学院の先生×生徒
41.ファンタジー世界の学校
私は昨日の帰り際に理事長が言った言葉『実習があるから動きやすい服を持ってきて』を思い出して、クローゼットを前に考え込んでいた。
そして決めた。エリーの恥はかき捨てにしよう、と。とことんやったろ、と。
だって、年下の制服女子学生に対抗するには、きっとこれしかないのだ。
ハヤトは心配しなくて大丈夫って言ってたけど、いつどんな時に心変わりするか、それは誰にもわからない。
前世から『女と畳は新しいほうが良い』って言葉もあるくらいだし――アンナに負けたくない。
そんな不純な動機の元、私は動きやすい服――いつもの剣士の服じゃないほうを手に取った。
ファンタジー感あふれる女騎士っぽい装備品。
といってもここは実際に剣と魔法が存在するファンタジーな世界なので、剣も盾も鎧も身に着けている人達はそこらじゅうにいる。だから、学院の先生が実習の授業で篭手をつけていようと脚に保護用のグリーブがついていようと普通の事。
何もおかしな事はない。
たまたまこれの露出度が少し高いだけだ。
きっと私より乙女心を理解しているカルロス姐さんの力作。
事実、あのおネエさんに出会った日に私とハヤトはお互いに一歩踏み込む事が出来たのだ。
もう一度、あやかりたい。あの人に、私だけを見ていてほしい。
でもさすがにレオタード的なのは恥ずかしいので、白いプリーツのスコートを一緒に持って家を出た。腿まであるブーツとスコートなら大丈夫。OKOK、問題ない。
そんな訳で正門までハヤトを送ったあと、裏にある職員用出入口にこっそり回り、更衣室で昨日と同じエリー先生になって理事長室に向かった。
まずは配置替えを希望しておかなければならない。
「おはようございます」
「おはよう。今日もよろしくー」
「よろしくお願いします。あの理事長、私の仕事内容なのですが」
「あー、もしかして、違うほうがいいって話? 実は俺も昨日教師達に言われたんだよ。逆効果だって」
「やっぱりそうなんですか。それではどうしましょう?」
「見回り役は交代制にして、エリーにも授業をひとつ受け持ってもらおうと思ってる。それなら何とか授業が回せる」
「交代制……。先生達、大丈夫でしょうか。あれ凄く体力使いますよ」
「仕方ないだろ。いくら何でも授業中に出歩いているのを放置出来ないんだから。誰かはやんなきゃいけない仕事なんだよ。……俺はもうやらないけど」
そう言って理事長は今日の各クラスの時間割表を机に広げ、指を差した。
「とはいえ最初っから一人で授業を受け持てというのも無茶な話だよな。だから、エリー。お前今日はここ、二年のAクラスの実習の補助役と交代してくれ。元々予定していた教員には昨日のうちに話してある」
二年のAクラス。学院で一番レベルが高いとされるクラスだ。当然のようにハヤトのいるクラスでもある。
ここを持ってきてくれる辺り、理事長のささやかな気遣いを感じる。
この学院で言う実習とは、クラスを二つに分け、それぞれが王役を設定し、作戦を立てて戦い勝ちを競う授業のことだ。
最初に授業枠を二コマ使って“ストラテジー”――作戦会議をし、その後にまた二コマで“シャムバトル”――模擬戦を行う。
そして午後は検討会という名の休憩&回復タイム。ほぼ一日がかりの授業になる。
「ちょっと危ないかも知れないが……大丈夫か?」
「大丈夫です。精一杯つとめさせて頂きます」
教員室に行って、まずは先生と打ち合わせをする。
この先生はブレイズ男爵家の三男、二十三歳。
去年は教職二年目でやる気みなぎる熱血教師って感じだったけど、今年はなんだか疲れた顔で、一気に十歳くらい老けた印象だ。
やはり苦労しているらしい。
「アリー……じゃなくてエリー先生、よろしくお願いします。助かります」
「やっぱり名前、間違えますよね。私もたまに分からなくなります」
「はは……。では、今日の流れを説明します。といっても、エリー先生は去年卒業したばかりだから色々分かっているでしょうし、簡潔に」
今日のシャムは、学院敷地内にある旧校舎で行われるそうだ。時によって森の中だったり庭園だったりするけど、今回は旧校舎。
建物の特性をどう利用して立ち回るか、よく考える機会になる。
シャムバトルの流れはこうだ。まずは事前に教師が生徒の得意分野と力量を考慮し、片方に戦力が偏りすぎないように班分けをする。
その後はそれぞれが“キング”を決め、キングに心臓を表すハートの首飾りを着けさせる。ちなみにこの首飾り、我がステュアート家の魔道具で、身に着けて魔力を通すと光る。なんと、ただ光るだけなのだ。
光るだけなんだけど絶好の的になる。キングの首飾りが魔力切れで光らなくなるか、もしくは破壊されたら負けという単純なルール。
他には、武器の使用は木剣のみOKというルールがある。
魔法は特に制限されない。何でもありだ。
自分のところのキングを守るため、そして相手のキングを攻め落とすために、各グループは色々考える必要がある。
毎回結構ガチめの戦いになるし、怪我人も続出する。だけどこれこそ学院が男性貴族の通過儀礼扱いされる理由。
これを経験しなかった男性の貴族は社交界で何かと下に見られがちになるという。
この崩壊気味の学院で、今なお生徒の気合いが入る唯一の授業がこの時間だとブレイズ先生は言った。
ちなみに女子生徒は当たり前だけど怪我を嫌がり、後方で回復やバフに専念するのが普通。
私も去年と一昨年はそうだった。
だけど、講師となると話は違う。アドバイスに入ったり、勝ちたいあまり暴走気味になる迷惑な生徒をなだめに行ったり、倒れた生徒を戦闘の真っ只中から拾って安全地帯に運び込んだりして、かなりの確率で巻き込まれて負傷する。
お分かりいただけただろうか。実習で教員が武装する必要性を。
「――そして、こちらが今回のグループ分けです」
さらっと説明を終えたブレイズ先生はAチームとBチームのメンバーが書かれた一枚の紙を差し出してきた。
クラスには大体三十人生徒がいるけど、実際に戦うのは男子十五人。二チームでそれぞれ八人から七人に分かれているはずなんだけど––。
「先生、一対十四はちょっとどうかと思います」
もちろんハヤトが一のほう。Aチーム。
気持ちはわかるけど、これじゃただの虐めじゃん。
「戦力を均等にしようと思うとどうしてもそうなってしまいます……」
「もしかして、昨晩徹夜しました?」
「よく分かりましたね。実は、最近ほとんど眠れないんです……」
このヤケクソみたいなチーム分けはそれが原因か。人間、眠気が頂点に達すると色んな事を放り出してしまいたくなるものだ。
で、放り出した結果がこれ。
ハヤト側には一人だけサポート役の女子がつけられている。アンナ嬢である。
「……なぜアンナ様を彼のサポートに?」
「隣の席だから」
「そうですか」
絶対阻止する。
他の女子は全員がBチームのサポート役なので、実質Aチーム二人対Bチーム二十八人の戦いだ。
そんな絶好のラブシチュエーション、黙って見逃す訳がない。
「一人を全員で攻撃は外聞が良くないですよ。それに、十四人のプライドにも傷を付けてしまいそうですし、やめたほうがいいと思います。あまり戦闘が得意じゃない生徒を何人かAチームに回しましょう。女子も何人か必要です。それと、ハヤトにはなるべく手を出さずに見ているように伝えて」
「それでは正しい教育とは言えない! 教師自ら手抜きを勧めるなど!」
おぅ。熱血教師スイッチを押してしまった。
急に顔付きが変わって若返りを果たしている。めんどくさっ!
「……わかりました。手は抜かないように、仲間と協力して、戦略に忠実にやるように伝えましょう」
うむ、と頷くブレイズ先生。私も頷く。
これで『味方は一人きり、私達以外皆敵だね』という状況は潰せた。
健全化に一役買えて満足だ。
ブレイズ先生はちらっと時計を見て、立ち上がった。
「……では、そろそろ時間ですから、教室に行きましょうか。エリー先生はBチームのサポートをお願いします」
「え、Aがいいんですけど……」
「ダメです。エリー先生まで入ったら戦力過剰が更に過剰になります」
「そうですか」
教師の戦闘への参加は、人数の問題などでどうしても戦力が均されない場合に認められる。
とは言っても割とその辺りは適当で、教師は教師同士で潰しあったりする光景も良く見かけるのだけど。
戦闘は人の本能を剥き出しにするのだ。シャムの時はそれがよく分かる。
ブレイズ先生は、Bの戦力に私を入れて考えているらしい。という事は、ブレイズ先生もAチームの戦力になる気が満々だという事。
今日、私はブレイズ先生と潰し合いをする。
……でも、言うほど私は戦力にはならないと思う。Bランクって、少し戦える程度の普通の人だ。
私が入ったところで、人が一人増えた以上の意味は無いと思うのだけど。
先生の後について廊下を歩いていると、始業の鐘が軽やかに鳴り響いた。
Ⅱ–Aクラスの前についた私達は深呼吸し、扉を開ける。
「皆さん、おはようございマース」
カタコトをやめるタイミングが分からなくてまた少しカタコトを入れる。
今回もハヤトは口元を片手で覆って笑いを堪えていた。ブレイズ先生が咳払いをして教壇に手をつく。
「今日はエリー先生にサポートに入ってもらって実習を行います。今から今回のグループを発表するので、Aグループは窓側、Bグループは廊下側に集まって下さい」
先生の口から順に名前が読み上げられ、一人ずつそれぞれの場所に移動していく。
そしてハヤトの名前が出た瞬間、教室の空気がピリついたのがわかった。
「ハヤト・リディル。Aチーム」
分かりやすく沸く窓側Aチームと、あからさまに落胆するBチーム。
まあ、そうなるよね……。こればっかりは仕方ない。
味方じゃないなら恐い存在なのは確かなのだから。
全員の名前が呼ばれ、それぞれのチームに分かれて、机を寄せ集め作戦立て––ストラテジーを始める。
普通ならこの時点で既に戦いは始まっていて、防音の魔法を使いつつ相手の作戦をどうにか盗み出そうと、読唇術を試みたり相手側の魔法を解除するよう働きかけたりするものだけど、今日のⅡ–Aクラスはそのような空気では無かった。
「あーあ、Aチームの奴ら、もう勝った気でいるよ。今からお茶会でも始めそうな雰囲気じゃん」
「アイツがどれほどのもんかなんてまだ分かんないのにな」
「そうだよな……。やってみれば案外勝ち目があるかも知れない。とにかく、何か考えてみよう」
おお! そういう前向きな気持ちには好感が持てる!
私の中でBチームの好感度が急上昇した瞬間だった。
ハヤトと共闘できなかったのは残念だけど、それはそれ。
頑張る気持ちがある人には手を貸したくなるのが人情ってものだ。
「そうデスヨ! あの彼は確かに強いですが、モンスターを相手にするのと人間を相手にするのでは勝手が違うはずです。人間には知性がありますからね! それに、Aチーム全体の気持ちの弛みにつけこめば、勝機が見えてくるかと」
突然口を挟んだ私にBチーム全員の視線が集まる。
「……エリー先生ってカタコトの割に意外と喋れるよね」
「…………一生懸命、覚えマシタ。それより、アナタ! アーサー君ですね? ダニエルサンが誉めてましたよ! 闇魔法が得意だそうですネ? 素晴らしいデス!」
「え……。理事長が俺の事を誉めてた……?」
信じられない、と言いたげにしながら嬉しそうな表情を滲ませる。
誉め殺し作戦も今から開始だ。
「それからアナタ、シャルロットさん。貴女の回復術はよく効くと職員間では評判デス。きっと心が優しいのですネ。なんて素敵なレディなんでしょう」
「えっ……。そうなんですか? 先生達がそんな事を?」
よし、掴みはOKっぽい。この勢いでキングを決めてしまおう。
「皆さんがいつもどんな基準でキングを決めているか教えてください。この中で誰が合っていると思いますか?」
「俺は聖属性が得意な奴が合ってると思うから、この中だったらモーリスかな」
「なるほど。なぜ聖属性が得意な方がいいと思ったのですか?」
「首飾りに自分で結界を張っておけるし、相手が闇魔法を使って来た時の耐性が高いから。女子の補助を待つのもいいけど、自分で対処出来たほうが早いし確実」
「そうですか。しっかり考えていて素晴らしいですね。ではモーリス君、皆さんも。今回のキングはモーリス君でいいですか? 他に意見があればおっしゃって下さい」
「いいと思います」
「私も」
異論はないようだ。皆しっかり頷いてくれた。
「ではモーリス君、よろしくお願いシマス。では次、どなたかあちら側の作戦を拾うのに集中していてくれませんか?」
「あ、私、一応今見てます。読唇術は完璧ではありませんが、表情や動きと合わせると何となく分かります」
「オー! ミランダさん素晴らしいデスねー! 今あちらはどんな感じです?」
「ハヤト君が結婚指輪をしてきた件について色々聞かれているみたいです。婚約者の自慢をしているようですね。のろけすぎて少し引かれています」
「……今話す内容かよ」
「完全に舐められてるな」
「…………確かに気が弛んでいるようデスね。あとでAチームにはきっちり注意しておきますよ」
「エリー先生顔が赤い」
くっ……。今、乙女になってどうする!
私がハヤトを好きな事は授業には関係ない。切り離して考えるべきだ。
……でも嬉しい。
「……キングが誰かわかったら教えて下さい。ハヤト君がキングでなければ勝機はあると思います」
あかん、顔がにやける。
片手でそっと口元を覆った。
エリー先生初登場時にこれと同じ仕草をしたハヤトの気持ちを少し理解した。
ちょっと笑っちゃうからやめて欲しい。
今はそれどころじゃないんだ……。
気を取り直して、Bチームに組み込まれたクインビー三人娘に声をかけた。
「エスメラルダさん、ブリジットさん、セシリアさん。貴女達、今回は前線に出て、キングの最終防衛に回ってみませんか? 言わばクイーン役です」
「わ、私達がですか?」
突然の前線への誘い。面食らってはいるけど、感触は悪くなさそうだ。
あと一押し。
「現実でも、国王陛下を最終的に守るのは王妃殿下の仕事と言われておりますし。このクラスで最も高貴で魔法の成績も良いエスメラルダさんがクイーンに最適だと思いました。ブリジットさんとセシリアさんは、キングとクイーンを守るかっこいいナイトです。お二人ともお家で剣術を嗜んでいるそうですね。その腕前、生かしてみたくはありませんか?」
「な、なんで知ってるんですか……? 私達が剣術を習ってるって」
「ダニエルサンに聞きました」
「理事長、私達のこと何でも知ってるんですね……! 全然興味ないと思ってました」
合っているようで少し違う。
あの人は勉強を教える事は得意でも、大人として生徒の内面に触れるのが苦手なのだ。
「そんな事はないですよ。あの人は中身が子供なので、子供の指導に向いていないだけです」
うっかり本音を喋ってしまった。
でも無関心と思われているよりは、同レベルの子供だと思われたほうがマシだと思うの。
私の勝手な考え方だけどね。
「おそらくAチームは男子のみで攻めてくるでしょうから、女子が前線にいたら調子が狂うと思うのです。攻撃の手もゆるむと予想します」
その前線女子がクインビー三人娘ならなおさらだ。
気の弱い男子なら前に立つ事すら出来ないだろう。モーリス君は少し考えて、クインビーに顔を向けた。
「確かに。女子は後ろで支援するのが普通だけど、力があるなら手を貸してくれると助かる。どうかな?」
「し、仕方ないですわね。やらせて頂きましょう。ブリジットさん、セシリアさんも、よろしいですね?」
「はいっ!」
どこか嬉しそうなクインビー達。
きっと男子も女子も、本当は今までもお互いに協力し合いたかったのだと思う。
どちらも何となく言い出せなかっただけだ。
女子の心の扱いには当の本人でも手を焼くからね。仕方ない。
「エスメラルダさん達には私が結界を張っておきましょう。回復術があるとはいえ、女の子に怪我はさせられませんものね。だけどもしも結界がもたなくて、危ない局面になったら遠慮なく撤退して下さい。勝ち負けよりも、貴女達の身体のほうが大事です」
「はい、エリー先生」
素直ー! 感動ものの素直さ!
優秀クラスのメンバーだけあって、みんな向上心がある。いい。すごくいい。
そういう子、好きよ。
「では、作戦を立てましょうか。今回は旧校舎という事ですが、何か案がある方はお願いします」
旧校舎の見取り図を広げて水を向けると、待ち伏せや奇襲に最適なポイントを挙げてゲリラ戦を提案してくる男子や、いっその事Aチームの女子達をBチームの女子達で潰して補助を断ちましょうと提案してくる過激な女子など、様々な案が出てきた。
こういう時、意見を言わず黙って見ている子というのが必ずいるものなんだけど、やはり物言いたげにじっとやり取りを見つめている女子がいる。
そういう子に限って、思いもよらない変わった案を隠し持っているものだ。
ぜひ発言してもらいたい。
「……ネルさん、ですよね? 貴女、何か考えがあるんじゃなくて?」
声をかけると、わたわたしながら小さな声で発言してくれた。
「……ええと……使える案かわかりませんが、ダミーのキングなどはいかがでしょうか……」
「ダミー?」
「はい……キングの首飾りと同じような光を放つよう、魔法を使うのです……。本物のキングは隠れて、ダミーが敵を引き付けて遠くまで逃げます。その間にこちらの攻撃部隊が相手のキングを討ちに行くのです」
影武者作戦か……。
悪くないけど、ダミーが捕まらない事が前提になるな。
しかも単独行動では不自然だから、二人くらいは補助をつけないといけない。ただでさえ少ないこの人数では不安だ。
……でも、悪くない。少なくなった人数は、エスメラルダ様達が補ってくれる。
「いいんじゃないでしょうか」
「やってみる価値はあるな」
「でも、光を出すだけの魔法ってあんまりやった事ないな……。しかも逃げながらそれをずっと維持しなきゃいけないって、結構難しくない? その間ほかの魔法使えなくなるし」
「まあ、元々負けて当然の戦いだ。新しい事を試すには絶好の機会だろ」
「それもそうだな。じゃ、誰をダミーにする? この中で一番足が早い奴……アーサー、お前じゃねーか。お前がやれよ」
「いいけど……すぐに捕まっても文句言うなよ」
「言わないって」
いいねいいね。お互いに相手の長所を認識し合って協力する。
人間関係の理想の姿がここにある。
静かに感激していると、Aチームの様子を伺っていたミランダ様が口を開いた。
「あの……多分、あちらのキングはハヤト君です。しばらく観察していましたが、間違いないかと」
あー……。
一番勝ち目が見えないパターンきた……。
「まあ……。そうだよな。俺もあっち側ならそうする」
「だな」
どよーんとした空気がBチームの頭上に下りてきた。
……ダメダメ。私まで呑まれてどうする。
「も、目標を設定しましょう。キング以外の全員を仕留められたら実質こちらの勝ち、という事でいいんじゃないでしょうか」
「……そうですね」
ああ、士気が低下していく……。こうなったら話し合いも上滑りしがちだ。
空気を変える必要がある。
「それと、私も攻撃部隊に参加しましょう。戦力に差がある時は教師も混ざっていい事になっていますし」
「え? エリー先生が?」
「戦えるんですか?」
「人並みですが、一応は。どうせ負けるなら教師もろとものほうが良いでしょう? そうだ、次のストラテジーの時間でウォーミングアップがてら少し手合わせしておきましょうか。ブリジットさんと、セシリアさんも一緒に」
「私達もですか?」
「はい。身体を動かすと勘が冴えるようになりますからね。意外な解決方法が思い付くかも知れませんよ」
そう言ってウインクをすると、みんなの表情も含め空気が少し和らいだ気がした。
その時ちょうど一限目の終了を告げる鐘が鳴る。
「ではBチームの皆さん、女子は実習用ローブ、男子は演習服に着替えて旧校舎に来て下さい。Aチームより先に現場に入っちゃいましょう」
「いいんですか?」
「このくらいのハンデは許されるべきです。ブレイズ先生には私から話しておきますよ」
席を立ち、Aチームの横でうつらうつらと船を漕いでいるブレイズ先生に
「次のコマで私達は先に旧校舎に入ってますからね」
と小声で伝えると、先生はハッと目を覚まして高速で頷いていた。
……あの先生大丈夫かな。
ブラックな職場環境で限界なのかもしれない。
少し心配になりながら教室を後にする。
廊下に出てふとハヤトのほうを見ると、彼は私をじっと見つめていて、目が合うとニコッと笑いかけてきた。
今すぐ駆け寄って抱き締めたい衝動を押し殺し、微笑みを返しながら扉を閉める。
同じチームになれなくて残念だ。だけどBチームの皆も大事。
出来れば勝たせてあげたいけど……。
ハヤトに勝てる図なんて全く浮かんでこない!
大体私、あの人が本気出したところを見た事すらないのに。
あの人、私と過ごすようになって以降、行動範囲が狭く――比較的安全なところで、安全なモンスターばかり相手しているのよね……。
退屈じゃないのかしら……。
ふと、ろくでもない考えが浮かびそうになり、慌てて心の底に押し込めた。
教員用更衣室で例の格好に着替えて旧校舎に向かう。
すると、後ろからエスメラルダ様の声がして
「あら? エリー先生……?」
振り向くと、演習用のローブ(燃えにくい)に身を包んだクインビー三人娘が立っていた。
まずはブリジット様とセシリア様が「きゃー! 先生の服かわいいー!」と良い反応をくれて、エスメラルダ様も「殿方と同じ装備より余程良いですわね」と、意外にも肯定的な言葉をくれた。
たぶんスコートが無かったらこんな良い反応にならなかったと思う。
どんなに短くても、女子にとってスコートの存在は大事なのだ。
「先生、それどこで買ったんですか? 私もそういうので訓練したいです」
「私も! なんか楽しい気持ちで鍛練できそうー」
さすが剣士の心を持つ女子達。わかってくれるか。
「これは王都十五番街のカルロスさんという方のお店で買ったのですよ。本当はこのスコートがついていない状態だったのですが、さすがに恥ずかしくて自前のものをつけました」
「そうなんですか。そのヒラヒラが可愛いのになー! こんど私も買いに行こうっと」
きゃっきゃしていると、エスメラルダ様が無言でじっ……と私を見てきた。そして小さな声で呟く。
「アリーシャ様……?」
周囲の温度が一気に冷えた気がした。
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