29.パーティークラッシャー・マリアの噂
次に出会ったのはベティだった。
心なしか肩を落とした様子で、ギルドに向かって一人で歩いているのを見掛けて声をかけてみる。
「ベティ」
「……あら! アリス様! ハヤト様も! お会いできて嬉しいですー!」
「私も嬉しいです! ベティに会いたかったから。……今日は一人なんですか? アレク達はどうしました?」
するとベティは表情を険しくしてきつく言い放った。
「もう、あんな奴ら知りませんっ! 愛想が尽きました!」
何かあったようだ。
ハヤトとアイコンタクトし、三人で近くのオープンカフェでお茶をご一緒しながら話を聞く。
「まさかお二人と一緒にお茶を飲める日が来るなんて! 感激です……!」
「あのねベティ、前から言おうと思ってたんですけど……もうちょっと普通にして下さっていいんですよ?」
「普通? 普通ですか……。本当にいいんですか? 私、普通にしゃべると結構口悪いですよ」
「知ってます」
忘れもしない、初対面時の尖りっぷり。
ベティはばつが悪そうに笑って、姿勢を崩した。
「そういえばそうだったね……。あの時はごめんなさいね。気が立ってたの」
「ええ、わかります。あれはほぼアレクが悪いですね」
「本当よ!……あんのクソ野郎、女ともども地獄に落ちろって感じ」
「想像は付きますけど、何があったんです?」
「マリアって回復術士の女がね、うちのパーティーに入りたいって言ったの。色々思うところはあるけど、まあ、それは別にいいとして? うちには元々回復術士がいたし、マリアのランクがEで低かったのもあってひとまずポーターになってもらったの。なーのーにー! 荷物を! 男共が持ってあげちゃうのよ! 注意したら、"だって、皆さんが持ってくれるって言うから……ごめんなさい。甘えちゃいけないですよね……"なんて泣きながら言うのよ! わかってるなら最初から自分で持てっつーの!」
バン、とテーブルを叩きながら一息で言い切ったベティ。
相当苛立っている。気持ちはわかる。
「そしたら男共は"マリアは女の子なんだから荷物持ちが辛いのなんて当たり前だろ。お前は女らしさだけじゃなくて新人に優しくする気持ちすらも無いのか?" だって! 何なの!? 荷物が持てないなら何でポーターにした? って思うんだけど⁉ それって間違ってます!?」
「間違ってないと思いますよ」
「でしょ!? で、元々いた回復術士がね、結構ベテランの女の人だったんだけど……マリアを正式メンバーにするってアレクが言い出して、辞めさせられちゃったのよ。その人、病気の親の面倒を見てるってアレクも知ってるのに……。あんまり腹が立ったから、私もその人と一緒に辞めてやったのよ」
「そんな事があったんですか……」
ベティは頷き、お茶を一口飲む。
「……だから、これからギルドにメンバー募集の貼り紙を見に行くところだったの。新しいパーティーを探すのは大変だけど……。良いところが見つかるといいな……」
ベティが遠い目をしているところに、ハヤトが身を乗り出して話し掛けた。
「ベティはさ、魔法使いだよね? Bランクの」
「は、はいっ⁉ び、びBランク魔法使いです! はい!」
みるみるうちに顔が真っ赤になっていくベティ。
ハヤトとは挨拶くらいでゃんとした会話をした事がないと以前言っていたので、これが初の会話になるようだ。
「アリス様どうしよう……名前呼んでもらっちゃった……失神しそう」
「大丈夫です。いずれ慣れますから」
「で、回復術士の人もB?」
「はい、そうです」
「……じゃあさ、ちょっとここで待っててくれない? 今欠員が出てるパーティーに心当たりがあるから、受け入れられるか聞いてみる」
「えっ」
立ち上がってどこかに行ってしまうハヤトの後ろ姿を呆然と眺め、ふと気を取り戻して自分達の周囲に結界が張られている事に気付き「ひぇっ」と声を上げる。
「こ、これって……」
「離れる時は必ず張っていってくれるんです」
「カメレオンの結界が私の体に……やばい……死ぬ……」
瞳を潤ませながらペタンとテーブルに突っ伏すベティ。
「つーかどんだけいい男なんですか……。アレクなんか相手にして悩んでんの本当バカバカしくなる……なんかあったかいし……幸せ……」
「あったかいですよね。私もそう思ってました」
「これって魔力の質がそうなんですよね。アレクがたまに結界張るとなんかねっとりした感覚があるし」
「えっ」
ねっとり。こんな風に表現される聖属性などかつてあっただろうか。
「それは……凄いですね」
他に言いようがなくて、万能な曖昧単語で返した。
やっぱり、ベティはアレクから離れて良かったような気がする。何となくだけど。
「アリス様はいつもこうして貰ってるんでしょ? いいなぁ。……ねぇねぇ、結婚するって聞いたけど、本当?」
「ほ、本当です……」
「きゃー! やっぱりそうだったじゃない! もう! あんなのは護衛と雇い主の距離感じゃないって分かってたんだからね!」
「すみません……。あの時はまだ微妙な時期だったんです」
「いつから? いつから付き合い始めたの?」
「つい先日ですよ」
「それでもう結婚しちゃうの!? ……ああ、でも、そうか。アリス様が相手ならそうなるよね。貴族になったハヤト様……見てみたいなぁ。夜会なら銀髪にテールコートでしょう? もう、想像するだけでヤバい……」
「それは確かにヤバいですね……!」
無意識に顔を寄せ合う。
「……ねぇアリス様、私達庶民が主催して結婚おめでとうパーティー開いたら迷惑かな?」
「迷惑? とんでもないです! 嬉しいですよ」
「本当⁉ じゃあ皆に声かけて準備しておくね! 日にち決まったら手紙出すから!」
「ありがとうございます。私も、お礼にお茶会でも開こうかしら……」
「ひぇっ! ガチお嬢様のお茶会! 絶対行きたい! やってやって!」
「わかりました、絶対やります。でも場所が問題ですね……。うちじゃ狭いし、鍛練場を半日くらい借りてそこでやりましょうか。別にお茶会をやっちゃダメってルールはないですよね?」
「何その発想!? テーブルとか椅子から用意するつもりなの!? 凄いわーガチお嬢様。お店に集まってやるって発想がないところがホントもう常識から違うっていうか」
「あ、そっか。お店でやればいいんですよね。そのほうが楽ですし、そうしましょうか」
「えー? アリスお嬢様の本気、見てみたいなぁ~。前代未聞の鍛練場お茶会、絶対面白そうなのに」
アレクの話などどこかに吹き飛び、きゃいきゃい女子トークに花を咲かせていると、遠くからキャンキャンと犬の鳴き声が聞こえてきた。
「犬……テッドさんかしら。ハヤトが連れてくるの」
「えっ!? え、Aランクの人じゃん!? まさかでしょ……」
うろたえ始めたベティの目がわさわさと歩き回るトイプードル達を捉えた時、「本当にテッドだ……」と呟く。
ふと、彼女はトイプードルの群れをテッドだと思ってはいないかと少し心配になった。
ガタイの良い強面の大男を引っ張ってきたハヤトは、お店から少し離れたところで私達に手を振ってくる。
「お待たせー。欠員ありのパーティーだよ。ちょっと話してみる?」
「し、しますっ!」
Aランクに仲間入り……!
ベティは手を小さくガッツポーズの形にして、小声でそう呟いた。
その後、ベティと回復術士のお姉さんは無事テッドさん達のところに入る事に決まった。
ラヴが抜けて以降あまり活動していなかったという彼らも「これを機会にそろそろ本格的に復帰するか」とテッドさんが言ったので、近々そうなるのだろう。
ベティ達は今までよりも上位のパーティーに入れてとても喜んでいた。
結果的に全員がwinwinで良かったと思う。
それから何人かに会い、ギルド長のピートさんやカルロス姐さんのところにも顔を出し、ちょいちょい留守にする旨の挨拶を済ませた。
カルロス姐さんは「不在がちになる前に挨拶回りなんて律儀な事するのね。アタシは死亡フラグ立ててるみたいな気持ちになるからした事ないわ」と言いながら、結婚祝と称して何か折り畳まれた透け透けの薄い謎布を渡してくれた。
その布は怖いのでまだ広げていない。
一体何を渡されたのか、謎は謎のままだ。きっと広げるのは結婚後になる。
家を大まかに整理して、拠点を公爵家に移したのはそれから三日後。
身の周りの物は全てハヤトの影収納に入れてもらったので、手に持つものは小さな鞄ひとつで済んだ。次にこの家に戻るのは一週間後になる。
――そういえば、影収納に入れてもらう物を選別して二階から下ろす作業をしている時、なぜかハヤトが座っていた椅子ごと後ろに倒れるという珍事が起きたのよね。
慌てて駆け寄って頭を抱き起こし「大丈夫!? 一体どうしたんですか?」と声を掛けても、彼は頑なに倒れた理由を言わず顔を背けるばかりだった。
……きっと恥ずかしかったのね。顔が真っ赤だったもの。
それにしても、あの人でも椅子ごと倒れるなんて事あるのね。
珍しすぎてびっくりした。疲れているのかしら。
怪我はなかったんだし、もう忘れてあげよう。
それはさておき、これからハヤトが学院に入って卒業するまで、公爵家と十五番街の往復だ。
彼は二年生途中からの編入になるので、しばらくは勉強漬けになる予定。
勉強しながら社交界デビューして、冒険者稼業もやりつつリディルの様子も見に行く生活……。
あれっ。忙しくない……?
ハヤト、大丈夫かしら。
しっかり者の彼には心配なんて必要ないかも知れないけど、私が支えないといけない場面もきっとあると思う。
頑張ろう。
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