 相変わらず終業間際なのに人が多い。なのに今夜は酔っ払いの声がしなくて不思議な感じだ。皆一様に表情を固くしている。


「おうハヤト。来たか。ここに座んな。……ん? 今日は一人?」


「うん。アリスは家で待ってる」


「あー、その方が良いと思うな。Bランクなら新種の相手を出来ない事もないようだけど、危ない事に変わりはない」


「そんなに強いんだ?」


「ああ。Eランク相当のただのゴブリンが、黒くなっただけでDランクの奴らが苦戦するようになったらしい。そんなのがゴブリンだけじゃなくてこの辺りに出るモンスター全てで起きている。どいつもザッと二つくらいは対象ランクが上がっているようだ」


「そんなに……。大変な事になってるんだね。いつから出るようになったの?」


「昨日の夜、だな。最初はただの新種かと思ってたんだが、それ以降出るやつが全て黒くなっているみたいなんだ。……この感じ、覚えがあるだろ?」


 昨日の夜から。やっぱりあの時、異常があったんだ。


「うん。隕石の件でしょ? 俺もそれ思い出した」


「やっぱりそうだよな。あの件と同じだ。マズイよな……。あの時に行方不明になったっていう高ランクの奴ら、まだ誰も見付かってないんだぜ。あれと同じ奴がこの辺りにいるとしたらおおごとだ。幸い、まだ喰われた奴はいないようだが」


「喰われたって……魔物は人を喰ったりしないじゃん。殺そうとはしてくるけど」


「それはそうなんだが……あの時の奴は普通のモンスターとは違うからさ。お前の報告でしか知らないが、喋ったり、倒した後ドロップじゃないのに石が残ったりしたんだろ。実体があったって事じゃないか? そんな奴、今までいなかった。人を喰っててもおかしくない。……そうだ、あの時の石、お前が研究機関に渡したやつ。あれな、黒水晶に似ている塊だったんだと。だけど微妙に構造が違うし、含有している魔力も普通の黒水晶とは異質で、研究員の魔法を全て弾き返してしまうらしい」


「弾き返す……」


 そういうの、知ってる。

 魔道具じゃん。

 人間の中身が丸ごと入る魔道具、という冗談をかましたクリス様の言葉が脳裏をよぎる。


 え? あの石の中身、もしかして人間だったの?

 それにしては闇属性に寄りすぎていたような。

 ていうか、もしそうだったとして、アリス達ステュアートの人がそんな人体実験じみた事をするはずがない。

 じゃあ、誰が?

 ……そもそも、空から落ちてくる人間なんて人間と言えるのか?


「……おい、ハヤト。大丈夫か?」


「え? 何が?」


「いや…………、気のせいだったみたいだ。それより、早めに事態を収束させたい。一応この地図に新種が出たポイントを書き込んでみたんだが……黒水晶––モリオンの居そうな場所について何か思うところはあるか?」


「モリオン?」


「研究員達はソイツのことを便宜的にそう呼んでるんだとさ。今回のやつも同じと決まった訳じゃないが、暫定的にでも呼び名はあったほうが楽だと思って」


「そっか。この地図を見ると……その、モリオンは市街地にいるようにしか見えないね」


「おい、声がデカイって。俺もそう思ってはいるんだが」


 そう、地図の上の新種出現ポイントは王都市街地の四方をぐるりと囲む形でほぼドーナツ状に広がっている。

 普通に考えればこの円の中心にスポットを作る原因になったモンスターがいるものだけど――そこはまさしく王都の中心。

 ほとんど王宮付近じゃないか。

 ここまで広範囲の魔力環境を変えてしまうような、異常な奴が潜んでいて良い場所じゃない。


「でもそれなら、やっぱり隕石じゃないよ。こんなところに落ちて誰も気付かないなんてあり得ない」


「まあな。でもそうなると、より状況が悪い。モンスターへの影響力を見るに、ドラゴンよりずっと強いだろ。モリオンは」


「そうだね……」


 王都周辺のモンスターを丸ごと変異させてしまうほどの影響力。それが事実なら、確かにドラゴン以上だと思う。

 どんなに強いやつでも、他のモンスターまで作り替えてしまうなんて通常では無い事だから。

 だけどあいつ――モリオン自体はそこまで攻撃的でもなかったんだよな……。

 あいつの影響を受けたモンスターのほうがよっぽど狂暴だったくらいだ。


「こんな奴がランダムに出るようになったら割とマジで人類の危機だぜ。まだ隕石として空から落ちてきたって話の方が安心できる」


「……この地図の、ドーナツホールの内側にはモンスターは出てないんだよね?」


「ああ。まだ、一応な。でもいつ均衡が崩れるか分からん」


「騎士団に連絡は?」


「してある。あっちもあっちで動き始めてはいるようだが、妙なものを見付けたら絶対に近寄らずにすぐにこっちに連絡をしてくれと伝えた」


「そっか。連絡、してくれそう?」


 騎士団と冒険者は相性があまり良くない。

 あっちは貴族の関係者が多くて、こっちは行儀の悪い成り上がり者ばかりと見られている。お互いにプライドがあるから歩み寄れないのだ。

 それに、元々市街地の治安維持は彼らの仕事だからこういう時には連携を取りにくい。

 大丈夫なんだろうか。


「多分な。お前が対処するって言ったら反応は悪くなかった。やっぱりお前が貴族側に回ったのは正解だよ。上流階級との話のしやすさがこれまでとは段違いだ」


 それなら良かった。

 爵位を賜って狩りにあまり出られなくなっても、俺はずっとこちら側の人間だ。

 公爵にどれほど感謝していても、ルーツは消せるものじゃない。

 あちら側――貴族側のアリスと一緒に、彼らの間を取り持てるようになれたら良いなと思う。


「分かった。じゃあ俺も貴族街を中心に探してみるよ」


 そう言って立ち上がると、ギルドの扉が大きな音を立てて開いた。

 見ると、髪を振り乱した女性が肩で息をしながら立っていて。中をぐるりと見渡してから、泣きそうな声で叫んだ。


「誰か! うちの子をどこかで見掛けませんでしたか!?」


 ギルド内に緊張が走った。

 俺はがたがた震えている彼女のところへ行き、話を聞き出す。


「うちの子って、何歳くらい? いつからいなくなったんです?」


「十歳になったばかりの男の子です。ついこないだ、誕生日にギルドに登録して……これまで何回か薬草を取りに郊外まで行ってみたと言っていたので、今日もそれだろうと思っていたんです。なのに夜になっても帰ってこなくて……探しに行こうと思ったら、魔物が強くなってるって噂を聞いて、それで」


「その子の名前は?」


「マ、マークです。茶色い髪の」


 すると周りで聞いていた奴らがざわざわと喋り出した。


「Nランクのマークか。あのちっこいの」


「俺、昼間に見たぞ。三十三番街を郊外に向かって歩いてた」


 三十三番街方面か。西の方だな。


「ピートさん、俺、先にマーク探してくる。モリオンが見付かったらこれで連絡して」


「何だコレ。イヤーカフ?」


「通信機。アリスが作ったやつ」


「マジか。こうやって、耳に着けて使えるのか? 今までのやつより全然使いやすいじゃねえか」


「そう。元はアリスの弟君の物だから汚さないでね」


 するとピートさんは慌てて耳から外してハンカチで拭いた。

 何となく、ルーク君には新しいイヤーカフを買って返そうと思った。


「じゃ、行ってくる」


 扉を開けて外へ出た。

 今からまともに足で向かったら時間がかかりすぎるな。

 夜の闇を渡って行こう。


「あ、おいハヤト! ちょっと待てよ! 他にも何人か行けそうな奴を募って」


 背後からピートさんの声がしたけど、その時にはもう影の世界に入ってしまっていた。

 外界から切り離された、時間が停止している裏側の世界。

 取り敢えず俺一人でも早く行ったほうがいいだろう。そう思って、表には戻らずにマークのいる場所を探る事にする。


 ここは表側の世界と形は同じなんだけど、色がなくて光と影の部分が反転したような白黒の世界。光が当たっていたところが黒くて、影の部分が白い。何もかもが表の世界の鏡写しのようなところだ。

 木も家も人も一応存在はしているけれど、触れようとするとすり抜けてしまう。

 全て、幻。


 そして、ここは俺の支配下にある世界だからだと思うんだけど、動くのは俺じゃなくて景色のほう。

“あそこに行きたい”と思うと世界が一瞬で動いて、向こうから俺のところにやって来る。そんな感じでここは時間も空間も歪んでいて、俺は一歩も動かなくても遠くまで移動する事が出来る。

 風のように景色が飛んでいき、瞬く間に三十三番街を通り抜けて西の郊外がやって来た。


 初めは、再現できるのは視界の範囲内だけだった。

 それが時を追うごとにどんどん範囲が広がっていって、今は視界の外どころか行った事がある場所なら国外でも再現できるようになった。

 それだけじゃなくて、夜なら影を使わなくてもどこからでもこっちの世界へ入れるようにもなっている。

 さすがにこうなるとちょっと人としてどうかと思わなくもない。アリスにも言ったけど、突然消えたり現れたりする人がいたら普通に嫌だと思う。

 怖いし、マナー違反もいいとこだ。


「……あれ?」


 何だ、これ。


 違和感があった。支配している影の領域が、一気に広がっている。

 行った事があるところを越えて、縁もゆかりもない見知らぬ土地までもがこの裏側の世界に再現されている。今なら世界中どこへだって行けそうだ。

 ……何だか気味が悪い。まるで、この魔法が俺の手を離れて暴走を始めたような感じだ。

 不気味に思いながらも、とにかくマークを探そうと周辺に目を凝らす。

 あのお母さんは、マークは何回か薬草を取りに行った事があると言っていた。

 それなら道に迷って見当違いの方向へ行っている可能性は低い。ちゃんと位置を把握しながら移動出来るって事だからな。

 西の郊外には薬草がよく見つかる丘があるから、その辺りにいるかもしれない。

 捜索場所のアタリをつけて、そこに向かおうと思い景色を動かした。


 どこを見ても白と黒しか無い。

 ……やっぱり色が無いと分かりにくいな。時間は進んでいないから焦る必要はないんだけど、それでも早く見付けてやりたい。

 ぐるりと丘を回ったけれど人の姿は見当たらず、近くの草原や林まで捜索範囲を広げていく。


 そして見付けた。


 林の中で木のモンスター、トレントと戦っている最中のパーティーがいたので、辺りを探してみたら木の洞の中に子供が隠れていた。

 きっとこの子がマークだ。無事だったみたいだ。あのパーティーの人達に見付けて貰えたんだな。良かった。

 トレントは通常ならCランク相当の奴だけど、ピートさんの言った事が本当なら今はAランク相当になっているはずだ。

 彼らを、助けないと。

 表の世界に戻って目の前の戦いに参戦しようと手の中に剣を握りしめる。

 その時、足が勝手に動いた。

 いや、足だけじゃない。体が俺を置いて、この世界から先に出ようとしている。


 何が起きたのか自分でも把握出来ずに、ただ、一歩ずつ離れていく自分の後ろ姿を呆然と見ていた。

 ――黒い髪だ。

 本能でヤバいと感じて、体を取り戻そうと手を伸ばす。すると、前にいる俺みたいな黒髪の奴は、ゆっくりとこちらに振り返り――血のように真っ赤な目を細めて、笑った。


 ゾッとした。


 次の瞬間、俺は色がついた世界で剣を握りしめて笑っていた。


 意味が分からない。トレントと戦っていたパーティーは、突然現れた俺に驚いて一斉に顔をこちらに向けた。気持ちは分かる。

 けど危ないよ。ちゃんと敵を見ないと。


「助けに来たよ!」

 

 あ、良かった。元に戻ってる。

 思い通りに動く自分の体に安心して、トレントに向かって身構える。


「あ、あれ? お前、カメレオンのハヤトじゃないか! 新手の魔物かと思ったわ!」


 何だよそれ。

 だけどこの時、立て続けに起きた奇妙な出来事と無視できないほど膨れ上がった様々な違和感が、自分に向けられた“新手の魔物”という言葉で一つに繋がったのを感じた。

 突然聖属性が使いにくくなったり、逆に闇属性が強力になったり。

 妙な事を考えたり、王都を中心にモンスターが変異したり、意識と身体が分離したような現象に遭ったり。

 それってさっきの、俺を裏側の世界に置いて行こうとした赤目の奴の仕業なんじゃないのか?

 王都でモリオンの時と同じ現象が起きているのも、あいつが俺の中にいるからだったりして。だってあいつ、俺に倒される直前に何をした?

 乗っ取ろうとしてきたじゃないか。やり返したつもりでいたけど、実は倒していたんじゃなくて俺の中に入っていたとしたら。

 だとしたら、昨晩アリスの首を締めようとしたのも、夢では無かった……?


 冗談じゃない。そんな事、あってたまるか。


 だけどその不安を裏付けるかのように黒いトレントは俺に一切の意識を向けずパーティの人達だけに攻撃を加えていく。まるで、俺が人間だと認識されていないみたいに。


 違う。そんな事、あってたまるか。

 闇属性のトレントを挑発するために剣に聖属性の結界を張る。やっぱり。聖属性が凄く使いづらくなっている。少し時間が掛かったけど何とか結界を構築して、彼らに襲い掛かる大きな枝をバッサリと切り落とした。

 異様に硬く感じた。そこでようやく闇トレントが俺に意識を向けてきて、黒い身体に鋭い刺を生やし始める。


「さ、さすがだな! 俺達が散々アタックしてもほとんど傷が付かなかったやつがこうもあっさりと……。やった! 俺達、助かるぞ!」


「良かったー! ここで死ぬのかと思った!」


 彼らは随分苦戦していたようだ。

 皆一様に傷だらけでかなり疲弊している。砂漠で出会った冒険者達を思い出して無性に胸が傷んだ。


「皆で、無事に帰ろう」


 そう口にした時、闇トレントから無数の刺が放たれた。

 結界が必要だ。そう思っているのに咄嗟に出てこない。

 ――ダメだ、間に合わない!

 目前に迫った分は剣で叩き落とし、結界の代わりに魔法で氷壁を張る。無数の刺が氷壁に突き刺さり、壁はボロボロと崩れ落ちた。

 考えなきゃいけない事は色々あるけど、取り敢えず今はこの場を何とかしないと。


「皆、下がって! あいつ燃やすから!」


 そう声を掛けると皆大慌てで後方に下がっていった。

 闇トレントの黒い枝が鞭のようにしなり襲い掛かってくる。それを剣でいなしつつ火力を引き上げたファイアボールを放った。


「うわっ、火が白い⁉」


 背後から声が上がる。そうだよ。普通に炎を作り出すと使った魔力に応じて赤橙の炎が大きくなるだけなんだけど、魔力と空気を圧縮してから炎を出すと炎色が白に変わるんだ。

 風魔法も同時に使うからちょっと大変ではある。でも、普通の炎よりも高温になって殺傷力が跳ね上がるので早く決着を付けたい時は便利だ。

 ちなみに圧縮の度合いを高めていくと青くなる。アリスの氷壁に使ったのがそれ。

 それで消えないものは今のところ無い。燃えるんじゃなくて消える。どんなに相手の防御力が高くても関係ない。


 闇トレントは白い炎を胴体に受けて風穴が開いた。そこから火は燃え広がり、瞬く間に全身が炎に包まれていく。

 奴からは金切り声のような音が響いてきた。体が燃え盛る中、奴は枝を振り回して暴れ始める。背後に避難したパーティーの人達に当たらないようにと、しなる枝に斬りかかった。その時、


「あっ」


 剣が、折れた。

 纏わせた結界が薄くて刃を守りきれなかった。

 そんなに聖属性が弱くなってるのか……!

 愕然とする暇もなく他の枝が飛んでくる。

 Aランク相当の奴の攻撃を生身でくらえば俺だって無傷では済まない。まして燃えている奴なんて。

 燃え盛る枝が目前に迫る。咄嗟に顔を守ろうと右腕でガードした。その右腕がふと重たくなり、目を見張る。


 右手の中に、剣が生成されていく。剣に生成なんて言葉はおかしいのは分かってる。だけどそうとしか言い表せない光景だった。

 手の中に残っていたグリップが見たこともない黒い金属に覆われていく。鍔と柄頭も同時に覆われ、その黒い金属は折れた刀身へと背を伸ばしていき、みるみるうちに切先まで生成された。

 現れたのは一振りの見事な黒剣。

 全て、ほんの一瞬の出来事だった。

 迷う暇は無くそれを燃える枝に叩き付ける。何の手応えもなかった。さっくり斬れた。

 あんなに硬く感じていたのが嘘みたいだ。とんでもない切れ味。

 鏡のように磨き上げられた黒い剣は光をよく反射して、炎でゆらめく影までも刀身に鮮明に映し出している。そこに映る俺の色はやっぱり黒と赤で、今までの闇属性に染まった時とは明らかに別物だった。アイツと……モリオンと同じ色だ。


 ……この剣、何なんだろう。


 何もないところから物質が生えてくるなんて、俺達が考える魔法の概念を越えてきている。

 まるでアイテムがドロップされた時みたい。

 でもあれって魔物を倒さないと落ちてこないものだ。これはドロップとは違う。

 ……これもモリオンの力なのかな。

 だとしたら、アイツは俺が思っている以上に規格外な奴なのかも知れない。どう考えても普通じゃない。


 やがて闇トレントは燃え尽きて、霧のように消えていった。

 ひとまず事態の収拾はついた。だけどまだ油断は出来ない。皆を無事に家まで帰さないと。

 本当は影を渡って連れて戻りたかったけど、さっきの事もあるし、下手に人を連れて影の世界に入るのは危険な気がする……。

 時間をかけても歩いて戻った方が良さそうだ。

 でも、俺が町に入っても大丈夫なんだろうか。もし本当に俺を中心に王都がスポット化しているとしたら、アイツを何とかするまで王都からは離れてた方がいいんじゃないのか……?


 考え込んでいると、背後からツンツンと服を引っ張られた。

 マークだ。マークは涙でぐしょぐしょの顔で俺を見上げてくる。


「あのっ、ありがとう……! おれ、死ぬかと思ったんだ……!」


 自然と笑みが浮かんで、マークの頭をくしゃりと撫でた。


「無事で良かった。母さんが心配してたよ。すぐに帰ろう」


「うん……っ!」


 何にしても、市街地の入り口までは送らないとな。


 通信機でピートさんに連絡を取り、マークが無事に見つかった事を伝えた。

 早いな、と驚かれつつも、スポットの原因がまだ分かっていない、何も見付かっていない事を聞かされて、何も言えずに通信を切った。

 自分が原因かもしれないなんて、マークがいる前では口に出せない。

 もし怖がらせてしまったら保護が難しくなってしまう。

 マークを肩車して、パーティーの人達と一緒に市街地への帰路についた。時折モンスターが出たけど、特に苦戦する事もなかった。



「――本当にここで別れるのか?」


 市街地付近で離脱を伝えると、彼らは不安そうな表情を浮かべてそう言った。


「うん。本当はギルドまで行きたいんだけど、ちょっと訳ありでさ。市街地に入れば取り敢えず魔物は出なくなると思う。マークのお母さんがギルドで待ってるはずだから、そこまで送ってやってくれないか?」


「おう。わかったよ。……ありがとうな。ハヤト。助かった」


「ん」


 マークと手を振り合って彼らの背中を見送り、一人になったところで再びピートさんに連絡を取る。

 魔力を通したイヤーカフから鈴のような呼び出し音が響き、そして繋がった。


「あ、ピートさん? あのさ、ちょっと聞いてほしいんだけど––」


 そこまで口にした時、通信機の向こうから女の人の声が響いてきた。


『……何から話せば良いのか、少し迷ってしまいますけれど……。貴方をずっと見てきました』


 えっ。


「ごめんね。ちょっと急いでるから……ピートさんに代わってくれる? 近くにいるよね?」


『いいえ。近くにはいません。広義では近いと言えるかも知れませんが、きっと貴方が言っているのとは意味が違うのでしょう』


 何だ? ちょっと噛み合わないぞ。

 そういう深そうな話は今は付き合えない。とにかく代わってほしい。


「……そっか。じゃあどこにいるのか分かる? なるべく早くピートさんに報告したい事があるんだけど」


『貴方が話したい事が何か、わかっています。今からそちらに降りますので、空を見上げてみて下さい』


「空?」


 思わず言われた通りに見上げると、そこには無数の星が瞬く夜空があった。

 特に変化は見られない。そう思った次の瞬間、空間が歪んだように見えた。


 魔物か!?


 身構えると、通信機から彼女の声が響く。


『大丈夫です。魔物ではありません。私です』


 まるでこちらの動きを把握しているような口ぶり。

 私です、って……?


 空間の歪みから、真っ白な何かが現れた。それは翼を広げ、上空でゆったりと優雅にはためいている。

 梟だ。

 真っ白な、梟。


 その梟は旋回しながら高度を下げ、俺の周囲を飛び回った。

 近付いてくるにつれて、信じられないほど強力な、聖なる魔力のようなものが俺の周辺に満ちていく。


「これは……?」


 梟を眺めながら呟く。

 俺の目線の高さまで降りてきた梟は旋回しながら少しずつ近付いてきて、腕を差し出すとそこに足を乗せて止まった。


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