28.犬


 それから少し経って散歩に出たら予想していた通り、知り合い――ハヤトの元パーティー仲間のうちの一人、テッドさんと街角でエンカウントした。

 剣士テッドさんはがっしりした体格で強面ながら、現在何頭も犬を飼っている人で。一日一回は必ず犬の散歩でバッタリ会う人なのだ。

 今日も犬たち(この世界にもトイプードルがいる)をゾロゾロ連れて歩いていたから、遠くからでもすぐにわかった。


「テッド」

「おう、ハヤト。アリスちゃんも。こんにちは」

「こんにちは。……あら? またワンちゃん増えました?」

「そうなんだよ。近所のオバサン家で産まれてさ、乳離れしたから一匹もらってくれって。もう無理だよこれ以上増やせないよって思ったんだけど、見ちゃうとどうしても引き取らずにいられなくて」

「ふふ、かわいい」


 本当にかわいい。

 テッドさんの許可を得て抱っこさせてもらった。

 子犬のワンちゃんだ。


「名前は?」

「ウエハース」

「またお菓子の名前かよ。テッドお前、自分の見た目ちょっとは考えろよな」

「別にいいだろ。乗り物に彼女の名前つけるほうがよっぽど恥ずかしいぜ。なあ? アリスちゃん」

「え?」


 吹き出すテッドさん。ハヤトは腕組みをしてふて腐れる。


「別に俺がつけたんじゃないし」

「ハイハイ。で? 今日も仲良くお出掛け? その格好じゃ今から狩りに出るって訳でもないんだろ?」

「まあね。……えっと、少し家を空ける事が増えるから、先に言っておこうと思ってさ」

「へえ。どっか遠征でもするのか?」

「うーん……。ある意味遠征かなぁ。爵位、受ける事にしたんだ。その関係でちょっと」


 テッドさんは目と口を開いて固まった。


「マジか……」

「うん。色々考えたけど、そうするのが一番いいって思ってさ。……でも、別に偉くなった訳じゃないんだから、今まで通りで頼むよ」

「それを偉くなったと言わずに何を偉いと言うんだ。……いや、お前ならいつかそうなるんじゃないかと思ってはいたよ。なんか安心したぜ。これで俺とお前が同じ人間だって思わなくて済むな」

「……なんだよ、それ」

「お前といると、自分が嫌になるんだよ。まあ、それも昔の話だ。俺達も頑張るからさ、お前も頑張れよ。……あと、ラヴの事、悪かったな。守りきれなくて」

「……誰も死ななくて良かったよ」


 すると、ウエハースちゃんが私の腕から飛び降りてテッドさんの周りをぐるぐる周り始めた。テッドさんがリードでぐるぐる巻きになっていく。


「ん? お腹すいたのか? どれ、おやつでも食うか?」


 ごそごそと袋の中から犬用ビスケットを取り出し、私とハヤトにも何枚か渡してきた。


「悪いけどさ、ウエハースちゃんは今しつけ中だからおやつをあげるのにもちょっと時間をかけたいんだ。その間、他の皆に食べさせるの手伝ってくれない?」

「はい。一枚ずつでいいですか?」

「うん」


 テッドさんは頷いてウエハースちゃん一匹だけを少し離れたところに連れて行き、お座りをさせた。

 ビスケットを見せて「待て」と命令している。

 待ちきれなさそうな顔でそわそわするウエハースちゃんが可愛くてつい笑ってしまった。


「待て。お預け!」


 もう手で抑えないとお座りしていられないようで、ウエハースちゃんはテッドさんに押さえつけられてじたばた暴れる。そこでなぜかハヤトが切れた。


「テッド! お前! 自分がどんだけひどい事をしてるか分かってんのか!? 食べられるものが目の前にあるのに我慢するって、本当に辛いんだからな! かわいそうだろ!」

「はぁ!? 何でお前がそんなに切れんだよ!? ていうかお前だって前はしつけ手伝ってくれたじゃねーか! 一体何がお前をそうさせるんだよ」

「いいから早く食べさせてやれって!」


 ガツガツとビスケットを食べ始めたウエハースちゃんを見るハヤトの目が妙に羨ましそうだった。

 なので、散歩の途中で人間用のビスケットを買ってプレゼントしたらなぜかものすごく落ち込まれてしまった。


 ――お腹すいてるんじゃなかったの?


 不思議に思いながら「はい、あーん」とやってみたら素直に食べてくれて、それから機嫌が直ったみたいなので良しとした。



――――


ここのハヤト視点が書籍版に載っているのでよかったらぜひ……!(宣伝)

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