22.★☆両片思い期間(短い)(貴重)

 ある時、距離感を測りかねてかお嬢様が「ハヤトさん」と新婚みたいな感じで俺の名前を言った。

 その場で結婚を申し込もうと思ったけど、いくらなんでも早すぎる、と願望の小出し程度で思いとどまった。

 俺まで妹達みたいになってどうする。いや、下手したら妹達より早い。記録を更新してしまう。

 何となくだけど、それってあまり良くない気がする。

 こんなふうになるのは初めてで自分でもちょっとびっくりだ。俺にもこんな感情があったんだなって思う。


 お嬢様――アリスは意外なほど生活力があって、身の回りのことは一通り自分でやるし、簡単な料理をしたり、掃除をしていたりする。

 勿論俺だってやってるけど、気が付いたらお茶をいれてくれたりして、使用人のいない生活に嫌な顔ひとつしない。

 本当にあの公爵家のお嬢様なのか? と思う瞬間もあるけど、仕草や言葉が(大体)丁寧で綺麗だし、街に出ると明らかに周囲から存在が浮いているのがわかる。髪とか、肌とか、なんか光ってるように見える。

 そういう時は、ああ、やっぱりお嬢様だなと思うのだ。


 可愛くて、話していると楽しくて、なんかもう、ほんと好き。

 毎日好きになっていってる。

 だけど市井では浮いた存在だと感じるたびに、やっぱり貴族社会に帰してやったほうがいいんじゃないかという思いが浮かんでくる。

 きっと人には生きるに相応しい場所というものがあって、彼女の場所はここではないのだ。


 いくら冒険者に興味があって強くなる素質が見えていても、全ては一年間だけの話。

 この一年間で彼女がやりたい事は全てやらせてあげたい。


 そう思って、魔物狩りに連れて行った。


 色々あったけど、元婚約者とかいう奴を殴れてちょっとスッキリしつつ、アリスの服が汚れてしまったのに気付いて、服を変える事を提案する。

 だって庶民の街ではまず見ないくらい明らかに質が良い布の服しか持っていないみたいだったから。

 せめて上にローブでも羽織れば汚れなくていいんじゃないかと思った、それだけだった。

 女の子の服の事なんてわからないので、カルロス姉さんにお任せしてお店のバックヤードで適当に本を開く。


 ……何か変。

 なんで男が男と出会ってときめくんだ? なんで抱き合って服を脱ぎ始める?

 パラパラとページをめくって、完全に姉さんの趣味の本だと気付いた時には既にそれが鮮明に頭に刻みつけられてしまった後だった。

 文字を読むのが異常に早いという隠れ特技が完全に仇になった形で、しばらく頭を抱えた後、口直ししようと他の本もパラパラとめくる。

 ……全部そういう本だった。

 姉さん、こういう本を人に見せちゃだめだよ。

 ちょうど俺を呼ぶ声が聞こえたので、文句を言ってやろうと扉を開く。

 ――と、一瞬で頭の中の像が吹き飛んだ。アリスの格好がなんかとんでもない事になっている。

 脚なんて出した事ない(多分)子が脚どころじゃない露出をしている。


「いや姉さんこれはダメだよ。家ならいいけど外はダメ」


 そう言いつつ、これっきりにするにはあまりに惜しいので買って帰った。

 ――俺は何をしているんだろう。

 自己嫌悪に陥りながら帰宅し、順番にシャワーを浴びる。アリスはいつか貴族社会に帰してやらなきゃいけないんだ。あんな格好をさせていたら戻れるものも戻れなくなってしまう。

 色々考えながらバスルームを出ると、アリスは既に着替えた後だった。ラヴも着ていたような、見慣れた女剣士の格好で――って、なんでボタンを閉めないんだ!?

 あいつ(妹)と同じような服なのに、なんでここまでやらしい感じになっちゃうの!?


 ちゃんと閉めなさいと注意して返ってきた理由に後悔しか感じなくて、項垂れつつまた色々と考えた。

 女の子にとって、着るものをそれまでと違うものに変えるというのは大きな意味があると思う。

 その上で今、アリスは自分でそれを着る事を選んだのだ。

 今までのものと比べれば決して上質とは言い切れない庶民の布で、普通の子なら「もっと可愛いほうがいい」と言って選ばないような剣士の服を。

 それってきっと、俺が「剣も使えたほうがいい」って言ったから。

 俺は、万が一の時に身を守れる程度に使えればじゅうぶんだと思っていたけど、アリスはそうは思ってなくて――。

 どこまで本気なんだろう。本当に庶民として生きていくつもりなの?

 アリスがその気なら、俺はもう我慢しないよ……?


 その日から、彼女の銀杏の木で作られたカードは、俺のポケットの中に納まる事になった。



☆ ☆ ☆



 IDを交換し合ってから、私達の関係は少し変わった。


「ねぇ、ハヤト」

「……ん?」


 本当に、本当に少しなんだけど、こんなふうに、呼び掛けると返事が来るまでに妙な間があく時があって、あれ? と思って見ると、なんだかすごく意味深な視線でじっと見返してくる。

 とても落ち着かない。それと、


「アリス、ちょっとギュッてしよう?」


 意味もなくハグする事が出てきた。

最初こそびっくりして固まったものの、最近では少し慣れてちゃっかり腕を回してしまうくらいには頻回だ。

 ハグした時の心地よさといったら、それはもう至福の時と言う他にない。


 はぁ……。好き。


 ハヤトも私をそこそこ好いてくれているのは聞いたから知っている。やたら甘い雰囲気にも、気付いてはいる。

 だけど、そこから進めない。

 考えてみて欲しい。

 難攻不落で評判の城が自分から崩れ落ちてきたら、何事かと警戒心が働くのは自然な話だと思う。何かの罠を疑ってしまっても仕方がない。

 きっと、私達には腹を割った会話が必要なのだ。そう思うのに、いざとなると何て言ったらいいのか分からなくなる。

 結局、ぎこちなくなった"いつも通り"の時間が過ぎていくばかり。これはとっても焦れったい。


 ただ、何だかんだで剣の鍛練は順調で、自分でも思った以上の適合ぶりに驚いている。

 この魔力ありきの世界では力や体捌きもかなり魔力に影響を受けるみたいで、前世の世界では考えられないような動きが出来る。今じゃ片手バク転だってできるし、これに魔法を組み合わせれば本当にゲームみたいなアクションが出来るのだ。楽しい。

 令嬢生活では気付きようも無かった自分の身体能力の高さには感動すら覚えるほど。

 そりゃ学院や王妃教育ではそういうのも少しあったけど、実戦の経験は無かったし。

 真剣にやっていたつもりでそうでもなかったんだなぁ、と今となっては思ったりする。


 最近、少し重力をいじる闇属性の魔法を教えてもらったので、更に身体が軽く、剣はインパクトの瞬間に重くするやり方を覚えた。上から斬りかかる時しか使いどころが無いけど、威力がぐっと上がるから便利。

 鍛練場でハヤト相手に打ち合いをしていると、ぐんぐん上達していくのが自分で分かる。

 最初は速くて見えなかった動きが段々見えるようになっていく。

 身体が追い付いていくようになってきている。戦いの、流れが見える。


 当然ハヤトには全く歯が立たないけど、もう王都周辺のモンスターならほとんど単独で倒せるようになってきた。

 この頃になると守護結界なしで攻撃を受けても不思議と痛みが無く、怪我もしないようになってきた。かつてのハヤトもそうだったと言う。

 なんだか経験値とレベルアップという言葉が頭をよぎったけど、確かめようもないので忘れる事にする。


 だけどそもそもIDタグが倒したモンスターの数や種類を記録するくらいなのだ。

 人間の身体だって倒したモンスターから出る“何か”に反応していたっておかしくはない。


 時はあっという間に過ぎて、今日はNランク最終日。

 もう三ヶ月も経ってしまった。異様に早かった。

 車のおかげで結構遠くまで行けるので、最近は王都郊外よりもさらに外まで出る事が多くて、今日は見渡す限り道以外には何もないような草原に来ている。

 つい先ほど、この辺りで見られるモンスターの中では一番強いと言われる首無し鎧が出て、とうとう単独で倒す事が出来たところだ。


「やっぱりアリスには才能があったな。俺の見立ては正しかった」


 ハヤトは得意げな顔でそう言った。


「そうですか? 倒せば倒すほど能力が上がっていく実感があるのですが……これは皆さん一緒ではないのですか?」

「皆そうなんだけど、人によって成長率に差があるし、ある程度能力が上がるとそれ以上強くなれない時期が来るんだよ。普通はアリスほど早く強くなれないし、早い人ほど上限も高いみたいだよ。アリス、すごい!」

「えへへ、貴方ほどではありませんわ」


 ぱちぱちと拍手してもらってご満悦。

 ――ていうか、レベルキャップありなのかぁ。

 対魔物の実戦の事は、ハヤトを通じてしか知らないから常識がわからない。


「それにさ、アリスは動きながら魔法がポンポン使えるじゃん? あれ普通は出来ないんだよ。そもそも剣士って魔法が苦手だったり、魔力が少なかったりする人間が多いからさ。俺達は自分でやっちゃうけど、身体強化だって本来は回復術士の仕事だからね」

「ああ、身体強化は便利ですよね。疲れますけど」


 そう、身体強化をすると疲れるのだ。だけど筋肉が貧弱でも動けるのは有難いのでよく使っている。

 だって、強くはなりたいけどムキムキにはなりたくないもの。

 おそらくだけどこの世界の強さとは魔力量と筋肉量の掛け合わせで、当然ながら筋肉量は全くの無関係ではない。女剣士のなり手が少ない理由をここに感じる。  

 強モンスターとの勝負どころならまだしも、通常の雑魚モンスター戦で回復術士の貴重な魔力は使えないのだ。

 私達は自前の魔力だから遠慮しないで使っているけどね。


 休憩をしようという話になり、車の屋根に登って並んで座った。

 ここが一番、風が気持ちいい。見渡す限りの草原の中、柔らかな風が頬を撫でる。やがて日が傾いて、西の空が黄昏色に染まり始めた。もうすぐ夜が来る。


「暗くなってきましたし、そろそろ帰りましょうか」

「そだね。……あ、今日は新月か。染まるのが早いな」

「本当ですね」


 日が落ちる前なのにハヤトの髪が黒くなり始めた。この変色は、どうやらその時々で染まる早さが違うようだ。月の魔力なら屋内よりは外のほうが早いとか、強い魔力だと早いとかそんな感じ。

 今日は早い。――何か出るのかも知れない。

 少し緊張するけど、ハヤトは全く呑気なもので、左の手のひらの影から指先を使ってまるで手品のような仕草で秋桜の花を一輪取り出した。


「アリス、さっき見つけたこれ、あげる。髪に挿しておくね。帰ったら取っていいよ」


 そう言って耳の上に花を挿しこみ、ニコッと笑って「かわいい」と言うから、照れて俯いてしまった。お礼を言おうとして、顔を上げる。


「あれ……?」


 瞳が、紅い。

 前回は黒だった……よね?


 瞬きをしたらやっぱり黒かったので、気のせいか、と思った。


「どうしたの?」

「いいえ、何でもありませんでした」


 気を張って警戒しながら街に帰ったけど、結局、強いモンスターは出なかった。


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