43.公式鬼ごっこ開始
教師がキング役をする事を相手チームに説明しなければならず、その役も全面的に私に一任される形となった。
「キングは他の生徒がいいんじゃないか? 事前に説明しちゃったらダミーの陽動作戦が使えなくなるだろ」
というごもっともな意見も出たけれど、エスメラルダ様は引かなかった。
「これは私なりに考えての意見です。ダミー作戦も面白そうですけど、またの機会にしませんこと? 私、エリー先生ならハヤト君を足止め出来ると思っておりますの。そのエリー先生をキングに出来る言い訳が立つ機会など、おそらく今回限りですわ。だから……ねえ? エリー先生。ハヤト君を足止め、出来ますよね?」
出来ますよね、に物凄い圧を感じる。
そっとマントに手をかけてきて、ファサッと前を閉じられた。ああ……これ、"やれ"って言ってるんだ……。ハニトラを。
「改めて確認しますけど、私達の目標は“ハヤト君以外全員倒す”ですよね? 彼以外のAチームのメンバーは大して強くない人達ばかりですから、モーリス君一人欠けた私達でもじゅうぶん戦えます。エリー先生がキングだと事前に公表しておけば、あちらの戦力は勝手にエリー先生のところに集まろうとするでしょう? なので、私達はエリー先生の居場所を知らせるために、一か所に固まります。確実に雑魚がホイホイ釣れますから、私達が雑魚を相手している間にエリー先生にはハヤト君を引き付けて逃げ、私達から離れてもらいます。上手くいけば数分で片が付くかと。……足止めというより、さっきの陽動作戦を本物のキング同士でやるという話になりますわね」
「まあ、確かに短期決戦に持ち込まないと厳しいからな……。キングを倒さない前提なら、そのほうが俺達はやりやすくなるけど」
「そんなに上手くいくかな。ハヤトだけがエリー先生を追い掛けるとか」
「大丈夫でしょう。雑魚は私達が相手していれば自然とそうなりますから」
なんだか納得させられてしまったBチームの面々はそれぞれ頷きだす。
だけど肝心なのは、私は一体どのくらい逃げ続ければいいのか――、普通にやれば絶対に秒で捕まる。逃げ方を工夫してもそんなに持たないと思う。
ちなみにハニトラは鉄の心を持つハヤトに効くとは思えないのでやっぱり却下。
「あの……仮に私が本当にハヤト……君を釣るのに成功したとして、皆さんがAチームの人達を倒すのにどのくらい時間が必要そうですか? きっと、そんなに長くは持ちませんよ」
「あら、そうですか? ……では、五分間、頑張って下さいませ。五分あればAチームの雑魚は全員倒せるはずです。そうですよね? 皆さん」
うーっす、と体育会系な返事が返ってきた。
「では、お願いしますわよ。エリー先生。ベターはキング以外全員撃破、ベストはハヤト君の首飾りの破壊。いずれにしろ五分です。頑張って下さいませ」
五分……。
ハヤト師匠から逃げるには長い気がする。
少しでも時間を稼げるよう、逃走ルートをよく考えなければ。
その後、目を覚ましたモーリス君に謝って事情を説明してから、改めて新作戦を煮詰めた。
五分で片を付けるために、今回はバフや回復は捨てて女子も全員攻撃魔法で加わる事になった。
本当にスピード勝負だ。
こうなったら何が何でも五分持たせなければならない。
旧校舎内を歩き回り、どう逃げるかを考える。
旧校舎は広大な三階建てで、中庭を囲むように□の形をしている。□の四辺を三等分する場所にそれぞれ二つずつ階段があり、角から階段までの距離は、今の私なら全力で走って五秒前後といったところ。
考えた末、一階の階段付近で早々にAチームに姿を見せつつ攻撃を引き付ける事にした。
なんたって私はハヤトがBチームの皆に何かする前に彼を誘い出さなければならないのだ。
お互いに姿を認識したら私は即階段を駆け上がって、床を凍らせたりしつつそのまま全力で三階まで逃げて近くの教室に隠れる。
五分持たない気もするけど、これ以上の事はきっと出来ない。
教室には残されたままの机や椅子があるから、もし見つかっても机を盾にしたり椅子を投げたりすれば少しは時間稼ぎになるだろうか……。
昨日は鬼ごっこの鬼だったのに、今日は逃げるほうになるなんて……。
私は講師になってまで何をやっているんだろう。
最初はハヤトを監視するのが目的だったはずだよね。
ああ、そうか。
これが迷走というやつか……。
そうこうしているうちに二限目終了の鐘が鳴り、全員で一旦旧校舎前に集まる。
「楽しみですわね、エリー先生」
エスメラルダ様が悪い笑顔で話しかけてきた。
引きつった笑みで曖昧に返し、Aチームの合流を待つ。
やがて着替えを済ませたAチームのメンバーがぱらぱらと集まりだし、私の目はその中からいち早く愛しのハヤト君を発見していた。
やっぱり彼はオーラが違う。遠くからでも群衆の中からでもキラキラして見える。彼の周りだけ爽やかな風が吹いているかのようだ。
何だろう? 光が透けるような綺麗な薄茶色の髪のせいなのかな? それとも奇跡のようなスタイルの良さのせい?
彼はこの数か月の間だけでもいくらか身長が伸びているようで、イケメンにますます拍車がかかっている。
今着ている男子の演習服は軍服に近いような形で、全体的に黒くてとてもかっこいい。いや、かっこよさに今初めて気が付いた。
あんなに良いものを去年まで何とも思っていなかったのだから、やっぱりハヤトの力は偉大だ。
「はあ……やっぱり素敵」
うっかり心の声が漏れたのかと思ったら、Bチームの女子の声だった。
誰の事かな? 深く追及はしないけど、私もそう思うよ……。
彼は横にいる生徒と何か話して笑った。横にいるのは――アンナ様だ。
浮かれた心がサッと冷えていく。よく見るとアンナ様の横にはユリウス様(エスメラルダ様の婚約者)もいて。
AチームもAチームで中々に複雑な人間模様が繰り広げられているようだ。
「アリーシャ様……あれ、どうなさいます?」
エスメラルダ様が小声で耳打ちしてきた。
どうも何も、全員いっぺん鞭打ちの刑に処したい気持ちだよ。しないけど。
「私、シャム中にあの二人を氷漬けにしちゃおうかしら」
「過激ですね。呼吸は出来るようにしておいて下さいよ」
完全に悪役思考の私達だったけど、ふとハヤトと目が合い、ニコーッと笑顔を浮かべて小さく手を振られた瞬間、何かに胸を撃ち抜かれたような感覚で二人揃って後退りした。
「あ、アリーシャ様……!今何か凄い破壊力を感じたんですけど! これは何ですの!? いったい私、何を破壊されましたの?」
「落ち着いて下さい。それはきっと邪悪な心です。邪悪とはいえ自分の一部ですから、消失すればそれなりに何かの衝撃が」
もはや自分でも何を言っているのか分からなかった。
だけど私達は今確実に綺麗なジャイアンみたいな顔をしていると思う。
ええ。そうよね。クラスメイトと仲良く会話しただけで鞭打ちとか、そんな非人道的な事しちゃいけないわよね。
「……そうですわね。不思議と優しい気持ちになります。仕方ないですから、氷漬けは足元だけにして差し上げましょう」
浄化された心で会話をしている内に全員が揃い、ブレイズ先生も登場したところでBチームの事情(エリーの失態)を説明した。
私がキングをやる事について特に異論はなかったものの、失態を再現させられている最中からハヤトの目つきが少し鋭くなったような気がして、少し背筋に寒気が走る。
「……それでは、両チームにキングの首飾りをお渡しする。中に入って準備が出来てから装着するように。勝負がついたら直ちに戦闘を止め、私に結果を報告しに来ること」
赤いハート型のクリスタルガラスがトップについた首飾りをそれぞれのチームが受け取り、旧校舎の中に入る。
それぞれ作戦で決めた位置につき、鐘が鳴ったらスタートだ。
私達Bチームは先ほど決めた一階の階段付近に集まり、キング(私)は首飾りをかけ魔力を通す。煌々と赤く光るハートの石が、不思議と戦意を高揚させた。
Aチームのメンバーが左右の角の向こうに潜んでいる気配がする。挟み撃ちしてくるつもりらしい。
向こうがどんな作戦を立てていようと、私達はここで迎え撃つだけ。
ハヤトさえAチームから引き離せれば、ベターな勝利はこちらのものだ。
「皆さん、頑張りましょうね」
「はい!」
何となくチームの心がひとつになった気がした。
保健室行きになったモーリス君には本当に悪い事をしてしまった……。
あとで改めて謝罪しよう。
鐘が鳴った。いよいよシャムバトル開始だ。
私は再び全員に結界を張り、それから身体強化、魔力増強のバフをかけた。バフは身体に負担がかかるから短時間しか持たせられないけど、今回は支援役の女子達も攻撃に加わる事だし。
短時間で勝負を決めるなら、今、私がかけても構わないだろう。
「先生、本当に凄いですね……。魔法が早い上に三種類をまた全員分とか……魔力底無しですか」
「底はありますけど、まだ切れた経験は無いですね」
「マジですか」
すると左右の角の向こうから同時に赤橙色のファイアボールが飛んできた。
木剣を構えた攻撃部隊も姿を現し、こちらに向かって駆けてくる。
エスメラルダ様は余裕の表情で氷の壁を作り出し、ファイアボールを防いでくれた。
「エリー先生のバフは素晴らしいですわ。今なら一人でも全滅させられる気がします」
「さすがです。頼りになりますね」
「ふふ、任せて下さい」
角に赤い光がちらっと見えた。
キングの光だ。
一気に緊張感が増し、私は階段の一段目に足をかける。
いや、まだだ。あの光が本当にハヤトか確かめなければならない。
遠くの角を凝視していると、アンナ様に腕を引っ張られたハヤトが角からひょこっと出てくるのが見えた。
何やっとるん!?
また邪悪な心が湧き上がり睨み付けたら、向こうもこちらを認識した。
彼は私を見付けた瞬間一気に狩る時の目付きになり、私は内心おののきながらも“釣れた!”と確信し、全力で階段を駆け上がる。
二階を通過する時点で「うわっ早っ」と声がして背後から階段を駆け上がる足音がした。もう追い付かれているようだ。
ちょ、怖いよ!
咄嗟に背後の階段の段差を氷で埋め、滑り台みたいにしてなんとか三階まで駆け上がる。一番近くの教室に逃げ込んで、内側から扉ごと凍らせて開かないようにした。
それでも不安なので、教室の半分くらいを氷壁で埋めつつ窓際のカーテンの影に隠れる。
ドッドッと心臓が破裂しそうなくらい緊張していた。
息を殺し、気配を探る。
ほどなくして廊下から扉をガチャガチャする音が聞こえてきた。
こ、怖っ!
追われるってこんなに怖いものなの!?
戦闘音で騒がしい一階とは真逆で、静かな三階には扉の音がホラー映画さながらに響く。
氷漬けの教室の隅っこでガタガタと震えて縮こまっていると、冷凍庫並みに寒い教室が青い光に包まれて一瞬で灼熱地獄となった。
びっくりしてカーテンから少し顔を出し覗いて見ると――、なんという事でしょう。
教室が氷壁ごと半分切り取られたように消失して煙を上げています。
机や椅子どころか床、天井までもがごっそり消えていて、頭上には青空が、床に開いた穴からは二階の教室が見えます。
無事な場所と消失した場所の境目では青い炎がちろちろと燃えていましたが、すぐに白から赤い炎になりフッと消えました。
静かでクラシカルな雰囲気から一変、戦後の廃墟のような風貌へと劇的なビフォーアフターを遂げた教室の様子に、ただただ呆然とする他にありませんでした。
青い色の炎魔法なんて十五年生きて来て初めて見たわ! その色温度何℃なのよ⁉ 本当に怖いって!
上は天井どころか校舎の屋根まで消し飛んでいて、綺麗な青空と白い雲がどこまでも広がっている。
空気はまだ溶けそうなほどに熱くて、青い炎の威力を嫌でも感じさせてきた。
……私、ここで死ぬのかな。
いや、死ぬ前に一矢報いなければ。 Bチームの皆に申し訳が立たない!
なんとか心を奮い立たせ気配を窺うも、どこにもハヤトの姿はない。
息を殺すと心拍数と緊張感が高まっていく。
どこから現れるのか。
どこから魔法が飛んでくるのか。
右か、左か、上か下か––。
教室から廊下に向けて最大限に神経を尖らせていた私は、背後で赤い光がちらっと輝くのに反応が遅れてしまった。
だってここ三階!
ベランダもないのに、まさか窓の外にいると思わないもの!
バン! と勢い良く窓が開いた時にはもう遅く、左右から両手が伸びてきてがっしりと捕獲されてしまった。
「ぎゃー! ご、ごめんなさーい!」
たまらず大きな声で叫んでしまった。
だって本当にびっくりしたし、怖かったんだもの……!
「何で謝ってるの? ……ああ、もしかしてコレの事?」
自分の出した魔力の属性に染まってしまったのか、髪がピンクになってしまっているハヤトはするりと教室に入り込んできて前に回り、先ほどエスメラルダ様が閉じておいたマントを掴むとためらいなくバッと広げてきた。
「ちょっと! 何するんですか!」
ハニトラをするまでもなくさらけ出されたそこは、スコートがあるから恥ずかしくないもんと思いつつもやっぱり少し後ろめたさがある。
「何でこんなの着てきたの? ねえ。俺といる時には着てなかったのに。Bの皆は見たんだよね? ホント何やってんの?」
校舎を一瞬で蒸発させた炎と同じ、青い色に変色した瞳で厳しめに詰め寄ってくる。
どうやらキングはお怒りのようだ。ピシッピシッとデコピンを繰り返してきて、何気に痛い。
額を両手でガードして後ろを向くと、ぎゅっとハグしてきた。
「お、怒ってるんですか?」
「怒ってるっていうか……嫉妬? Bチームはアリスと一緒でいいなーって思ってたところにコレだから」
「嫉妬って……それを言ったら私だってそうですよ! 何でアンナ様がいつも隣にいるんですか?」
「知らないよ。気付いたらいるんだもん。……でも、嫉妬してたんだ? もしかして、それでこんな格好しようと思ったの?」
「そうですよ! 笑っちゃいますよね、勝手に暴走した挙げ句こんな事でしか気の引き方を思い付けないなんて」
「……んーん、そんな事ないよ。可愛い」
ちゅ、と耳元に後ろからキスしてきた。
唇へのキスは頑なにしてこないくせに、それってアリなの……。
さりげなく胸元の首飾りに手を伸ばしてきたから、手の甲をぎゅっとつねって止めると耳に軽く歯を立てて反抗してきた。
だから、どうしてそれはアリなのか説明してほしい。
以前、魔力の色に染まっても性格に変化は無いって言ってたけど、あれちょっと嘘だよね。
自分では気付いてなくても、ぜったい微妙に影響されてると思うよ……。
やる事が大胆になってるもの。
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