66.★なんだかんだ言って楽しんでいる人


「ジェームスさん、いらない釘と木材ってあったりします?」


 煤落としの後、庭師のジェームスさんに巣箱の材料になるものが無いか訊ねてみた。


「あるよ。何に使うんだ?」


「煙突に鳥の巣があったので、巣箱を作って引っ越してもらおうと思って」


「ほぉ。そりゃ大変だな。ちょっと待ってな。確か小屋にしまっておいたはず……。のこぎりも要るだろ? 持ってきてやるよ」


「ありがとうございます!」


「いいって事よ。あぁ、メジャーは屋敷の中だな。そいつは自分で持って来てくれよ。確か使用人部屋に置いてあったはずだ」


 との情報を元に裏口から屋敷に入って執事さんに事情を説明し、使用人部屋へ入ってもいいか訊ねる。すると、


「ちょうど良かったです。もうじき昼食なので、室内の作業は午後まで待っていただきたいと思っていたところだったのですよ。お待ちの間に作っていただけるならこちらとしても助かります。……ただ、今は使用人の交代や休憩の時間ではないので、あの部屋には誰もいないのです。お探しのものはどこかの棚に入っていると思うのですが、私も細かい場所までは把握しておらず……すみませんが、ご自身で探して頂けますか?」


 と、やけに丁寧な物腰で答えが返ってきた。

 この執事さん、元から丁寧ではあったけど俺がBランクのタグを出した時からもっと丁寧になった。

 でも実は俺、この執事さんちょっと苦手なんだよな。だって眼鏡かけてるから。

 いつからそうなってしまったのかはあえて言わないけど、俺は眼鏡をかけている人の前だと緊張する体質なんだよ。


「かしこまりました。では、お邪魔いたします」


 つられて俺まで丁寧になり、礼をして使用人部屋へ行った。

 そして特に何も考えずに扉を開けたら――とんでもない場面と鉢合わせてしまった。

 部屋の中で天使が服を脱いでいた。脱いでいた。脱いでいた……。

 ぱたんと扉を閉め、荒れ狂う頭の中を鎮める。

 ……俺いま、魔道具の眼鏡してない……よな?

 うん。普通の防塵ゴーグルだよ。

 ……モーリス君。俺、やっぱり馬術を始めたほうが良いような気がしてきた。暴れ馬をなだめる技術があれば乗り越えられる場面も決して少なくないと思うんだ。

 っていうか俺今何を見たんだっけ。夢? そうか、夢を見ていたのか……。

 妙に現実感のある夢だった。

 背後で扉が開いてガンっと背中に当たり、腕を掴まれてずるずると室内に引きずりこまれる。

 隣にアリスがしゃがみ込んできた。

 残念ながら夢じゃなかったようだ。彼女に目を向けられなくて、謝って少し話をしてからようやく顔を上げる。

 その時、アリスの火傷に気が付いた。

 ……なにそれ。お茶をひっくり返したって言うけど、もしそれが本当だとしても頭から被ったりなんてしないはずだ。

 アリスは言い訳が下手なほうだと常日頃から感じていた。嘘をついていると感じたのはきっと間違ってない。

 誰かにやられたのかな。もしそうだとしたら許せない。殺してやる。アリスを傷付けていいのは俺だけなのに。


 ――いや、違う。俺は何を考えているんだ。

 アリスを傷付けたいなんて思ってないし、それに殺してやるなんていくらなんでも危なすぎる。

 気持ちとしては間違ってないけど、それにしたって……。

 ぐるぐると考え事をしていたら、アリスにかけようとした回復魔法を失敗してしまった。

 こんな事、初めてだ。

 失敗……なのか? これ……。

 ミスったというより、自分の中から突然聖属性が消えてしまったみたいな感じだった。


 ――人は誰でも七つの属性を宿している。

 その七つの中でも炎寄りの人とか水寄りの人とか色々あるけれど、魔法が使えない人も魔力はちゃんと持っているんだ。

 その魔力の属性を操って放出することを魔法と呼ぶのだけど、特定の属性が欠落するなんて人としてあり得ない。

 思い出せ。俺はどうやって聖属性を使っていたんだ。


 今まで当たり前に存在していて難なく取り出せていたものが、何かに塞がれ覆い隠されてしまったような感覚だった。

 そこにあるのは分かっているのに届かない。

 魔法が使えない人っていうのはこんな感じなのかな……。これはもどかしいな。

 小さな頃回復魔法をシスターに教わった記憶を掘り起こして、初めて使った時と同じように慎重に魔力を動かす。

 わずかに聖属性が動くのを感じた。アリスの火傷が治っていくのを見て、ホッとした気持ちと同時に何故か残念に思う気持ちがわき上がる。

 ――ああ、上手くいかなかった。

 ……何が?

 自分の事なのに分からなくなる。

 落ち着け。平常心だ。平常心。

 きっと恋だの愛だのと浮かれてエロいことばっかり考えているから妙なことまで考えてしまうんだ。聖属性が使えなかったのもそのせいだ。多分。


 本当はアリスに結界をつけるつもりだったけど、大丈夫だと言い張る彼女を尊重して何もせずに仕事に戻るのを見送った。

 これくらいがきっと健全な関係なんだ……。干渉しすぎは良くない。

 本当に健全な関係は相手の仕事先についていったりしないのかもしれないけど、それはそれ。

 だってメイドさんだよ? この機会を逃したらおそらく二度と見られない。

 いや、頼んだら着てくれるかもしれないよ。でもそれってちょっと違うじゃん。


 とにかく、今回は口出しをしなかった。

 でも今回だけ。次また何かあったら無理矢理にでも連れて帰る。絶対にだ。

 必要なら身分を明かす事だってする。アリスは嫌がるだろうし俺もそういうのあんまり好きじゃないけど仕方ない。

 彼女が痛い思いをしたり怪我をしたりする事に比べれば、力でねじ伏せるなんて大した事じゃないはずだ。


 その後、庭師のジェームスさんと一緒に巣箱を作って屋根の上に取り付けた。

 場所が変わった事を親鳥が気付くように、周囲にジェームスさんからもらったナッツをいくつか置いておく。

 中にちょこんとおさまった雛たちはとても可愛らしかった。


 煙突掃除の作業を終わらせてからもう一つ巣箱を作り、大奥様の部屋の外に設置、これで仕事は完了。

 その頃には既に夕方になっていて、アリスの仕事が終わるのを待つばかりになっていた。執事さんに何か手伝う事はないか聞いてみたけど今は特に無いと返され、ここを使って良いですよ、と昼間入ったのとは別の使用人部屋に案内された。

 使って良いって……?

 こんな時は普通“ここで待ってて良い”って言わないか?

 ……まぁいいか。扉を開けると中にはベッドとかシャワー室とかある。

 ここって住み込み用じゃないのか? 何故?


 不思議に思いながらも、他の使用人達が出入りするような場所じゃないのは好都合なのでお言葉に甘えて使わせてもらう事にした。

 さっそく顔の布を外し、変装を解く。

 父さんが使っていた、仕事着。子供の頃はすごく大きいなぁと思っていたけど、いつの間にか俺も同じサイズになっていた。だから何だって話だけど、少し感傷的な気分になる。

 もし父さんが生きてたらアリスに会わせてみたかったな。あんなに可愛くて綺麗な子を会わせたらきっとびっくりするよな。


 父さんの作業着を畳んで影にしまい、ついでなのでシャワーを使わせてもらった。風魔法でガードしていたとは言え、多少はススがついてしまうものだからね。この部屋のものに触れる前に全て洗い落とさないといけない。

 そしてシャワーから出て着替えても、時間はそう経ってなかった。

 さて、どうしようかな。……課題でもやるか。

 備え付けの机に学院の課題を出して取り掛かった。


 しばらくして扉がノックされ、執事さんがやって来たのはとっくに課題は終わって予習をしていた時の事。大奥様が呼んでいます、と。

 もうそこそこ遅い時間だ。こんな夜に呼び出されるなんて、アリスに何かがあったとしか思えない。


 急いで顔を隠して大奥様の部屋に駆け付けると、そこには椅子に座ってぐったりしているアリスがいた。

 一瞬にしてなけなしの冷静さが吹き飛び、大奥様に言われるまま顔を晒す。

 色が変わってしまっているから身元がバレる気がするけどもう関係ない。彼女に何があったのか全て話してもらわないと。

 アリスの傍に立ち、髪をかき上げて顔色を見る。頬がほんのり赤くて血色は悪くなく、呼吸も多少荒い気がするもののまあまあ落ち着いている。

 ……思いのほか穏やかな様子に安堵していると、目線をアリスから俺に移した大奥様がビクリとして怯えたような表情を浮かべ後ろに下がった。


「あら? 貴方……昼間の人と違うのではなくて? 嫌だ、誰かと入れ替わったの?」


 もう慣れたとは言え、初めてこれを見る人に毎回説明するのは骨が折れる。大抵、意味分からんって言われるんだ。

 あのね、俺だってそう思ってるよ。


「違います、大奥様。入れ替わってません。警戒しなくても大丈夫です。俺、ちょっと変な体質で。朝と夜で色が少し変わるんですよ。それより彼女に何を飲ませたんですか?」


「ただのお酒よ。貴方の奥さん、ずいぶん弱いのね。それにしても朝と夜で色が変わるなんて奇妙なこと。カメレオンみたいね。……あら、そういえば、貴方のような人の話を最近聞いた気がするわ。どこで聞いたのかしら。ええと、確か息子が叙爵の儀式で見たって言っていたような」


 そこまで言って気付いてしまった大奥様は息を呑んで目を見開いた。

 声を上げそうになっていたので「しーっ」と人差し指を立てるジェスチャーで声を抑えてもらう。

 アリスがお酒で眠ってしまったのならこのまま寝かせてやりたい。きっと疲れているだろうから。

 大奥様は口元を手で押さえて頷き、小さな声で言った。


「……貴方、ステュアート公爵のところの。平民から史上最年少で異例の子爵位を賜ったっていう」


 それだけ聞くとなんか凄い人みたいだけど、俺と結婚するアリスのためと、あとラヴがステュアート家に嫁ぐから体裁を整える必要があって公爵がそうしてくれただけだ。


「な、なぜ貴方のような方が変装してまでこんな事を……。ああ、もしかして、貴方の奥様だというこのメイドは……公爵家の、お嬢様なんじゃ!?」


 自分で言った内容に腰を抜かしかけた大奥様を支えて椅子に座らせた。

 ずいぶん顔色が悪くなってしまった。

 ……それもそうだ。女子生徒のために身分を偽ってメイドとして働いていただけならまだ笑い話で済むけど、怪我をさせてしまったのだから。

 とはいえ、嘘をついて潜入したのは俺達だ。

 メイドの素行が悪いのはダメだけど、こちらから一方的に責めていいような話でもない。まずは非礼を詫びよう。そう思って、大奥様の前にひざまずき顔を見上げた。


「……色々ありまして。事情があったとはいえ、騙すような事をして申し訳ありません」


「事情ですか……。アンナに関わる事ですわよね。……あの子はどこまで知っていて、そして貴方達は何のメリットがあってこのような事をしたのですか? 良ければ、私にお聞かせ頂けませんこと?」


 訊かれて当然の事だと思った。ただ、それを理解してもらうためには先に学院であった事を話さないといけない。

 どこまで話すか迷ったけれど、アンナ様本人の身内の女性相手という事で彼女が俺に向かって口にした事をある程度マイルドにして伝えた。

 それでも大奥様にはじゅうぶんショックな内容だったようで。椅子から転げ落ちるようにして床に膝を突き、頭を下げてきた。


「本当に、申し訳ございませんでした……! うちの孫娘がお二人にとんだご迷惑を!」


「迷惑というか……」


 俺は困るだけだけど、確かにアリスは不快だっただろうなと思う。

 何せ目の前で婚約者が口説かれているのだ。俺だったら黙って見ているなんて絶対に出来ない。


「あの子にはよく言い聞かせておきます。婚約も、早く決めるようにいたします。婚約が決まればあの子もきっと落ち着くと思いますので……!」


 何も言えなくて、ただ大奥様を立たせて椅子に戻す事しか出来なかった。

 俺は貴族の女の子の生き方に何か言えるような人間じゃない。

 アリスにだけは思ったことを何でも言うけれど、それはいずれ家族になるからだ。

 アンナ様にはアンナ様の納得するような生き方を自分で選んでほしいと思う。ただ俺はその人生に深く関わる事は出来ない。

 アンナ様に自分で納得する生き方を選んでほしいという気持ちは、アリスだって同じはずだ。じゃなきゃわざわざメイドの振りをしてまで家庭に踏み込むなんて遠回りな事、する必要は無かった。


 恐縮しきりの大奥様に「俺達の事は皆さんには内緒にしておいて頂けませんか。アリス――いや、アリーシャ様には俺から貴女と話した内容を伝えておきますから」とお願いすると、一も二もなく頷いてくれた。

 危険があれば身分を明かすつもりではいたけど、何事もなく済むのならそれが一番だ。

 アリスは学院に潜入中という事もあるし、アンナ嬢にバレずに済むならそうしたい。


 話を終え、熟睡しているアリスを抱えて大奥様の部屋を辞した。

 その際、あの使用人部屋で構わないのですかと聞かれて頭の中が疑問符で埋まる。


「何がですか?」


「だって、今日はお帰りにはならないでしょう? ご希望であれば使用人部屋ではなく客室のご用意も出来ますが、いかがいたしましょう」


「ああ、そういう……」


 事情を探るためとは言え、アリスを酔わせて潰してしまった事に対する気遣いだろうか。

 連れて帰るので大丈夫ですと言いかけてふと気付いた。仮にこのまま、最初の予定通り町のほうの家に向かうとする。

 その場合、アリスをどこに寝かせれば良いんだ? 俺は絶対に二階には上がらないと決めている。それなら俺の部屋しかない。

 構わないけど、こんなシチュエーションで二人きりになるのは危ない気がする。だったら――公爵家に戻るか……?

 いやいや、メイドの格好して酔い潰れたアリスを抱えて帰るなんて恐ろしい真似、俺には出来そうにない。

 即、有り難く部屋を貸してもらう事に決めて、使用人部屋で大丈夫ですと伝えた。

 だって秘密にしてもらうんだから、客室なんて使えるはずがない。


「ありがとうございます。二部屋もお借りしてしまって申し訳ありません」


「えっ? 一部屋ですけれど。 ちゃんと夫婦部屋に案内させましたわよね?」


「えっ? 夫婦部屋?」


「はい」


 それは、まずい。


「他の使用人部屋は……」


「もうありません。住み込み用は全て埋まっております」


 なんて事だ。

 八方塞がりじゃないか。街の家か、公爵家か、この家の夫婦部屋か。

 アリスが起きない限りどれを選んでも地獄だ。焦って、肩のところをゆさゆさ揺すり「ねえアリス、起きて」と声を掛けるけれど、全く起きる気配がない。

 そんな俺の様子を見て大奥様はおかしそうに笑った。


「良いじゃありませんか。何ヶ月もお二人で暮らしておられたのですから、今さら同室で休むくらいどうという事でもないでしょう」


 それではお休みなさいませ、と言い残してパタンと扉を閉められた。

 迷った末に結局、使用人部屋に連れてきてしまった……。

 相変わらず全く起きる気配のないアリスをとりあえずベッドに横たえた。

 仕事着のままベッドで寝るなんて本来なら絶対に許さないけど、だからって意識のない女の子を勝手に着替えさせるなんて俺にはとても出来ない。

 かつらを外して靴を脱がすのが精一杯だ。少し癖の残った金髪を手でとかして布団を掛けてやり、俺は壁際に置かれた机に向かう。


 さて――勉強、しよ。

 湧き上がる良からぬ考えを頭の中から追い出して、教科書とノートを開きペンを手にした。

 集中出来なそうな気がしてたけど、予想に反して意外と勉強に入り込めた。というのも、アリスが物音を一つも立てないから。

 

 生きてる?


 時折生存確認を挟みつつ、勉強すること数時間。

 背後でもぞもぞ動く気配がして振り返った。


「あ、起きた」


 朝まで寝てて良かったのに。

 彼女は体を起こし、ボーッとしている。水を手渡すと今何時か尋ねられて、十一時過ぎだと答えるとずいぶん驚いていた。

 そりゃ驚くよね。起きたら知らない部屋だし、いつの間にか夜中になってるし。

 俺がその立場だったとしても同じように驚くよ。


 隣に座って、俺が迎えに行ってからの事を話した。その流れで今夜は同じ部屋、って最も気まずい話も伝える。するとアリスはこれを「大奥様の意趣返し」と言った。実は俺もそうなんじゃないかと思っていた。だって扉を閉める時、笑ってたもん。

 アリスは特に動じる事もなく頷いてシャワー室に行ってしまった。いつも思うけど何でアリスはあんなに俺に甘いんだろう。あの様子だと同じベッドに入っても良いとか言いそうだな……。

 入らないよ!? 入ったらどうなるかなんて、考えなくても分かるでしょ。

 幸いここは他人の家、最も自制が効く環境。一晩くらい勉強でもしていればやり過ごせる。

 今夜はオールナイト勉強だ。全教科、いけるところまで予習をする。そう、思っていたのに。


「課題、まだかかりそうですか?」


 シャワーから出てきたアリスはなんだかとてもいい匂いがする。


「んー……どうだろう。かかるような、かからないような」


 まだかかるよ、と言えていれば回避できたかも知れないのについユルユルの返事をしてしまった。

 案の定アリスからは鋭い突っ込みが入る。


「どういう事ですか……。あれ? そのページ、来週の授業ぶんじゃないですか。そんなに根を詰めて予習しなくても」


 後ろから机の上を覗き込まれた。

 もうホント、あまり追い詰めないで欲しい……。

 俺は君が近くにいると異様にポンコツ化するんだ。もう手遅れかもしれないけど、さりげなく教科書を腕で隠してあえて素っ気ない言葉で突き放す。


「いいから、アリスはもう寝な」


「貴方はまだ寝ないんですか?」


「あのね、この状況で寝られる訳ないでしょ」


 思わず振り返って本音をぶちまける。

 だけど何となくこの時点で既に負けた気がした。アリスはベッドの上に乗ったまま、その可愛い顔でキッと睨んでくる。


「じゃあずっと起きてるか机で寝るって事ですか? そんな事させられるはずがないじゃないですか。いいからこっちに来てください。別に何もしませんから」


 何を言っているんだろう。何かされるのは君だよ。それで本当にいいのか?

 ……いいって言ってたな。つい先日そんなやり取りがあったばかりだ。尚更そっちに行く訳にはいかない。


「やだ。行かない」


「じゃあ私もずっと起きてます。黙ってたら寝ちゃうので、一晩中話しかけて勉強の邪魔をしますよ。いいんですか?」


 こんな時のアリスは本当に強情だ。

 しばらく睨み合ったものの、結局負けたのは俺のほうだった。カモンベイビーになると決めた彼女に俺の勝ち目など初めから無かった。

 もうどうにでもなれとどこか投げやりな気持ちで彼女の横にごろんと転がる。


「あー……。俺、今夜死ぬかもしれない」


「なんでですか。ほら、ちゃんとお布団かけてください。灯り、消しますよ」


「うん」


 アリスが風の魔法でランプの火を消した。ふっと真っ暗になり、俺の新しい戦いが始まる。

 このまま石のように動かず朝を迎えられたら俺の勝ちだ。勝てる気がまるでしない。

 今だって指一本動かせば触れるところに彼女の手があるのが感覚で分かってしまう以上、せめて指先だけでも触れたいと思う。

 もう、この気持ちを抑えておけるほどアリスは他人ではなくなってしまった。

 指を少し動かして、彼女の手にちょんと触れる。

 彼女は一瞬硬直したものの、逃げずにじっと触られてくれていた。

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