46.オネエさんと女王、邂逅する
王都は王宮をゼロ地点として周囲を貴族街がぐるりと囲み、さらにその周囲に庶民が暮らす市街地が広がっている。
貴族街が一番街で、二番街以降は庶民の街。番号が小さいほど王宮に近く、自然と富裕層が多くなる。
全部で四十区画あって、ハヤトが暮らしていた十五番街はややゼロ寄りの中間地点。
貴族の出入りこそ滅多にないものの上流も下流も入り交じり雑多で活気がある、本当に良い街だ。
この自由な雰囲気が、とても好き。
結局クインビー達も一緒にカルロス姐さんのお店にまでついて来て、ハヤトは今回もバックヤードに閉じ込められ店内は女子のみだ。
どうやら姐さんは女子の買い物に男子を付き合わせない主義らしい。
ブリジット様とセシリア様がカルロス姐さんの力作を気に入ったと言うと、姐さんは上機嫌で棚から色々出してきた。
――前回より種類が増えている……。
さすがと言うべきか、おそらく初めて遭遇するだろうオネエさんにも三人は怯むことなく会話を楽しんでいた。
「あらぁ、そうなのぉー。ヒドイ男ね、その婚約者って奴は」
「そうでしょう? いくらなんでも言い過ぎですわ。もう婚約なんか解消してやろうと思ってますの」
オネエさんというのは不思議なもので、女心も男心もわかった上で笑い飛ばしてくれそうな気配があるものだからついつい何でも話してしまう。
エスメ様も例に漏れず今日の腹立ちエピソードを披露して、怒りながらも笑っていた。
「でもねぇ、アンタも悪いわよぉ。公衆の面前でビンタなんて、男の面目丸潰れじゃない。そりゃあ実際に思ってる以上の悪口も出るわよ」
「最初に公衆の面前で人を悪く言ったのは向こうのほうですわ。それに……きっとあれは本心です。そうでなければ浮気の説明がつきませんもの」
「バカね、浮気に理由なんかある訳ないじゃないの。ソイツに理性が足りないだけよ。あと、甘ちゃんよねぇ。たぶんだけど相手の女、アンタと正反対のタイプじゃない?」
「なんで分かるんですの!?」
「よくある話だからよ。いい? 男の中にはねぇ、素の自分を丸ごと受け止めてくれる女と、理想の男を演じる自分に憧れてくれる女、両方必要な奴がいるの。それって一人の女じゃ賄えないのよ。アンタ達のケースそのままよね。アンタ、甘えられてんのよ。ホントくっだらない男ねぇ」
「……ええ。本当に、下らない方ですわ……」
心なしかトーンダウンしたエスメ様はそれから少しボンヤリした様子で、商品を眺めていた。
ブリジット様とセシリア様はお揃いのベレー帽にタイ付きの付け襟、ビスチェにプリーツのミニスカートを色違いで選んでご満悦。
次のシャムで着るんだ、と言ってにこにこしている。
そういえば出禁の魔王は何してるのかしら。また男同士の官能小説を読まされているのかしら。
早いとこ用事を済ませて、アイスでも食べに連れて行かなければ。
「ところでですね、カルロス姐さん。私、こんどの休日に冒険者の友人が婚約パーティーを開いてくれるんですけど……どんな格好するのが良いんですか? 初めてなのでわからなくて」
「ああ、それね。アタシも行くわ。なんか参加希望者の数がエライ事になってるみたいでベティが悲鳴上げてたわよ。当然よねぇ。下町のスターが国一番のお姫様と婚約して貴族入りだなんてお伽噺みたいな話、興味ない奴なんていないもの。それで何だっけ。ああ、着るものよね。婚約パーティーなら普通はちょっと頑張ったワンピースとかだけど、今回は主役が主役だから客も張り切ってるの。きっと頑張ったワンピース程度じゃ客より地味になるわよ」
そう言ってハンガーに吊り下げられていた一着の白いドレスを持ってきた。
「良かったらこれ着る? アンタに似合いそうだわって思ってつい仕入れちゃったんだけど、後になって公爵家のご令嬢にドレスなんて売れる訳ないわねって気付いたのよね。でも質は悪くないの。貴族でも下の方なら着ててもおかしくない程度には。サイズもね、横幅になら調整出来るから体型に合わせて着れるわよ」
「じゃあそれください」
即決した。私が着るのを想定して仕入れてくれたのなら、その気持ちに応える以外の選択肢はない。
ぱっと見たところ普通のマーメイドラインのドレスで、膝から下もすっきりと広がり裾は引きずらない程度。
この形のドレスは着たことがないけど、サイズを合わせられるのならもうこれでいいと思う。
「あら、そんなにすぐ決めちゃっていいの?」
「はい。色々見て迷うと皆さんをお待たせしてしまうので。それに、これから制服デートするので時間がなくなっちゃっても勿体ないですし」
すると、カルロス姐さんは私達女子の着ているものに改めて視線をやった。
「ああそうだったわね、それが貴族の子達が通う学院の制服なのよね。こんな近くで見るのは初めてよ。……感慨深いわ、あのハヤトが学院の制服を着て学生やってるとか……。ちょっと前には想像もしてなかったわ。人の縁って不思議ね。こうして思いもよらないところに広がっていくんだから」
市井の四十絡みのオネエさんと私達令嬢組は、顔を見合わせてふふっと笑った。
それから、ブリジット様とセシリア様が双子コーデをお買い上げし、私も白いドレスを購入した。
すぐにハヤトを呼び戻すためにバックヤードを開けてもらうと、彼はやっぱりカルロス姐さんの蔵書を広げたまま頭を抱えていた。
「また読んだんですか。懲りないですね」
変なところで素直なのは相変わらずだ。
彼はやや血の気が失せた顔で本を閉じ、そっと本棚にしまう。
「だって他に読むもの無いんだもん。エグいところは斜め読みすればまぁ大丈夫だったよ」
「あんまり大丈夫そうには見えませんが」
「そう? 王宮騎士ものとか結構リアルで面白かったよ。……あ、リアルってそういうリアルさじゃなくて」
「詳しく語らなくて良いです。お待たせしちゃってごめんなさい。もう終わったので行きますよ」
「え、買っちゃったの? 俺が払うのに」
「いいんです。日が暮れる前にデートしましょう?」
私達は連れ立ってカルロス姐さんのお店を後にした。
クインビー達は姐さんと気が合ったらしく、
「絶対また来ます」
「いつでもいらっしゃいな」
と固く再会の約束をしていた。
その後エスメ様は何かを決意したかのように表情を引き締め、
「私、今日のところはこれで失礼いたします。お二人のパーティー、私どももぜひお邪魔させて下さい。すぐ帰りますから席やお食事などの気遣いは無用です、とベティさんにお伝え下さい。では、また明日」
そう言って待機していたハーディ侯爵家の馬車にブリジット様とセシリア様を連れて乗り込み、貴族街に向かって去って行った。
「エスメ様、大丈夫かしら……」
「うーん……。自分をしっかり持っている人みたいだから、悪い方には行かないと思うけど。どうするんだろうね」
気にはなるけど、他家の縁談に口を出せる立場にはない。ので、とりあえず意識を制服デートに切り替える。
「……では、噴水広場のアイス屋さんに行きましょうか。 私、今回もチョコレートがいいです」
「俺ミルクー。ねえ、半分こしようよ」
「いいですよ」
「あとね、手元が狂ってうっかりほっぺにアイスつけて欲しい。それを俺が“仕方ないなぁ”って言いながらペロッて」
「しませんよ? どうしちゃったんですか、さっきの小説に影響されすぎじゃないです?」
「だって……頭に焼き付いて……何かで上書きしないと夢に出そうで」
斜め読みの割にちゃんと頭に入ってるのね。
あの速読力ならそうなるか……。
どんな本か分かってるんだから、読まなきゃいいのに。
ああ、でもこの"何でも吸収する素直さ"が『カメレオン』な体質と繋がっているのかしら。
そう思いながら、家に帰ってからならその寸劇をやってあげても良いかもしれないと密かに考えて彼の腕に寄り添った。
――――
この回の“オネエさんにバックヤードに閉じ込められるハヤト”が密かに姐さんと交わしていた会話や、“頬にうっかりクリームをつけてしまい『仕方ないなぁ』と言いながらペロッてする遊び”を実際にしている二人が、書籍版三巻に収録されております……。
ハヤト視点です。よかったら是非(宣伝)
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