23.兄達のせいで早いと思えなくなった人達
その日は遅くなったのでギルドへは明朝行くことにして、今日のところはとりあえず帰宅する事になった。
なんでもハヤトが言うには、終業間近のギルドは査定待ちのパーティーで非常に混み合う上にお酒が入っている人も多いらしく「アリスを連れて行けるような空間じゃない」と言う。どんだけだ。
この三ヶ月で冒険者の人達とはだいぶ顔見知りになったし、なんならあのベティとは既に友達だ。
最初の頃みたいにギルドに入るだけでモーセったりはもうしないのだけど、お酒が入るとまた事情が違うのだろうか。
ちなみにベティは最近、自称貴族のとてつもないブリッ子がアレクにまとわりつくようになって、アレクも満更でもないらしくブリッ子にやんわり注意すると逆にアレクに怒られてしまうようになってヤキモキしているらしい。
どこかで聞いたような話に背筋が凍った。
対策として、そのブリッ子はやってもいない罪を被せてくる可能性があるので決して一人にならない事と、私達は貴族なのよ! と言い出しても相手にしなくて大丈夫だという事を伝えておいた。
「アリス様がそう言うのなら大丈夫なんですね。良かった……」
そう言ってホッとしたように笑うベティとグータッチをした。
全く、あのサークルクラッシャーならぬパーティークラッシャーはどうしようもないな……。
「無いと思いますけれど、何か貴族がらみのトラブルがあったら私に教えて下さいね。きっと力になれますから」
「はい! ありがとうございます! あぁ、さすがカメレオンのハヤト様が選んだ方です……! 並大抵の女ではあの方の隣には並べないとは思ってましたけど、まさかあのステュアー……」
咄嗟にベティの口を塞いでしまった。バレバレなんだけど、多分もう知らない人はいないくらいなんだけど、一応、ね?
噂を噂のまま放置するのと、自ら認めるのとでは違うのだ。
ベティは目を白黒させてからゆっくり頷き「……まさかあのアリス様が、ハヤト様の婚約者になるなんて」と言い直した。
「……どのアリスの事か分かりませんけれど、私は別に婚約者ではありませんよ」
「えっ!? だって、そのタグって」
そう言って胸元にぶら下がるハヤトのタグを指すベティ。私もうっすらと"そういう意味で交換される事もある"と察してはいるが、果たしてそこまで深読みしてもいいものかどうか。
市井では男女関係が貴族のそれよりも大らかなはずなので、契約書を交わした訳でもなく、口約束すらもなくタグの交換をもって婚約と言い切るのは――私には抵抗がある。
婚約を破棄された過去がある身としては尚更。
少し離れたところで知り合いと立ち話をしているハヤトをチラ見して、聞かれていなかった事にほっとする。
ベティは悪くないけれど、こんな形で答えを迫るのは本意ではない。
「これは、護身の一環として預かっているだけです」
「えぇ~……。納得しかねるんですが……。私だって護衛の仕事やりますけど、護衛対象にタグを渡すなんて絶対しないですよ。アレクになら考えますけど」
「アレクはやめたほうがいいと思います」
「……やっぱり? 私もちょっと、ないなーって最近思うようになってきて。ハヤト様とアリス様が二人でいるとこを見てると特に。あーあ、いいなぁ……。ハヤト様みたいな人、どこかに落ちてないかなぁ。でも私じゃ気後れして無理だなぁ」
私だって気後れしてるよ……とは言えず、お互いに苦笑するしかなくて、浮気男あるあるを悪口混じりで愚痴って笑い合ってから「じゃ、またね」と言って解散した。
と、そんな事がありつつ。
とうとう明日、私のランクが決まる。ドキドキする。
夕食を食べて、お風呂にも入って、あとは寝るだけという状態でハヤトと少しの間お茶を飲む時間を過ごす。お茶ののったテーブルには、秋桜がちょこんと一輪挿しに飾ってある。
今日の夜着は黒いシルクで、パフスリーブタイプのワンピース型だ。もうちょっと大人になったらキャミソールタイプを着たいと思っている。って、そんな事はどうでも良くて。
「私のランク、どのくらいになると思いますか?」
「結構高くなると思うよ」
「そうでしょうか……。そういえば、ハヤトはどのランクからのスタートだったんですか?」
「A。ラヴはCだったな。Aまではあの魔道具のプレートが勝手に決めてくれるんだってさ。贔屓も賄賂も効かなくていいシステムだよ。アリスの家ってほんと凄いよね」
「私もそう思います」
しかし、いきなりAとCとは。
確か、大抵はF~C辺りに振り分けられるという話だったよね。ラヴはNランク直後としては最高ランクに位置付けたんだ。凄い。ハヤトは……うん、なんか、そうでしょうねって感じ。
そうそう、この凄い兄妹、なぜ孤児院出身だったのかというと、ラヴを出産した母親が産後高熱が出て下がらないまま亡くなってしまい、その数年後、煙突掃除屋さんだった父親も病で早世したからだそうだ。
その後、周囲の大人や修道院のシスターから簡単な魔法を学び、冒険者登録をしたのは十三歳という話。
三年前、たった十三歳でいきなりAになったこの人は未だ成長過程の中にいて、一体どこまで行ってしまうのか不安すら感じるほどだ。
もし戦争の世に生まれていたら、歴史に名を残す英雄になっていたような気がする。本当に凄い兄妹。
もしご両親がご存命だったら嬉しかっただろうな……。
唐突にしんみりしてしまったので、テーブルの向かいに手を伸ばし、ハヤトの頭を撫でる。
この人はもっと幸せになるべきだ。ミナーヴァ様のところにいるご両親がそう言ってる気がする。いや、絶対にそうだ。
「なんだよ、アリス。やめなさい」
「いいじゃないですか。今までよく頑張りましたね」
「別に、普通だって。三ヶ月なんてあっという間だったし、残り九ヶ月だってきっとすぐに……あっ」
言っちゃった、みたいな顔で口元を手で押さえるハヤト。
何、その残り九ヶ月って。
疑念を込めてじっと見ると「そのうち話そうとは思ってたんだけど」と言いながら座り直した。
「……公爵は、アキュリス様が結婚する時くらいまでをアリスの自由時間と考えているんだって」
「そうなんですか!?」
だから家を出る時あんなにあっさりしてたの!? ていうか、自由時間て……。
まあ、確かに、否定は出来ないエンジョイっぷりだけど。
「……じゃあ、九ヶ月後には私はどこかの後妻か修道院に入るかして、貴方と離れなくちゃいけないんですか?」
考えてみればそりゃそうだとしか言い様のない事なんだけど、意識して考えないようにしてきた。
例え家には戻らないとしても、いつまでもハヤトを私の傍にくっつけておけない事くらい分かってはいる。
彼には彼の人生があるのだから、ずっと私のお守り仕事なんて出来ないのだ。
周囲の気遣いに甘えて、考える事から逃げていた。
ハヤトは何も言わず、ただテーブルの上の秋桜をじっと見つめている。
「……ねえ、ハヤト。……私、貴方と離れたくない。修道院は構わないけど、後妻は嫌ですね……。貴方に、二度と会えなくなりそうで」
ほとんど独り言のように呟く。手がカタカタと震えていたけど、止める術を知らない。
ハヤトの手が私の固く握った手をそっと両手で包んだ。
「……俺と、結婚しよっか」
一瞬、何を言われているのか理解できなくて、目を見開いてハヤトの顔を見た。
「アリスが平民として生きるのを悪くないと思っているなら、俺と……結婚してほしい」
――何でだろう。
涙が出てきた。
「泣かないで。アリス、大好きだよ」
「私だって……」
だめだ。言葉が出てこない。
貴方のことが大好きだって伝えたいのに、喉が震えて泣くことしか出来ない。情けない。
これがおさまったら、私からもお願いしなくちゃ。
貴方を幸せにする権利を、私に下さいと。
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