44.彼女のことを頭に思い浮かべるとIQが3くらいになる婚約者
自分の首飾りに結界を重ねがけしてみるけど、こんなの意味なさそうだなぁと思う。
カーテンの隙間からチラッと教室の時計を見てみたけど、半分蒸発してしまっていて時間がまるで分からない。
始まってから何分経ったんだろう。
一階からはまだ怒号と戦闘音が響いてきている。
みんな頑張ってる。……まだ、負ける訳にはいかない。
思い切って腕の中で身を捩って振り返り、ぎゅうっと抱き付いてみた。
これでハヤトが無茶してこない限り、首飾りに触れる事は不可能になったはず。
案の定ハヤトは手の行き場を無くしたように動きを止めた。
「アリス……それはちょっとズルいよ」
「何とでも言ってください。私はなりふり構っていられないんです」
このままの状態をしばらくキープできれば、ベターな勝利には届くかもしれない。
目の前にはAチームの首飾りがぶら下がっているけど、当然彼の結界で強固に守られていてちょっとやそっとじゃ壊せなさそうだ。
そのままじっとしているとハヤトの指先がうなじに触れ、首飾りの鎖を摘み上げようとしてきた。
させるか! と抱き付く力を強くすると、彼は私の腕の中から逃げ出そうと体を後ろに引き始める。
「だめ。逃がしませんよ」
ここで体を離したらもう負ける予感しかしない。
必死にしがみつきながら、同時に目の前にあるハヤトの首飾りにこっそり唇で触れ直接魔力をぶつけていく。
どれほど強い結界でも、石にやすりをかけるがごとく少しずつ削っていけばもしかしたらもしかするかもしれないと思ったのだ。
上目でチラッと様子を伺うと、彼は髪や瞳の色など既に元の色に戻っていたけれど逆に顔は赤くなっていて、それを隠すように両手で顔を覆った。
「いやいや、アリス……ほんと勘弁して……」
「嫌です。離したら私の首飾りなんて簡単に壊せちゃうでしょう? このまま数分ほど付き合ってもらいますからね」
「数分……。長いよ」
そう言いつつ無理やり引き剥がしたりしないところがハヤトの甘いところだよね。
つけこんでおいて何だけど、そんなところも大好きだよ。
彼は諦めたように脱力して、頭に手を置きポンポンと撫でてくる。
Bチームのベターな勝利を確信した瞬間だった。
あわよくばベストな勝利を、と思ったけど、そうは問屋が下ろさなくて。
「……あれっ? 首飾りの結界が薄くなってる! アリス、いつの間に」
「あら、バレました? こっそり削っていたのですけど」
「もー! 油断も隙もないんだから」
新たに結界を重ねがけしてくるハヤト。
「隙が無さそうで有るのが貴方の良いところだと思っているんですけどね」
「なんか嫌だな。隙があるとか……自分では結構気を付けてるつもりなんだけど」
「隙が無かったらこのバトルで私にしがみつかれたりしませんものね。どうしてかわさなかったんですか?」
「そんなの、アリスだからに決まってるじゃん……。そっか、これがハニートラップってやつか。引っ掛かる奴なんて本当にいるの? って思ってたけど、これは……分かってても引っ掛かるね」
まるで振り込め詐欺に遭った人みたいな言い訳をして苦笑いを浮かべ、私の前髪をかきあげて額にキスをしてくる。
そして呟いた。
「結婚したら、今までの分全部やり返すからね。覚えといて」
……怖!
いや、確かに体を張って勝利をもぎ取るこのやり方は卑怯だと思う。
今しか使えない方法なのも分かってる。
それでも私は思うのだ。束の間の有利さを楽しむくらい、いいじゃない?
どうせ貴方には敵わないのだから。
「……嫌です。私、何かしましたっけ。もう忘れちゃいました」
「色々あったじゃん……。今だって。これさぁ、もう触ってるのと変わんないよ!? 俺どんだけ無害扱いなの!?」
「だって無害じゃないですか。そうじゃなきゃこんな事しませんよ」
「完全に舐められている……」
「そんな事ないですよ」
ただ好きなだけ。触れる事が有害だなんて思わないだけだよ。
「エリー先生ー! ミッション完了ですー! もういいですよー!!」
階下からBチームの男子の声が響いてきて、ぱっと体を離した。
すかさずハヤトは私の首飾りに人差し指を当て、魔力をぶつけてくる。私の渾身の結界はあっさり破られ、Bチームの赤いハートは粉々に砕け散った。
「あーあ……Bチームの負けですね」
「そうでもないでしょ。引き分けかな。……俺も反省しなきゃね」
複数の足音が階段を上がってきて、Bチームのみんなはこの教室の惨状を前に
「なにこれ!?」
と叫んだ。
「え、エリー先生……大丈夫なんですか? 生きてます?」
廊下からエスメラルダ様が声をかけてくる。
「生きてますよ。ごめんなさい、負けちゃいました。たった今」
「いやいや、むしろよく持ち堪えて下さいました……。何ですか、この破壊跡は。瓦礫も燃えかすもないのにポッカリ穴が空いちゃってますけど。いったい何があったんです?」
「蒸発したみたいです」
「蒸発?」
「はい。火の色が青かったんです」
「……そんな化け物みたいなの相手にしてたんですか。それは勝てる訳ないですわね」
化け物て。
ハヤトは肩をすくめて言った。
「“毎回校舎は壊れてるから手加減しなくても大丈夫”と言われまして」
「確かに毎回壊れますけど、それは窓が割れるとか扉が外れるとかそういうレベルの話ですわよ? 誰がこんな……跡形もなく蒸発させると思いますか。……やっぱりハヤト君が残っていたらこっちが全滅でしたわね。エリー先生に任せて正解でした」
――ところで、ハニートラップ、やっちゃいました? と小声で聞かれて、うーんと首を傾げた。
そうかもしれないけど、ちょっと違う気もする。
少なくともスコートは脱いでないし。
「……押さえ付けてただけです」
「それはそれで面白そうな話ですわね。あとで聞かせて下さい」
「え、そんな話聞きたいですか?」
「はい、とっても」
別に面白い話ではないんだけどな。
そう思いながら負傷者の回復のため一階に向かった。
ちなみにブレイズ先生はアーサー君がKOしたそうだ。廊下でぐっすり眠っていたので、回復は最後にしてゆっくり寝かせてあげた。
回復したAチームはルール上では自分達の勝ちと知ってホッとした表情を浮かべ、Bチームは納得のいく結果だったと概ね満足していた。
それから理事長に旧校舎の損傷度を報告しに行き、さっと顔色を変えて現場に駆け付けた理事長は「これで一撃って……魔王かよ……」と呟いた。
それからしばらく絶句したのち、ひと言
「ハヤト。お前、次回からシャム出禁」
と告げた。前代未聞の処置に一瞬ざわめいたものの、すぐに、まあそうだよね、その方が平和だ、という雰囲気になり、その時その瞬間から、誰が言い出したかは不明ながらハヤトの学院での二つ名が“出禁の魔王”になった。
「なんで俺、変な二つ名ばっかり付けられちゃうんだろうな!?」
お昼休み、お疲れ様会も兼ねて気の合うメンバーで昼食を摂っていたら、そんな発言がハヤトから飛び出した。
これはモーリス君が「出禁の魔王はさ、学院では俺達に敬語なんて使わなくていいよ」と話しかけたせいなんだけど。
皆が笑いを堪えていたら出てきた発言。この二つ名で呼ばれるのを本人は嫌がっているようだ。当然か。
「何だよ、出禁て……。魔王はともかく」
「魔王はいいのかよ」
「うん。だってちょっとカッコいいじゃん」
「ガキか。いや分かるけど。俺も魔王って呼ばれてみたい」
「あげるよ。俺はカメレオンでじゅうぶん」
「そのカメレオンて、どんな感じですの? 噂には聞いてますけど、いまいちイメージが掴めなくて」
エスメラルダ様も同席。ブリジット様とセシリア様も。
「ちょっと色が変わるだけ。変なのって自分でも思ってる」
「えー、見てみたいです。きっと素敵なんだろうなぁ」
「そんな良いもんじゃないよ。女の子が髪型とか服を変えたりするほうがよっぽど良いって」
「お前……そういうとこだぞ。アンナ嬢に気に入られちゃってるの」
「は?」
黙々と食事をするモーリス君をしばらく眺め、それからチラッと私に視線を向けてきた。
――その話は、後で。
アイコンタクトにそんな意思を込めて見つめ返す。
通じたのか定かではないけど彼は急に大人しくなって姿勢を正し、食事に戻った。
その様子を見ていたクインビー達は肩を震わせ、笑いを堪えている。
「ところでハヤト君は、婚約者様がいらっしゃいましたわよね。 どんなところがお好きなんです?」
「あ、聞いてみたーい!」
「私も!」
やめて! なんか、なんかやだ!
そう言いたかったけど、エリー先生がそんな事を言うのはおかしいので、口を出せずにただ固まってしまう。
「んーと……そうだなぁ。一目惚れだったから、どんなところって聞かれると……全部かな」
かぁーっと顔が熱くなっていく。
そうなの? 一目惚れなの? 知らなかった。
「またその話……。胸焼けがするからもうそのへんにして下さい」
今日Aチームだったナイツ君がうんざり顔で言う。彼はフォーナウル男爵家の次男。
生まれついての貴族でありながら、自分はハヤトより身分が低いと言って頑なに敬語を崩さずにいる。
「いいじゃないですかー。私達まだ聞いてないんですもの。一目惚れですって! きゃーむず痒ーい! え、それって見た目が好きって事ですか?」
「最初はそうだったけど、すぐ中身も好きになったよ。じゃないと結婚までは考えられないでしょ?」
「あーそっか。ハヤト君はそういう考え方で……。いいなあ、そういうの。私も好きな人と結婚したい」
「本当ですわね。羨ましいですわ」
ああ、エスメラルダ様……。表情が切ないよ。もうこの話、やめさせよう。
「そ、そういえばモーリス君。体調はどうですか? めまいなどはありませんか?」
「大丈夫です。……いや、お恥ずかしいところをお見せしました。まさか女性に飛び膝蹴りされて気絶するなど予想もつかず。……エリー先生は良い師匠に鍛えてもらったとおっしゃいましたね? かなり腕の立つ方とお見受けします。……あの、無茶を承知でお願いしたいのですが、私にその方を紹介して頂けませんか? 私も是非その方にご指導願いたいのです」
ごほっ、とハヤトがお茶でむせた。私に(何してんの?)と目で訴えてくる。
「あー……。たぶん、忙しいと思いますので……ちょっと難しいかと……」
「む……。では、名前だけでも教えて下さい。エリー先生の、小柄な身体を不利とも思わせない身のこなし。戦いながら剣に結界を纏わせつつ、瞬時に身体強化に切り替える魔法の技術。……惚れました。本当はエリー先生に教わりたいくらいなのですが、ご夫人ですからさすがに問題があるかと思い、ぜひ先生のお師匠様を」
するとハヤトが横から口を挟んできた。
「モーリス君……それはダメだよ。エリー先生の師匠はね、あんまり人に教えるのは向いてないんだ」
「何で出禁がそんな事知ってんだよ」
「省略するならせめて魔王のほうにして。何で知ってるのかは省くけど、とにかく色んなものをよく観察して、考えた事を実際にやってみたらいいんじゃない、としか言えない人なんだよ」
確かに。
私がハヤトとやった事なんて、とにかく打ち合う事だけだった。具体的なアドバイスなんてほとんど無かった気がする。
「そんな適当なアドバイスで師匠を名乗る訳ないだろ。……ああ、そうか。実践派か。それなら納得できるな。口下手なのに弟子の修行にそこまで付き合うなど、並大抵の情熱ではない……。やはり一度、手合わせだけでもお願いしたいものだ」
それきり黙ってしまったハヤトを前に、クインビー達はまたしても一生懸命笑いを堪えているようだった。
話題は移り、自分ならどんな二つ名がいいか等で盛り上がっていたら、しばらくして魔王はボソッと
「ねえ、先生。俺、口下手……?」
とたずねてきた。
あ、そこ気にしてたんだ……。
「さあ……。そう感じた事はありませんね」
「本当?」
「はい」
私にはハヤトに関しては全肯定思考しか存在していないから、実際にどうなのかは分からないけどね。
でも本当に口下手なんて思った事はないよ。多分。
……ねぇ、それって気が合うって事なのかな。やだ、照れる。
「ふふ、うふふ……」
「え、エリー先生……どうしたんですか? 良い二つ名でも思い付きましたか?」
「あら、モーリス君。違いますわよ。先生は今きっとご主人の事を考えているのです。そんな先生には、私エスメラルダから“愛のヘビー級チャンピオン”の二つ名をご提案しますわ」
「長いです」
誰も呼ばないよ、そんな長いの。
……ていうか、ヘビー級って。
「私そこまで太ってないですよ!? 多分!」
「分かってますわよ。愛がチャンピオン並に重いという意味です」
愛が重い――自分でもそう思っていたけど、改めて第三者から言われると……ちょっとショック。
……そうなの? 重いの?
「あの……ハヤト君……。私、重そうですか?」
「いや? そう思った事はないよ」
「本当に?」
「うん」
それならいっか。
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