42.私なんかやっちゃいました?

「え?」


「アリーシャ様、ですって……?」


 ブリジット様とセシリア様が顔を覗き込んでくる。

 ふいと横を向いたけど、こんな動作をした時点で自白したも同然だ。


「……あら、本当ですね! 今日ずっと誰かに似てるなあーって思ってたんですけど、アリーシャ様でしたか!」


「こんなところで何してるんですか? ってか、エリー先生って(笑)……もしかして、ハヤト君が心配でスパイ活動を?」


 ズバズバ心を射抜いてくるクインビー達に降参だ。

 開き直りからの逆ギレをして見せた。


「もう! バレちゃったら仕方ないですね! そうですよ、アリーシャです! 婚約者が心配でストーカーしに来てるんです!」


「あらあら、可愛らしいですね(笑)……でもそうですよね。去年の出来事を思うと、放っておくなどとてもとても……。私でもそうするかもしれません。あの婚約者様、あれだけ素敵な方ですから、心配して当然ですわよね。私も仮に自分に婚約者がいなかったらアタックしていたと思いますわ。あれほどのお方なら元平民など解決済みの問題であってもはや気にもならない、些細な事ですもの」


 エスメラルダ様の放った爆弾が心に炸裂する。

 もうやめて! ライフはとっくにゼロなの!


「だめです! あげませんよ!」


「まあおほほ。あいにく私、他人様のものを盗むほど飢えておりませんの。私の婚約者がちゃんと大事にしてくれておりますので」


「のろけました? 今のろけましたね?」


「ふふふっ、いいじゃありませんか。あぁ、とても良いモノを見せて頂きました。久しぶりに心の底から笑いたい気分ですわ。アリーシャ様の弱味も握れましたし……。それに、良い作戦も思い付きました」


 エスメラルダ様は意地悪な笑みを浮かべて言った。


「良い作戦?」


「ええ。ハニートラップです」


 ハニートラップって言った。

 ハニトラって言ったね、エスメラルダ様。


「それ、どんな事をするんですか?」


「そうですわね。……ごめんあそばせ、ちょっと失礼しますわよ」


 ぴらっと私のスコートを捲り上げるエスメラルダ様。

 何!?


「ちょっと! 何するんですか!」


「いえ、元々スコートは無かったとおっしゃっていたので、中はどんな感じかと思いまして」


「普通に口で聞いて下さい!」


「下着でないなら良いではありませんか。どうせ戦えば見えるのですから」


「そうですけど」


 パンツじゃないから恥ずかしくないもん理論出た。

 まあ、そうじゃなければスコートというもの自体が存在しないのだから、正しいと言えば正しいんだけど。


「それで? 作戦の話はどうなったんですか?」


「はい。まずはアリーシャ様は、そのスコートを脱ぎます」


「いきなり最終手段みたいなやり口に出ますね」


「まあまあ聞いて下さいませ。そうしたら次にそのマントで身体をしっかり隠します」


「はあ」


 一見飾りのようなマントだけど、実は寒さのきつい場所や夜営に対応できるようにしっかり身体を包めるようになっている。他にも燃えにくい素材だったりと、動きやすい事も含めてちゃんと実用的なのだ。


「それで?」


「攻撃部隊に加わったアリーシャ様……いえ、エリー先生がハヤト君と対峙しますね。ああ、一応聞いておきますけど、あの方はエリー先生がアリーシャ様だという事はご存じなのですよね?」


「はい。一秒でバレました」


「ふふふっ……。そんな面白い事があったなんて気付きませんでしたわ。見たかったのに残念です。……そうそう、話を戻しますと、それならばきっとあの方は男子は倒せても、エリー先生には手出しが出来ないと思うんですね。少なくとも、躊躇くらいはするはずです」


「……どうでしょうか」


「きっとします。で、躊躇している間に、エリー先生は降参する振りをして婚約者様に近付いていって下さい」


 なるほど……油断した隙を見て首飾りを奪い取る、かな。

 そんな子供騙しみたいな手が通じるとは思えないけど……。


「いいですか、アリーシャ様。ここからが正念場です。彼に近付いたら、目の前で、こう、マントをバッと広げて脅かした隙に首飾りを」


「変態か! 却下!」


 そんな痴女みたいな真似できるか!

 クインビー達は声を上げて笑い、私と腕を組んだ。


「冗談ですよぉ! そうしたらちょっと面白いだろうなって思っただけです。……あ、休み時間終わっちゃいますよ。旧校舎に行きましょう?」


 四人で腕を組み、並んで歩き始める。

 なんかめっちゃ仲良しみたいじゃん。


 旧校舎に向かう間、クインビー達はやたら完成度の高いエリー先生のモノマネをしてきゃっきゃっと笑い続けた。

 こうしていると普通の女子中学生みたいだ。

 ……そうだよね。いくら貴族子女と言えど、箸が転がっても面白いとされるお年頃。

 ある意味これが健全な姿なのかも知れない。


「それにしても残念です。エリー先生なら私達の勝利のためにハニートラップくらいやってくれると思ったのですけど」


「限度があります!……あのね、貴女達は私を何だと思ってるんですか。変態とか言ったら怒りますよ」


「えー? 頼れる先輩だと思ってますよぉ?」


「さっきのやり取りに頼れる先輩要素無かったですよね」


「いえいえ、今のやり取りは関係ありませんわ。マリアの乱から今に至る流れを見てそう思ったまでです。次期王妃から平民に転落したと思いきやSランクの美少年を捕まえて貴族社会に引きずり込んで復帰など、到底真似出来る事ではございませんもの」


「そうですか。気のせいかしら、なんだか棘を感じる言い方ですね」


「気のせいです。本当に……、尊敬しているんですよ……」


 声が急にトーンダウンした。

 あら? 少し影のある感じ……。これは気のせいじゃないような。


「……エスメラルダ様、大丈夫なんですか?」


「何がですか?」


「少し元気がないような気がしたものですから」


 そう言うと、寂しそうに笑うエスメラルダ様と、複雑そうな表情を浮かべるブリジット様とセシリア様がいた。

 これは何かあるな。


 じっと見るていると観念したようにため息をついて、エスメラルダ様は口を開いた。


「……昨日の夕方、私達、アンナ様にお小言を言っていましたでしょう? あれ、ハヤト君の件だけではなかったんです。実は……私の婚約者も、アンナ様に惹かれているようでして。その事でアンナ様とお話をしたかったのですけど、終始だんまりで何もおっしゃらないので……ついヒートアップしてしまいました」


「本当ですか……? でもさっき、大切にしてくれてるって」


「表面上はそうなのです。お茶に誘えば来て下さいますし、お手紙のやり取りも、プレゼントも、夜会へのエスコートもして下さいます。だけど……何かが違うのです。会話やお手紙の文章から伝わる微妙な違和感、私といる時とアンナ様といる時との表情の違い……確実に、何かが違うのです。アンナ様も満更ではない様子で、"お友達だから"と言って昨日までは休み時間もよく二人で話し込んだりしておられました。私も、あまりうるさく言いたくなかったので今までは静観しておりましたが……。ハヤト君が登場した途端、今度はそちらにばかり構うようになって。なんだか私だけでなく私の婚約者までバカにされたような気になってしまい、つい腹が立ってしまったのですわ」


「まあ……。エスメラルダ様の婚約者は、確かミュラー侯爵家のユリウス様でしたよね。……Aチームの」


「はい。今頃どんな顔して作戦会議している事やら。きっと必死にアンナ様の気を引こうとして頑張っておられますのよ」


「で、でも、まだ本当のところは分からないですよね。たまたまそう見えただけとか、何かの勘違いとか」


 エスメラルダ様はゆっくりと首を振った。


「勘違いではありません。アリーシャ様もお分かりになりますでしょう? 気持ちが離れつつある男性から感じる、取りつく島の無さ」


 殿下の時の事を言っているのだろう。

 確かに……わかる。

 何を言っても心に届かないあの感じ。勘違いであったらどんなに良いかと思い、色々と行動してみるけど、結局は勘違いではないと確信を得るだけなのだ。


「もしそうだとして……結婚はどうするのですか?」


「どうしましょうね。いくら政略と言えども、王太子殿下との婚約とは違ってある程度融通が効きますから……あちらが本気なら、普通に解消も有り得ると思います」


 うう。

 人の話ながら聞くのが辛い。


「とは言え、こちらから解消を申し出るつもりは無いのです。好き嫌いで結婚相手を選んだ訳ではありませんから。ただ……どうせなら大事にしたいしされたかった、愛のある家庭を築きたかったと……そう思っておりました。だけどきっと、温かな家庭に夢を見るのは女だけなのですわ。男性にとって、愛とは常に外にあるものなのです。もう、そう思う事にしました」


「やめて下さいよ……。そんな夢も希望もない話……」


「事実です」


「だからやめて下さいって。不安になってくるじゃないですか」


「アリーシャ様もこっち側に来ていいんですよ? 一緒に舞台俳優のパトロンでもして癒されましょうよ。画家でも音楽家でも構いません事よ?」


「今はやめておきます!」


「楽しいのに」


 心変わりは黙って見ているしかないなんて、悲しすぎる……。

 おかしいな。

 なんだかBチームが教師含め恋愛敗者組みたいに思えてきた。

 いや、そんな訳ないんだけど。あっち(Aチーム)がキラキラしすぎているのが原因だ。主にハヤトのせいで。


 ――愛は外にあるもの、か。……ハヤトもそのうちそうなるのかな。

 悲しいな。


 恋愛色の濃い結婚を決めたおかげで、以前のように割り切った政略結婚の考え方が出来ない。

 もしハヤトが心変わりしたらどうするのが良いのだろう。

 あの人の幸せを願う気持ちが本物なら、潔く身を引くのが愛なのかな。そんな事出来る気がしないけど。

 多分ビンタくらいはする。……それって全然潔くないよね。


 嫌な想像をしながら歩き、旧校舎につく頃ちょうど二限目の鐘が鳴った。

 既にBチームは集まっていて、女子達は私を見るなり「わぁ! 先生かわいいー!」と良い反応をくれたものの、男子は見てはいけないものを見るような顔をした以外特にリアクションは無かった。

 もしかしてこれ、女子にしか受けない類のものだったのかな。

 ハヤトの気を引きたい下心、空振りに終わる……?

 ……まあ、それならそれで別にいっか。女の子同士できゃっきゃ出来るだけでも楽しいし。


 旧校舎の中にある武器庫から必要な人は木剣を取って来て、屋内での立ち回りの演習を始める。

 私とブリジット様とセシリア様は旧校舎内で剣を振るのは初めてなので、まずは場所を変えながら素振りを繰り返し、壁との距離感を掴んだ。

 シャムで木剣を使い戦うコツは関節か足を叩く事だと男子が言うので、男子を三人ほど借りて物理派女子の練習相手になってもらう。


「あ、でも本戦前に怪我をしたらまずいですよね。ちょっと結界を張らせてもらいます」


 そう言って全員の身体に結界を張る。すると妙に驚かれてしまった。


「え? 十五人ぶん……いや、先生も入れたら十六人ぶん? 今からそんなに魔力を使って大丈夫なんですか?」


「大丈夫です。私、魔力の戻りが人より早いんです」


 本当はただ多いだけなんだけど、そういう事にしたほうが良いような気がしてちょっと嘘をついた。

 そのやり取りを横で聞いていたエスメラルダ様が苦笑いしている。


「それにしては結界の質がとんでもなく良いですわね。ほら、木剣で叩いても少しも痛くありませんわ。これは相当魔力を込めないと成せないですわよ」


 先生は詰めが甘いんですわ、と呟いて木剣をぽいと投げる。


「……ソウ言えば母国では魔力が多いほうだとよく言われてましたネー」


「……お疲れ様です、エリー先生」


 ブリジット様も苦笑いしている。

 ひとつ嘘をつくとそれを隠すために更に嘘をつかなくてはならなくなる……。

 私は、前世の名作ピノキオから何も学んでこなかったようだ。

 ともかく、私の相手はこっちのキング、モーリス君がつとめてくれる事になったので、お互いに木剣を構えて向き合った。

 ハヤト以外の人間と打ち合うのは初めてだ。

 聖属性が得意なモーリス君。ヘンデル侯爵家の四男で、卒業後は騎士団への所属を希望している――と書類には書いてあった。

 聖属性という事は、補助や回復系が得意という事でもある。騎士団に入っても、前線に立つよりは後方支援に回るタイプ。

 だけどモーリス君は体格が良く、眼光も鋭い。見るからに前線向きなんだけど――。


 ゆっくりとモーリス君の膝に向けて木剣を振る。モーリス君も落ち着いた様子で、ゆっくりと木剣で受け止めた。

 少しスピードを上げて肩を狙う。滑らかな動きで弾かれる。間髪入れずに手の甲を叩きにいくと、素早く手を引いて木剣で受けてきた。

 さすが、騎士団を目指すだけあって動きに迷いがない。

 そして何より、楽しそうだ。やはり彼は前線向きだと思う。


 勝手な分析を試みながら打つ早さを上げていく。


「……っ!? 先生、凄いですね……! こう見えても俺、学院で五本の指に入る腕前なんですけど! 結構ギリギリですよ!」


「師匠の腕が良かったんです。よく鍛えてもらいました」


 師匠には"勝手に強くなっていくタイプ"と言われた事もあるけど、最初にゆっくりと型にはまった動きを繰り返してもらい、少しずつスピードを加えていくと案外太刀筋や攻めるべきポイントが見えてくるのだ。

 "普通はそんな事ない。異常"とも言われたけど、見えるものは見えるのだから仕方ない。

 自分でも意外な適性に驚いてはいるけど、師匠にはまだ一度も当てた事がないのだからまだまだ未熟。


「モーリス君も攻撃して構いませんよ。結界があるので大丈夫です、思いっきり来て下さい」


 そう言うと、モーリス君の目がギラリと光った。


「……じゃ、遠慮なく!」


 私の横凪ぎを飛び退いてかわし、体格の良さを生かして上段に構えて向かってくる。

 肩狙いだ。

 そう直感し咄嗟に木剣に結界を纏わせる。重みのある一撃に木剣が耐えられなさそうな気がしたので。

 白く淡い光を纏った木剣にモーリス君は一瞬目を見開きながらも勢いのまま振り下ろしてきた。

 斜めに構えた木剣で受け止めると、彼の一撃は刀身を滑り地面に向かって逃げていく。完全にいなせた感覚。同時に脚に身体強化をかけて跳び上がり、顎に向かって膝蹴りを放つ。

 放つと同時に技が決まった確信があった。

 狙い通りの場所に膝が入り、モーリス君が横に吹っ飛ぶ。着地して息をつくと、モーリス君がズシンと地面に落ちた。


「す、すごいですね……。アリー、じゃなくてエリー先生……」


 ブリジット様の声にふと顔を向けると、皆、動きを止めてこちらを眺めている。


「……師匠が凄かったんです」


 これ、本当。師匠を追い掛けていたらこんな感じになりました。

 ずれた黒縁眼鏡を直しながら、起き上がってこないモーリス君のところに歩いて行き様子を見る。

 ……あっ、これ、落ちてるわ。意識が落ちてる。


 結界があっても脳震盪は防げないらしい。

 思いっきり顎に当てちゃったよ。

 ごめんね、モーリス君……。


「あ! そっか、エリー先生の師匠ってハヤ」


「シッ! ブリジット様! 口を慎みなさい!」


「あ、すみません」


 エスメラルダ様に口を塞がれたブリジット様はもごもごと謝罪を口にする。


「……それより、モーリス君は大丈夫なんですか? いっこうに起き上がってこないですけど」


 周囲で見ていた男子生徒達がわらわらとモーリス君のところに集まって来た。


「ああ、こりゃダメだ。伸びちゃってる」


「もし起きてもこれはちょっと休ませたほうがいいな」


「え、どうすんの? 本戦前にキングが戦線離脱とか」


 シン……と気まずい空気と共に私に非難の目が集中する。


「ごめん……なさい。調子に乗りすぎました……」


 ポン、と肩に手が置かれた。エスメラルダ様だ。


「エリー先生。……責任を取って、貴女がキング役を代行なさいませ」


 そんなんアリなの!?

 と言いかけたけど、全面的に私が悪いので


「ハイ……」


 と頷くしかなかった。

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